9月前半
“その他の時間”。
1年生にとっては自由時間みたいなものだが、
上級生にとっては魔法学園の生徒としてこなすべき課題に取り組む時間だ。
1学期は新人発掘任務という重要な課題が与えられ、
俺以外の同級生はその任務達成のためにほとんど出払っていた。
どうやら今年は7人の天才を発掘することができたようで、
順当に行けば彼らを来年度の新入生として迎えることになる。
2学期は何をするのかというと、学習だ。
かといって国語や数学などの授業をするのではなく、
冒険者として活動する上で必要な知識を学ぶ時間となる。
「これは以前にも軽く説明したことではあるし、
ティルナノーグ火災の処理で嫌というほど思い知っただろうが……
魔物は人間の恐怖や混乱などに乗じてダンジョンから流出する性質を持つ
どれほどの規模の悪感情でそうなるという明確な基準は無いが、
とりあえず今回のように大事件扱いされるような出来事なら
確実に魔物の増殖と凶暴化が起こるものと考えてくれ
……これは余談だが、ダンジョンの近くには映画館や遊園地を
建設してはならないという法律が存在する
ホラー映画や絶叫マシーンの影響で魔物が流出する恐れがあるからな」
去年はたしか芸能人カップルの熱愛発覚とかいうくだらない理由で
ダンジョンから魔物が溢れかえったそうだが……基準がわからない。
「それからこれもお前たちは既に経験済みだが、敢えて説明させてもらう
ダンジョンのリセットについてだ
最深部にあるコアを破壊するとダンジョンの崩壊が始まり、
制限時間内に脱出できればそのダンジョンは一時的に消滅する
ダンジョンの規模にもよるが消滅から3〜12時間ほどで復活し、
魔物の増殖と凶暴化も正常な状態に戻る」
ヒロシが挙手。
「リセットじゃなくて、完全に消滅させる方法はありますか?」
「ある
ただし、それを実行するには必ず犠牲者が出るということを忘れるな
方法は至って単純で、コアを破壊した後に誰かを中に残せばいい」
「えっ、残ったらその人も消滅しちゃうんじゃ……」
「そうだ
そしてダンジョンがその生贄を気に入れば、
そいつが新しいコア……ラスボスになる
ただし、捧げられた人間がラスボス化する確率はかなり低い
まあ他の動物でもいいんだが、確率は更に低くなる
例によって原理は解明されていない
とりあえずそのラスボスを倒せば、そのダンジョンは完全に消滅する」
「生贄、ですか……」
「ああ、そういう形式の死刑を執り行う国もある
ちなみに生贄を取り入れたコアは
素体となった者の生前の能力を引き継ぎ、
それを魔物の肉体強度で繰り出してくる強敵と化す
記録に残されているラスボスたちはどれも生半可な強さではなく、
1つのダンジョンを潰すために大勢の死傷者が出ている
例えばブラジルの“ノヴァエラダンジョン”の記録では、
攻略を成し遂げた最終部隊300名は全員無事だったものの、
それまでに1万人以上の現地人や傭兵が命を落としている」
ましろが起立。
「あ、そこって20年くらい前にパパが攻略したとこだ!
現地にはパパが若い頃の銅像が立ってるんだよ!
