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SignPØst Us  作者: サクナギ
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第10話 ギタリストよ分岐の選択を Part2

私が作ったグループは活発に活動し、練習の日にちはあっという間に埋まっていった。全員経験者なこともあり、スムーズに合わせ練習は行われた。



そして迎えた5月の1年生限定ライブ。軽音楽部の1年生は、部長の指示により音楽準備室に集合させられていた。ざわざわとした緊張感が漂う中、いくつものバンドが固まっているのが見える。前方の窓際には、Photon Burstの面々も見える。


そんな中、関園先輩が教室の最前でパンパンと手を叩く。


「はーい!みなさん静かにー!」


彼女の言葉ですっと落ち着く音楽準備室。


「えっと、改めまして、部長の関園 愛です。ケミカルスピーカーズのギターボーカルも担当しています。みんなにちゃんと挨拶するのは2回目かな、よろしくね。」


当たり前だが、教室の前方で一人で喋っているのだから注目される。その注目に関園先輩は耐えられないのか、なんだかうじうじとし始めた。ライブの時はあんなに豪快なのに。


「ええと…今日の体育館で行われる1年生限定ライブ、みんな気合い入れて…じゃなくて、無理せずに、初めてだと思うからそこまで緊張しなくてもいいからね。私とかはそうなんだけど、意外とステージに上がると緊張しないなんてこともあるから、気楽に行きましょう!…えっと、それじゃあ、点呼します!」


関園先輩はスカートからスマホを取り出し、点呼を始める。


「出る順番でバンド名を呼ぶので、揃っているバンドは手を上げてください!まず、ポジションα!」


後ろの方で手が上がる。


「次に、E-MODEL!…いるね。続いて…えっと…。大橋さん?いる?」

「あっはい。います!」


思い切り手を伸ばす。なんだろうか。


「バンド名なんだけど…”未定”っていうのは、その…夢幻遊行みたいな感じで読み方があるのかしら…?」


しまった、練習に明け暮れていたらすっかりバンド名のことなんか頭から抜けていた。


こんな瞬発的にバンド名を考えられるほど私の脳みその回転は早くない。とっさに茜の方を向くと完全に固まっている。まずい、何か考えなきゃ…。バンド名…。バンド名…。


『幼馴染 feat.NEVISTAでお願いしゃす!』


顔を上げると、英二が手を上げてそう宣言した。助け舟を出したつもりか?


「わかりました!幼馴染 feat.NEVISTAっと…。」


私は英二に耳打ちをする。


(ちょっとあんたさ、何その名前。ふざけてる?)

(お前らが黙ってっからだろ。)

(ちゃっかり自分たちの活動名まで入れちゃって、どこまでもおこがましい奴ね。)

(助けてやったんだから感謝くらいしろ。)


幼馴染 feat.NEVISTAって…。まあ良い、これ限りで解散するかもしれないバンドなんだから。


関園先輩は続けてバンドの点呼を取る。


「続いて、Photon Burst!」

『はい!!』


矢崎くんの大きな声が響く。


「あとは、Adam.com!…おっけー。赤色Circle!…おっけ、最後にAsobase8!…よし、全員揃ってるわね。」


先輩はスマホをしまい、パチンと手を叩き話を続ける。


「点呼が取れたということで、今後の流れを説明します!体育館はちょうど、今くらいかな…に開場して人が入ってきています。30分後には開演できるように、楽器等の確認をしておいてください!オープニングアクトのポジションαの方たちの楽器は既にステージにセットされています。バンドが交代するたびに楽器編成が変わっていくので、混乱しないように注意してください。」


はい、と元気よく一同で返事をする。


「それと、自分たちの番の1つ前には準備室にて待機するようにしてください!それまでは、観客席側でライブを見ていても構いません。説明は以上です!それではみなさん、体育館裏口まで行きましょう!あ、楽器忘れないでね!あと楽しんで~!」



私たちは関園先輩の後にぞろぞろと旧棟を出て、体育館裏口へ向かう。ふと北棟側を見ると、観客の列が出来ている。さすがは毎年恒例イベント、人の入りは良いようだ。



オープニングアクトを務めるポジションαと次に控えるE-MODELを除き、私たちは裏口から準備室に楽器を置き、観客席側に移動した。


「ポジションα、どんなバンドだろうね!」


茜はワクワクとしたその感情を身体で表している。


「たしかに、知らないバンドだから期待できるね。」

「俺たちより上手いってことはねえだろうがな。」

「英二、一言余計。」


そうして開演時間まで待機していると、ステージを覆う幕の裏から楽器の音が聞こえてくる。このワクワク感に期待を膨らませながら、ふと後ろを振り返ってみると、体育館をほとんど埋め尽くすほどの生徒たちが集まっていることに気づいた。これはすごい。この人たちの前で演奏をするのか…。やばい、緊張してきた。



