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進め!魔法学園  作者: 木こる
2年目
89/150

力試し

そのドームはいかなる魔法も受け付けず、

ディスペルで解除することはできなかった。

これのおかげで佐伯は外部の魔力を感知せずに

無敵化しないで済んでいるようだ。


しかし物理干渉も受け付けていないようで、

これではアキラが外に出られない。

直感だが、どちらかが倒れるまで

あのドームは消えないのだろう。


“タイマンフィールド”。


誰が名付けたかはわからないが、

それは自然とそう呼ばれるようになった。


「アキラ!!」


仲間が呼び掛けるも彼は応えない。

いや、応える余裕が無いのかもしれない。

彼は今、東京十字天使軍(クロスエンジェルズ)初代総長と戦っているのだ。


佐伯俊雄はかつて“東京最強の不良冒険者”と呼ばれ、

腕っ節の強さだけでのし上がった伝説の漢だ。

そんな人物が魔物の肉体を得て復活したのだから、

並大抵の人間では太刀打ちできないのは明白である。


「チッ、壊せないモンはしょうがねえ!!

 俺たちは周りの雑魚散らしに専念するぞ!!」


そうだ、自分たちにはそれしかできない。

アキラと佐伯の一騎討ちが終わった後、

速やかに脱出できるように退路を確保するんだ。


仲間たちは再び不良軍団との戦闘に集中した。




佐伯の投げた鉄パイプがヒュゴッと音を立てて

俺の頬を掠めてドームの内壁に激突する。

だが、それで終わりではない。

その鉄パイプはふわりと宙に浮かび上がり、

ビデオの逆再生のように佐伯の手元へと戻る。


こちらには魔法禁止のルールを敷いておいて、

佐伯自身はそういうズルが許されるようだ。

それが生前の佐伯の本性だったのか、

魔物の性質なのかは判断できない。


どちらにせよ、俺が不良と魔物のどちらも

ますます嫌いになったのは確かである。



俺はジリジリと間合いを詰め、

鉄パイプ飛ばしが来なくなる距離を測る。


ヒュゴッ!!


だめだ、飛んできた。

まだこの距離ではない。


ヒュゴッ!!


まだだ。


ヒュゴッ!!ヒュゴッ!!


まだまだだ。



『ナメテンジャネーゾ!!』



新しい鳴き声……行動パターンが変わった!


すると佐伯は鉄パイプをブンブンと振り回し、

こちらに向かって一直線に駆け出してきた。


速い。

まるで獲物に飛び掛かるチーターの如き脚力。


だがチーターとは違い、

魔物にはスタミナの概念が存在しない。

佐伯はすぐに方向転換し、再度突っ込んでくる。


このまま続ければ先にこちらの体力が尽きるだろう。

そうなると俺は負け、死ぬ未来が待っている。

長期戦は愚策だ。生き残るには短期決戦しかない。



俺はヒョウの構えに切り替え、攻勢に出た。



ズシャアァァ!!



切り裂いたのは、鉄パイプ。

それは佐伯の武器であると同時に体の一部でもある。

奴にダメージを与えつつ攻撃を封じるには、

この方法が有効であると判断した。



佐伯は切れた鉄パイプを投げ捨て、

奴の右手から新しい鉄パイプが生えてくる。


まったく、これのどこが素手喧嘩(ステゴロ)なんだ。


俺は内心呆れつつも、

次々と生えてくる鉄パイプを切り裂き続けた。


この作業を一体いつまで続ければよいのだろう。

100か?200か?

目安が不明なのでわからない。


とにかく終わるまでだ。




不安を抱えながら鉄パイプ処理をこなしていると、

その時は唐突にやってきた。


ゴゴ、ゴゴゴゴゴ……!


「えっ!?」


思わず声が出てしまった。


この揺れには覚えがある……

ダンジョン崩壊が始まった合図だ。

もっと時間がかかると思っていたので、

不意打ちを喰らった気分になる。


パリーン!!


