3月前半
先月、山田班の救出に向かったのは3人だった。
たったの3人と思うかもしれないが、
それ以上増やすと面倒事になりそうだったので
敢えてその人数で挑んだのである。
魔法学園より甲斐晃と不破稔、
魔法大学より天神昇。
以上が内訳であり、主役は不破稔が務めた。
ダンジョン内に突然出来上がった謎の壁。
12名もの下級生が強敵と共に閉じ込められ、
一刻も早い救助が求められた。
しかしダンジョンの壁は非常に硬く、
国内2位、世界3位の魔力の持ち主である
高音凛々子でさえ完全な破壊には至らない。
ではどうすればいいのか。
答えは単純だ。
それよりも強い力をぶつければいい。
世界最強の魔力を。
後日、2年生の教室にて。
「それで……彼女が不破先輩だ」
「は〜い、みんな〜!
やっと直接挨拶できて嬉しいわぁ〜!
紹介してもらった通り、私が不破稔です!
来年は同じクラスだからよろしくねぇ〜!」
「先輩……
留年を前提に自己紹介しないでくださいよ」
「それはほら〜
今年は色々あって勉強を見てもらう時間が……」
「先輩は現場には出ませんでしたよね?
自習する時間なら充分にあったでしょう」
「……あ、そうだ
美味しいクッキーを持ってきたのよ〜」
「今年もだめだな」
本人の『みんなを怖がらせたくない』意思を尊重し、
不破先輩を誰かに紹介するつもりは無かった。
しかしタワーから連れ出す際にどうしても
彼女の魔力が周囲にダダ漏れになってしまい、
もう隠し切れないと悟った先輩は覚悟を決め、
こうして後輩たちの前に姿を現したのである。
「へ、へえ……すげえじゃん
世界最強の魔法使いねえ……
めっ、滅茶苦茶カッケェよなぁ……っ!」
「ヒロシ
声が震えてるぞ」
「いやっ、これは……
最近ちょっと風邪気味でさあ!」
怯えているのを隠し切れていない。
度胸のあるヒロシでさえこの有様だ。
先輩にその気が無くとも、あまりにも強大な魔力が
他の魔法能力者によからぬ影響を与えてしまうのだ。
俺自身、他人から怖がられるという経験を
多く味わってきたから理解できる。
このような反応をされると、怒りや悲しみよりも
まず罪悪感が込み上げてくる。
それがたまらなく嫌なのだ。
だから不破先輩を紹介したくなかったのだ。
「しかしまあ、そんなすげえ人が
おれらの上の階に住んでたとはなあ
このおれが気づけなかったってことは、
あの天井は魔力を遮断する特別製だな」
「魔力を遮断……?
そんな素材があるのなら、
もっと早く教えてもらいたかったな
魔力の無い俺でも抵抗力を得られるのだろう?」
「ん〜……
いや、お前の考えてるのとは少し違う
たしかにそれは魔力を遮断できるが……
“人間が放つ魔力”に対してだけで、
“魔物が使う魔力攻撃”に対しては意味がねえんだ」
「そうか、それは残念だ……」
そのやり取りをしている間も、
学園最強の魔法使いであるセンリが
終始全身を震えっぱなしの状態であった。
不破稔……世界最強の魔力の持ち主……。
俺からすればただ自堕落なだけの先輩なのだが、
彼らにとっては畏怖すべき対象らしい。
魔法能力者だけに備わる特殊な器官が、
否応無しに身の危険を感じ取ってしまうのである。
「リリコ、お前も震えているな」
「バイブだよ」
「そうか……
松本さん、君もバイブか?」
「なんて質問をするの!?
私は絶対に違うからね!?
……高音さん!!
