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進め!魔法学園  作者: 木こる
2年目
72/150

生存者

俺たちは現場に到着後すぐに降車し、各々の得物を手に取った。

そこには視界を埋め尽くすほどの魔物が蠢いており、

地面には力尽きた戦士の死体がいくつか転がっていた。

大雨のおかげで鎮火済みとはいえ、まだ混乱は収まっていない。


「緊急事態につき、具体的な指示は出せない!!

 各自の判断で戦え!! だが無茶はするな!!

 危険だと感じたら撤退しろ!! 死ぬなよ!!」


内藤真也訓練官はそれだけ伝えると剣を抜き、敵陣へと突き進んでいった。


見る限り魔物のほとんどはコボルト、ゴブリン、半魚人であり、

それらは言わば“数だけの敵”である。

ただし、流出している魔物はそれだけではなかった。

図鑑でその概要だけは知っていた“オーク”や“ミノタウロス”、

それより巨体の“トロール”など大型の魔物も存在していたのだ。


「俺とリリコでデカブツを片付ける!!

 みんなは小物の処理を頼む!!」


現状ではそれが最善手だろう。



オークは2m強のサイズで、ゴブリンの上位版といったところだ。

腰の曲がった高齢冒険者の方々でもなんとか対処できている。

なのでこいつらの脅威度は低く、後回しにしてもよい。


牛の頭をした魔物ミノタウロスは5mほどあり、

厄介な行動パターンを持っている。

手にした両刃斧は一切使わず、ただひたすら“突進”しかしない。

一定距離を進んだら方向を変え、再び突進を繰り返すのみである。


そして最も目を引くのはトロール。

体長はおそらく10m以上もあり、全身を体毛で覆われている。

動きは遅いが、その超巨体はただ歩くだけでも脅威となる。

ズシン、ズシンと大地を揺らしながら戦場を徘徊し、

敵味方関係無く蹂躙してゆく。



「リリコ

 MP全消費の最大出力でトロールを始末してくれ

 こう言っては悪いんだが、お前は乱戦に向いていない

 下手したら味方を巻き込んでしまう可能性がある

 だが、あれなら的が大きい上に動きが遅いから狙いやすいだろう」


「ん……まあいいけどさ、

 ぶっ倒れたらすぐに安全な場所まで運んでくれよな」


「ああ、当然だ」


そしてリリコは右手に炎の塊を発生させる。

サイズはボウリング玉程度。いつも通りだ。

ただし、輝きの強さはいつもより3倍以上となっている。


それは、魔法能力の無い俺でも判断できた。


史上最強のファイヤーボールなのだと。



「いっけえええええぇぇぇぇっっっ!!」



ドオォン!と大砲のような轟音と共に、それは解き放たれた。




赤を超えて、白く光る球体がトロールの顔面に直撃する。




『ボシュウウウゥゥッ!!!』

トロールの首から上が蒸発する音。


『ドシーン!!』

首無しの死体が地面に倒れる音。


『うおおおおお!!』

最大の脅威が消え去り、歓喜する冒険者たちの声。



その一撃は、絶望しかけていた冒険者たちの心に光を照らしてくれた。



希望という名の光を。



「へへっ……

 そんじゃ、あとは頼んだぜ……」


リリコは一気に全魔力を放出した反動により、ガクッと意識を失った。

俺は彼女を受け止め、約束通り安全な場所へと運ぶ。



「……おい、その汚い足をどけろ」


車内では、玉置が呑気に寝っ転がってスマホをいじっていた。

この緊急事態においても、こいつはやる気を出さないらしい。

それはもういい。諦めている。このクズには何も期待していない。

だが、せめて、命を賭して戦っている人間の邪魔だけはしないでほしい。


リリコは俺を信じて全力を出し切ってくれたのだ。

そんな彼女を安静に休ませる空間を確保したい。


俺は玉置の足首を掴み、車内から引きずり降ろした。


「ぎゃっ!!

 え、ちょっと!! いきなり何すんの!?

