6月後半
「拙者は神崎久遠と申す者
いざ尋常に推して参る!」
癖の強い子が来た。
自称“巫女剣士”。
彼女は1年1組の生徒であり、制服の上から和装を着用している。
今日も雨だというのに、重ね着なんてして蒸し暑くないのだろうか。
「こういうタイプの子はグリムと気が合いそうなんだがな……
まあ、とにかく護衛に行ってくる」
ユキがコクリと頷く。
進級して以来、彼女とは必要最低限の会話しか交わしていない。
正確にはトーナメントの終わり頃からこんな感じだ。
どうやら俺はいつのまにか嫌われてしまったようだ。
リリコを通じて体重の変遷は把握しているが、少し寂しい。
今回の護衛対象はダンジョン初挑戦の神崎さん1人。
友達がいないのか、1人が好きなのか、それはわからない。
とりあえず護衛対象が少ないのは俺的にはありがたい。
彼女は熱中症で倒れる危険性が高いので、
他の下級生よりも注意深く見守る必要がある。
「あれがスライムだ
ゆっくりと慎重に近づけば大丈夫だ
斬撃が通りやすい魔物だから、その刀なら難なく倒せるだろう」
彼女は正堂君の“メガ村正”の小型版、“プチ村正”を装備している。
この時期に自前の武器を持っている1年生は珍しい。
どうもあの巫女服も自前の防具らしく、相当お気に入りらしい。
神崎さんはジリジリと標的に近づき、鞘から刀を抜き放った。
「──紫電一閃!!」
シパッ!
スライムの表面に小さな切り傷が出来る。
踏み込みが浅い。距離が遠い。届いていない。
彼女は刀を鞘に納め、もう少しだけ前へ出た。
「──天上天下!!」
ガチーン!!
横斬りにしておけばよかったものを、
縦斬りを放ったせいで刃が地面の突起物に当たってしまった。
彼女は遠心力を制御することができなかったのだ。
刀は折れてはいないが、少し刃こぼれくらいはしただろう。
「君の太刀筋は完全に素人のそれだ
そんな使い方をしていては大事な刀が折れてしまうぞ
まだしばらくはレンタルソードを使った方がいい」
「しかし刀は武士の魂ゆえ、手放すわけには参りませぬ」
「巫女剣士じゃなかったのか?」
「しかし刀は巫女剣士の魂ゆえ、手放すわけには参りませぬ」
「そうか……
刀の使い方を覚えたければ正堂正宗を頼るといいだろう
3年生にも使い手はいるんだが、時間割が合わないからな……」
「むむ、拙者の他にも刀の使い手が……
ご助言、感謝いたす!」
神崎さんの予定時間は1時間だったが、結局30分弱で帰還した。
彼女は馬人間を斬った際、グロテスクな光景を見て嘔吐してしまったのだ。
それから彼女はグスグスと鳴き続けており、居た堪れない様子だった。
「まあ仕方ない、気にするな
あれは慣れるまで時間がかかるからな……
後始末は俺がやっておくから、君はもう帰って休んでくれ」
「うぅっ、衣装を汚してしまった……」
「それで泣いていたのか」
神崎さんは肩を落として女子寮へと帰っていった。
掃除用具を借りに関所へ向かう途中、後輩女子コンビに出会った。
「あれ、今日はダンジョンに潜る予定は無かったよな?
経験値稼ぎか? もしよければ俺が護衛するが……」
実際にそういう数値があるわけではない。
武器の試し斬りや魔法の試し撃ち、それから実戦経験を積む行為を指す。
最近はどちらかというと小遣い稼ぎで訪れる生徒も多くなってきた。
「あ、違くて、先輩にご報告があります!」
アリアがとても嬉しそうな表情で敬礼する。
よほど良いことがあったのだろう。
「実はさっき、私たちやっと魔法を使えるようになったんですよ!
私がファイヤーストームで、のぞみがファイヤーボールです!
って言っても、まだ実戦で使えるレベルじゃないですけどね」
「おおっ!
とうとうやったな! おめでとう!
頑張った2人にはご褒美を与えてやらないとな……何がいい?」
「えっ、ご褒美貰えるんですか!?
やったやったー♪
どうするのぞみ? 何が欲しい?」
「いや、べつにそんなのいらないし……
他の人も同じように頑張ってるのに、
わたしたちだけ特別扱いされてもねぇ」
「はは、遠慮することはないぞ
上級生も、訓練官も、学園長でさえも、
みんなそれぞれお気に入りの生徒を優遇している
だったら俺もそのスタンスでやらせてもらう
……当関東魔法学園では依怙贔屓上等だ」
「さっすが先輩! 男の器が大きい!
ほら、こう言ってることだし素直に甘えちゃおうよ〜」
アリアに促され、のぞみはしばらく考え込んだ。
「……それなら、わたしをもっと強くしてください」
意外だった。
どうせまた「つきまとうな」とか突っぱねられるのかと思いきや、
彼女がこの俺を頼ってくれたのだ。
これほど嬉しいことは他に無い。
「ああ、もちろんだ!
