11月後半
対立していた2つの不良集団は関東魔法学園の傘下に入り、
“関東十字天使連合”として共闘することを合意した。
倒すべきは魔物であり、人間ではない。
彼らはそれを理解してくれたのだ。
俺たちが現場に着くとガラの悪い連中がズラリと整列し、
両拳を後ろに回して背筋をピンと張り、深々とお辞儀する。
「「「 関東魔法学園の皆さん、お疲れ様です!! 」」」
こういうことをされるとなんとも微妙な気分になる。
こんな大袈裟な出迎えはしなくてもいいから、
別の場所で戦っている冒険者を手伝うべきだろう。
それに不良から好かれても嬉しくない。
俺は見せしめとして両陣営の総長を完膚なきまでに叩きのめしたが、
彼らからは恨まれるどころか、なぜか尊敬の対象とされてしまった。
自分よりも強い存在に憧れる気持ちはわからなくもないが、
本当に彼らを信用してもよいのだろうか?
「俺も腕っ節の強さで総長の座に就いた身だからな
自分より強い漢には素直に従うさ」
新宿黒十字軍の総長、小林健。
中学までは健全な野球少年だったが、魔法能力者だと判明したため
プロ野球選手になる夢を諦めざるを得なかった。
その後、無認可の冒険者育成機関でガラの悪い連中とつき合うようになり、
自然な流れでこの道に入ったのだという。
武器はもちろんバット型の鈍器で、ファイヤーボールの使い手だそうだ。
「それでは1つお願いがあります
過去にカツアゲをした経験のあるメンバーがいたら教えてください
具体的な日付は確認していないのですが、時期は今年の4月頃です
退学した元同期生が新宿で被害に遭ったそうで、
彼らは槍使いと双剣使いの2人組です」
「ああ、わかった
今日中に調べておく」
カツアゲ……れっきとした犯罪行為であるが、
冒険者同士でそれが行われた場合はその限りではない。
殺人以外の暴力は訓練の一環と見做され、法で裁くことはできない。
なぜそのような無法が許されているのかというと、
冒険者のイメージを損ねたい層が存在するからだ。
平輪党。
国内に蔓延っている数々の悪の組織の親玉だ。
こいつらは自らの悪行を世間の目から逸らすため、
冒険者を悪者に仕立て上げて正義の味方を気取っている邪悪な存在である。
そして、そんな連中の愚策にまんまと嵌められているのが
タケルさんのような不良冒険者たちだ。
合法だから何をしてもいい。
一般人には迷惑を掛けていないのだから大丈夫。
自分たちは何も悪いことはしていない。
そんなわけがない。
彼らも冒険者になる前は一般人の法の下で生き、
暴力が悪いことだと知っているはずだ。
それに彼らは自ら“ワル”を名乗っているので、
自分たちの行為で誰かが傷付くことを知っている。
『やっぱり冒険者は悪い奴だった』
そう思われても仕方ないことをしてきたのである。
「カツアゲの件、こっちでも調査しておくぜ
新宿には偵察目的でしょっちゅう部下を送り込んでたからな
そのついでに小遣い稼ぎをしてた奴がいるかもしれねえ」
渋谷堕悪天使軍の総長、大久保悠真。
かつてはストリートダンサーを目指して夜の公園で練習していたが、
いかつい顔をしているせいで何度も不良に絡まれたそうだ。
だがその度に相手を撃退し、己の喧嘩強さを自覚したらしい。
本来は防具扱いの手甲や足甲、そしてキレのある身のこなしが武器であり、
魔法はサンダーストームを使えると言っていた。
まあ、犯人が誰にせよ裁く気は無い。
ただ奪われた物を取り返したいだけだ。
今までの被害者全員に還元しろとは言わないが、
せめて知り合いの分くらいは確保しておきたい。
「しかし、“関東十字天使連合”ねえ……」
「運命的なもんを感じちまうよなあ……」
総長同士がしんみりと語らい始めた。
なにやら双方に思うところがあるようだ。
「運命、とは?」
その質問を待ってましたと言わんばかりに、2人が同時にフッと笑う。
「俺たちは元々、“東京十字天使軍”という1つのチームだったんだ」
「だが二代目総長を誰にするかで揉めに揉めまくったらしくてな」
「結局、2つの派閥が出来上がってそのまま解散しちまったんだ」
「それが俺たち、エンジェルズとクルセイダーってわけだ」
「以降、両陣営は因縁の宿敵としていがみ合うようになり」
「現在に至る」
なんて息の合った喋り方だ……。
お互いが次の台詞を把握していないと実現できないぞ、これは。
「そして、その因縁の2チームが今」
「1つになった」
「これは天啓と言わざるを得ない」
「ようやくその時が来たという実感が湧いてくるな」
「その時……?」
「ああ、俺たちの悲願さ」
「俺たちは宿敵ではあるが、同じ理念を持っている」
「「 初代総長の魂を鎮めてやりたい、とな 」」
……ん?
