白雪姫
2月に入り、杉田雪は予想を裏切られた。
現在彼女が絶賛大ハマり中のMMORPGにて、
『今年の2月は節分イベントが来るはず』
とユーザーたちは読んでいたが、それが外れたのだ。
「早苗、これ一体どういうこと!?
節分とバレンタインが合体して、
“豆チョコ”イベントが始まったんだけど!」
『私もわかんない!
とにかくやってみるね!
あと、何気に過去イベが再開催されてるから
限定アイテムを手に入れるチャンスだよ!
とりあえず1年目から順にこなしてくといいよ!
期間中に経験値が倍になる装備貰えるから!』
「初心者的にすごくありがたい!
スタート地点はチョコの城で合ってる?」
『うん、合ってる!
2年目まではただのお使いイベントだけど、
3年目からボス戦あるから注意ね
もしヘルプが必要になったら声掛けて!』
「了解!」
ユキはもう、泥沼に腰まで浸かっていた。
早苗が言っていた通り、
2年目までは会話を進めるだけのイベントだった。
そして3年目からボスが登場するが……
「あ、あれ?
あっさり勝てちゃった……」
『まあ、頑張れば初期レベルでも倒せるからねえ
次からが本番だよ
推奨レベル60代の基本3点セットで
ちょうどいい感じの歯応えになるボスだからね』
基本3点セット……
お馴染みの防御役、支援役、攻撃役だ。
「今コツバメはちょうど60だけど、
暗殺者ソロじゃ厳しいよね……
どうしよう、これはヘルプを出すべきか……」
『ん、悩んでる?
もしかして適度な難易度を味わってみたい?』
「あ、うん
せっかくゲームやってるんだし、
上級者に頼りっぱなしはよくないかなぁと
……なんて、強力なお下がり装備受け取っといて
言える台詞じゃないけど」
『ん〜……偉い!!
それなら野良の人たちを誘ってみるといいよ!
案外ユキと同じ初心者さんも多いからね!
新しい人脈を築けるのもネトゲの醍醐味だよ!
あ、上級者だと誤解されないように
装備は市販品で固めておくといいよ!』
「見知らぬ冒険者との狩りかぁ
なんか臨公みたいだね」
『それって元々ネトゲ発祥の単語だよ?』
「えっ、そうだったの!?」
そして彼女はどんどん深みにハマってゆく……。
ユキは師匠からのアドバイスに従って
NPCが販売している特殊効果無しの装備を買い揃え、
“臨公広場”として有名な場所へとやってきた。
そこは画面を埋め尽くさんばかりのキャラで溢れ、
至る所にメンバー募集の看板が立てられていた。
巷では『ソシャゲの台頭でネトゲの時代は終わった』
なんて言う輩もいるようだが、この盛況を見る限りは
全然そんなことはないように思える。
とりあえずユキは60付近のレベル帯で
職業制限無しの募集看板を見つけ、
そのパーティーに参加させてもらうことになった。
(どうも、よろしく、お願い、します……っと
……早くタイピングにも慣れないとなぁ)
リュー:打つの遅いですね
リュー:もしかして初心者さんですか?
(うぐっ……!
やっぱバレるか……
どうしよ、なんか答えなきゃ……)
コツバメ:はい
コツバメ:ごめんなさい
リュー:あ、気にしなくていいですよ
リュー:誰だって最初は初心者ですし
コツバメ:まだ入力に慣れてなくて
リュー:もしよかったらこれどうぞ
三角牛乳を1000個獲得しました。
コツバメ:k
コツバメ:これは
リュー:回復量、重量、価格
コツバメ:いいんですか
リュー:三拍子揃ってるのでおすすめです
リュー:ええ、ガブガブ飲んじゃってください
コツバメ:ありがとう
リュー:あとこれも使ってください
コツバメ:ございます
ふんどし(赤)を1個獲得しました。
ふんどし(白)を1個獲得しました。
リュー:装備すると見た目が変わりますw
コツバメ:ふんどし
(変な物を受け取ってしまった……)
ボイスチャットで早苗に確認を取ると
それは夏祭りイベントの限定装備らしく、
期間外でもなかなか高性能な代物だそうだ。
見た目を取るか、性能を取るか……うーむ。
『見た目を気に入って使ってる人もいるよ』
「そうなんだ……」
その後パーティー人数は最大の8人に達し、
4年目のボスを難なく倒すことができた。
リュー:皆さんおつです
バジル:おつー
†Alice†:おつ
栗金団:はい、おつつ!