 私に触んないでよ!! これってセクハラだよねえ!?」


玉置がギャーギャー喚いているが、俺には何も聞こえない。

俺はこのクズの足首を掴んだまま公衆便所まで移動し、

それを個室に放り込んで扉を閉鎖した。




激戦区にて、剣士たちがめざましい活躍を遂げる。

小中大(ヒロシ)は双剣を手に勇猛果敢に敵陣へと飛び込み、

正堂正宗は巨大な刀で数多の魔物の首を刎ね、

一条刹那は剣の素人ながらも力技で敵をねじ伏せた。

3年生たちも先輩の意地を見せつけ、それぞれ全力で応戦した。


「うおりゃあああ!!」

黒岩真白は大盾を構えて戦場を駆け巡り、

次々と魔物の群れを跳ね飛ばして分散させていった。

彼女の本分は回復役(ヒーラー)防御役(タンク)ではあるが、

この状況下では攻撃役(アタッカー)として立ち回るのが正解であった。


「えい、えい、えい!」

杉田雪は先発隊が討ち漏らした精霊の処理に尽力していた。

無属性の攻撃魔法なら属性の相性など考えずに済むので助かる。


「オラオラオラァ!!!」

そして、この乱戦において異彩を放っていたのは十坂勝だ。

彼の武器“ストームブリンガー”はかなり特殊な形状の装備であり、

1本のシャフトの両側に刃が取り付けられている。

その刃は角度を調節できる機構になっており、今は鎌状であった。

S字、あるいはZ字のそれはとても扱いが難しいのだが、

彼は自身の体ごと回転して敵を殲滅していったのだ。

その戦法は、まるで竜巻を思い起こさせる。


嵐の使者(ストームブリンガー)


その名に偽り無し。






──正午。


戦闘はまだ続いていたが、敵の数をだいぶ減らすことができた。

トロールをはじめとした巨大な魔物を処理したことで現場の士気が高まり、

更に近隣の野良冒険者が加勢してくれたおかげで状況が好転したのだ。


「丸山、向井

 お前たちはもう休め

 半日も戦い続けているんだろう?

 剣の状態も良くないし、ここが引き際だ」


「え、でも内藤先生……」

「まだみんな戦ってるし……」


「俺たちは戦う準備をしてからここへ来たんだ

 だが、お前たちはそうじゃないだろう?

 そんな安物の剣だけでよくここまで戦ってくれたよ」


2人の剣は刃がボロボロで、今にも折れてしまいそうだった。

着ている服もビリビリに破けており、切り傷や打撲痕が生々しい。

彼らはこの半日で一体、何十日分の戦闘をこなしたというのだろう。


「訓練で『休める時はしっかりと休め』と教えたはずだ

 無茶をすれば痛い目を見るだけでなく、味方の足を引っ張ることになる

 この戦いはおそらく数日……いや、数十日は続くだろう

 明日以降も戦うつもりなら、ちゃんと臨戦態勢を整えてこい

 最寄りの中学校が協力を申し出てくれて、

 怪我人の治療や炊き出しなどを行なっている

 とりあえずそこへ行け 場所はわかるか?」


「あ、はい わかります」

「それじゃ俺たちはこれで……」


2人が申し訳なさそうに去っていく。


彼らは冒険者としては優秀であったが、

学業成績の悪さで進級を果たせなかった。

まったく、惜しい生徒を失ったものだ。



少し余裕の出来た内藤訓練官はスマホを取り出す。


「落合先生、そっちの状況はどうだ?」


『ええ、こちらは鎮圧完了しました

 俺はこれから進道、並木、野村の3人と共にダンジョンへ突入し、

 内側から荒らし回ろうとしているところです』


「そうか、では任せる

 栗林はまだ戦っているのか?」


『いえ、ついさっき松本と一緒に中学校へ向かわせました

 松本には現地スタッフの手伝いをするように指示しておきました』


「英断だ

 彼女は元々看護師を目指していた身であるし、

 ボランティア経験も豊富だから上手くやってくれるだろう」




──中学校の校庭には仮設の診療所があり、

怪我の程度によって行き先が振り分けられた。

大まかに軽傷なら体育館で応急処置を受けることになり、

重傷ならば魔法学園の医務室へ、といった具合だ。


なぜこんな方法を取っているのかというと、

冒険者は病院で門前払いされるからだ。


医者に診てもらえるのは死亡確認の時だけである。


なので怪我の治療は自分たちで行うか、

今回のように善意の協力者の手を借りるしかない。


「ああ、松本さん……

 君は本当に天使だよ……」


「やめて丸山君

 私はただ治療をしてるだけだからね?」


「ああ、松本さん……

 俺とつき合ってほしい……」


「向井君もやめて

 たった今、相棒がフラれたばかりだよ?」


丸山、向井の両名は体育館で炊き出しの豚汁を啜りながら治療を受けた。

彼らの交戦時間は半日に及んだが、どこにも致命傷は負っていない。

どちらも元3組の生徒であり、運動能力が高かったおかげだろう。


「ところでグリム……栗林の姿が見えないんだけど、

 もしかしてあいつ、酷い状態だったりするのか……?」

「俺たちは途中で別行動して、それっきりなんだ

 あいつにもしものことがあったら俺たちは……」


「あ、それなら大丈夫だよ!

