リューさんの正体は久我龍一
ユキがネトゲの中で出会った初めてのフレンド、
決闘者のリュー氏とは一体何者なのか。
果たして彼を信用してもよいのだろうか。
それを確かめるべく、早苗は策を講じた。
コツバメ:こんばんは
リュー:こんー
リュー:コツバメさん、そちらは?
コツバメ:学校の
コツバメ:同級生です
白雪姫子:どうもはじめまして〜
白雪姫子:65独歩幅やってます
※レベル65、毒ポーション型薬草師の略
リュー:へえ、リア友ですか
リュー:僕の周りにはゲーマーの友達がいないので
リュー:羨ましいですね
「友達そのものがいなかったりして」
「ちょっ、早苗……失礼だよ!」
白雪姫子:昨日はこの子がお世話になりました
白雪姫子:最近部活が忙しくて
白雪姫子:なかなか遊ぶ時間が取れないんですよ
リュー:それは大変ですね
リュー:なんの部活をやってらっしゃるんですか?
白雪姫子:料理部で部長やってます
白雪姫子:うちの学校の伝統で、
白雪姫子:全校生徒分の義理チョコ作らされて
白雪姫子:まったく困っちゃいますよ〜
「早苗……
料理できたっけ?」
「カップ麺にお湯を注げる程度には」
「それは料理と言えるかな……?」
リュー:学校、ということは
リュー:おふたりは高校生くらいでしょうか?
白雪姫子:はい
白雪姫子:ピチピチのJKですよ
「ピチピチのJKねぇ……」
「最近パンツのゴム紐がピチピチでね
って、やかましいわ!」
コツバメ:リューさんは大学生だとか
リュー:ええ、はい
リュー:歳が近くて安心しました
リュー:世代が違うと話が噛み合わなかったり
リュー:考え方そのものが違いますからね
白雪姫子:あー、わかります
「世代というか、個人毎に違うと思うけどね」
「ならなんで同調したの……」
白雪姫子:リューさんはフェンシングをされてるとか
リュー:あ、はい
リュー:その影響でゲーム内でも刺剣使いです
白雪姫子:スポーツやってる人って
白雪姫子:かっこいいですよね
リュー:え、そうかなあ
リュー:自分ではそんな風に思ってない
リュー:……と言えば、嘘になるな
白雪姫子:思ってるんかいw
「なんかムカつく喋り方だよね」
「うん
そういえば昔、こんな口調の男子いたよね」
リュー:ちなみにお住まいはどちらで?
リュー:僕は関東圏です
「おっ、食いついたよ」
「これは正直に答えちゃだめなやつだって
昨日言ってたよね」
「うん、早速学習の効果が現れてるね
どこに住んでる設定にしようか?
……の前に、探りを入れとこう」
白雪姫子:もしかして東京の人ですか?
「関東圏と聞いて、
真っ先に東京を思い浮かべてもおかしくはない
この自然な質問をはぐらかすようなら、
こっちも答える必要無し!」
「なるほど」
リュー:あ、はい
リュー:バリバリの東京生まれ東京育ちですよ
リュー:銀座の六本木に住んでます
「ブフォッ!!」
「さ、早苗!?」
突如コーラを床にぶち撒けた早苗に対し、
ユキはただ狼狽えるしかなかった。
「……こいつ絶対に東京人じゃないよ!
銀座は中央区! 六本木は港区!
なんでこう、自らボロを出すかねえ!