キャロライナ:おつ
ヘソのゴマ太郎:おっつー
耳セレブ:おつでした
(おつ……?
流れからして『お疲れ様』って意味だよね)
キャロライナがパーティーから脱退しました。
ヘソのゴマ太郎がパーティーから脱退しました。
栗金団がパーティーから脱退しました。
バジルがパーティーから脱退しました。
耳セレブがパーティーから脱退しました、
†Alice†がパーティーから脱退しました。
コツバメ(PT):皆さんお疲れ様でした
(……ああっ、しまった!
みんな抜けちゃった後なのに、
パーティーチャットのままだった!
これじゃ私だけ挨拶してないみたいじゃん!)
リュー(PT):F4キー押すといいですよ
(え、もしかして助け舟?
F4、F4……あ、キーボードの上のやつか)
ユキはリューから言われた通りにF4キーを押すと、
コツバメの頭上に吹き出しが現れて
『お疲れ様でした』との定型文が表示された。
すると立ち去ろうとしていたメンバーたちが
こちらに手を振るモーションを返してくれたり、
もう一度「おつ」と言ってくれたので、
なんとかユキは事なきを得たのだった。
コツバメ:ありがとうございました
リュー:どういたしまして
リュー:慣れないうちは難しいですよね
コツバメ:はい
リュー:僕も半年前はそんな感じでした
リュー:まあ、でもやってるうちに慣れますよ
コツバメ:半年
リュー:もしよければフレ登録しません?
リュー:暇な時にでも雑談しましょう
リュー:いい練習になりますよ
コツバメ:フレンド
リュー:はい、そうです
コツバメ:ですか
こうしてユキは早苗以外のフレンドが出来たのだ。
彼はレベル80代の決闘者を持っていたらしいが、
早苗と同じく初期キャラゆえの失敗をしたので
先月からキャラを作り直している最中だそうだ。
リュー:他の職業も試そうかなと思ったけど
リュー:リアルでフェンシングやってまして、
リュー:なんかこだわりたいんですよね〜
コツバメ:フェンシング
リュー:ええ、結構自信がありましてね
リュー:全国大会で優勝したことがあります
コツバメ:すごい
アバターとは言わばプレイヤーの分身。
リアルの自分に寄せたくなる気持ちはすごくわかる。
リュー:実は僕、大学生でして
リュー:去年まで特殊な環境の高校にいました
リュー:そこでは毎日模擬戦が行われていて、
コツバメ:特殊
リュー:異種格闘技戦なんですけど、
リュー:僕に勝てる奴は1人もいませんでした
コツバメ:まるで
リュー:……と言えば、嘘になりますけどねw
リュー:あ、でもトーナメントでは優勝しましたよ
コツバメ:魔法学園みたい
その後、しばらくの間リューは反応しなかった。
コツバメ:リューさん
コツバメ:どうしましたか
コツバメ:おーい
(いきなりどうしたんだろう……?
寝落ち……にはまだ早いか
まだ22時だし)
リュー:いや〜、すいません
(あ、戻った)
リュー:急に仕事の電話が来ちゃいましてね
リュー:これから会社に行かないとだめなんで、
リュー:今日はこれで落ちますね
コツバメ:大学生では
リュー:会社のバイトです
リュー:それじゃおやすみなさいノシ
リューがログアウトしました。
(おやすみなさい……って、
もう行ってしまった
大学生って忙しいんだな……)
「──ってことがあったんだけど、
魔法学園みたいな高校って他にもあるんだねぇ」
『ん〜……
あんまり真に受けない方がいいよ?
フェンシングやってたのは本当かもしれないけど、
全国優勝したって部分はたぶん盛ってると思う
それから大学生ってのもなんか怪しいなあ
会社のバイトって何よ……』
「でも、嘘つく必要ある?
なんかいい人そうだったけど」
『ちょっ……ユキ!
危機感が足りない!