 私が治療した後すぐに『俺にはまだやることがある』

 とか言ってどっか行っちゃったけど、

 戦いに向かった感じじゃなかったからさ」


「そっか……あいつ、無事だったんだ……!

 あの状況で諦めずに戦い抜いて、ちゃんと生きててくれたんだな……!」

「なんだよくそっ、最高にカッコいいじゃねえか……!

 俺はあいつの友達でいられることが誇りだよ……!」


「君たちもよく頑張ったよね

 さあ、今日はもう休んだ方がいいよ

 寝心地は悪いだろうけど、教室に段ボールと毛布が用意してあるんだ

 そこでゆっくりと体を休めて、明日もみんなで頑張ろうね!」


「ああ、やっぱり君は天使だ……」

「いや、女神かもしれない……」


「やめて」






グリムは公衆便所の掃除用具入れに隠した金庫と封筒、

それとノートを数冊持ち出した。

個室の中で玉置がギャーギャー喚いていたが、そんなのは無視だ。

それよりも今は、ある職業の人物を探さねばならない。


警察官。

できれば女性がいい。

おそらくこの封筒の中身は盗撮写真だろう。

自身の目で確認はしていない。

見れるわけがない。


「……あっ!」


そして、目的の人物……女性の警察官を見つけることができた。

彼女はティルナノーグ区域外の民家の前に立っており、

その家屋は火災に巻き込まれて全焼してしまったようだ。


消防士たちはホースの撤収作業中であり、

救急隊員は担架を運んでいるが、搭乗者の顔には布が被せられている。

そのすぐそばでは女性が地面にうずくまって慟哭している。

おそらくご家族が亡くなってしまったのだろう。


冒険者たちは魔物の流出を食い止めることには成功したが、

火の勢いまで抑えることはできなかった。

それは実に無念であるが、仕方ないと割り切るしかない。

我々は消火のプロではないのだから。


「あの、お忙しい中すみませんが、

 犯罪の証拠らしき物を手にしてしまったので、

 どうかご確認していただけませんか?」


女性警察官は急な申し出に少し動揺するものの、

グリムからそれらの物品を受け取って目を通した。



「……冒険者同士の賭博は合法だから、こっちは除外ね

 金庫の中身は君の好きにすればいいと思う

 でもこの盗撮写真は許すまじき犯罪行為の証拠だわ

 その浜田って人の身柄は必ず確保するから安心してちょうだい」


「はい、よろしくお願いします!」


「それにしても盗撮日記なんて残しておくとは馬鹿な男……

 …………ん?

 “彩ちゃん”……?

 平塚……彩…………?」


その警察官は怪訝な顔をしながら例のノートと写真、

そして全焼した民家を見比べ始めた。


……。



…………。



……え?


不意に、グリムの脳裏にある台詞がよぎる。



『いや〜、ウチはこの区域のすぐ隣に住んでまして、

 週末はよく炊き出しとか手伝ってるんすよ』



背筋が凍った。



そして、担架に泣き縋る女性がその名を叫ぶ。


「彩あああぁぁっ!!!

 なんで……どうして…………っ!!!」


グリムは放心状態のまま、その家の表札に目をやった。




“平塚”




平塚彩。

享年15歳。

一酸化炭素中毒により死亡。

彼女は火災発生直後にすぐさま消防へ通報し、

速やかに母親を屋外に避難させた後、

自宅で介護していた祖父母を外へ連れ出そうとしたが、

大量の煙を吸ってしまったがために呼吸困難に陥り、そのまま命を落とした。




栗林努は何も言えず、何も考えられなかった。


平塚彩が死んだ。


その事実は頭で理解はできても、心が追いつかない。

彼女の母親が叫んだように「なんで、どうして」という気持ちで一杯だった。


なんであんなに優しい子が死んで、

どうして自分なんかが生き残ってしまったのだろう。

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