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第9話 「王城にて」

ガタガタと揺れる馬車の中、ジルは意外なほどぐっすり眠っていた。

寝苦しい夜風も、鉄と革が混じる馬車独特のにおいも、夢の中では気にならなかった。

しかし、次第に鼻腔を突いてくるのは――思い出したくもない、あの王城特有の、埃と見栄とが入り混じったような鼻持ちならない臭気。

ハッと目を覚まし、ジルはゆっくりと身を起こした。扉の隙間から差し込む光が、もう朝であることを告げている。


「……さて、どんな歓迎をされることやら」


独りごちた直後、馬車が止まり、外から乱暴に扉が開けられた。そこは見慣れた城の地下牢へと続く薄暗い通路だった。

両手を固く縛られたまま、兵士に背中を押されるようにして、冷たい大理石の床を歩かされる。

すれ違う兵士や侍女たちが向けるのは、憐憫ではない。隠そうともしない、憎悪と侮蔑を孕んだ瞳だった。

その刺すような視線と、ひそひそと交わされる悪意の囁き。まるで国を売った大罪人かのような扱いに、ジルは内心でやれやれとため息をついた。


やがて、巨大な彫刻が施された扉の前で一行は足を止める。

兵士の一人が、儀式のように扉を四回ノックした。


「入りなさい」


扉の向こうから聞こえたのは、槍のように鋭く、冷たい女の声。

ギィィ……と重い音を立てて扉が開かれると、玉座の間から溢れ出した眩い光が、ジルの影を床に長く伸ばした。

兵士たちは中へ入ることなく、ただ無言でジルの背中を突き飛ばす。


よろめきながらも一歩、また一歩と、赤い絨毯の上を進んでいく。


その先には、二つの人影。玉座にふんぞり返る男と、その傍らに立つ女。


「おい」


ジルは低い声で呼びかけると、最後の段差をためらいなく駆け上がり、国王――オルドリクの胸ぐらを掴みかかろうと腕を伸ばした。だが、その腕が届くよりも早く。


ガシッ、と力強い腕に阻まれ、


パシン!


乾いた音と共に、ジルの頬骨に鋭い痛みが走った。


「宿の扉を弁償しろ」

「獣の分際で、父上に気安く触れるな!」


どんな強力な魔物と対峙しても感じることのない、体の芯が凍るような感覚。

この怒声、この手の痛み、この恐怖だけは、何度味わっても慣れることはなかった。

ジルを叩いたのは、彼の姉――ミリア=アードストールだった。


「……何のつもりだ、ミリア」

「それはこちらの台詞だ。お前のような出来損ないが、どの面を下げてこの城に戻ってきた?」

「呼んだのはそっちだろうが。それより親父、弁償の話だ。あんたの兵士が壊した宿の扉、きっちり金貨で支払ってもらうぞ」

「まだ言うか、この獣が!」


再び振り上げられたミリアの手を、ジルは縛られたままの腕で受け止める。

ミシリ、と骨が軋むほどの力で押さえつけられながら、ジルはふと、エドの言葉を思い出していた。

(――"聖騎士団の精鋭隊に、ミリア=アードストールって女騎士が"、か)


ジルは、忌々しげに自分を睨みつける姉の顔を見て、ふ、と口の端を吊り上げた。


「聖騎士が聞いて呆れるな。無抵抗の相手に暴力を振るうとは。そんなことだから、ウル教の信徒は民度が低いなんて言われるんだ」

「なっ……貴様、今なんと言った!」

「事実だろう?」


ミリアが激昂するのを横目に、ジルは玉座に座ったままの父、オルドリクに向き直った。


「おい、親父。乱暴に、身勝手に俺を呼び出しておいて、その理由も話さないつもりか。いい加減にしないと、そっちがしたように俺も約束を破るぞ。これまでのアードストール家の秘密も、俺に対する仕打ちの全てを、面白い噂話にして街に流してやってもいいんだ」


その言葉に、それまで黙っていたオルドリクが、重々しく口を開いた。


「……フッ。お前を差し出さねば、フェルウェード帝国が宣戦布告するのだ」

「……は?」

「お前が駒として動けば、両国の平和は守られる。諦めろ」


あまりに理不尽な内容に、ジルが言葉を失う。

ミリアが、勝ち誇ったように鼻を鳴らした。


「アンタみたいな愚図な獣でも、私たち王家の役に立つのだから感謝なさい。それにもうすぐ30なのでしょう? 今のうちに結婚出来るなんて、あなたも随分な幸せ者だと思うのだけれど?」


見下しきったその物言い。まるで、道端の石ころでも見るかのような目。

ジルはゆっくりと顔を上げ、憐れむような、それでいて心の底から馬鹿にするような笑みを浮かべた。


「俺より五歳年上の()()リア姉様は……あぁ、とっくにアラサーか」


一瞬の静寂の後、玉座の間にミリアの絶叫が響き渡った。

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