東京に詳しくないなら黙ってればいいのに!」
「見栄を張りたかったんだろうね……」
とりあえず彼を全面的に信用するのはやめとこう。
ユキはそう心に誓った。
それから2人は栃木に住んでいる設定で話を進め、
ゲーム内では推奨レベル80以上のエリアで
少し背伸びした狩りを行っていた。
“堕ちた神殿騎士”……
MAP内に10匹しか湧かない通常モンスターであり、
生息数が少ない分、経験値が高く設定されている。
正攻法で挑めば強敵だが状態異常に弱く、
特に毒は割合ダメージなので非常に有効である。
薬草師は基本的に回復役に分類される職業だが、
毒スキルを極めると状態異常のエキスパートと化す。
更に暗殺者には毒状態の相手に対する
特効があるので、低レベルでも高火力を出せる。
リュー氏が操る決闘者にも見せ場があり、
敵の数が少ないほど全能力が上昇する仕様なので
こちらもレベル差を感じさせない戦いを実現。
このトリオ、なかなかいい感じに
パーティーバランスが取れているのだ。
「うおぉ……
毒特効にクリティカル乗って10000出たよ
……早苗、本当にそのキャラ消しちゃうの?」
「まあ、あくまで調査用だからね
用が済んだら卒業を機に引退ってことにするよ
それに、毒戦術なら暗殺者単体でも可能だから
薬草師のアシスト必須ってわけじゃないよ」
「そういえば『隠密』以降、
全然スキル振ってなかった
ステータスもAGIしか……」
「あ、ちょっと待って
スキルもステータスも振り直せないから、
振る前にちゃんと計算機使った方がいいよ
中には本当に使い道の無いスキルもあるからね
最初に教えておくべきだった……危ない危ない」
狩り終了後、ユキはその計算機のサイトを
紹介してもらった。
ステータスを上げた時に余る数字はいくつか、
スキルレベルによる補正の影響はどれほどか、
選んだ敵に与えるダメージ、受けるダメージ、
装備品のセット効果、天気や地形の影響は……。
そこにはありとあらゆる入力フォームがあり、
その計算結果を眺めるだけでも心が躍り、
何時間でも居座っていられそうだった。
しかし……
「ユキ、一旦寝た方がいいよ
さっきからすごく眠そう」
1日中自宅で遊んでいられる早苗とは違い、
ユキは魔法学園で訓練を受けてから
この場所へとやってきたのだ。
あと1時間くらいは頑張れると思っていたが、
どうやら今夜はもう無理そうだ。
「それじゃ先に落ちるね
おやすみ」
「うん、おやすみー」
そしてユキはベッドに横たわり、
カシミアの毛布に包まれて朝まで過ごした。
翌朝、ユキはコーヒーの良い香りで目が覚めた。
キッチンでは早苗が卵をジュウジュウと焼いており、
テーブルの上にはトーストにマーガリン、ジャム、
まだ牛乳を注いでいないシリアルが並べてあった。
「わお……
早苗、目玉焼き作れたんだ」
「そこに驚かんでも……おはよう」
「うん、おはよう
てっきりまた冷凍食品で済ますと思ってたから、
ちょっと意外だなあと……」
早苗が焼いていたのはただの目玉焼きではなく、
ベーコンエッグであった。
ベーコンの焼き具合は程良くカリカリで、
目玉焼きの黄身はトロリととろける半熟だ。
これは朝からテンションが上がる。
「よし、完璧!
さ、食べよ食べよ」
「うん
いただきます!」
ブルーベリージャムをたっぷりと乗せたトーストを
齧りながら、この朝食について尋ねてみる。
「ああ、これ?
実は先週の月曜から自炊チャレンジしてるんだよね
まあ朝だけなんだけどさ……
ユキがうちに通うようになってくれたおかげで
今までの自分の駄目さ加減に気づくことができて、
私なりに生活を改善しようとしてるとこなのよ」
「へえ、いい心掛けだと思う
私がそのきっかけになれたのなら嬉しいよ」
そういえば寝室の床にゴミは転がっていなかったし、
台所にピザの空き箱は積み重なっていない。
冬休み以降、早苗は心を入れ替えてくれたようだ。
その事実を目の当たりにし、ユキはニコリと微笑む。
と、その時早苗のスマホからチリーンと音が鳴り、
2人の関心はそちらに向けられた。
「あ、もう届いたんだ」
「何が届いたの?」
「えっへっへー
それは後でのお楽しみってことで♪」
「気になる……」
それから約30分後、
食後のコーヒーを楽しんでいる時にチャイムが鳴る。
「え、お客さん?
私隠れてた方がいい?」
「あ〜、大丈夫大丈夫
平井さんがさっき届いた荷物を
ここまで持ってきてくれただけだから」
平井さん……早苗専属の運転手の人だ。
移動中に車内で振舞われていた軽食などは
どうやら彼女が自腹で用意してくれた物らしく、
とても心根の優しい人なのだと窺える。
インターフォンのモニターを覗き込んでみると、
なぜか平井さんは汗ばんだ赤い顔をしており、
ハアハアと息を荒げている様子だった。
『お嬢様……
頼まれたお荷物をお届けに参りました……』
「はい、ご苦労様でした
玄関を開けるので冷凍庫に入れておいてください
それと12時になったら掃除をお願いします」
「早苗……!!
