5月中旬
その日の同級生たちはみんなソワソワしていた。
彼らはずっと、この時を待っていたのだ。
「それじゃあ今日から魔法の練習するぞ」
そう、魔法訓練が開始されたのだ。
学園に入学する生徒の動機は『魔法を使いたい』が大半を占めており、
俺やヒロシのように『冒険者になりたい』という理由は少数派らしい。
やっとその魔法を使えるようになれるというのだから、
みんながはしゃぐのは当たり前の現象なのだろう。
「おっし、ようやく俺の中に眠る力を引き出す時が来たんだな!
おいヒロシ、これからの俺は……“深淵の魔剣士グリム”だ
もう昔の俺には戻れないぜ……
アキラもよろしく頼むぜ? もう『栗林君』は卒業だ!」
「わかった、深淵の魔剣士グリム」
「“グリム”だけでいいよ!」
そんな雑談をしながら、それぞれの机に置かれた箱を開ける。
その中には魔法を使うために必要な練習道具が入っているらしい。
俺の分は、練習しても無駄ということで最初から用意されていない。
「えっ!?」
「これって……」
「マジで!?」
同級生たちは驚きを隠せない。
一体、何が入っていたというのだろう。
みんな箱の中を見下ろしながら固まっているので、
俺は好奇心のままにグリムの箱を覗き見た。
そこには……
「掃除機か」
掃除機だ。
新品の小型掃除機が俺以外の生徒に支給されたのだ。
とても損した気分だ。俺もそれが欲しい。
寮の用具室に置いてある大型掃除機はだいぶ古くて吸い込みが悪い。
「全員中身を確認したな? 使い方を説明するぞ
まずヘッドを取り外してホースは残せ
で、吸い込み口を手の平ギリギリまで近づけろ
あとはスイッチを入れて、手の平がくっつかない状態をキープしろ
それをこれから毎日最低3時間は続けろ 以上だ、解散」
そう言って落合先生は教室から去ろうとするが、
背後から浴びせられる大ブーイングに足を止めた。
「え、ちょっと待ってくださいよぉ先生ぇ!!」
「なんか思ってたのと違うんですけどぉ!?」
「これが魔法の練習とは思えないんですがぁ!?」
まあ、なんとなく彼らの気持ちは理解できる。
俺ももっとこう、非日常的で神秘的な何かを想像していたのだ。
それなのに日常的で実用的な生活家電を渡されたのだから、
彼らがガッカリするのも無理はない。
「ああ、お前らの言いたいことはわかるよ
お前らどうせ“的当て”とか“水晶パリーン”とかやりたかったんだろ?
それは今後実施される訓練でやるから安心しろ
……それよりまずは“出力”の仕方を体で覚えるのが第一なんだよ
その基本ができてなきゃ、どんな魔法も一生使えないからな」
「出力を体で……?」
「お前らは手の平から汗以外の物を出したことがあるか?
目からビーム、口から炎、全身からオーラを出した経験は?
ここにいるほとんどの連中はそんな経験をしたことがないはずだ
まずはそういう変なものを出力する感覚を身につけなきゃならない
それがこの“吸引訓練”だ
手の平の表面が掃除機に吸い込まれそうな感覚を通して、
体内から異物を放出する感覚を身につける訓練だ」
一見ふざけた訓練のように見えて、やはり意味はあるようだ。
それを最初から説明してくれればいいのに……。
魔法訓練が始まった翌日、ある行事の開催を告知された。
まあ、生徒手帳に記されているのでほとんどの生徒は知っているはずだが。
「来週から対人戦が始まるぞ
5月〜9月までが個人戦、10月〜2月までがトーナメントだ
個人戦の第一試合は学園側がランダムに抽選して選手を決めさせてもらう
その後は各生徒同士で自由に対戦すればいい
ちなみに同じ相手とは再戦できないから注意な
勝敗に関わらず、期間中に最低3戦をこなすのが個人戦のノルマだ
個人戦で1勝以上の戦績を残した生徒がトーナメントに出場できる
トーナメントについてはまあ……その時に説明する」
「うおお……対人戦なんてあんのかよ」
「少年漫画の世界みたいだな」
「そんなの聞いてないよー!」
みんな……生徒手帳を読んでいないのか?
「ああ、それから甲斐
お前は必ず負ける仕様だから先に伝えておく
試合用の装備には特殊な装置が取り付けられていてな、
着用者の魔力に反応して色々な数値が変動するんだ
魔力の無いお前は当然ライフ0だから、
試合開始と同時に敗北が確定することになる」
それは生徒手帳には記されていなかった。
そうか、俺は絶対に勝てないのか……。
なんとありがたいことだろう。
人間同士の争いに興味は無い。
無駄な時間を過ごさずに済む。
「そんな……! 甲斐君の戦いを観れないんですか!?」
「甲斐君もきっと出場したいはずですよ!」
「仲間外れはよくないと思います!」
仲間……
みんな……
やめてくれ。本当に。
「お前ら……
本当に甲斐の戦いを見たいのか?
