第11話 見たことのない標識 Part1
前回までのあらすじ
英二に3ピースを持ちかけられるが即答で断るつぐ。茜は再び英二たちをバンドに誘い、1度だけバンドを組んでみて、駄目だったら即解散という条件で組むことを決める。そんな中で行われた5月1年生限定ライブで4人は”幼馴染 feat.NEVISTA”として、見事ライブを成功させ、バンドを続けていくこととなった。
『いただきます!』
今夜は茜も一緒に夜ご飯を食べる。今日の夜ご飯は茜の要望によりカレー。用は、バンド結成記念打ち上げみたいなもの。
「つぐお父さん、お母さん、私ね、つぐとバンド組めたんだよー!」
それを聞くなりお父さんは身を乗り出し、茜に質問をする。
「よかったじゃないか。どういう経緯で組んだんだ?お父さんもな、高校時代の仲間とバンドを始めたんだ。」
「その話はいいよ。1000回聞いた。」
暴走しかけるお父さんを止め、茜に発言権を与える。
「この前私の演奏聞いて断った2人がね、つぐの演奏を聞いて一緒に組みたいって言ってくれたの!」
少々省略しすぎな気もするが、概ね合っているので黙っておこう。
そんな私をお父さんは自慢げな顔で見る。
「誠人といい、やっぱり俺の子だな。」
「ちょっと~?それは私への当てつけかしら?」
音楽に一切触れてこなかったお姉ちゃんが会話に割り込んでくる。フォローをするようにお父さんはお姉ちゃんの方を向く。
「多喜もよくやってるだろう。お父さんの血筋は、何かに没頭して一流になる血筋なんだ。多喜は料理に没頭して、そうやって一人前になっていくんだ。」
それっぽいことを言うじゃん、お父さん。…そういえば。
「バンドを組んだベース、お父さんの大ファンだったよ。めっちゃ会いたがってたけど勝手に会ったりしないでね。」
それを聞いたお父さんはうれしそうな表情を浮かべる。
「本当か!?今の若者にも俺たちの音楽が響くのか…そいつ、センスあるじゃないか。さぞ上手いんだろう。」
上手さで言えば否定はできない。ただ、お父さんと英二が仲良くしているのを見たくない自分もいる。お父さんに媚びてる英二の姿はちょっとおもしろそうだけど。
そうしてバンド結成記念打ち上げは、というかいつも通りの夕食は終わりを迎えた。
第11話 見たことのない標識Part1
1年生限定ライブから数日。幼馴染 feat.NEVISTAは、放課後の空き教室2-1で練習をしていた。風習というか伝統というか、練習する空き教室は大抵が東棟に3年生、西棟に2年生と1年生が入る。理由はごく単純で、旧棟から楽器を持ち出す際に一番近いのが東棟だから。先輩に近い場所を譲って、後輩は遠くまで頑張って楽器を持っていく。当たり前と言えば当たり前だろう。
そんな中、私たちが使うことになった2-1は、西棟の3階、南棟階段のすぐの所にある。端的に言うと、旧棟から一番遠い。使う教室は全学年でくじを引いて決めた。ちなみに、このくじを引いて決めるというのは関園先輩の案なのだと言う。それまでは、1年生が4階、2年生が3階という暗黙の了解があったそう。そんな関園先輩にささやかな感謝をしながら、4階にならなかっただけましだったと思っておくことにしている。それに、大抵の生徒は学校にあるドラムをエレベーターで空き教室まで持っていきセットをするのだが、私たちのドラマーである大森 大智は路上ライブをしていることもあって、持ち運びに適した簡易ドラムを練習では使う。これもあって、私たちの練習は他のバンドに比べて非常にスムーズに進めることができると言ってもいいだろう。
「ごめん!一旦休憩で!」
茜の合図で合わせに休憩時間が入る。彼女はギターを抱えたまま、椅子に座り込んだ。
「ブリッジミュート連続すると右手死ぬ~。」
右手をフリフリとほぐしながら一言。次のライブに向けて前回とは違う曲の練習をしているのだけど、どうやらBメロのブリッジミュートがしんどいみたい。
「わかる。でもテンポキープはしっかりね。もたついてるとダサいから。」
「うげっ、わかってるよ~。」
茜はギターを机に立てかけ、うつ伏せになって休みだしたかと思ったら、突然立ち上がる。動きがうるさいな。
「てかさ、バンド名決めようよ!」
たしかに。今までの名前は、解散する可能性があったから決まった名前、というか英二が勝手に決めたバンド名。私も私たちらしい名前を付けたい。幼馴染呼ばわりはダサい。
「ね、英二!なんかいい案ある?…ってなんで楽器片付けてるの?」
茜の言葉につられて英二の方を見ると、大智も着々と楽器を片付けていた。
「2人とも、まだ終わらないよ。茜は休憩って言ったんだけど。」
英二はケースのファスナーを閉め、私たちの方へ振り向いた。
「今日、この後ライブがあんだよ。時間的にそろそろ行かねえと間に合わねえ。」
ライブがある?何を言い出すかと思ったらどういうことだ?