そして今度はドームが水晶玉のように割れる。

俺は咄嗟に破片から頭を守ろうとしたが、

それは空中で実体を失い、スーッと消えていった。


佐伯の方に目をやると、奴は膝から崩れ落ち、

項垂れた格好のままピクリとも動かない。


これは、倒したん……だよな?


なんだかティルナノーグの時とは順序が違うが、

とりあえずラスボスを撃破したという認識で進める。


もしかしたら次々と生えてきた不良軍団は

ラスボスとHPを共有していたのかもしれない。

それならばこれだけ早く戦闘が終わった説明がつく。

となれば仲間たちが頑張ってくれたおかげだ。


彼らも突然の戦闘終了に戸惑っている様子だが、

今やるべきことは1つしかない。


「みんな、走るぞ……!!」


その呼び掛けで仲間たちは駆け出すが、

なぜか1人、ぼーっと突っ立っている奴がいる。


「何をしているんですか!?

 早く逃げないと間に合わなくなりますよ!!

 練習通りにやってください!!」


だが、その男……大久保悠真は佐伯の方を向き、

両拳を背中で突き合わせて姿勢を正し、

深々とお辞儀をして別れの挨拶をし始めたのだ。


「初代総長……

 どうか安らかにお眠りください!!

 総長亡き後にチームは分裂しちまいましたが、

 俺らの代は割と仲良くやってるんです!!

 一足先に挨拶しに来たタケルって奴は、

 実は俺と同じ小学生の出身でしてね──」


そういえば佐伯の魂を鎮めたいとか言っていたな。

その悲願を果たせて感動に浸っているのだろうが……


「もし逃げ遅れたら、次はあなたが

 ラスボスになってしまうかもしれませんよ!!」


悠真さんがハッと我に返る。

佐伯には色々と伝えたいことがあったのだろうが、

そういうのは戦闘中にでも済ませてほしかった。




俺たちがダンジョンから出ると、

奇妙な光景に出くわした。


道中に配置した精鋭は30人だと聞いていたのに、

どう見てもその5倍以上の数の不良がいる。

彼らは皆ハアハアと息を切らしており、

無事に脱出できたことを喜んでいる様子だ。


「お前ら何を喜んでいる!!

 点呼は済ませたのか!!

 もしまだならさっさとやれ!!