魂を鎮める?
文脈からして初代総長は死亡したのだろうが、
葬式を挙げなかったということか?
それが今、どう関係あるというのか……。
「この新宿ダンジョンの最深部」
「そこには、ある人物が魔物と化して待ち構えている」
「えっ、まさか」
「……ああ」
「そのまさかだ」
「このダンジョンのラスボスは」
「東京十字天使軍の初代総長」
「「 佐伯俊雄だ 」」
ラスボス……ダンジョンコアが生命体を取り込んで復活した姿だ。
どんな経緯かは知らないがその佐伯俊雄という人はコアに取り込まれ、
この新宿ダンジョンのラスボスとなってしまったようだ。
それを倒せばダンジョンは消滅し、魔物の流出は完全に止まる。
俺たちの目標は、より明確になった。
新宿ダンジョンのラスボスと化した佐伯俊雄の撃破だ。
ここ新宿ダンジョンは非常に入り組んだ地形をしており、
第1層を歩いていると思ったらいつのまにか第3層だったり、
第2層と第5層を繋ぐ通路があったりと、まるで迷路らしい。
魔物の強さもさることながら、この複雑な構造は厄介だ。
ラスボス撃破後、ダンジョン消滅までに脱出できなければ死ぬ。
そうならないためにも入念な事前準備が必要だ。
「ん……地図か?
いや、俺らはそういうのに頼らずに活動してるからなぁ」
「ただし、最深部までの道筋は完全に頭に入ってるぜ
毎月欠かさず初代総長への供え物をしてるおかげでな」
とりあえず地図は別ルートから仕入れるとして、
この2人には案内人になってもらおう。
「出てくる魔物は、ほとんどダンジョンの外で対面済みの奴らだな」
「ゴブリン、オーク、キラーウルフ」
「フライングデビル、メタルナイト、メタルメイジ」
「それから流出してない奴が1種類」
「「 ウィルオウィスプ 」」
それは精霊種族の中で最強の魔物と云われており、
物理攻撃が効かないのはもちろん、魔法ダメージも通りにくい。
炎氷雷に強い耐性を持ち、安定の無属性さえも半減するらしい。
とにかくゴリ押して倒すしかない。彼らはそう考えている。
「あなた方の仲間にフリーズの使い手はいないんですか?」
「フリーズ……?」
「なんだそれ?」
え、もしかして知らないのか?
凍結の状態異常は精霊種族共通の弱点だというのに……。
彼らの通っていた冒険者育成機関で教わらなかったのだろうか……。
「俺らは馬鹿だからよう」
「小難しい戦法はできねえのさ」
「強化だの弱体だのする暇があったら」
「さっさと敵をぶっ飛ばしちまった方が早えんだ」
攻撃あるのみ……リリコと同じ考え方だ。
まあ彼らの場合は両陣営共に100名以上が在籍しているので、
今までは数の暴力でどうにか対処できていたのだろう。
だが、今回の戦いでは数よりも質が求められる。
彼らはこれまでに何度もラスボスに挑み、
その度に多くの死傷者を出してきたらしい。
それを防ぐにはどうしたらいいか。
言い方は悪いが、弱い奴は置いていく。
それは戦闘能力だけに限った話ではなく、
崩壊中のダンジョンを踏破できる足腰の強さも含まれる。
厳選メンバーで挑まねば、また無駄な死者が出るだけだ。
とりあえず必須メンバーである案内人の力量を確認するため、
彼らには一度学園に来てもらうことになった。
そしてどちらもパワーやスピード、スタミナなどの身体能力が高く、
攻撃魔法は使えるものの制御力が物足りないという結果だった。
今からそれを鍛えるには時間がかかりすぎるので、
素直に道案内メインの戦士として運用するのがよさそうだ。
悪路を走らせてみたら両方バランス感覚に優れており、
周辺環境への注意力もそれなりに高かったので、
これなら数日の訓練で安全に脱出できるようになるだろう。
「ハア、ハア……
さすがは天下の魔法学園だな……」
「こんなきつい訓練を毎日やらされてんのか……
どうりで出身者のレベルが高けえわけだ……」
2人の戦士が汗だくになって地べたに座り込む。
聞けば彼らの通っていた“魔法学校”や“冒険者塾”では、
平坦な道をランニングするだけの訓練内容だったらしい。
もっと強くなりたい生徒用に“特別指導コース”が用意されているが、
どれもこれも魔法学園なら1年生のうちに終わる内容ばかりだった。
とても追加料金を支払ってまで教わるようなものとは思えない。