「私、ライブなんて聞いてないけど。なんの曲やるの?」
英二は思わず吹き出し、こちらを嘲笑うように見た。
「お前らとじゃねえよ、NEVISTAとして2人でやんだよ。んじゃ後は練習頑張れよー。」
「は?ちょっと!そういう大事なことは先に言ってよ!」
私の言葉をガン無視し、二人は教室を出ていった。自由奔放というか、自分勝手すぎるだろう。英二がクソッタレだと言うことを、ライブで良いパフォーマンスをしたせいで完全に忘れていた。バンドガチでやっていくって言ったじゃん。
教室には茜と二人きりになってしまった。茜は教室の出口を見ながら口を開けてフリーズしている。私も内心そんな感じになっている。
「あれ、1年生ってことは軽音楽部の子?」
北棟側の扉から赤色のリボンの生徒が顔を出す。私はイライラを必死に抑え、頑張って笑顔を作った。
「…なにか用ですか?」
2年生はその言葉を聞きかわいげに笑い、答えた。
「用って、ここ私たちの教室なんですけど~?君たち2年生の教室借りてるってこと忘れちゃった?」
ああ、そういえばそうだった、失礼な真似をしてしまった。2年生は前から後ろ方まで軽やかに移動し、後方のロッカーの前でしゃがみ込む。
「すみません、たしかにそれはそうでした。」
「用ってのは…そうそうこれ。やっぱりここにあった。この資料取りに来たのよ。」
2年生は自分のと思われるロッカーから何やらファイルを取り出した。そして立ち上がり、私たちをゆっくりと交互に見た後、ニヤリと笑った。
「…君たち、何か揉め事かな?さっき楽器を抱えた男子が出ていったのが見えたけど。」
「大した内輪揉めじゃないんで、大丈夫ですよ。」
『ベースとドラムが一緒に練習してくれないんですう~!』
茜、関係ない人を巻き込むのはやめようよ。それに、そんなことをこの2年生に言ったところでなにも変わらない。と思っていたけど、2年生は意外にもすっと真剣な顔になった。
「ふーん…さっきの二人はあなたたちのバンドより大切なモノがあるってことね。だったら、それよりも、あなたたちが大切なものになれば良いんじゃないかしら?」
2年生は茜のわがままに丁寧に答えてくれた。
「大切なもの…。私にとっては一番なのに…。」
2年生は茜の前まで行き、やさしく微笑んだ。
「案外、同じ仲間でも大切なものは違うものよ?それを受け入れるか、気持ちを変えさせるかはあなたたち次第ね。それじゃ、頑張ってね☆」
そう言い残し、2年生は教室を出て北棟の方に走っていった。私たち次第ね…。
「今日は帰ろっか。」
「…うん…。」
そうして練習は静かに解散となった。その日の夕日は、なんだかとても私たちの心の寂しさを強調させているように感じた。
土曜日。ゆっくりと目を覚ました。起きて早々、ベッドの中で昨日の出来事が未だに頭にこびりついて離れない。英二たちにとっては、バンド活動はあくまでもサブなのだろうか。遊びなのだろうか。それとも、私との関係を繋ぎ止めるだけのもの?入学当初に思い浮かべていた私と茜のバンドというイメージから程遠い今の現状は、私の頭を永遠にかき乱す。
「はあ…。」
私はゆっくりと着替え、朝ご飯を食べに1階へ向かう。…なにやら騒がしいな。
リビングの扉を開けると、お父さんがソファでベースを弾いている後ろ姿が見える。朝からうるさい。
「お父さん、弾くなら自分の部屋で弾いてよ。リビング防音じゃないんだよ?」
「おお、つぐ。おはよう。朝はここの日当たりが良いんだよ。」
なんだその理由は。そう言いながら弾く手を止めない。
「にしても、最近ミックスの仕事ばっかでベース弾いてなかったじゃん。どうしたの?」
お父さんに尋ねると演奏の手が止まり、ようやく静かになった。
「お前からバンドの話を聞いたら昔のことを思い出してな。ちょっと弾きたくなったんだよ。いやあ、鈍ったなあ。」