階段で来させたの!?
エレベーター使わせてあげなよ!!
ってか掃除くらい自分でやんなさい!!
それは運転手の仕事じゃないでしょ!!」
早苗はまだ改善点だらけのようだ。
その後、3人で部屋の掃除をしてから
例の荷物を確認した。
「なぜに冷凍餃子……?」
「だってほら、
私たち栃木に住んでる設定にしたでしょ?
栃木といったら宇都宮、
宇都宮といったら餃子じゃん
つい食べたくなって取り寄せたんだ」
「そうなんだ
あんまり地域の特産品とか知らない……」
「とりあえず今日の夕飯これでいいよね?
32個入りだから16個ずつだね」
「いや、そんなに食べられるかな……
私は10個でいいよ」
「じゃあ私22個ね!」
「違う、そうじゃない!
平井さんの分も計算するの!」
聞けば平井さんは掃除や配達以外にも
洗濯や買い物などの仕事もこなしており、
これだけお世話になっている人を蔑ろにするのは
不義理が過ぎるというものだ。
今朝飲んだコーヒーもその辺の安物ではなく、
元バリスタの経歴を持つ彼女が厳選してくれた
最高品質のコーヒー豆だったそうだ。
「ん〜……
じゃあユキと平井さんが10個ずつで、
私が12個でいいよね?」
(早苗ってこんなに食いしん坊だったっけ……?)
何はともあれ、早苗はこの日を境に
平井さんへの冷遇をやめるよう約束した。
午後3時。
昨日の狩りでコツバメはレベル70まで上がったので、
気分転換に2ndキャラの商人を育て始めた。
といってもこの職業はいわゆる生産職に分類され、
戦闘能力が非常に低いため育成の難易度が高い。
戦闘スキルに振った“戦闘商人”という
プレイスタイルもあるにはあるが、
そうすると本来の要である商売スキルを
ある程度犠牲にしなければならず、
それでは本末転倒というものだ。
では戦闘スキルに振らずに
レベルを上げるにはどうすればいいか。
答えは養殖である。
「ユキ、支援フルセットで!」
「了解!」
ユキの商人は狩場の隅っこに座らせておき、
早苗が用意した稼ぎキャラとパーティーを組ませて
経験値を吸わせてもらうというやり方だ。
そしてユキは早苗の牧師を操作し、
パーティー外から支援に徹する作戦である。
この稼ぎ方はもはや定石となっており、
非戦闘職のレベル上げ方法として最も効率が良い。
もし何も持たずに始めた新規プレイヤーが
1から自力だけで純商人を育成しようとすると、
冗談抜きで数年がかりの作業になってしまう。
敢えてそういう苦行に手を出す者もいるそうだが、
今のユキにそんなチャレンジャー精神は無い。
1000、2000、クリティカルで5000超え。
さっき新規作成したばかりのレベル10代の決闘者が
伝説装備の力を借りて異常なダメージを叩き出す。
とてもリューさんと同じ職業とは思えない強さだ。
堕ちた神殿騎士を1匹倒す度に
レベルが10、20と急上昇してゆく。
それに応じて稼ぎ役の攻撃力も跳ね上がり、
狩りの効率がグングンと伸びてゆく。
これが上級者の狩り。
これがネトゲ廃人の本気。
かつてないフィーバータイムに、ユキは胸が高鳴る。
「嘘……
たった1時間で80まで上がった……」
「こっからが本番だよ!
89まで行けばカンストキャラとも
パーティー組めるようになるから、
とりあえずそこまで突っ走るよ!」
「……うん!」
そしてその1時間後には目標の89に届き……
「どうする!?
このままレベル99までやっちゃう!?」
「やっちゃう!!」
早苗は自身の最強キャラである剣闘士で
世界各地のボスモンスターを狩りまくり……
「これが」
「最後の」
「「 1匹だあああぁぁっ!! 」」
──午後7時。
ユキの商人は一度も戦闘することなく、
ゲーム内における最高レベルに達したのだ。
「ユキ!!」
「早苗!!」
2人は両手でハイタッチを交わした。