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SignPØst Us  作者: サクナギ
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第3話 バンドを組みたいのですが Part1

前回までのあらすじ


晴れて志望校に入学したつぐと茜。バンドを組むため軽音楽部へ向かい、茜が英二と大智に声をかけるのだったが、呆気なく断られてしまう。とぼとぼと帰り道を歩いていると、駅前で楽器を構えていたのは…。

『NEVISTA!行くぞ!』


英二はそう叫ぶと、大智はそれに合わせドラムを叩き始める。タムの無いスネアとハットとバスドラムだけの簡易ドラムを軽快に叩いていく。


「つぐ、あのドラム…。」


茜も同じことを考えているようだった。機械のように完璧なバスドラムとスネアの4つ打ちは、まるでDTMで作曲した音源をそのまま流しているかのような正確さ。


しばらくすると英二は深いエメラルド色を基調とした黒いベースを合わせて鳴らし始める。大智の叩くリズムに完璧に調和したスラップをする。俺が主役だと言わんばかりのそのベースラインはあっという間に駅前の改札に人だかりを作った。


英二の奏法の引き出しは遺憾なく発揮され、ハイフレットでコードを鳴らし始めると、それをあたかも知っていたかのように大智のドラムも大人しく次の波への準備を始める。私の予想だけど、この演奏はすべて即興でやっている。それなのにこの息の合い方、常人離れしている。


息のピッタリとあった2人の演奏は、まるで英二と大智は一つの生物としてその身を表しているかのようにすら思えた。


2人の演奏は、誰が聞いても上手だった。悔しいけど。




第3話 バンドを組みたいのですがPart1




『あざっした!』


2人は演奏を終え、楽器を片付け始める。人だかりは徐々に分散していき、元の改札前に戻っていく。英二はベースをケースに入れるなり、投げ銭の確認をしている。何枚もの札を数えているのが見えたが、私はもうあの2人に構うつもりはない。茜に声をかけて、さっさと家に帰ろう。


「英二、大智、演奏すっごかった!めちゃくちゃ上手いよ、プロかと思っちゃった!」


私は一歩及ばず、茜のことを止めることが出来なかった。茜はさっきまであんなに落ち込んでいたのに、2人の演奏を見たらすっかり元通りになったよう。それなら良かったけど、私があの2人に関わりたくない気持ちは変わらない。


英二は茜のことを見るなり、また顔をしかめたと思ったらすぐに呆れたような表情で、一言。


「…またお前かよ。」


しばらくこの2人と会話になりそうな予感がしたので、仕方なく茜の方に寄り助け舟を出す。


「そんな言い方しなくたっていいでしょ。茜はあんたのこと褒めてるんだからさ。」


二度も英二と話すと思わなかった。私はできるだけ人相の悪い顔で話をする。


「あたりめーだろ。俺のベースが上手いのは俺が一番知ってっから。」

「つくづく鼻につく奴ね。全く。」

「あ?なんだよ。お前は文句言いに来たのか?」


思わず思っていることが声に出てしまった。すかさず茜は私と英二の間に入る。


「英二、一緒にバンドやろ!私たち、ベースとドラムを探してるの!私たち、ピッタリだと思わない?」

「やんねーよ。」


即答。英二はバンドを組むつもりは毛頭ないようだが、それならば軽音楽部に入部していることがますます疑問に思えてくる。バンドをやらないと言うなら、一体どうして昨日音楽準備室にいたっていうの?


