2月後半
「アリア
今日は誕生日だろう?
こんな物を用意したんだが……
受け取ってくれるか?」
「え、先輩
これって…………こけし……ですよね?」
「ああ、以前人形に興味があると
言っていただろう?
日頃の感謝の気持ちを込めて彫ってみたんだが
あまり精巧な出来栄えとは言えないし、
もし気に入らないのならそう言ってくれ」
「先輩が彫ったんですか!?
そういえばどことなく私っぽいかも……
いります要ります! 気に入ります!」
「それならよかった」
俺は迷信の類を信じてはいないが
こけしには健康祈願の意味が込められており、
とりあえず縁起物を貰って喜ばない人は少ない。
アリアに大層喜んでもらえたようで何よりだ。
「先輩、その……
のぞみの分も用意してありますか?」
「ん?
ああ、あるぞ
のぞみは来月の21日だよな?」
「……はい!」
──俺が後輩との仲で悩んでいる間、
ヒロシの方でも後輩関連のトラブルがあったらしい。
どうやら一番懐いていた有馬に裏切られたらしく、
ちょっとした人間不信に陥っているようだ。
「ヒロシ
お前のこけしも彫ってやろうか?」
「えっ、いや
今はいい……かな」
断られてしまった。
「しっかし有馬の野郎も恩知らずだよなぁ
今まで散々ヒロシの世話になっといて、
よくもまあ抜け抜けと先輩のせいにできたもんだ
週1ペースでラーメン奢ってやったんだろ?
過去の飲食代を全額請求してやれ!」
「いや、それはみみっちい気が……」
「うーん……
彼の勢い任せな性格からすると、
売り言葉に買い言葉だった可能性も
あるんじゃあないかな?」
「あ〜、それはあるかも……」
「へっ、んなモン関係ねえよ
本気かどうかはともかく、
その言葉を口にしたのが問題なんだよ」
「……ヒロシ君
この件に関して七瀬君は何か言ってたかい?」
「そりゃまあ、すんごく謝ってきたけど……
あいつに頭下げられてもなあ」
「有馬君と仲直りしたいと思う?」
「え?
う〜ん、今はまだわかんねえや
なんかまだ実感が薄いっつーか、
他人事のように感じてる部分があってさ
……センリ、正堂
とりあえずありがとな
愚痴ったら少し気が楽になったわ」
「おう、力になれたようでよかったぜ」
「また何かあったら話を聞くよ」
……。
俺は力不足だったようだ。
午前の学習時間、その休み時間に
奇妙な物体が教室に入ってきた。
大きさは手の平程度、材質は紙で出来ており、
形状はなんだか流氷の天使クリオネのようである。
その紙細工は風も無いのにヒラヒラと宙を舞い、
まるで自分の意思を持っているかのように
あちこちを彷徨うのだった。
「“練習中”と書いてある
これは誰かが魔法で操っている物とみて
間違いないよな?」
「ああ……
こいつは驚いたぜ
超レア能力の“念力”だ
見ての通り、手で触れずとも物を動かせるんだぜ
おれの探知によると、発信源は1年の教室からだ」
「はは、ここまで飛ばせるようになったか
実はこれ、神崎さんの能力なんだ
ちなみにその紙細工は陰陽師が
式神を召喚する際に使用する“式札”らしいよ」
神崎さん……いつも巫女服のあの子だ。
実体化以外で物質に干渉できる能力……
なかなかすごい才能の持ち主だったようだ。
「これはダンジョン内での連絡手段に使えそうだな」
「ん〜、それはどうかな
歩いた方が早いし、火・水・風に弱いし、
操作には相当な集中力を要求されるから、
それ以外の行動が制限されちゃうんだよね」
「つまり今、彼女はすごく集中しているんだな?