 ダンジョンが消滅してからでは遅いぞ!!」


そう言われ、新宿と渋谷の副長が

急いで部下を呼び寄せて点呼を始める。

つい口調が荒くなってしまったが、

彼らを急がせる必要があったのでご容赦願いたい。


学園メンバーは今、ダンジョンの入口の前で

外に出ようとする魔物たちを制圧中であり、

誰も欠けていないのは既に確認済みだ。


だが、予定に無い追加メンバーのことまで

こちらで把握できるわけがない。

勝手な真似はしないでほしい。



2分後、ダンジョンは消滅した。



まだ点呼の途中であったため、冷や汗が止まらない。



その後の調べで全員無事だったと判明したものの、

それがわかるまではなんとも居心地が悪かった。


人数が増えていた理由だが、

彼らは『精鋭だけに戦わせるのは悪い』と思い、

『仲間のために』自主的に参戦したそうだ。


それだと精鋭の意味が無い。

情報の伝達速度が遅くなるし、

脱出の際に出口が詰まる可能性がある。


実際、彼らが脱出時に混雑したせいで

待ち時間が発生し、予定より5分ほど遅れたのだ。

下手したら俺たちは死んでいたかもしれない。



やっぱり不良は嫌いだ。






──終業式の少し前、同級生たちは

冬休みをどう過ごそうかと盛り上がっていた。

だが俺は今年も実家で過ごす旨を伝え、

それ以上は会話に加わらなかった。


みんなを避けたからといって、嫌いなわけではない。

新宿ダンジョンが完全に消滅したとの確認が取れて

ようやく忙しい日々から解放されたので、

このお祝いムードに水を差したくなかったのだ。



今日は学園にいながらも丸一日自由時間。

今学期の通常授業は昨日で終わり、

訓練官たちの粋な計らいで訓練が免除された。

もしまた緊急事態が発生した場合には

さすがに出動しなければならないが、

そうならないことを願う。


「このまま何事も起こらなければよいのだが……」

などとぼやくと、かけがえのない仲間たちから

「フラグを立てるな」と怒られてしまった。




さて、自由時間と聞いて俺が向かう先は1つしかない。


「あ、先輩! お疲れ様です!」

「アキラ先輩……どうも」


例のプールだ。


可愛い後輩2人は午前中から綱渡りに励んでいる。

1年生も自由時間だというのに、

とても練習熱心で感心する。


彼女たちの訓練をもっと見守ってやりたかったが、

今学期は思うようにいかなかった。

せっかく「強くしてほしい」と期待されていたのに、

俺はその思いに応えることができなかった。


来学期は何事も無ければよいのだが……

っと、いかんいかん。フラグを立てるところだった。


「ところで先輩は冬休みの予定ってありますか?

 もしよければ、3人でどっか遊びに行きません?」


ああ……それもいいかもな。


親父たちには悪いが、

今年の冬は自力で乗り切ってもらおう。

保存食は充分に蓄えてあるし、なんとかなるだろう。

もし何かあればタカコさんを送ってくれ。


「だめだよアリア

 アキラ先輩は実家で過ごすそうだし、

 家族水入らずを邪魔しちゃ悪いよ」


くっ……!

その話はどこから漏れたんだ……?




それから俺はプールにプカプカと浮かびながら、

水着姿の女子たちが綱渡りする様子を眺めていた。


思えばこの訓練はバランス感覚を鍛えるのに有効で、

ダンジョン脱出において必要となる踏破力を養うのに

とても適しているのではないだろうか。


もしそうならば他の生徒にも受けさせるべきだ。

このプールの貸切状態は終わってしまうだろうが、

今後の安全性が向上するかもしれないのなら

わがままを言っている場合ではない。


「……と考えてるんだが、どうだろう?」


「そういえば最初にそんなこと言ってましたね

 私たちの成長ぶりで正式な訓練メニューに

 採用されるかもしれないとか……

 とうとうその時が来ちゃったんですねえ

 少々名残惜しいですが、仕方ありませんね」


本当に名残惜しいが、そうするしかない。

いつかはその成果を訓練官に見せる時が来る。

そういう約束でプールの使用許可を得たのだ。

手の空いている今がその時だろう。




とりあえず内藤先生に話を通し、

悪路走行の訓練場を稼働してもらう。


「せっかく先生方もお休み中でしたのに、

 個人的な用件で呼び出してしまい、すみません」


「いや、気にするな

 むしろこんな時くらいにしか見てやれないし、

 ちょうどいいタイミングだろう

 それに例の訓練法が有効なのかどうか、

 俺も純粋に興味があったしな」


そう言い、先生は訓練開始のスイッチを押す。


まずは床が前後左右に動くだけのギミックで、

揺れの強さは7段階中4の標準設定だ。

バランスを取らないと普通に立つことが難しく、

ただ立っているだけでは後ろに押し戻されて

永遠に前へ進むことができない。

その状況下で100mを駆け抜けるという内容だ。


俺たちは2度も本番を経験したが、

実際はここまで強い揺れではなかった。

せいぜい設定2〜3といったところだろう。

だからといって決して無駄な訓練などではなく、

『練習の方がきつかった』と思い出すことにより

本番で精神的な余裕が生まれたのは事実だ。



そして彼女たちのゴールタイムは……


「高崎が23秒、立花が27秒か

 ふむ、これは……」


先生はその先を言わず、後輩たちは不安になる。


「え、それっていいタイムなんですか?