そう言って肩を回す。朝からベースをリビングで鳴らす原因を作ったのは私自身だった。
「朝ご飯、あとつぐの分だけだから早く食べちゃいなー。」
お姉ちゃんに言われテーブルを見ると、私以外はもう全員朝ご飯を食べたようで、ポツンと一つだけ朝ご飯が置かれていた。時計を確認すると…もう10時を過ぎてる。寝すぎたな。
「ごちそうさまー。お母さんは?」
キッチンに皿を持っていき、お姉ちゃんに姿が見えないお母さんのことについて尋ねる。
「PAが足りなくなったらしくて、急遽ヘルプに朝早く出てったよ。スーパーアリーナって言ってたかな。あんた今日は用事あるの?バンドは?」
お母さんも大忙しだな。バンドについては聞かないでほしかったんだけど、そんなこと言ってられない。
「今日は茜の家行こうかと思ってる。バンドはうまくやるから。」
「うまくいってないんだ。まあ頑張りなね~。」
「うるさい。」
そうして私はギターを担いでとっとと茜の家に向かった。
「あらつぐちゃんおはよう。」
「おはようございます。音鳴らすのでうるさかったらすいません。」
茜の母親に挨拶をし、階段を上がる。上がっていくとテレキャスター特有の音が聞こえてくる。
「茜おはよー。」
扉を開けて見えた光景に驚いた。
茜はなぜか制服を着てギターを弾いている。
「あっつぐ!おはよ!」
「茜、なんで制服着てるの?今日土曜日だよ。」
「あ、着替えるの忘れてた!」
着替えるのを忘れてた?制服のまま布団に入ったというのだろうか。というかお風呂は?
「お風呂のときなんで着替えなかったの?」
「あ、お風呂忘れてた!」
お風呂忘れてた?もしや…。
「…茜、昨日寝た?」
「あ、寝るの忘れてた!」
「つまり、昨日帰ってきてから、寝ずにずっとギター弾いてたってことになるんだけど。」
「じゃあそういうことだ!」
そういうことだ!じゃないが。どれだけ没頭しているんだ。モチベーションに関する啓発本でも読んだのだろうか。いや、茜がギターの教則本以外を読む姿は全く想像できない。
私はケースからギターを取り出し、おもむろにベッドに腰掛ける。そうしてギターをアンプに繋いだ後、茜の元へ寄った。
「今すぐお風呂入ってきな。ギター弾くのはそれからね。」
私は無理やり茜からギターを引き剥がし、部屋の扉を開けた。
「えー、わかったよー…。」
茜は大人しく部屋着を持って部屋を出ていった。というか茜のお母さん、制服着替えなさいくらい言ってくれれば良いのに。言ったのに聞かなかったのかもしれないけど。
そうして茜の部屋に一人きりになった。ギターを弾く以外することもないので、とっととチューニングをする。
ウォーミングアップを済ませ、次のライブで演奏するフレーズの練習をする。練習をしたところで、本番では調子に乗ってアドリブを入れてしまうだろうと考えると、練習の意味を考えてしまうけど。
私は普段アドリブをするなんてことはない。ただ、あのバンドの中にいると、モンスター英二が暴れ出す。私はつい、その調子にノッてしまうのだ。ナルシストが2人もバンドにいたらパワーバランスがおかしくなってしまう。かわいい茜、ナルシスト私と英二、堅物の大智。うむ、駄目だ。
私と英二を一括りに同じ属性に分類してしまった自分に腹が立ってきた。どうしてあいつと同じだなんて考えてしまったんだ。あんな自分勝手と私は全然違うのに…。
駄目だ。英二たちについて考えないようにするために茜の家に来たのに、茜がいなかったら結局意味ないじゃん。早くお風呂から出てきて、茜ー。
「参上!」
勢いよく扉を開け、部屋着の茜が登場した。ほんのりとシャンプーのいい香りがする。
「待ってたよ。それじゃ、合わせようか。」
「つぐ、ストーップ!私が着替えることも夜ご飯もお風呂も忘れてギターを弾いていたことに違和感を感じたでしょ?」
そりゃ感じたとも。私は静かに頷く。というか夜ご飯も食べてないの?
