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進め!魔法学園  作者: 木こる
2年目
77/150

修羅場

9月1日。

始業式とホームルームを終え、俺は1年4組の教室へと走った。


「のぞみ!!

 今日は一段と可愛いじゃないか!!

 これからはその髪型で過ごすのか!?」


今までのぞみが髪を結んだ姿を見たことは一度も無い。

彼女はどうも子供っぽく見られるのが嫌なようで、

可愛い髪型……例えばツインテールなどは絶対にしないと断言していた。

その彼女が今、左側だけとはいえ頭の横で髪を結っているのだ。

ピンクの縞模様のリボンが、本体の可愛らしさを引き立たせる。

どうやらその髪型はサイドテールというらしい。


大勢の前で名指しされた彼女は顔を真っ赤にして席を立ち、

そのままスタスタと早歩きで教室から出ていってしまった。

あの恥ずかしがる様子のなんと愛くるしいことか。


「先輩、こっちも見てくださいよ」


その声に反応して目をやると、アリアも同じ髪型をしていた。

彼女の場合は右側を青の水玉模様のリボンで結んでおり、

のぞみと2人で並んだらまるで姉妹のように映るだろう。


「おお、アリアもすごく似合ってるぞ

 あとで2人並んだ写真を撮ってやろう」


「えへへ、ありがとうございます♪

 でも2人並んで撮影は無理かもですね〜

 私はともかく、あっちがね……」


「ああ、なんとか説得してみるさ

 しかしどうやって言いくるめたんだ?

 『絶対に似合うのが嫌』と断り続けていたのに……」


「あ、いえ

 私が強制したわけじゃなく、

 ただ考えることが同じだっただけですよ

 ……ところで先輩、この後の予定ってありますか?

 もしよければ2時から試合なんで、是非観にきてください」


「考えることが同じ……?

 まあ、試合は必ず観に行こう」


「やった♪

 それじゃ応援よろしくお願いします!」






赤コーナー。

4組所属、立花希望。装備はダガー1本。

小学生並みの体格の持ち主だがとても負けん気が強く、

初戦では相手の攻撃を喰らいながらも前へ前へと出る戦い方を見せた。

一体あれからどんな成長を遂げたというのか。


青コーナー。

同じく4組所属、高崎亞里亞。こちらもダガー1本。

対戦相手とは友人の関係にあるが、八百長無しの真剣勝負を行う模様。

初戦では武道の経験者に対して一方的な打撃戦を展開して圧勝した。

今回もあの惨劇が繰り返されるというのだろうか。



……なぜこうなってしまったのか。

新学期早々に仲良く同じ髪型に揃えてきたかと思えば、

どういうわけか件の女子2人が実力行使の場で睨み合っている。


対人戦。

それは唯一の学園行事にして数少ない娯楽の場であるが、

今の俺にはどうにも楽しめない。

ただ単純に2人が力比べをしたいだけならともかく、

なんだかそういう雰囲気ではないのは明らかだ。


「よう、あーくん

 隣座ってもいいか?」


「リリコ……

 なんでここにいるんだ?」


「そりゃ面白そうな試合だと思ったからな〜

 なんかあの2人、あーくんを取り合ってるそうじゃん?

 こりゃもう……勝った方が正妻ってことでいいんだよな?

 その顛末を是非この目で見届けさせてもらうぜ」


見ればリリコはコーラとポップコーンを手にしており、

完全にこの試合を……いや、俺が困る様子を見て楽しんでいた。


そして、彼女だけではない。

今日の観客席はやけに女子が多い。

なんだか皆、ある種の勘違いをしている気がする。

どうやら妙な噂が広まってしまったようだ。


「やめろ、面白がるな

 あの2人は俺を取り合っているわけじゃない

 ただお互いの意見が少し噛み合わないというか……

 まあ、些細なすれ違いというやつだ」


「ほーん……

 じゃあ、そういうことにしておきますか」


リリコは太いストローに口を付け、

ズズズと音を立てながらコーラを吸い上げる。



開始時刻まであと3分を切り、両選手は準備運動をしながら会話する。


「ねえ、のぞみ

 この試合、勝った方が負けた方になんでも命令できるってのはどう?」


「いや、何それ……

 そういうのは無しにしよう?

 わたしはただ試合ノルマを消化しつつ、

 自分の成長ぶりを確認したいだけだよ」


「まったまた〜、昨日のことでまだ私に怒ってんでしょ?

 あんたって本当に器が小さい女だもんね」


「それどういう意味で……いや、やめとこ

 じゃあ“命令できるけど従う必要は無し”って条件なら、まあ」


「それじゃ意味無いでしょうがー

 私は負けたら潔く命令に従うつもりよ?

 あんたの耳だろうが鼻だろうが、どんな穴だって舐めるよ!」


「わたしにそんな趣味は無い!」


「じゃあ、勝った方が先輩に“水着DEマッサージ”

 の続きができる権利を得るっていうのはどうかな?

