5月上旬
その男を初めて目撃した時、俺たちは学園の職員だと錯覚した。
身長は俺より5cmほど低いものの横幅は倍ほどあり、
だが太っているわけではなく、筋肉の塊だった。
くたびれた中年男性のような顔つきをしており、
とても同い年の男子とは思えなかった。
「ふざけんなーーー!!」
「またお前かよーーー!!」
「いい加減にしろーーー!!」
そんな怒号が今日も男子寮に響き渡る。
今度はどんな失態を犯したというのか。
まあ、興味は無い。
彼とは一切関わり合いたくない。
同じ棟でないのは幸運であった。
谷口吉平。
正真正銘のクズだ。
彼は入学式どころか、授業や訓練に一度も顔を出したことがない。
一体なんのために魔法学園へ入学してきたのかわからない生徒だ。
彼は時を選ばずトレーニング室に現れては器具を独占し、
ただひたすら己の筋肉を鍛え続ける日々を送っている。
他の生徒に順番を譲ることはせず、いつでも自分優先に動く。
思い通りに行かなければ癇癪を起こして喚き散らす。
そんな態度を繰り返しているから孤立したのだ。
シャワーの順番に割り込んだ挙句、3時間もかける。
他人が使用中の洗濯機から勝手に中身を取り出して床に放置する。
1日5回の食事では毎回食器を下げずに食堂から立ち去る。
棚の上に置いたダンベルが落ちてきたせいで床が凹んだ。
夜中に腹筋マシンを使ってトレーニングして騒音騒ぎを起こす。
……等々、彼の愚行を挙げたらキリがない。
挨拶をしない。お礼を言わない。謝らない。
基本的な人間社会のルールを何もかも守らない。
野生動物だって群れのルールに従って生きているというのに、彼はそれ以下だ。
「ぼくもダンジョン連れてってよ」
「お断りだ」
冗談じゃない。
こんな奴と関わってたまるか。
「え〜、いいじゃない!
きみってアキラ君でしょ?
だったら連れてってよ〜!」
「俺を名前で呼ぶな
それと、お前の論理は破綻してるんだよ……
ダンジョンに行きたければ他を当たるか、1人で行け」
「いいじゃん! ケチ!
連れてってよお! ぼくも連れてってよお!」
あぁ、イライラする。
これだから関わりたくなかったんだ。
地球外生命体を相手にしているようで気味が悪い。
後日、俺は指導室に呼び出された。
例によって悪いことは何もしていない。
「谷口とパーティーを組んでくれ」
「お断りします」
落合先生はなんだか申し訳なさそうな顔をしている。
彼の意思でこんな提案をしたのではないのだろう。
となれば他者の意思……つまり、
「協会からの嫌がらせですか?」
「いや、学園長だ」
新たな弊害の出現。
「俺だってあんな奴嫌いだし、絶対に関わりたくないと思ってる
でもどういうわけか学園長はあれを気に入ってるみたいでな……
実はあいつ、学園長の一存で強引にねじ込まれた生徒なんだ
入学式の直前になって、しかも将来有望な生徒と引き換えにだ
おそらく学園長の親族かなんかだろうよ」
「谷口の身元はどうでもいいとして、なぜ俺なんですか……?
本当になんの意味も無い嫌がらせでしかないですよ……」
「お前を指名した理由は、早めにノルマを達成しておきたいからだろうな」
「ノルマ、というと……?」
「お前らが進級するには最低限の学業成績と正式な冒険者免許、
それと、“戦う意志がある”と学園側に示さなきゃならない
今回の場合は“ダンジョンに行った回数”と“魔物を倒した数”だ
お前はもう今学期の両ノルマを達成済みだが、
まだダンジョンに行ける事実を知らない生徒も多い
生徒手帳を読まなかった連中だな
……で、谷口を危険な目に遭わせず回数を稼がせるために、
学園長は現環境での最強パーティーを編成したってわけだ」
「最強パーティー……また勝手なことを」
「不本意だろうが、学園に残りたければ従ってくれ
でないと学園長の一存でお前は退学させられることになる」
「横暴が過ぎますよ」
「ああ、世の中には権力を持たせちゃいけない人間がいるんだ」
指導室を出た俺は件の最強パーティーとやらの仲間に挨拶するべく、
彼らが所属する1組へと足を運んだ。
1組の教室には机が10個しかなく、とても懐かしい感覚に襲われた。
このガラガラな雰囲気は故郷の学校を思い出す。
懐かしさに浸っていると、こちらに気づいた女子が話しかけてきた。
彼女の顔には見覚えがある。男子寮で何度か見かけたことがある。
たぶん身長も同じだ。きっと彼とは双子なのだろう。
「よう、甲斐晃
お前の方から来てくれて手間が省けたぜ
お互いに面倒な仕事を押し付けられちまったな
おれは進道千里だ
今んとこ新入生の中で攻撃魔法使えんのはおれしかいねえ
まあ、いわゆる魔法使い枠だと思ってくれ」
「もう魔法が使えるのか?