一方的な殺戮ショーになるだけだぞ
それに、誰がこいつと対戦したがるんだよ……
まだ魔法の出力すらできないお前らには危険すぎる」
「……」
「……」
「……」
みんな黙ってくれたが、なんだか複雑な気分だ。
本日の訓練が全て終わり、寮に戻ったはいいが落ち着かない。
そこかしこで掃除機の音が鳴り響き、気が散ってしょうがない。
みんな早く魔法を使えるようになりたいのだろう。
なんだか肉体を鍛える訓練よりも真剣に取り組んでいる気がする。
なんにせよ明日の予習に集中できないので、
軽くランニングでもしてこようと部屋を出た。
すると洗面用品一式を抱えたヒロシとばったり出くわす。
今日は早くシャワーを済ませられたようで何よりだ。
「あれ、アキラどっか行くの?」
「ああ、ちょっと走ってくる」
「今日は泥ん中を走らされたってのに、
お前の体力どうなってんだよ……」
「俺は山育ちだから悪路の踏破には慣れてるんだ
毎週実家に食料調達しに戻っているおかげか、
自ずとそれも鍛錬の役割を果たしているのだろうな」
「へえ……
そういやお前は1日3食とも自炊組か
俺は昼だけ食堂利用してるけど、
そこで一度も見かけたことないもんな」
食料の話題になり、ふと思い出したことがあったので、
部屋からクーラーボックスを持ってきて中身を見せた。
「近所の農家からなめ茸を分けてもらったんだが、
1人じゃ食い切れそうになくて困ってるんだ
よければ半分くらい持っていってくれ」
「え、マジ!? そんじゃ遠慮無くいただくぜ!
俺これから晩飯なんだよ〜
最近なめ茸食ってなかったから嬉しいよ
ありがとな、アキラ」
「それと白菜漬けもあるぞ
これも食ってもらえるか?」
「おお、白菜まで!
もらうもらう!
今夜は箸が止まんねえよ!」
「お前は高菜も好きそうだよな」
「嫌いな人間なんているのか?
しっかし、至れり尽くせりだなぁ」
「干し芋食うか?」
「おやつにいいねえ」
「あと干し柿──」
「そこまでだ」
つい調子に乗りすぎてしまった。
「あの人、昔から俺にたくさん食わそうとしてくるんだ
おかげでここまで成長できたんだろうけど、
さすがに限度というものを考えてほしい
でも親切心からの行為を断るのはどうもな……」
「へえ、いい人じゃん
農家の知り合いがいるなんて羨ましいよ」
「ああ、そう言ってもらえて助かるよ」
「え、ん? 助かる……?」
しまった。
変なことを口走ってしまった。
「……とにかく受け取ってくれて助かった
お前のおかげで冷蔵庫に余裕が出来た」
「あ、うん
そういうことか」
そして俺はランニングに向かった。
──夜になり、俺はまた指導室に呼び出された。
なんかもうこのパターンに少し慣れてきてしまった。
どうせまたろくでもない話を聞かされるのだろう。
「八百長をしてくれないか?」
ほら。
「ええ、構いませんよ
誰を勝たせたいんですか?
谷口以外でお願いします」
対人戦の話だ。
俺の勝ち負けなんてどうでもいいし、
誰からの指示なのかもどうでもいい。
「……え、お前、引き受けてくれる……のか?
てっきり揉めるのかと覚悟してたんだが……
まあいい、それなら話が早い
今はまだ対象となる相手は具体的に決まってないんだが、
もし候補生の中から2敗した者が出たら、その時がお前の出番だ」
「候補生とは?」
ああ、しまった。
質問なんかすべきではなかった。
自ら話を長引かせてどうする。
「実は対人戦での勝敗は賭けの対象になっていてな
訓練官や教師、その他の職員、上級生たちにとって娯楽の場なんだ
で、どうせなら先の読めない展開を楽しみたいとの理由で、
特にトーナメントに出場してほしい生徒にはあらかじめ目星をつけてある
出場条件は1勝以上だから、そいつらが個人戦で3敗する前に
確実に1回は勝たせておかないといけない
まあ、トーナメントに出るかどうかは本人の希望次第だがな……」
ん……?
話を長引かせたくはないが、やはり気になる。
一応、確認はしておこう。
「個人戦で3敗したらペナルティーでもあるんですか?」
「え、さっき教室で説明しなかったか?