緊張でしばらく黙っていると、開演のアナウンスが入り、幕が開いた。


そこには、女子で構成された4人編成のバンドが楽器を構えていた。


中央にギターボーカル、その後ろの下手側に若干寄るようにして中央にドラム。舞台上手手前にはベース。


そして何よりも目を引くのが、下手手前にいるキーボード。2台のキーボードは向かい合わせに設置され、キーボード担当はその間に立ち正面を向いている。演奏中はくるくる回って演奏するのだろうか。


幕が開ききり、ギターボーカルのMCが始まる。


『私たちは、運命共同体。ここに立っている4人は、あえて複数形として自らを定義することはしません。運命共同体としての”私”の、この姿を。本日、お披露目する機会を今、此処に得たことに、心より感謝を。』


そう告げるとギターボーカルは大きくゆっくりと手を広げる。


(重っ苦しいな。)


英二が腕を組みながら吐露する。


(そういうコンセプトなんでしょ、いちいち文句つけないの。)


そうしてポジションαの演奏が始まった。


マイナーキーのアルペジオから始まったゆったりとしたそのサウンドは、どこか悲壮感を漂わせるキーボードのメロディでイントロが終わる。


今にも途切れてしまいそうな、切ない歌声が体育館を響かせる。そうしてベース、ドラムと入っていき徐々に演奏に勢いが増す。


Bメロではテンポが上がり、ある種の物語性を曲の中で持たせようとしていることがわかる。というかこれはオリジナル曲か?


4人編成にしてはやけに音数が多いなと思いキーボードの方に目を向けると、驚くべき光景が広がっていた。


ボブカットで細身の彼女は、観客席側を向いたまま、両手で2つのキーボードを鳴らしている。おそらく、片方ではコードを、もう片方ではメロディを弾いている。ノールックで。そんな芸当が可能なのか。


最後はクリーントーンのギターソロが切なく曲を締めくくった。パチパチと拍手が響き渡る。オープニングアクトなんだし、もっと盛り上がる曲を演奏するバンドにしたほうが良かったんじゃないんですか、関園先輩。そしてMCが入る。


『メンバーを紹介いたします。Ba.SHAKE。Key.OKOME。Dr.OTSUKEMO。そして、Vo.&Gt.MISO。本日はありがとうございました。このような貴重な場で私の演奏を聞いていただけたことに、心より感謝を。ポジションαでございました。』


今日の朝ご飯を思い出す名前。演奏した曲とのギャップで頭がおかしくなりそうだ。拍手を背中にポジションαの面々がステージから降りる。同時に、一度幕が閉じる。


「いやー、これオープニングアクトでやるバンドじゃねえだろ。会場冷めてんぞ?」

「英二、声でかい。態度も。もうすぐ出番なんだからしっかりして。」

「ポジションα、神秘的ですごかったよお…。」


茜はポジションαの演奏に心撃たれたようだった。たしかに、演奏を聞く限り、全員経験者だろう。


「神秘的っつーか、あのキーボードは何者なんだ?あいつだけ浮いて演奏が上手かった。」


英二と同じことを思っていたことを悔しく思う。でも、あのOKOMEさんはかなりの熟達者であることは間違いないだろう。



しばらくすると再び幕が開く、と同時に拍手。MCが始まる。


『こんにちは、E-MODELです。』


その一言から始まり、シンセサイザーのピコピコとした音でイントロが始まる。70年代後半を思わせるサウンドだ。


下手側手前にギターボーカル、中央手前にベース、その後ろにどっしりと構えたドラム。上手にはキーボードが置いてある。…ギタボの位置おかしくないか?


「つぐ、準備室行くよ!」

「うん。」


E-MODELも気になるが、次は私たちの出番。準備室へ向かう。


英二はさっさと自分のベースを取り出し、チューニングをしていた。茜と私も続き、チューニングをする。それをスティックを持ち腕を組んで見守る大智。ドラマーはやることないもんな。


『♪…火を付けるよ』


なんだか物騒な言葉がステージ側から聞こえる中、準備を済ませた私たちはステージに上がる準備を済ませた。


「仮初のバンドでも、やるからにはガチでやるからな。」


英二は首を回し、気合いを入れている。


「当たり前、そんなこと。ガチでいくよ。」

「頑張ろうね、みんな!」



『…ありがとうございました。』


演奏を終えたE-MODELとすれ違い、ステージに出る。下手端にあるマイクを中央に移動させ、アンプを少し前方に移動させる。アンプにつなぎ、音の確認をする。


私たちは、下手にギター、その後ろ中央寄りにベース、上手にドラム、そして中央前方にボーカルといった配置になっている。


「つぐ、英二、大智、準備はいい?」


茜は中央に空色のギターを構え、私たちを見回す。


「それじゃ、ショータイム!」


茜はPAさんに合図をし、幕が開く。



体育館ステージからの景色。あの時、英二たちと見た景色とは全くと言って良いほど違った景色に見える。たくさんの人の注目を浴び、まだかまだかと押し寄せる期待の波が私たちまで伝わってくる。そんな中、茜はMCを始める。


『はじめましての方ははじめまして!ってかこれが最初だからみんな初めてか!』


おいおい大丈夫か茜、緊張でもしてるのか?