1年生は授業中だというのに……」
「ああ、うん
あとで注意しておくよ」
正堂君は式札に『授業に集中!』と書き込み、
それを廊下に解き放った。
以前、神崎さんの刀の扱いがお粗末だったので
『正堂正宗を頼るといい』と助言したことがある。
それから一切交流は無かったが、正堂君と神崎さんは
どうやら良好な師弟関係を築くことができたらしい。
その日の午後、1年生たちは進級試験に挑戦した。
第4パーティーの人数は過去最多の12人。
個々の戦力は大したことがないものの、
数の暴力で乗り切ろうという作戦だ。
そしてその烏合の衆の中には神崎久遠の姿もあり、
同席するメンバーたちは少々不安を抱えていた。
「神崎さん
あなたはついてくるだけでいいわ
魔物と戦うのは全部私たちに任せて、
後ろの方でおとなしくしていなさい」
「しかし門倉殿
拙者は巫女剣士ゆえ、
最前線で敵と刃を交える所存でござるが……」
「ござるって……
いやいや、それをやめろと言ってるのよ!
頼むから余計なことはしないでちょうだい!
ポンコツが出しゃばろうとしちゃだめでしょう!」
「拙者が……ポンコツ…………」
「ちょっ、門倉さん言い過ぎ!
もっとオブラートに包んであげないと!」
「だって本当のことでしょう!
こういうのは先にハッキリ伝えておかないと、
いずれ私たちが迷惑を被ることになるのよ!
ほら、有馬とかいう愚か者のようにね!」
「いや、そうかもしれないけどさ……」
「……では門倉殿の判断に従おう」
「えっ、神崎さん
このクソ女から言われっぱなしでいいの?」
「雰囲気からして、彼女が隊長なのだろう?
ならば上からの命令には従うしかあるまい」
「リーダーは山田君だよ」
「山田殿
拙者はどうすればいい?」
「え〜っと……
とりあえず指示があるまでは待機でよろしく」
「御意」
神崎久遠の評判は散々だった。
スライムを見れば反射的に飛び掛かって
悪臭のする液体を浴びせられて泣きじゃくり、
馬人間を斬れば気持ち悪くなってゲロを吐き、
刃物の通じないゴーレムに斬り掛かって
しょっちゅうレンタルソードを折るわ……
彼女はポンコツ呼ばわりされても仕方ない所業を
これまでに積み重ねてきたのだ。
それゆえ2学期はどのパーティーにも歓迎されず、
完全なるソロプレイを余儀無くされたのである。
第1層。
早速スライムの姿があって一行は緊張するが、
神崎は事前の指示に従い、これをスルー。
荷物持ちの水原はタオルに手を伸ばしていたが、
それを使わずに済んでホッと胸を撫で下ろす。
第2層。
コボルトの群れが3つ、合計15匹と交戦する。
ここでは神崎も戦わせようかと迷うものの、
リーダー山田は作戦を変更せずに乗り切った。
この程度の相手に苦戦するようでは、
バルログ討伐など夢のまた夢だ。
第3層。
有名な精霊ゾーンだ。
物理は効かず、魔法が有効なフロアである。
倒すことは容易いが、この後のボス戦に備えて
なるべくMPは温存しておかねばならない。
不要な戦闘は避け、さっさと先へ進もう。
「サンダーストーム!!」
「「 ええっ!? 」」
一行は神崎に注目するが、
魔法を使ったのは彼女ではない。
「何してんの門倉さん!?
ここの敵は無視するって打ち合わせたでしょ!?」
「ええ、そうだけれど……
これからボス討伐するにあたり、
初めて組むメンバーに私の攻撃力を
お披露目しておく必要があると思ってね」
「でも相手は雷属性のジンだよ!?
雷属性の攻撃が効くわけないでしょ!?」
「ついうっかりしただけじゃないの
そうカリカリしないでもらえるかしら?
これだから肉食家は気が短くて困るわ〜」
「クソ女……!」
結局、門倉のせいで5匹の敵と戦う羽目になった。
そして目的地の第4層。
初めてこの場所を訪れるメンバーたちは
ダンジョンに花畑がある光景に魅入られ、
小休止の時間を利用して記念撮影を行った。
奥の方にはもっとすごい花畑があると聞き、
彼らのテンションは高まるばかりだ。
だが、花畑目当てでここへ来たわけではない。
目的はあくまでバルログの討伐。
進級試験の最中であることを忘れてはならない。
ここでリーダー山田が仲間に作戦を告げる。
事前にも伝えてあるが、再確認のためだ。
「僕たちはこれから
『巨乳には通れない通路』へと向かい、
そこに陣を張って標的を迎え討つ!