今では体重100kg以上あって、似ても似つかないけどね!」
「ましろはお父さんに似たんだね〜」
「並木さん、失礼だよ……!」
その後も魔物とダンジョンについての講義が続き、
なぜ学園の訓練には走るメニューが多いのかを理解できた。
それはただ体力作りだけが目的というわけではなく、
崩壊するダンジョンから無事に脱出できるようにするためだ。
揺れる足場でも難なく移動できる踏破力、
落下する瓦礫への注意力並びに自衛能力、
魔物の群れの中を駆け抜けられる突破力。
そういった“逃げる力”を身につけさせるための訓練だったのだ。
そして、午後の訓練では早速新メニューが追加された。
それこそまさにダンジョン脱出を想定した内容であり、
頭上から降ってくるゴムボールを避けるというものであった。
みんな遊び感覚で楽しんでいるようだが、それも今だけだ。
俺は1学期に先輩方と共に訓練を行なっていたので経験済みであり、
この先の難易度がどうなっているのかを知っている。
常に揺れる床、ゴムボールの雨、魔物に見立てた障害物……。
それらを全て捌き切ってゴールを目指すという内容に進化し、
更にぬかるみゾーンや落とし穴などのギミックも追加され、
体力と集中力の両方を消耗する過酷な訓練となるのだ。
正直、本番よりも訓練の方が難易度が高い。
だがそれでいい。
内藤先生は仰っていた。
『練習でできないことが本番でできると思うな』と。
それはさておき、疑問点が1つ。
「なぜみんな兜を被らないんだ?」
「それじゃ顔が見えないだろ!?」
「え、顔……?
それならヒロシが被っているような安全帽ならどうだ?」
「いや、おれのファッションセンス的にはナシだな」
「いやいや、ファッションよりも“安全第一”にこだわるべきじゃないか?
お前は魔法防御力目当てで女子制服を着ているんだろう?
だったら物理防御力を確保するためにも兜を被るべきだと思うが……」
「アキラ……知らないのか?
魔法使いはゴツい兜を被ると魔法が使えなくなるんだぜ!」
「えっ、そうだったのか?
それは初耳だ……」
真偽は不明だが、センリがそう言うのならそうなのだろう。
午後8時に訓練が終了し、同級生たちがタワーへと帰ってゆく。
俺の寝床はこの訓練棟にあるので、近くて助かる。
大変なのは十坂だろう。
松本さんの母親に確認してみたところ、
やはりあいつは松本精肉店を生活の拠点にしているそうだ。
時間割の都合で放課後のバイトはできなくなったが、
それでも毎朝の荷卸しや仕込み作業は欠かさずこなしているらしい。
ただ、そんな彼よりも大変なのが訓練官たちだ。
花園先生が辞職したので3人で業務を回さなければならず、
新しい人材を確保できるまでは毎日12時間の無休労働に加え、
雑多な事務作業も処理しなければならない。
しかも訓練官の津田は奥さんからよく学園の外に呼び出され、
花園を交えた3人で気まずい話し合いをしているようだ。
実質、内藤先生と落合先生の2人で乗り切っているのが現状と言える。
そして、場合によっては津田も辞めることになるかもしれない。
もしそうなれば人手不足に拍車が掛かる。
「先輩、お疲れ様です!」
自室の前でアリアと出くわす。近くにのぞみの姿は無い。
彼女の髪は濡れておらず、綱渡りをしていたわけではないようだ。
もしかしたら俺の訓練が終わるのを待っていたのかもしれない。
「これから練習するのか?
すぐに準備するから少し待っててくれ」
「あ、いえ
さっきまで投擲の練習してたんで大丈夫です
それより最近の先輩の様子が気になってまして……」
「ん……?