 なんなら服装は自由でいいものとする」


「セクハラ禁止!!」



観客席の女子たちは俺の方をチラチラと見て、

ヒソヒソと何かを話し合っていた。

選手同士の会話は集音マイクのおかげで筒抜けだ。

非常に迷惑な仕様である。


「え、あーくん

 なんだよ“水着DEマッサージ”って……

 しかも続きとか言ってたよな……途中までやったってことか?

 どこまでやったんだ? どんな水着だったんだ?」


俺は沈黙を貫いた。




そして、戦いの時は来た。

両選手が白線に立ち、その中央で審判が合図を送る。



「では……試合開始!!」



両選手が同時にバックステップし、同時に髪のリボンを解く。

そしてお互いに一定距離を保って睨み合ったまま、

手元を見ずに競技用ダガーの柄に素早くリボンを巻き付けた。


ヒュンヒュンという音が会場に響き渡る。

2人がリボン付きダガーを振り回して発生する風切り音だ。


なるほど、考えることが同じ……鎖鎌の応用だ。

2人は今、回収可能な遠隔武器を手にしている。

そのためのリボンだったのだ。

残念ながらファッションが目的ではなかったようだ。



先に仕掛けたのはアリア。

標的目掛けてヒュッとダガーをまっすぐ投げる。


と、ここでいきなりのぞみが魅せる。


彼女は飛んできたダガーに対し、こちらもダガーを投げ返して

空中で撃墜させるという高等技術を成功させたのだ。


「おおお!!」

「やるじゃん小学生!!」

「頑張れー!!」


そんな観客の好反応を耳にして彼女の頬が赤く染まる。可愛い。



今度はのぞみから攻撃を仕掛ける。

頭上でリボン付きダガーをヘリコプターのプロペラのように回転させ、

ジリジリと対戦相手との距離を詰めてゆく。


アリアは1回くらいポイントを奪われてもいいという覚悟で前に出るが……


ガコッ!!


という硬い音が鳴り、思わず声が出る。


「痛ったあぁぁ!!」


当たったのは右手の甲。

安全性の高い刃ではなく、硬い柄の部分が利き手に直撃したのだ。

のぞみは適当に武器を振り回していたのではなく、

リボンの長さを微調整しながら攻撃部位に照準を定めていた。



「こんのおぉぉ!!」

リボン勝負に敗北したアリアは、背中を丸めて体当たりを試みる。

体格差によるゴリ押し。シンプルながらも効果的な戦術だ。


が、のぞみは敵の接近を許さない。


彼女はリボンを巧みに操って攻撃の射程や軌道を縦横無尽に変更し、

アリアのくるぶしや半月板などの“骨”を狙って的確にダメージを積み重ねる。

それは身動きが取れなくなるほどの激痛というわけではないが、

近づくのを躊躇う程度には効果のある、なんともいやらしい痛みだった。

アリアは一旦接近を諦め、リボン付きダガーの有効射程から退避する。


屈辱だった。

パワーもスピードもこちらの方が上であるというのに、

ただ一点、技術力の違いだけでそれらの利点を潰されたのだ。

思えばのぞみは手裏剣や吹き矢の扱いも上手かった。

ゲーム的に言えば『命中』のパラメータが非常に高い女なのである。


「ファイヤーストーム!!」

物理がだめなら魔法だ。

それも広範囲へ攻撃可能なストーム系ならば、

ほぼ確実に相手のライフを削ることができる。


電光掲示板を見ると、のぞみのライフ……96。

よし、とりあえずダメージを与えることには成功した。

あとは遠距離からこれを堅実に積み重ねて……



「ファイヤーボール!!」

のぞみは相手からのファイヤーストームを浴びながら反撃する。


ボッ!ボッ!