アキラ君に変な言葉を教えないで!!」
よくわからないが、使わない方がいい言葉らしい。
それはさておき、今回の救出劇では
異例の事態が立て続けに起こっていた。
バルログ2体の同時発生、急激な地形の変化、
落とし穴によるダンジョンワープ、
そのどれもが予想だにしない展開であった。
学術的に興味がある。
それは国立魔法技術研究所の面々も同じようで、
これからしばらく彼らは学園に留まり、
原因究明のために調査を行うことになった。
その活動は本家の調査隊である
北澤さんが指揮を執る手筈となっている。
「まずバルログが2体出現した件だけど、
それはもう完全に事故としか言いようがない
魔物の発生時期や個体数なんかは、
人間がきっちりと管理できるものではないからね
山田君たちは運が悪かった……それに尽きる」
それでも彼らは全員が無事に生還できた。
不幸中の幸いというやつだ。
「地形の変化については詳しく調べる必要があるな
落とし穴の件といい、まるでダンジョンが
意思を持っているかのような反応だ
まあ実際に意思があるかどうかはさておき、
なんらかの条件でそうなった可能性が高い」
こんな説がある。
『ダンジョンそのものが1匹の魔物である』と。
コアを破壊すればダンジョンが消滅するあたり、
その説はあながち間違いとは言い切れない。
で、その説が正しいとすると、
ダンジョンは自身の体内に侵入した異物に対して
特定の反応を示したということになる。
まるで病原菌を追い払う免疫機能のように。
──学園ダンジョン第4層。
そこには全訓練官3名、全3年生6名、
玉置を除いた2年生11名、調査隊3名、研究員7名、
そしてこれから試験に挑む1年生50名が集結し、
計80名もの大所帯が出来上がっていた。
「壁……というか、
例の通路はすっかり元通りになっているね
探知魔法で魔力の痕跡を辿ってみたけど、
あの日の翌日にはもうこの状態だったようだ」
『巨乳には通れない通路』。
誰がそう呼び始めたのかは定かではないが、
その便利な小道は元の見慣れた姿に戻っている。
結果的に俺たちが救出に向かわなくても
山田班は自力で帰還することは可能だったが、
それを当時の彼らに判断できたはずがない。
あの時は皆、生き残ろうと必死だったのだ。
選択を誤って先へ進んでいたかもしれない。
ドラゴンの湧く第6層へと。
「……それじゃあアキラ君、頼むよ」
「はい、行ってきます」
そして俺は全員が見守る中、
安全確認のため例の通路に体を滑らせる。
それは本来、調査隊の仕事なのだが
もしまた隔離されてしまった場合、
単独でバルログの相手ができるのは俺だけなので
業務委託という形でその任務を請け負った。
この小道は名前のせいで誤解されがちだが、
胸のでかい女子だけが通れないというわけではない。
男女問わず肥満体型の持ち主はもちろん、
極端に膨らませた筋肉があっても進行不能になる。
俺も筋肉はある方だが、それとは違う。
程良く引き締まった肉体と、
猫のように柔らかい関節が
この難所の通行を可能にしているのだ。
「特に異状はありませんでした」
「ああ、ご苦労だったね
無事で何よりだ
これで俺たちも安心して調査を進められるよ」
そうは言うが、ダンジョンでは何が起こるか……
いや、気にしすぎるのもよくない。
調査隊の方々は在学生の俺たちよりも
遥かに場数を踏んできたプロだ。
地形変化の原因究明は彼らに任せて、
俺たちは俺たちの仕事に専念しよう。
調査隊以外の人員は例の通路を避け、
2班に分かれて東西のルートから
北の広間を目指した。
目的は1年生によるバルログ討伐の護衛だ。
あんな出来事があった後ではあるが、
進級試験は行わなければならない。
今回の護衛対象は、
まだ試験を受けていない42名に加えて
初回でバルログ討伐に失敗した第一陣を含む、
合計50名もの1年生たちだ。
これだけの人数なら討伐自体は容易いだろう。
しかし、先日の件があるので楽観視はできない。
護衛役は本来3年生の担当だが、特例措置として
2年生もほぼ総動員する運びとなった。
少し過保護な気もするが、
何かが起こってからでは遅い。
これくらい慎重になっても構わないだろう。
俺は東側のルートを進行中、
花畑にてある異変に遭遇した。
「みんな、ちょっとあれを見てくれ
ほら……
コツバメが宙を舞っている」
コツバメ……春を代表する蝶だ。
だが、このダンジョンにおいては
季節など関係無く一年中生息できるらしい。
今まで入口側の花畑でしか見かけなかったが、
これも先日の地形変化による影響だろうか。
「あ、本当だ!
こっちにもお引越ししたんだね〜
ヒロシ、写真よろしく♪」
「オッケー
……ましろちゃん、そこどいてくれ
肝心の被写体が半分しか写せないから」
やはり同級生たちの反応はこんなものか。
まあ、ある意味予想通りで安心感すら覚える。
「よし、サンプルとして
あの蝶を研究所に持ち帰ろう
おい誰か、何羽か捕まえてきてくれ」
「え、僕は虫触れないんで」
「私も無理ですね」
「係長が捕まえてみては?」
「え〜、俺だってやだよ〜」
研究所の所員さんたちもどこか楽しそうだ。
普段はダンジョンに入る機会が無いので、
ちょっとした遠足気分なのかもしれない。
それはそうと、俺は担いだ駕籠に向かって尋ねた。
「不破先輩
乗り心地はいかがですか?」
その乗り物は魔力を遮断する素材で出来ており、
“周囲に恐怖を与えずに彼女を移動させる方法”
を考えて導き出した結果がこれである。
なんだか仕留めた獲物を運んでいるようで
先輩には申し訳なく思っていたのだが、
「時代劇の偉い人になった気分」だそうで、
案外悪くない評価を頂けたので良しとしよう。
ただ、いくら魔力を遮断できるといっても
空気穴が存在するので完全に、とはいかない。
この乗り物は2人掛かりで運ぶ必要があり、
もう1人の担ぎ手はどうしても至近距離で
その空気穴から漏れる恐怖に耐えねばならない。
「津田先生
さっきから顔色が優れないようですが、
急に手を離したりしないでくださいね」
「わ、わかってるよ……
理事長のご令嬢に怪我なんかさせられないし、
それにこの駕籠……30億円くらいするんだろ?