俺がどうかしたか?」
「ええ、なんというか……
例の事件以降、少し元気無いなぁと思いまして
連戦の疲れがまだ抜け切ってないだけかもしれませんが、
なんかそういうのとは違う……心の疲れのようなものを感じます」
「心の疲れ、か……」
なかなか鋭いな。よく見ている。
いや、俺が隠すのが下手なだけかもしれんが……。
「実は、同級生の知り合いが火災に巻き込まれてな……
友人が落ち込んでいる姿を見るのが辛い
だからといって『元気を出せ』と励ますのは絶対に違うと思うし、
『気持ちはわかる』なんて嘘は言えない
あいつにどんな言葉をかけていいのかわからないんだ……」
アリアが押し黙る。
いかん、少し重い話題だったか。
「……まあ、それは時間が解決してくれるだろうと先生が仰っていた
俺はその言葉を信じて待つことにしたんだ
いずれあいつが活力を取り戻し、再び笑い合える日が来るとな」
「早くその日が来るといいですね……
実は今日、先輩に元気を出してもらうために
入念にマッサージしてあげようかと思ってたんですが、
なんだか今はふざけられるような雰囲気じゃないみたいですね……」
マッサージ……本来はいやらしい言葉ではないのに、
彼女の口からそれが出ると変な期待感を覚えてしまう。
「ああ、心配してくれてありがとうな
その入念なマッサージとやらはまた今度、別の機会に頼む」
彼女の言う通り、今はまだふざける気分にはなれない。
「ところでアリア
お前に1つ確かめておきたいことがある」
「あ、今“お前”って呼びましたね
ちょっとドキッとしちゃいましたよ」
「ああ、すまない
つい口が滑ってしまった」
「あ、いえいえ!
私としてはそっちの呼び方の方が嬉しいんで、
これからも是非そう呼んでください!」
「ん……そうか
……で、確認したいんだが、
お前は俺を好きなのか?
その、…………恋愛的な意味で、だ」
我ながら随分と自惚れた質問だとは思う。
だが彼女はつい最近、のぞみとの口喧嘩で“横取り”という言葉を使った。
それに俺に対して過剰なスキンシップを取ってきたこともあるし、
一定以上の好意があるとみてまず間違いないだろう。
「ええ、はい 好きですよ
ちゃんと恋愛的な意味で、です
今まで私自身の恋愛には興味が無かったんで
他人同士をくっつけて満足してたんですが、
先輩と出会ったせいで少し事情が変わったと言いますか……」
「そう、か……」
やはりそうなのか……。
面と向かって好きだと言われて気分が高揚するが、
その感情に流されてはいけない気がする。
だめな大人が悪い見本を示してくれたのだ。
津田のようになってはならない。
「アリア
その気持ちは本当に嬉しいんだが、
俺はのぞみを好きだと公言している以上、
他の女性に現を抜かすわけにはいかない
だから、その……」
「あ、いいんです 謝らないでください
今でも先輩とのぞみをくっつけたいという気持ちは変わってませんので
結局、私はキューピッド役として立ち回るのがやめられないんですよ
ちなみにこれまで30組以上のカップルを成立させてきましたが、
そのうち3割程度はまだ交際を続けてるみたいです」
「3割……は、多い数字なのか?」
「さあ? たぶん多いんじゃないですかね?
……まあ、とにかく私はこれからも先輩の協力者として動きます
もしかしたらたまに先輩を誘惑するかもしれませんが、
それはきっと遊び半分のいたずらなので本気にしないでくださいね♡」
遊び半分のいたずらか……一体何を仕掛けてくるというのか。
今から少し楽しみだ。
俺はシャワーを浴びた後、タワーへと向かった。
同級生に会うのが目的ではなく、生徒会長に報告するべきことがある。
会長からトーナメントで優勝させたい生徒の個人指導を頼まれていたが、
残念ながらのぞみにはその催しに出場する意思が無い。
俺のせいではないと思うが、一応は謝っておくべきだろう。
生徒会室の明かりはまだ点いている。
こんな時間まで仕事をしているなんて……実は真面目な人だったのか?
とりあえずコンコン、とノックすると怒号が返ってきた。
「待てえええ!!
入るなあああ!!」
どうやらまずいタイミングで来てしまったようだ。
ただでさえ苦手な先輩なのに、これは非常に気まずい……。
しかも報告内容が任務の失敗ときた。
確実にどやされるんだろうな……。
1分ほど待つと、ガチャリと内側から扉が開いた。
工藤会長はなぜか汗だくで、頬を紅潮させて息が荒い。
髪型は少し乱れており、Yシャツのボタンを掛け違えている。
まるで急いで服を着替えたような様相だ。
ああ、彼女は何かしらの運動をしていたのだろう。
「会長、お忙しいところ突然お邪魔してすみません
ですがこちらもなかなか時間を作ることができず……」
「前置きはいい!!