『私たちは幼馴染 feat.NEVISTAです!実は仮の名前で、このライブで上手くできなかったら私たち解散します!』

「ちょっと茜、そんなこと言わなくていい!」


とっさに突っ込んでしまった。幸い少し笑いが起きたので助かった。まったく、ヒヤヒヤする。


『あっごめん。えっと、曲はいつもお世話になっている関園先輩に感謝を込めて、ケミカルスピーカーズさんの”カタルシス”をカバーさせていただきたいと思います!それじゃあいっくよー!』



ドラムから入るこの曲は、大智の叩くドラムの正確さを際立たせる。


1小節が終わりギターとベースが同時に入る。そして茜のボーカル。


『♪死こそが救済 生きるは地獄 魂の行く末を定める時に逆らえず嘆く』


一度ブレイクが入りリードを弾く。


『♪孤高のメシアよ 盲目の我らに授けしその軋轢を 拮抗する叫びを聞き給え』


聞いてみると、英二は原曲とは違うベースラインを弾いている。原曲ではルート音を鳴らして支える安定したベースだが、英二はハイフレット付近を弾いたと思ったらスラップをし始める。モンスターめ、暴れ出したな。


『♪過熱するシナプスに焼いて焼かれて 愛し悶える』


英二の暴走は止まらない。それだったらこっちもそのまま答えてやる。


『♪この先待ち受ける焦燥と感情の開放を目前に 我ら此処にあらず魂は尽きる』


1番の歌詞を歌い終わったと同時に、エフェクターを踏み、本来存在しないギターソロを弾く。普段即興で演奏をしている英二と大智、それに茜なら私のアドリブについてこれるだろう。


スケールをなぞりながら叫び声のような高音を響かせる。予想通り、ドラムは1小節分増え、ベースも私に合わせ大人しくなった。茜も順当にバッキングをしている。



そうしてあっという間に1曲の演奏を終えた。


…完全に暴れてしまった。関園先輩が言っていた、スイッチが入るとはこのことかもしれない。私たちはカバーというより、アレンジ曲を披露してしまった。


『ケミカルスピーカーズさんより、”カタルシス”でした!ありがとうございました!』


歓声が私たちを包み込む。どうやら観客の反応は上々なようだ。


『最後にメンバー紹介します!まずは私、Vo.&Gt.の茜です!いえい!』


ジャカジャンとひと鳴らし。


『続いてGt.つぐ!』


簡単にスケールを響かせる。


『Ba.NENE!』


ここぞとばかりにスラップをする。黄色い歓声が聞こえ、まんざらでも無さそうな表情を見せる。なんなのコイツ。


『Dr.VISTA!』


基本的なフィルインを叩く。


『ということで、幼馴染 feat.NEVISTAでした!ありがとうございました!みんなバイバイ!大好きだよー!』


手を振りながら退場する茜。アイドルか。


幕は閉じ、次に演奏するPhoton Burstとすれ違いざまに、藤崎さんが話しかけてくる。


「よっ、バンド組めて良かったねっ。」


ニコッとし、すれ違いでステージに上がっていった。仮初のバンドだけどね。私たちがこれから続いていくかは、英二の判断にかかっている。



幕が開き、Photon Burstの出番が始まる。準備室で片付けをしながら、聞こえてくるMCを聞く。


『みなさん初めまして、Photon BurstのVo.澪です。私たちは組んで1ヶ月ということですが、リーダーの矢崎くんの頑張りにより、初っ端からオリ曲でかっ飛ばして行きます!用意はできてるかー!』


まさか、オリジナル曲をもう作ったというのか。矢崎くん、やるな。英二はその言葉になぜか悔しそうな表情を浮かべる。オリ曲やりたかったの?解散するかもしれないとか言っておいて?


「わああ…。私もオリジナル曲、やりたい!ね、つぐ!」


茜は中学の時から作詞作曲をしている。彼女が取りかかれば、すぐにオリジナル曲はできてしまうだろう。だがそれ以前に、このバンドがこのまま続いていくのか、それを確定させる必要がある。


英二の方を見ると、そそくさとベースを片付けている。


「んで、どうなの?英二。どうぞ、今回のライブのフィードバックをお聞かせください。」


英二は片付けの手を止め、大智と目を見合わせ、腕を組み少々考える仕草を見せた。Photon Busrtの曲をバックに、英二のフィードバックを待つだけの時間が過ぎていく。長考するな、イライラしてきた。


「英二、早くしてくれない?そんなに悩むくらいだったら…」

「やってくぞ。俺たちで。」

「えっ?」


思わず聞き返してしまった。英二はため息をつき、もう一度私に言い聞かせるように言った。


「俺たち4人で、バンドをやっていくぞって言ったんだ。今回の演奏、悪くなかった。茜の演奏も、本番で聞いてりゃ最高じゃねえか、ちょっと走ってるとこもあったけどな。」


茜はそれを聞き、目を輝かせながらぴょんぴょんと跳ね上がった。


「やったあ!!英二、大智、よろしくね!」



こうして、結局茜の運命とやらが証明されたと同時に、予想もしていなかった編成のバンドは結成された。




次回 第11話 見たことのない標識 Part1

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