ちなみに今更だが、魔法学園は入学費用や授業料に教科書代、
制服の購入費、寮の家賃や水道光熱費など、全てが無料である。
主な金の使い道は食費や装備品、冒険道具の購入くらいだろうか。
自分たちがどれだけ恵まれた環境にいるのか改めて思い知らされる。
そしてもう1人、力を試させてもらった人物がいる。
「あいつ、かなりすげえな……」
「そうだろ? 弱点が見当たらねえよな」
「オールラウンダーの野村君の完全上位互換って感じだねえ」
山口将太。
東京魔法学園最強の生徒らしい。
万能武器のハルバードを巧みに操り、魔法能力も高く、
学内トップの学業成績を誇り、そして努力家だ。
彼の通う学園は関東とは時間割が違い、放課後は暇なんだそうだ。
彼はその時間を使って自らを鍛え上げ、この戦いに協力してくれている。
とりあえず彼はラスボス戦に連れていく。
まだ出会って間も無いが、その実力の高さは信用に値する。
その後、内藤先生からラスボス戦に挑むメンバーの発表が行われた。
「まずは前述の外部協力者3名、小林健、大久保悠真、山口将太
関東魔法学園からは落合先生、黒岩兄妹、甲斐、進道、並木
それから高音には一発限りの大砲役を務めてもらう
その一撃で仕留められれば余計な労力を消費せずに済む
残りの者たちは道中に留まり、退路の確保に尽力せよ 以上だ」
──1週間後、新宿ダンジョン攻略が開始された。
が、結論から言えば失敗に終わった。
「あれが人間を吸収したコアか……
遠目だとほとんど見分けがつかないな」
「ああ、だがこの波長は間違いなく魔物だぜ
それもとんでもなく強い相手だ 気を抜くなよ」
ダンジョン最深部で待ち構えるラスボス……佐伯俊雄。
髪型や全体的な雰囲気は健さんとよく似ており、
持っている武器が鉄パイプということくらいの違いしかない。
彼はそれを肩に乗せ、ヤンキー座りをしながら獲物の到着を待っていた。
とりあえず、まずはリリコに最大強化を施してから
最強のファイヤーボールを撃ち込んでもらおう。
「ライジングフォース!」
「リフレクト!」
これでリリコの魔力が急上昇し、ラスボスに気づかれた。
だがまだ距離はある。今のうちに先制攻撃だ。
「オレの全力を喰らいやがれえええぇぇっ!!!」
ドオォーン!!と、まさしく大砲のような音と共に炎の塊が発射される。
そしてそれは佐伯俊雄の胴体に直撃し、そのまま壁まで吹き飛ばした。
ドガガガガと轟音、そして辺りにはモクモクと濃い煙が立ち込め、
これはなかなかいい感触のように思えた。
「……やったか!?」
だが、やっていなかった。
サーチで状況を確認したセンリは声を震わせる。
「いや……信じられねえ話だが、
高音の全力ファイヤーボールを喰らってダメージゼロだぜ!!」
まさかのノーダメージ。
いきなり幸先の悪いスタートだ。
ひとまず力を出し切ったリリコは黒岩先輩が背負って安全圏まで運び、
現場に残された者たちは戦闘を再開した。
前衛は俺が務める。
総長たちの情報では、この魔物がこれまで魔法行動をしたことは無いそうだ。
ならば最も身体能力の高い者がこの役割を務めるのは当然だ。
とりあえず回避優先で様子見してみる。
「フリーズ!」
「バインド!」
「ヴェクサシオン!」
「ディーツァウバーフレーテ!」
状態異常付与と弱体を試すが、これも空振りに終わる。
「ほらよ!!
3属性のフルコースだ!!」
センリが炎氷雷の順に攻撃魔法を放つが、これも効かない。
「ハアッ!!」
山口のハルバードも傷一つ付けられず。
「ぁぁあああっ!!」
ゴーレムを一撃で粉砕する俺の拳さえも通用しなかった。
無敵。
この魔物は無敵なのだ。
このまま続けても埒が明かない。
落合先生は状況を把握し、英断を下す。
「総員、撤退する!!」
結局、敵味方共に無傷のうちに引き返すことにしたのである。
基本情報
氏名:小林 健 (こばやし たける)
性別:男
年齢:20歳 (9月14日生まれ)
身長:182cm
体重:74kg
血液型:A型
アルカナ:星
属性:炎
武器:バットボーイ (鈍器)
防具:新宿黒十字軍特攻服 (衣装)
能力評価 (7段階)
P:9
S:7
T:4
F:3
C:2
登録魔法
・ファイヤーボール