傷付けられるわけがないじゃないか……」
30億円……値段なんて聞きたくなかった。
あまりの金額に、こっちまで身震いしそうになる。
相方がこの男である理由だが……
身長が近く、体力が有り余っているからだ。
もっと責任感のある人物に任せたかったが、
前後の高さが合わないと乗り心地が悪くなるので
これは仕方のないことだと諦めるしかない。
そして本日の目的である進級試験だが……
特に苦戦することなく、
あっさりと終わってしまった。
50人掛かりなのだから当然だ。
彼らは防御役すら必要とせず、
バインドを使える数人が交代で標的を拘束し、
あとは残りのメンバーが取り囲んで
思い思いの攻撃魔法をぶっ放すだけの作業だった。
中には何もしていない者の姿もあったが、
その大半はサボろうとしていたのではなく、
攻撃を仕掛ける前に戦闘が終わったのである。
「チッ、これで全員合格かよ
まあ随分と雑なモンだよなぁ
俺らん時はギリギリの戦いだったってのによぉ
こんなに甘やかして使い物になんのか?」
「やめておけ、マサシ
事情はお前も聞いているだろう
それに“質より量”も立派な戦術だ
彼らはその強みを活かして勝利した
……それでいいじゃないか」
質より量、か……。
実際には質の面で優れている生徒もいるが、
佐々木先輩の言いたいこともわかる。
現時点で80名もの1年生が学園に在籍しており、
その大半は過去の生徒の能力評価と比較して
控えめな数値の持ち主が多い。
無論、数字では測れない強さというのはあるが、
大抵のことは数字通りの結果になるものだ。
「しかし、どうして今年はこんなにも
1年生が残ってくれたんだろうね?
僕らの時はたしか10人切ってたよね」
「ああ……
誰が盾役になるかで揉めていたな
結局俺が慣れない重鎧を着る羽目に……
まあ、そのおかげで重装備での立ち回りを
覚えるきっかけにはなったんだがな」
先輩たちの代は10人以下だったのか……。
そしてやはり防御役は昔から不人気らしい。
一番危険な役割なので当然ではあるが。
「こんなに1年が残った理由なんてアレでしょ?
アタシたちの頑張りを目の当たりにして、
自分も立派な冒険者になりたいと思ったのよ」
それが正解かもしれない。
自画自賛になるが、俺たちはよくやった。
ティルナノーグ火災に新宿テロ。
2つの大事件の処理をこなし、
冒険者として一皮剥けることができた。
それを見ていた後輩たちが憧れの感情を抱いたり、
確固たる使命感に駆られても不思議ではない。
それと先輩方がどう感じているかはわからないが、
去年と比べて上級生と下級生の交流の頻度が
多かったような気がする。
俺はほとんど特定の女子としか関わらなかったが、
同級生たちは割と手広く面倒を見ていたようだ。
その辺の仲の良さも関係していると思う。
──数日後、調査隊の北澤さんから
例の通路に関する調査結果を知らされた。
「色々試した結果、どうやらあの通路には
人数制限があることが判明したよ
12人まではセーフだけど、それを超えると
地形変化と落とし穴の仕掛けが発動するんだ」
「人数ですか……
どうりで前例が無いわけだ
普通のパーティーは3〜6人程度ですからね」
「ちなみに落とし穴の位置は隊列の中央固定で、
13人の場合は秋田県か鳥取県のどこか、
14人だと北海道か石川県か富山県のどこか、
15人だとカナダかアルゼンチンに飛ばされるよ」
「実際に落ちて確かめたんですね……」
「まあ、まだ試行回数が少ないから
行き先の候補を調べ尽くせてないけどね
無料で旅ができると思えば安上がりだけど、
狙った場所へ行けないのが難点だなあ」
ダンジョンワープ……改めて不思議な現象だ。
しかし今回の調査で、その現象を人間の手で
意図的に引き起こすことが可能だと判明した。
これは非常に大きな発見だ。
基本情報
氏名:神崎 久遠 (かんざき くおん)
性別:女
サイズ:D
年齢:16歳 (1月4日生まれ)
身長:157cm
体重:50kg
血液型:A型
アルカナ:戦車
属性:雷
武器:プチ村正 (片手剣)
防具:バトル巫女ス (衣装)
能力評価 (7段階)
P:7
S:7
T:5
F:6
C:5
登録魔法
・疾風迅雷
・水月鏡花