去年、松本先輩の班はそれと似たやり方で
全員無傷で試験を突破したそうだ!」
魔物が通れないほど狭い通路からの攻撃。
とても地味な絵面になるが合理的であり、
あまり強くないとされている彼らでも
充分に勝機を見出せる戦術だった。
同行者の内藤訓練官と黒岩透先輩は
彼らが賢い選択をしたことに安堵し、
余裕を持って成り行きを見守ることができた。
例の通路を進行中、
スレンダーボディーの中野さんが不満を漏らす。
とはいえ本気で怒っている感じではなく、
場を盛り上げるための冗談のつもりだったのだろう。
「しっかし、この通路の名前どうにかなんないの?
裏を返せば『巨乳以外は通れる通路』だし、
すんなり通れちゃう私は屈辱なんですけど〜!」
「いや、僕が付けた名前じゃないし……」
他の女子メンバーもその話題に便乗する。
「じゃあ他の名前を考えてみるー?」
「それなら『貧乳ロード』とかどうよ?」
「もっとだめじゃん!」
仲間たちがワハハと笑い合う。
これからボス戦だというのにこの余裕。
少し緊張感が欠如しているとは思うが、
ガチガチに固まって実力を発揮できないよりはいい。
「あなたたち!! 何を笑っているの!!
これは紛れもない女性蔑視じゃないの!!
人の体格を指して嘲笑うだなんて、
あまりにも下品な行為であるとは思わないの!?
恥を知りなさい!! 恥を!!」
ただ1人、冗談だと受け止められない女子がいた。
彼女の言い分は正しい。
誰かの外見を笑いのネタにするのは
たしかに良くないことなのだろう。
非はこちらにある。それは理解している。
だが、せっかくのリラックスムードを
ぶち壊してまで伝える必要はあったのだろうか。
戦いの後に発言するのではだめだったのだろうか。
これから強敵を相手にするというのに、
士気を下げないでほしかった。
しかし門倉が正論を言っているだけに、
誰も反論することができない。
彼らはモヤモヤした気分のまま通路を進んだ。
通路の終点で山田が足を止め、
仲間に少し下がるよう合図を送る。
その顔は怒っているような、怯えているような、
とにかくこれ以上ないほどに真剣な表情であった。
「いる! いる……っ!!」
何が、と聞く必要は無いだろう。
リーダーはそれを目撃したのだ。
体長3m50cmの、翼の生えた熊……バルログを。
彼らはとうとうこの時がやってきたのだと覚悟し、
ゆっくり深呼吸して心の準備を整える。
先頭の山田は盾を2枚重ねにして万が一に備え、
そのすぐ後ろには槍使いの浅井を配置し、
ファランクス戦法で物理ダメージを狙う。
だがそれはおまけであり、本命のダメージソースは
3人目以降の攻撃魔法である。
全部で12人いるのだ。
全員のMPが尽きる前に倒せる可能性は高い。
もし倒し切れなくても一時撤退するか
通路で休めばよく、慌てる必要は無い。
この敵は時間さえかければ誰でも確実に倒せる。
去年の先輩方がそれを証明してくれている。
だが、どんなに周到な作戦を立てたとしても
想定外の事態というものはいつだって起こり得る。
「どうしよう山田君!?
後ろからも来てる!!
挟み撃ちだよこれ!!」
どうやら通路の後方から魔物が侵入したらしい。
そんな小さいサイズの敵いたかな?と思いつつ、
山田は的確な指示を飛ばす。
「もうバルログが迫ってきてるから、
今こっちは手が離せない!