魔法訓練はまだなのに……すごいな
とにかくよろしく頼む、進道さん」
すると彼女は一瞬ムスッと不機嫌そうな顔になり、
俺の間違いを訂正したのだ。
「おれを女だと思ってんだろ?
言っとくがおれは男だ
女子制服着てんのは魔法防御力を確保するためだよ
おれは背が低いし筋肉もつきにくいから近接戦闘には向かねえ
魔法の撃ち合いになる遠距離が俺の戦場だ
だから物理防御力は最初から捨てて考えてる……合理的だろ?」
「男女の制服で性能差があったのか……知らなかった」
「統計的に、男は積極的に前へ出たがるからな
前衛用のチューニングしとかねえと危なっかっしいんだ
ヒロシって奴がその典型だろ?
考え無しに敵陣突っ込んでスライムのションベン浴びたらしいな
ある先輩がゲラゲラ笑いながら話してたぜ」
「ああ、たしかに……」
「とまあ、そんな感じの理由で男子は物理防御力重視、
女子は魔法防御力重視ってな風に差別化されてんだ
ちなみに防御力云々は魔力の無いお前にとっては関係ねえ話だ
着用者の魔力に反応して防御力が上がる仕組みだからな
これは他の冒険者用装備にも共通する仕様だから覚えとけよ」
「随分と詳しいんだな
なんだか先生と話している気分だ」
「へっ、よせよ
親族に冒険者がいたおかげで少しだけ知識があるだけだ
この程度の情報は後々、全員が知ることになる
おれはまあ……フライングスタートしてるってだけだよ」
進道君の自己紹介が終わると、隣で待ち構えていた女子が口を開いた。
今度こそ女子だ。男子寮で見かけたことはないし、胸がでかい。
スカートの丈はうっかり下着が見えてしまいそうなほど短く、
ツインテールで少女特有の可愛らしさを全力でアピールしている。
「次、あたしの番!
黒岩真白でーす! よろしくね!
えっとぉ、センリが魔法使いならあたしは僧侶ってとこかな〜
デブだけど回復魔法が使えるよ! 回復なら任せて!」
自分で言うのか……。
そこには触れないようにしていたのだが……。
「……俺が配慮すべき戒律はあるのか?」
「えっ、何? 戒律……?」
「信仰があるんだろう?
一緒に行動する上で気を悪くするような行為は避けたい
例えば目の前で特定の動物の肉を食べたり……」
「やっ、ちょっと待って!?
え、もしかしてゲームとか全然しない人?
この場合の僧侶って言ったらあれだよ!?
パーティーの回復役って意味だよ!?」
「そうなのか……よくわからない」
「おい黒岩、これはある先輩から聞いた話なんだけどよぉ
こいつはスライムすら知らなかったみたいだぜ〜!?」
「えーっ!? うっそー!
特別天然記念物じゃん!
国で保護するレベルだよ〜!」
俺はそんなレベルなのか……。
本日の冒険活動の目的は谷口のダンジョン入場と、
奴に魔物を10匹倒させるというものだった。
種類はなんでもいい。スライムが最適だろう。
俺たちはその護衛として付き添うだけであり、
さっさと終わらせてさっさと帰りたかった。
同行者は工藤先輩であり、俺の方をじっと睨んでいる。
仕事をサボった件で上から叱られたのだろう。
完全に自業自得だ。俺のせいじゃない。
「それにしても遅っせーな
もう10分過ぎてんぞ……」
進道君はイライラしている。
彼だけでなく、みんなも同じ気持ちだ。
「電話には出ないし、メールも返ってこないね」
「なんなのアイツ……うんこでもしてんの?
上級生は忙しいんだけど……勘弁してよね」
本日の主役がやってこない。
あれだけダンジョンに行きたがっていたはずなのに予定時刻に現れない。
こっちは学園長命令で仕方なく付き添ってやるというのに、
谷口は一切の連絡も入れずに遅刻しているのだ。
社会的な常識が完全に欠如している。
俺もどこか世間とズレているようだが、絶対に奴とは違う。
あんなのと一緒にされてはたまったもんじゃない。
「俺はトレーニング室を見てきます」
「じゃあ、おれは男子寮だな」
トレーニング室に谷口の姿は無かった。
生徒たちはみんな明るい表情で自主鍛錬に取り組み、
授業でわからなかった点や好きな先輩の話題などで会話を弾ませていた。
これが本来あるべき光景だ。
奴がいないだけでこんなにも心地良い空間になるとは。
「谷口を見なかったか?」
その名を耳にした同級生は苦い顔をして首を横に振った。
気持ちはわかる。俺だって奴の名前を口にしたくない。
ここではないとすると寮にいそうだが、
進道君に任せてあるので他を探そう……食堂だろうか?