「それは、私たちのバンドの曲を作っていたからなのです!つまりオリジナル曲を!」
「はあ。」
茜はギターを構え、ノブのボリュームをマックスにした。
「まだ歌詞はないんだけど、メロディとコードは一通りできた!」
茜はコードを鳴らし、鼻歌を歌い始める。一通り聞いた感じとしては、まだ未完成という感じだ。ただ、一晩でこれを作り上げたと考えると驚きを隠せない。
「ここ、こうしたほうが良いかもな…。」
茜は一通り演奏をした後、私がいることを忘れてしまったかのように後ろを向き、さっきの演奏とは少し変えたフレーズやタイミングでTAB譜をいじる。
「♪ふふふん ふふふふん…乾いた喉で叫ぶ…掠れた声に、かき鳴らすコード…胸にぶっ刺さるその音を…これだ!韻踏める!」
と思ったら、さっきの鼻歌に乗せるようにして作詞も始めてしまった。茜は歌詞をおもむろにメモする。
相変わらず思うけど、作詞作曲というものは、ここまで簡単にできてしまうものなのだろうか。こんなにすぐ出来るのなら、私にだって出来てしまえそうだと思うほど、茜はポンポンとアイデアを出していく。
これが、才能の差、というものだ。私にこの芸当はできないだろう。
しかし、これで曲ができたとして、完璧に披露することができるだろうか?茜に追いつけない私、茜の4人でバンドをしたいという気持ち、英二と大智にしてみればバンドはサブ活動で、英二に限ってはおそらく私のお父さん目当てという状況。大智に至ってはもはや何を考えているかすらわからない。バンド内で交差したこの考えのズレは、いずれ大きな問題を生じさせるような気がしてならない。バンドを組む仲間なのに、同じ道を歩いていなきゃバラバラも同然だ。
せっかく2人でいるんだし、順当に作曲をする茜に話を持ちかけてみることにした。1人で悩んでいるよりマシだろう。
「茜は、あの2人のことどう思う?」
茜は歌詞を書く手を止めて、視線はこちらに向けず静かに答えた。
「…あの2人しかいないよ。つぐは心配しなくても大丈夫。」
そう告げ、再びペンを動かし始めた。
茜の目には、自分には見えていない何かが映っているような、そんな気がした。
「それじゃあ、お邪魔しました。」
「気をつけてね、つぐ!」
気をつけるもなにも、向かい側だけどね。私は日が暮れる前には茜の家から自室に戻った。
ギターをケースから出し、スタンドに立てかける。そうして、椅子に溶けるようにして座り込んだ。スマホを取り出し、メッセージを開く。
〈つぐ:練習にはもう少し出てくれない?ライブするのは良いけど、せめて事前に教えて〉
英二にメッセージを送る。すると意外にも、すぐに連絡は帰ってきた。
〈イノウエ エイジ:そんなことよりお前もライブ来いよ、3ピースの方が盛り上がる〉
そんなことよりも?
私が真剣に悩んでいることがわからないのか?コイツは。
どこまでも…無神経な奴…。
私は思わずスマホを投げ出し、ギターを乱暴に手にする。アンプの音量をいつもより捻り、思い切り掻き鳴らした。
『ム”か”つ”く”ーー!!』
そうしてそのままベッドに倒れ込むようにして仰向けになった。ああもう、なにやってるんだろう…。このままで6月のライブは大丈夫なのだろうか。そんなことを考えていると、頭がぼーっとしてくる。
私はアンプのノイズをぼんやりと聞きながら、眠りについた。
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