「あんたさ、行動と言動が矛盾してない?バンド組まないならなんで軽音楽部に顔出したのよ。」


英二は片付けの手を止めて、私の目の前までやってくる。私より背が高いからって見下ろしやがって。ムカつく。


「俺らは、俺らについていけるだけのギタリストを探すために軽音楽部に入部したんだよ。だからお前らみたいなのとは無縁ってわけ。わかったか?矛盾もなんもねーよ。」


そうやって私を軽くあしらった後、再び片付けを始めた。私たちがギターを担いでるのが見えているだろうに、私たちの演奏を聞きもしないで選別されたことに納得がいかない。茜のギターを聞けば英二も驚くに違いない。


「そんじゃ。もうお前らに用は無いから部室でも話しかけてくんなよー。」


そう言い残して英二と大智は改札を通り、私たちとは反対方向のホームに消えていった。


立ち尽くす私たち。茜は先程とは一変、難しい表情をしていた。


「茜、もう帰ろう。」

「私、まだ諦めきれない。つぐもさっきの演奏聞いたでしょ?私、運命を感じたの。」


茜はさっきの2人の演奏に完全に魅了されてしまったようだ。こうなった茜を引き戻せた試しが無い。結局私は茜にいつものように付いていくしか無いのかもしれない。いや、それでもあの2人は運命じゃないと異論を唱えたい。もしこれが恋愛だとしたら、完璧に、完全に脈なしだ。


「あの2人はギタリストを探してる。バンドは組まないって言ってたでしょ。どうやって2人の気持ちを変えるわけ?」

「そこは…どうにかなるよ、多分。」


無計画か。まあ、きっと明日にでもなれば茜も2人のことは諦めがつくだろう。そう信じるしかない。


「茜、帰ろう。」


そうして私たちも英二たちの後を追うようにして改札を抜け、ホームまでの階段を下った。



「それじゃ、明日ね。」

「明日!」


今日は遅くなってしまったので茜の家に行くのはパス。私は自宅の玄関を開け帰宅した。


「ただいまー。」

「おかえりなさーい。お風呂湧いてるから入っちゃってー。」

「あーい。」


私は階段を上がり自室に戻りギターを置いた後、パジャマを持って1階まで下り風呂場まで向かった。



「ふう~。」


湯船にゆっくりと浸かる。身体に溜まった疲れはお湯に吸収され、私に熱エネルギーを溜め込む。


一息つくと、今日のことを思い出す。軽音楽部での初日は、はっきり言って失敗だったと思う。これを茜のせいにはしたくないけど、もう少し良い人に巡り合えてれば、今日にも音合わせができていたかもしれない。綺麗な歌声を披露していたあの女子は今頃いろんなバンドに引っ張りだこだろう。


それに比べて私たちは…まだ学校で一度も楽器を出していない。やったことと言えば、メイセキのライブを見て英二に悪態を突かれたくらいだ。たまたま見た2人の路上ライブ、2人は気持ちよさそうにライブをしていた。その様子だけでムカついてくる。ちょっと楽器ができて顔が良いからって、あからさまに調子に乗っている。そうやってイキってると、いつか周りから人がいなくなるんだぞ。…大智は未だに謎だけど。


2人との関係性をこれ以上悪化させないようにどうこうするつもりはないけど、もし解決の糸口があるとするならば、まだ一度も口を開いてない大智こそが糸口なのかもしれない。…いや、そんなわけないか。


それにしても、バンドは組まない、か。てっきりみんなバンドが組みたくて軽音楽部に入るもんだと思っていたから、あの考え方には正直驚いた。というか、ギタリストを探してるって言ってたけど、あんな教室の端っこで生徒を睨んでればギタリストが見つかるとでも思ってたのだろうか。あんなおっかない2人に近づこうとする人なんか、ギタリストどころか同じベーシストだっていないだろう。


ため息が思わず。


「…メンバー早く探さなきゃ…。」


それなりに頑張ってあの高校に入ったのにこんな惨状で終わってたまるか。明日こそ、明日こそは良いメンバーを見つけてみせる。なに、簡単なことだ、ベーシストとドラマーを探せばいいだけ。大丈夫、やれる。



風呂から上がり、パジャマに着替えてドライヤーで髪の毛を適当に乾かす。バンドのことを考えていたらギターが弾きたくなった。うずうずする身体の湧き出てくる気持ちが抑えられない。半分ほどしか乾いていない髪の毛で風呂場を後にした。