3敗した時点でその選手はもう個人戦に出場できなくなる
……あ、俺言った覚えねえわ これはやっちまったなぁ」
本当に大丈夫か?この人……。
それはイベントを楽しみにしている層にとっては重要な情報だろう。
「とりあえず俺の黒星は温存しておけということですね?
そういうことでしたら全く問題ありません」
「甲斐、協力に感謝する
これでひとつ肩の荷が降りた
他の訓練官たちから『絶対に説得してこい』って
プレッシャーかけられてたからな……
とにかく話は以上だ もう帰っていいぞ」
落合先生は訓練官の中で一番若いから立場が低いのだろうか?
まあそれはそれとして、どうも俺は彼らからも誤解されているようだ。
翌日の朝、開幕戦に出場する選手の発表が行われた。
「厳正なる抽選の結果、選ばれたのは……4組所属、小中大」
「え……?
えっ、俺えぇ!?」
ヒロシは椅子が倒れるほど勢いよく立ち上がり、
同級生たちの注目を集めた。
「俺じゃなくてよかった〜!」
「適当に頑張れよヒロシ!」
「観ないけど応援してるよ!」
微妙な声援を受け、ヒロシは若干照れ臭そうにして席に着こうとするが、
そこには椅子が無かったので盛大にすっ転んでしまった。
突然のハプニングに笑いが巻き起こるが、あれはかなり危険だ。
無事だったからよかったものの、下手をすれば脊髄損傷もあり得る。
「ちなみに開幕戦は全員見学してもらうからな
試合のルールやなんかは生徒手帳に書いてあるが、
どういうわけか頑なに読まねえ層が大勢いるんだよな
それなら実際に見て覚えさせるしかないだろ」
大勢いるのか……。
「え〜、マジかよ〜」
「ヒロシの試合観せられてもなぁ」
「学校の決まりなら仕方ないか……」
散々な言われようだ……。
ヒロシは今、このクラスでどんな立ち位置なんだ……。
「おいお前ら、小中に失礼だぞ
クラスメイトだろ……応援してやれ」
「先生……!」
お?
あの落合先生がヒロシを庇った……だと?
どういう風の吹き回しだ?
「なんたって小中の対戦相手は、あの谷口だからな」
「えっ……」
「2組所属、谷口吉平……
昨日の緊急会議で抽選をやり直そうかと話し合ったんだが、
結局やり直さず続行という形になっちまった」
緊急会議を開くレベルか……まあわかる。
社会のルールを守れない奴が試合のルールを守るわけがない。
きっと見学してもなんの参考にもならない。
いや、反面教師にはなるのかもしれないが……。
「あいつの顔なんか見たくねーよ!」
「谷口の試合とか観る価値ゼロじゃん!」
「ヒロシ君、超応援してるよ!」
相対的にヒロシの株が上がってゆく。
「まあ……試合にならない可能性もある
あいつは時間を守らないからな
開始時刻に1秒でも遅れたら小中の不戦勝だ
そうなるとルール説明にならないが……その時は生徒手帳を読め」
「よし、当日は谷口の部屋の扉を塞ごうぜ!」
「その手があったか!」
「私も協力するよ!」
同級生たちの心がひとつになる瞬間を見た。
共通の敵が存在するがゆえの団結力だ。
「みんな……やめてくれ!!」
ヒロシは再び注目を集めた。
「みんなが俺を勝たせようと……
いや、谷口を負けさせたいのはわかるけど、
そういう汚いやり方は嫌なんだ
俺は相手が誰であっても真正面からぶつかりたいと思ってる
だから冗談でもそんなこと言わないでくれ……お願いだ」
クラス中が静まり返る。
つい先程までの冗談めいた雰囲気が失せ、
同級生たちは困惑気味に顔を見合わせていた。
「まったく、ヒロシの癖にカッコつけやがって……
こりゃ本気で応援させてもらうしかねえな」
気まずい沈黙を切り裂いたのはグリムだ。
すると同級生たちの表情が柔らかくなり、彼に続いた。
「じゃあ俺も気合い入れて応援するとしますかね」
「ヒロシ〜! あんなカス野郎に負けんなよ〜!」
「ヒロシ君! 手加減しなくていいからね!」
「みんな……!」
ヒロシは同級生たちに向かって深々と頭を下げた後、
爽やかな笑顔をしながら椅子の無い床にすっ転んだ。
基本情報
氏名:黒岩 真白 (くろいわ ましろ)
性別:女
サイズ:I
年齢:15歳 (3月14日生まれ)
身長:144cm
体重:87kg
血液型:A型
アルカナ:戦車
属性:雷
武器:アメイジンググレイス (杖)
防具:レンタルシールド (盾)
能力評価 (7段階)
P:6
S:4
T:2
F:7
C:1
登録魔法
・キュア