後ろの数人で対処してくれ!」
「無理だよ!!」
そんなあっさり諦めなくても……
と呆れる山田だったが、
次の一言で認識を改めるのだった。
「こっちにもバルログがいるんだよ!!」
挟み撃ち。
それも、現在の1年生にとって最強の魔物である
バルログ2匹による挟み撃ちときた。
この異常事態はさすがに想定しておらず、
リーダー山田は仲間にどんな指示を送るべきか
必死に頭を働かせた。
「よ……よし、こうしよう!!
こっちの奴だけを全力で倒す!!
後ろのバルログは無視しよう!!
どうせここには入ってこれやしないんだ!!」
「それもできないよ!!」
「なんで!?」
「どんどん通路が広がってるんだよ!!」
「えええええっ!?」
左右を確認すると、いつのまにか通路の幅が
5cmほど広がっているではないか。
壁に触れると微かな振動が手の平に伝わり、
3秒に1mmのペースで離れてゆくのがわかった。
1分で2cm。10分後には20cmだ。
そこまで広がってしまったらもう、
『巨乳でも通れる通路』になってしまう。
さて、これはどうしたものか。
このままでは通路が開き切ってしまい、
烏合の衆であるこのパーティーが両側から
蹂躙される未来しかないのは目に見えている。
「仕方ない……
黒岩、やるぞ」
「ええ、我々の出番ですね
……君たち、しゃがんでくれ
頭上を失礼させてもらう」
1年生たちはハッと気づく。
この場には試験監督として訓練官が、
そしてこのような有事に備えて
3年生の先輩が同行してくれていたのだ。
どちらも優れた剣士だと聞いている。
これでひとまず安心だ。
そう思っていたのだが……
突如として2人の足元にポッカリと大きな穴が空き、
彼らは重力に逆らえずに強制退場させられたのだ。
その穴は夜の海よりも暗く、
どこまで続いているのかわからない。
1年生たちは少し覗くだけでも身が竦み、
自分も吸い込まれてしまうのではないかという
得体の知れない恐怖に支配される。
そんな彼らに今できることといえば、
2人が無事であると信じて叫ぶことだった。
「先生えええぇぇっ!!!」
「黒岩先輩ーーーっ!!!」
だが、いくら穴に向かって呼び掛けても返事は無い。
悪い想像が脳裏をよぎる。
2人は深さが不明な穴に落ちたのだ。
たとえどんなに防具で身を固めていたとしても、
落下の衝撃で潰れてしまったとも考えられる。
ゴゴゴゴゴ……!
そして無情にも辺り一帯が激しく揺れ出し、
通路の広がるペースが加速する。
あと5分もすればバルログが通れるだけの幅になり、
この弱小パーティーは瞬く間に全滅するだろう。
保護者不在の現状で全滅した場合、
それは確実なる死を意味する。
強敵に挟まれ、護衛役の熟練者が穴に落ち、
安全地帯であるはずの通路が広がりつつある。
彼らは今、冷静ではいられなかった。
「やっ、ちょっと……!!
これかなりまずいよ!!」
「逃げ道塞がってんだけど!!」
「童貞のまま死にたくないよーーーっ!!」
「山田君!!
私たちはどうすればいいの!?」
「そうだよ山田!!
こんな場合の対策とか練ってあるんだよね!?」
「リーダーならさっさと指示を出しなさい!!」
混乱する一同はリーダーに救いを求めたが……
「僕だってどうしたらいいかわかんないよ!!」
まあ、当然の反応である。
基本情報
氏名:七瀬 圭介 (ななせ けいすけ)
性別:男
年齢:16歳 (9月15日生まれ)
身長:170cm
体重:65kg
血液型:B型
アルカナ:法王
属性:氷
武器:アイスジャベリン (槍)
防具:プリテンダー (盾)
防具:サンセバスチャン (重鎧)
アクセサリー:ゴールドトロフィー
能力評価 (7段階)
P:6
S:5
T:8
F:5
C:6
登録魔法
・アイスストーム
・アブソリュートゼロ
・フリーズ
・マジックシールド
・マジックアーマー
・ライジングフォース
・ヴェクサシオン
・ヒール
・サンクチュアリ