階段を駆け上がって自室の扉を開け、おもむろにギターケースからギターを取り出す。私のギターはお兄ちゃんが使っていたもののおさがり。お兄ちゃんはメタルが好きで、私のメインギターは7弦だ。最近は多弦ベースを見ることは増えてきたけど、7弦はまだまだ主流には程遠いような気がする。だから私は7弦奏者を見ると少しうれしくなる。


アンプに挿しチューニングをする。7弦と言っても、私はメタルを弾くわけではないのでほとんど7弦を弾くことはない。すっかりこのネックの太さに慣れてしまったから、今更6弦に持ち替えるのもなあという惰性でずっとこのギターを使っている。なんだかんだで愛着が湧いているっけのもあるけど。


軽くアドリブで弾いていると、身体のうずうずが収まっていくのを感じる。この安心感だ。



しばらく弾いていると、ドタドタと階段を上がってくる音がする。これはおそらく茜だろう。


「つぐ!7弦貸して!」


ノックもせずに勢いよく扉を開けたのは、案の定彼女だった。


「今日は遅いからそっちの家行かなかったのに、茜が来たら意味ないじゃん。いいけど。」


茜にギターを渡すと、神妙な顔をしながらネックをさわさわとしている。


「茜、どうして急に?」


茜が突然家にやってくるのはいつものことだが、7弦を貸してほしいと言われたのは数えられるくらいしかない。


「私、この7弦弾けるようになれば英二に認められるかな。」


一体何がどうなってそんな考えになったのかはもはや想像すらできないが、英二に認められるには絶対に超えることの出来ない壁があると私は見ている。


「多分だけど、茜がどんなに上手いってわかっても英二は勧誘したりしないよ。」

「えーなんで?」

「女だから。私の予想だけど、あいつらは男子の3ピースを組みたいんじゃないかな。」

「じゃあ男子になる!」


何をおっしゃるのですか、お嬢様。というかなぜそこまでしてあの2人にこだわるのだろうか。…運命、感じてしまったからだろうけど。私には見えないその運命に私はどこまで付き合えばよいのだろう。


「無理でしょ、茜はかわいいんだから男子になったらもったいないよ。それに、男子になったらセーラー服着れないよ?」

「それは…盲点だった…。男子になるのやめる…。でも7弦はちょっと練習させて!」


そうして、私が普段あまり鳴らさない低い音を部屋に響かせた。茜は7弦が響かせる音にびっくりしている。


「低い!低いよつぐ!」

「そりゃ、7弦だからね。低いBが追加されてるよ。」


それを聞いた茜は少し考えた後、7弦のペグを緩めた。ブーンと音が更に低くなる。


「こうすればAじゃんね、そしたら…7弦と6弦同じフレット押さえるだけでパワーコードじゃん!」

「そうだね。」

「これで7弦マスターした!英二にも見せられる!」


低いパワーコードをズンチャカ鳴らしたところで英二の心に響くかはわからないけど、7弦をDropAにした途端メタル感のあるフレーズをジャンジャカと鳴らしていく茜。適応能力が高すぎる。


「私も7弦欲しくなってきちゃった…。でもそれは今の子にとってみれば浮気…英二に見せる時はつぐのギター借りるね!」

「2人で7弦持ってたら、それはもうメタルバンドだよ。私もっと可愛い感じのバンドやりたい。」


にしても、低いパワーコードも案外かっこいいな…。持ち腐れになっている7弦の練習をちょっとはしてみてもいいかもしれない。



「それじゃおやすみ!7弦借りてくねー!」

「おやすみー。」


茜は私のギターを持って家に戻っていった。彼女が家の中に消えていくのを見届けて、私も部屋に戻った。布団に入り、目を閉じる。


明日こそ、メンバーを見つけてやる。



次回 第4話 バンドを組みたいのですが Part2

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