しかも左右同時に放って2発命中。

それほど弾速があったわけではないし、変則的な軌道だったわけでもない。

それなのにその平凡な火球を両方当てることができたのには理由がある。


のぞみは背の低さを利用したのだ。


アリアの視点からすると両手で炎の嵐を放っている際、

その下から炎の球が飛んできても、まず気づけない。


電光掲示板を見ると、アリアのライフ……88。

両選手の基礎魔力そのものに大きな違いは無いが、

単体攻撃のボール系と範囲攻撃のストーム系では威力に差が出る。

密度の高いファイヤーボールの方が、より高いダメージを出せるのだ。



武器格闘だけでなく、魔法戦でのダメージレースでものぞみが勝っている。

アリアはその圧倒的不利を把握し、一か八かの賭けに出た。


アリアは自身の前方でリボン付きダガーを扇風機のように回転させ、

それを盾として相手への接近を試みたのだ。

これなら向こうがリボン付きダガーを投げてきた場合に

お互いのリボンが絡まり、それ以降の攻撃手段を封じることができる。

あの地味に痛い攻撃さえ来なければ、恐れるものは何も無い。



そして──来た。



アリアは3回くるぶしへの攻撃を許してしまったものの、

4回目にしてようやく相手の武器を絡め取ることに成功したのだ。

ピンクと青のリボンが複雑に混じり合い、すぐには解除できない。

これでもうあの地味に痛い攻撃を警戒せずに済む。


「よしっ!!」


「ファイヤーボール!!」

そして油断したところへ高密度の火球が直撃。

のぞみは武器を奪われるのを想定し、あらかじめ力を溜めておいたのだ。

これにより相手に30ダメージを与え、アリアの残りライフは58となった。


だがアリアは動じない。

ようやく活路を切り拓いたのだ。

これでようやく近づける。


接近戦。


いかにのぞみが技術で上回っていようと、身体能力(フィジカル)では敵わない。

追いかけっこなら断然こちらが有利だ。


捕まえて、首を絞めて、落とす。

それがアリアにとっての勝ち筋だった。


……が、のぞみに駆け寄ろうとした第一歩でトラップが発動。

アリアの足下でボン!と爆発音が鳴り、驚いた彼女は思わず後ずさった。


直撃はしなかったので、ダメージは無い。

エフェクト目的の改造ファイヤーボール。

音と黒煙だけのトラップ。

牽制目的のハッタリ……煙玉。


それに気づいた時にはもう遅い。



「ファイヤーボール!!」

煙の中から飛び出してきた高密度の火球が、

アリアの無防備な胴体に直撃する。

残りライフ28。あと1発貰ったら負ける。



ここへ来て、アリアは大きなミスを犯していたことに気づく。


「エクリプス!!」

彼女は強化(バフ)をかけ忘れていたのだ。

それに相手に弱体(デバフ)をかけることもだ。

リボン対決に気を取られ、初動ですべきことを怠ってしまったのだ。



「ファイヤーボール!!」



煙の向こうから詠唱が聞こえる。

今度は油断しない。

そこから来るとわかっていればマジックシールドで防げる。

反射神経は良い方だ。

音ゲーの初見譜面でも割とついていけるという自負がある。



……が。



そのファイヤーボールは頭上から降ってきた。

しかも先程のものよりも威力が更に高くなっており、

強化された防御力を貫通してアリアのライフを根こそぎ奪い取ったのだ。



「そこまで!! 試合終了!!

 ライフアウト!!

 勝者……立花希望!!」



観客たちは皆、その結果に驚きを隠せなかった。

いや、結果よりも過程に目を見張るものがあった。


のぞみはリボンを利用した武器活用術、死角からの魔法攻撃、

煙玉のトラップ、予想外の方向から来たトドメの一撃……と、

上級生でさえも翻弄されそうな戦術を駆使して試合を制したのだ。


俺は彼女にそういった戦術を仕込んだことはない。

それらは全て彼女自身で編み出したものだ。


「へえ……

 あのちびっこ、結構強えーじゃん」


「ああ、俺もそう思う」




入学前は特に体を鍛えたりしてこなかった2人。

その2人が同じ時期から同じ訓練を受け、もうすぐ半年になる。

試合の結果はのぞみの圧勝だった。

一体どこで差がついたというのだろう。


「あ〜あ、負けちゃったかぁ

 まさか最後は上から来るとはねえ……

 まあ、過ぎたことを悔やんでもしょうがない

 あんたが勝ったって素直に認めるよ

 それと……今まで図々しい態度取ってごめんね

 私、つい調子に乗っちゃったっていうか……」


「あ、うん

 わたしも少し言葉足らずだったかもしんない

 今度からはもっと上手く伝えられるように努力するよ」


戦い終えた両選手が握手を交わし、観客席からは大きな拍手が送られた。

試合前まで少しギクシャクしていたように見えたが、

このぶんならもう大丈夫だろう。

元の仲良しコンビに戻ってくれたようで何よりだ。


「さて、それじゃあ……どこ舐めよっか?」


「は?」


「だって負けた方が勝った方を舐めるって約束したでしょ?」


「してないしてない 捏造しないで」


「なんなら、のぞみが私の好きな所を舐めていいよ?」


「いえ、結構です」



観客席で女子たちがヒソヒソと話し合う。


「え、あの2人ってそういう関係?」

「じゃあ甲斐先輩は、つまり……」

「竿役ってこと?」


誤解だ……。


「そうじゃなくて、高崎さんと甲斐先輩がライバルなんじゃないの?」

「あー、そっちの可能性のがあり得るかもー」

「ただの間女かと思ってたら、そっちだったかあ」


いや、ライバルではあるが……うーむ。



「じゃあ、2人がかりで先輩を水着DEマッサージしながら舐めよっか?」


「どうしてそういう方向に話を持ってきたがるの!?」



「今の聞いた!? 2人がかりだって!」

「やっぱり竿役だったかー」

「大きそうだもんねえ」



「じゃあ、先輩と私の2人でのぞみを舐め回すってのはどう?」


「意味がわからない!!」



「あら、やっぱりそっちの方向?」

「矢印が錯綜してるんだけど」

「乱れてますなあ」



「じゃあ、先輩とのぞみの2人で私の体を好きにすればいいよ!」


「何を期待してんの!?」



「あれ、もしかして誰も取り合いとかしてない感じ……?」

「なんだ、つまらん」

「私はちょっと興味あるけど」


観客たちが様々な感想を口にしながら帰ってゆく。

これでまた変な噂が立ってしまうのだろうな……。

個人戦績


立花 希望

3戦2勝1敗


高崎 亞里亞

3戦2勝1敗

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