 それとも悪いタイムなんですか?」


「安心しろ、ものすごくいい結果だ

 初挑戦で30秒切れる奴は滅多にいないぞ」


「そうなんですか!?

 やったー!

 ちなみに先輩は何秒だったんですか?」


「ん……甲斐はたしか13秒だったな

 今は設定5の障害物ありで10秒台を記録している

 人外すぎて、まるで参考にならない」


「普通に走ったら世界記録獲れますよね」


「ああ、だが上には上がいる

 杉田が記録した1秒には勝てないだろう」


「それってテレポートですよねえ!?」



その後のテストでも2人は好成績を記録した。

現在2年生が行なっている訓練と同じコースでさえ

すぐにコツを掴み、楽々と突破していったのだ。

この結果には先生も驚きを隠せない様子だった。


ちなみに最初のコースこそアリアが速かったものの、

障害物ありになるとのぞみの圧勝という結果だった。


「さて、2人の実力は見させてもらった

 この結果を他の訓練官たちとも共有し、

 訓練に取り入れるか話し合ってみよう」


「あれ、先生?

 テストはこれだけでいいんですか?

 これ以外にも色々と自信があるんですけど」


「だろうな

 お前たちのことは落合先生から

 とても優秀な生徒だと聞かされている

 武器の扱い、魔法技術、そして学業成績……

 そのどれもが他の同期生より抜きん出ており、

 今年も4組から進級者を出せそうだと

 大変喜んでいたぞ?」


「え!?

 あのいつもかったるそうにしてる担任が、

 私たちを褒めてたんですか!?

 なんか想像できない……」


いつもかったるそうにしてる担任か……。

去年の俺もそんな風に見ていたな。

しかし、あの人の多忙ぶりを知った後では

もう“やる気の無さそうな先生”の印象は消えた。


実質2人の訓練官だけで指導している現状で

ほぼ問題無く業務を遂行できているということは、

本来なら花園や津田がやるべき仕事を

今までずっと押しつけられてきたのだろう。

彼がいつも眠そうな顔をしているのはそのせいだ。


それに、もし本当にやる気の無い人だったら

とっくに学園を去っていたはずだ。

落合先生は間違いなく熱意のある人だと思う。






──午後3時。

プールサイドに季節外れのサマーベッドを並べ、

3人でフルーツの盛り合わせを摘む。

飲み物は自販機で購入したメロンソーダだ。

この場所を独占できなくなる前に

色々とやっておこう、というアリアの提案だった。


まさか学園の中で南国気分を味わえるとは……。

しかも馴染み深いこの場所で、だ。

ちょっとした工夫で随分と雰囲気は変わるものだな。

なんとなく長期滞在訓練の時のことを思い出す。


「ところで流れをぶった切って悪いんですが、

 アキラ先輩の実家って……秩父ですよね?」


本当に流れとは関係無い質問だ。

だがまあ、のぞみが俺の個人情報に

興味を持ってくれるのは素直に嬉しい。


「ああ、秩父だ

 地図にも載ってない場所だから、

 村の名前とかは存在しないけどな」


……いや、説明する必要は無かったか?

出身地を言い当てた時点で、その情報も

誰かから聞いていたとしてもおかしくはない。


「その村に銀髪の人ってどれくらいいますか?

 できればアキラ先輩と同年代の範囲で」


また変な質問が来た。

だが答えよう。


「俺だけだ

 先祖と思わしき人物以降、

 この髪色の持ち主は母と俺の2人だけらしい」


親父の見立てでは、

俺の先祖はなんらかの海難事故に遭って

日本に漂着した北欧人だろうとのことだ。

その外見上の特徴が母の代で色濃く発現し、

俺にも引き継がれたようだ。


「そうですか……」


その答えに納得したのか、

のぞみはそれ以降質問しなくなった。



何はともあれ、

俺たちは真冬のプールで思う存分遊び倒し、

今学期の最後を楽しい気分で締め括ったのだった。

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