用件を言いなさい!!」
やはり機嫌が悪い……さっさと済ませよう。
「俺は会長から後輩の個人指導を頼まれていましたが、
その生徒をトーナメントに出場させることができませんでした!
ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません!」
「……」
……。
…………。
気まずい。
俺は90度のお辞儀をしており、
会長がどんな顔をしているのかはわからない。
だがきっと、険しい表情をしているのは間違いない。
「……頭を上げなさい」
そう言われ、恐る恐る頭を上げる。
そして会長は……
「……アンタ、もしかしてずっと気にしてたの?
なんか……ごめんなさいね
本当はアタシの方から伝えるべきだったんだろうけど、
こっちもなかなか時間が取れなくてね……
まあ、済んだことは仕方ないわよ
その件はもういいから、忘れなさい」
……え?
…………あれ?
「え、許してもらえるんですか……?
てっきり怒られるものかと……」
「えっ、いやいやいや……
だって100%アンタのせいじゃないでしょうが
あんなのアタシにだって予測不可能だったわよ
まさか入学式の途中でお漏らしして退学とはね……
あそこまでメンタルが弱いとは思ってもみなかったわ」
ん……入学式でお漏らし……?
……ああ、たしかそんな男子生徒がいたな。
まさか、会長が期待していた生徒とは彼のことだったのか?
「木村には期待してたんだけどねえ……
小学生の時はキックボクシング界の新星とか呼ばれたらしいけど、
運悪く交通事故に遭って、その道から遠のいちゃったのよ
でも素材はいいから鍛え直せばいけると思ってたんだけど……
ほら、去年の個人戦優勝ってムエタイの森川早苗だったでしょ?
あいつに賭ければガンガン稼がせてもらえると思ってたけど、
世の中そんなに甘くはないって思い知ったわ」
木村君……悪いが、君には全然興味を持てなかった。
会長は『一目で気に入るはず』と仰っていたが、
俺には何もピンと来るものが無かった。
「まあ、アタシは怒ってないから気にしないで
それよりほら、こっちはまだ仕事で忙しいから帰った帰った」
なんだか工藤先輩が優しい……不思議だ。
俺はこの人のことをずっと誤解していたのかもしれない。
「あの、忙しいのなら何かお手伝いいたしましょうか?
俺は他の生徒よりも体力が優れているという自負があります
まだ就寝まで時間はありますので……」
「いやいやいやいや!!
アタシは大丈夫だから!!
これは生徒会長にしかできない仕事だから!!
アンタは自分の部屋に戻ってゆっくりしてなさい!!」
全力で拒否された……なんか怪しい。
俺は生徒会室の中をチラリと覗く。
そして、見てはいけないものを見てしまった。
夜の窓ガラスは反射によって容赦なく真実を暴き出す。
生徒会室の扉の陰には、全裸の加藤先輩が身を潜めていたのだ。
工藤会長は直前まで何かしらの運動をしていた。
つまり……スポーツの秋だ。
会長と加藤先輩は夜のスポーツに励んでいたのだろう。
2人がそういう関係だったのは少し意外だが、
とりあえずこれ以上邪魔してはいけない。
俺は一礼してから速やかにその場を立ち去った。
基本情報
氏名:正堂 正宗 (せいどう まさむね)
性別:男
年齢:17歳 (5月5日生まれ)
身長:181cm
体重:78kg
血液型:AB型
アルカナ:力
属性:炎
武器:メガ村正 (両手剣)
武器:十文字スペシャル (双剣)
防具:阿修羅 (軽鎧)
アクセサリー:伊達眼鏡
アクセサリー:ブロンズトロフィー
能力評価 (7段階)
P:9
S:7
T:8
F:4
C:2
登録魔法
・ファイヤーストーム