と、その時スマホが鳴り出した。
「お電話ありがとうございます
関東魔法学園1年4組所属の甲斐晃でございます
大変恐れ入りますが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
『取引先かよっ!!
画面におれの名前表示されてんだろ!?』
あ、本当だ。
“応答”ボタンに注目していたので気づかなかった。
ヒロシからは電話帳の開き方しか教わっていない。
通話の練習をしておくべきだった……。
『……まあいいや、とりあえず谷口のアホが見つかったぞ
あんにゃろー、呑気にシャワー浴びててよぉ
どうやら予定時刻になってから準備し始めたみてえだぜ
3時間も待ってんのは馬鹿馬鹿しいから今日は中止だな』
まったくふざけた奴だ。
もう呆れるしかない。
このままノルマが達成できなかった場合、
なんだか学園長は俺に責任を負わせそうな予感がする。
あまり気乗りはしないが、次回は力ずくで連れ出すしかなさそうだ。
──午後9時。
明日の授業の予習を終え、俺はいつもより早めに布団を敷いた。
今日は谷口のせいで精神的に疲れる1日だった。
嫌なことは忘れてさっさと寝よう。
だが、まだ終わっていなかった。
「なんでぼくを置いてったの!?
連れてってくれる約束だったじゃん!!
約束は守らないとだめなんだよ!?
ねえどうしてなの!? 酷いよ!!」
部屋の前に奴が来たのだ。
しかもチャイムを連打し、ドンドンと玄関を叩いている。
まだ深夜ではないが、それでも近所迷惑には変わりない。
絶対に出たくない。
奴の顔を見たくない。声も聞きたくない。
こんなにも他人を遠ざけたくなったのはいつ以来だろうか。
「うわあああ!! 谷口が来たあああ!!」
「俺らの縄張りに入ってくんじゃねえよ!!」
「さっさと巣に帰れカス野郎が!!」
ご近所さんが追い返そうとしてくれているが、奴はその場から動かない。
それどころか彼らの声をかき消すほどの大音量へと進化を遂げ、
玄関越しに何度も何度も俺を責め立てる発言を繰り返すばかりだった。
「アキラくーーーん!!!
いるんでしょーーー!!!
隠れてないで出てきなよーーー!!!」
人間相手に拳を振るいたくはないが……やるしかない。
このまま奴はいつまでも喚き続けるつもりだろう。
一度、痛い目に遭わせて黙らせるしかない。
お望み通り出ていってやる。
そう覚悟した矢先──
ゴッ!!
……と、玄関先から鈍い音が聞こえてきた。
今のはかなりまずい。
鈍器で殴りつけたような音だった。
下手したら死んだかもしれない。
覗き窓から外を見ると、玄関前には拳を突き上げて立つ大男がおり、
彼は不機嫌そうな顔で何かを見下ろしているようだった。
よかった。凶器は所持していない。拳で一発殴っただけだ。
彼が玄関前から動いたので、少し扉を開けて状況を確認する。
案の定、騒ぎの元凶は白目を剥きながら寝転がっており、
これで今夜はぐっすり眠れそうだと安堵した。
そういえば、あの人は入学式でしか見たことがない先輩だ。
俺よりも少し背が高く、逆立てた髪が印象に残っている。
かなりの強面であり、なんだか親近感を覚えてしまう。
この時間に制服を着ているということは、彼は3年生なのだろう。
当学園の生徒は各学年毎に違うタイムスケジュールで動いているので、
1年生が3年生と接触できる機会は極端に少ない。
その3年生がわざわざここまで足を運んで谷口を成敗してくれたのだ。
「ったく、苦情の通報が殺到してるから来てみれば……
お前ら次からは自分たちでどうにかしろよ
魔法学園は校内暴力上等だ
気に入らねえ奴はぶっ飛ばせ
冒険者同士の殴り合いってのはなぁ、
全て鍛錬の一環として処理されんだよ
合法だから気にせずやっちまえ
これはプロの現場でも同じだから忘れんなよ」
先輩はそう言い残し、谷口の首根っこを掴んでズルズルと引きずっていった。
その方向は奴の部屋とは反対だ。どこへ連れてゆくというのだろう。
……まあいい。奴がどうなろうと知ったこっちゃない。
「さっきの見たかよ……すっげえパンチだったな」
「ああ、あんなアッパー見たことねえよ」
「マジでかっけえ……漢の中の漢だ……」
外ではまだ男子たちが謎の救世主の話題で盛り上がっている。
俺はそっと扉を閉め、部屋の明かりを消して布団を被った。
基本情報
氏名:道進 千里 (しんどう せんり)
性別:男
年齢:15歳 (11月3日生まれ)
身長:145cm
体重:37kg
血液型:A型
アルカナ:法王
属性:炎
武器:ディパーチャープラン (短剣)
防具:クロスロード (盾)
能力評価 (7段階)
P:3
S:4
T:5
F:6
C:7
登録魔法
・ファイヤーストーム
・マジックシールド
・アナライズ
・ソウルゲイン