人を騙す連中はみんな“いい人そう”なんだよ!
悪そうな人を信用したりしないでしょ!?』
「うっ、たしかに……」
『そういえば私はゲームの遊び方は教えたけど、
“オンラインゲームの遊び方”は教えなかったね
今からそれを叩き込むから覚悟しなさい』
「え、まだゴールドラッシュ中なんじゃ……
日付変わってからでもいいよ」
『それより大事なことだから教えるの!
私がユキをこの世界に引きずり込んだんだし、
その責任はちゃんと取らないとね!』
「早苗……!」
それから約3時間に亘り、
ネットリテラシーについての講義が行われた。
──翌日、午後8時。
訓練が終わったユキは食事と風呂をキャンセルし、
学園の外で待機している高級車へと直行した。
言わずもがな、早苗が手配した送迎車である。
彼女はその車内で相棒と連絡を取りつつ、
用意されたサンドイッチと野菜スープで腹を満たす。
今日は週末。そして明日は楽しい日曜日。
1週間で最も充実した休日が訪れるのだ。
そんな日を学園で過ごすなんてもったいない。
タワマンに到着したユキは運転手に礼を言い、
早苗にオートロックを解錠してもらう。
一緒にエレベーター待ちしていた女性が
ジロジロとこちらを観察してきたが、
最上階行きのボタンを押した途端に
その目障りな存在は退散したのだ。
「やっほー、来たよ」
「うん、待ってたよー」
そう言い、早苗は2PCを巧みに操りながら
箸でポテチを摘んで口へと運ぶ。
なんだか手が2本だけとは思えない技術だ。
ユキの席のPCは既に起動しており、
あとはIDとパスワードを入力するだけでよい。
ふと早苗の画面に目を向けると
初めて目にするキャラで中級狩場をうろつき、
ひたすら通常モンスターを狩りまくっていた。
どうも彼女はレベル上げ作業をしているようだ。
「それって新キャラ?
また何か作り直してんの?」
「んー、作り直しとは違うかな
このキャラ枠はスキル検証とかの専用で、
しょっちゅう消したり作ったりしてるんだ」
「へえ、今回は何を検証してんの?」
「これから検証するんだよ
その、リューって人の本性をね……」
「ええっ!?」
リュー氏はゲーム内で知り合った、
記念すべき初めてのフレンドである。
そんな存在を試すような真似はしたくないが、
昨晩聞かされたネットリテラシーの件もあり、
ユキも少しだけ早苗の作戦に興味が湧いた。
2人は公園エリアに移動してターゲットを待つ。
ここは特にイベントが用意されておらず、
ただ景色がいいだけの場所として知られている。
ここを第2の臨公広場として利用する者も多いが、
せっかくの景観を損なわないように“看板禁止”
という暗黙の了解がプレイヤー間で取り交わされ、
それを意図的に破ろうとする“無法者”と、
ルールを守らせようとする“自治厨”たちが
日夜レスバを繰り広げている戦場でもある。
早苗からそんな不毛な情報を聞かされていると、
ユキのログに『リューがログインしました。』
のメッセージが表示された。
「さて、来たね
それじゃ手筈通りにお願いね」
「うん、頑張る」
すぐ隣で早苗が見守る中、
ユキはフレンドチャットに挑戦してみる。
コツバメ:こんばんは
リュー:こんばんは
コツバメ:昨日は
リュー:いや〜、あの後大変でしたよ〜
リュー:僕が急いで駆けつけなかったら
コツバメ:ありがとうございました
リュー:店が潰れてたかもしれませんよ
「店……?
会社じゃないの?」
「やっぱり怪しい……」
コツバメ:ところでこれから
コツバメ:狩りに行きますが
コツバメ:一緒にどうですか
リュー:いいですね
リュー:今どちらにいらっしゃいますか?
コツバメ:公園です
リュー:すぐ向かいます
「よし、とりあえず釣れたね」
「はてさて、どう転ぶか……」
リュー氏が公園に着くと、そこにはコツバメ以外にも
もう1人の女性キャラが待ち構えていた。
名前は白雪姫子。
種族は人間、職業は薬草師。
早苗が用意した、調査用の使い捨てキャラである。