俺がお前をもっと強くしてやる!」
……とは言ったものの甲斐晃には護衛任務とゲロ掃除があったので、
今日のところはまだ立花希望の特訓には手をつけられない。
急な要望であるし、まずは計画を立てるところからの開始だ。
それはさておき、ダンジョン前には3人の女子の姿があった。
以下はその時の会話である。
「杉田先輩ってお人形さんみたいで可愛いですよね〜
ひょっとしてアキラ先輩の元カノだったりします?」
「ちょっ……そういう失礼な質問はやめときな!?」
杉田雪は無言で首を横に振った。
「あ、元カノじゃなかったんですね
じゃあアキラ先輩のことどう思ってます?」
「だからやめときなってば!」
「運命の相手……」
ボソリと呟いたその言葉に、後輩2人は一瞬固まった。
「え、え、じゃあ……
アキラ先輩がこの子に入れ込んでる事実は知ってますか?」
「もうやめてってば!」
「知ってる……」
高崎亞里亞は好奇心を抑えられない。
「ぶっちゃけ、のぞみのことをどう思ってますか?」
「いい加減に──」
「…………ムカつく」
雨足が強くなる。
「……」
「……」
「……」
遠雷が鳴り止まない。
──週末になり、俺は実家へと戻った。
入学当初から毎週欠かさず続けてきた習慣だ。
目的は食料調達……といっても俺の食料ではなく、
狩りの下手な親父や近隣住民たちに代わり、
俺が野生動物を狩って肉を調達しているのだ。
シーズン以外の狩猟は違法だ。
そもそも俺は無免許だ。
それはわかっている。
だが、この土地で生きていくにはそうするしかない。
それに法律を破ったところで誰も俺たちを裁くことはできない。
俺たちの住む村は地図にも載っていない秘境であり、
その存在を知る者はごく一部だけだ。
「おかえり、アキラ
今日も聖域ダンジョンは見つからなかったのかい?」
「ああ、残念ながら……
プロ免許を取ってから約半年になるけど、
全然手掛かりが無くて参ってる
なんかそういう民間伝承とか心当たりないか?」
親父は元民俗学者で、今は村で唯一の教師をしている。
都会から来たよそ者ということで大人たちからは嫌われているが、
子供たちからは好かれているので問題無い。
「うーん、ここは謎に包まれた土地だからなあ
俺も手掛かりが無くて参ってる感じかな、ははっ
まあ判明してるのはアキラの祖先が北欧人だってことくらいさ」
「それは関係無さそうだしなあ……
とりあえず今日は猪を獲ってきたから、みんなで分けてくれ」
「いつもすまないねえ
本当なら父親の俺が息子を養ってやらないといけないのに……」
「何言ってんだよ
親父はこの村に文明をもたらしてくれただろ?
それだけで尊敬に値するのに、連中は理解してないんだ
釣りも上手いんだから全然気にすることないだろ?」
俺は親父の釣ってきた鮎をクーラーボックスに収めた。
「ああ、それと物置から色々と持っていってもいいか?」
「おや、アキラもとうとう武器解禁か
ようやく友達に理解してもらえたんだね」
「いや、試しに後輩に使わせてみようかなと」
翌日の午後、のぞみたちを投擲訓練場に呼び出した。
そこにはいくつかのレーンがあり、その先には的が存在する。
的との距離は5〜30mの間で自由に調整可能で、
ここで一人遊びに興じる生徒もよく見かける。
「さて、特訓を開始する前に聞かせてもらいたいんだが、
のぞみはどんな風に強くなりたいんだ?
大雑把に武器、魔法、戦術のどれを伸ばしたい?」
「その中で選ぶなら……戦術ですかね
小っこいわたしが接近戦で活躍できるとは思えませんし、
魔法の才能だって特段優れたものを持ってないんで」
「賢明な判断だ
次に、対人戦で勝ちたいかどうか聞かせてくれ
魔物との戦い方とはまるで違う部分があるからな」
「そりゃ勝てるもんなら勝ちたいですけど……
そこまでの熱意は無いんで気にしないでください」
「そうか、わかった」
生徒会長から彼女をトーナメントで勝たせろと言われているが、
本人に出場する意思が無いのだから仕方ない。
あとで気が変わる可能性もあるが、今は対人戦のことは忘れよう。
「魔物との戦いで有効となる戦術は
“距離を取る”、“弱点を突く”、“行動を操る”の3つだ」
最初の2つは特に説明しなくてもわかるだろうが、
一応彼女たちには復習の意味も込めて説明しておいた。
相手の射程圏外から一方的に攻撃できれば安全だし、
弱点属性で攻撃すれば大ダメージを狙える。それだけの話だ。
「知っての通り、魔物は決められた行動しかしてこない
例えば、“走って近づいてきた相手に液体を噴射する”とかな
そういった特定の行動を誘発すれば他の行動を封じることができる」
「何を当たり前のことを……」
「……と思うだろうが、戦闘時の地形や敵の数などによっては
その当たり前を実行できない場合もある
そんな時は“逃げる”、“戦いやすい地形に誘い込む”、“強行突破”など、
状況に合わせて臨機応変に立ち回るしかない」
俺は鞄から2冊のノートを取り出して彼女たちに渡した。
「“魔物の観察記録と各種行動への対策”……
え、先輩
もしかしてこれってモンスター辞典みたいなモンですか?
なになに、スライムが噴射する液体の速度及び拡散範囲の計算……
ゴーレムの外殻の強度、推測される重量……いや、細かっ!!」
「現存する魔物図鑑が役に立たないからな
自分で作るしかないと思ってコツコツやってきたんだ
とりあえず今まで出会ってきた魔物の情報をまとめておいたから、
それで魔物の行動パターンを頭に入れておくといい
何か新しい発見があれば、その都度更新するから安心してくれ」
続いて俺は金属製のアイテムを取り出す。
「あ、それって忍者の……手裏剣!」
「ああ、手裏剣と聞いて思い浮かべるのは
まずこの四方手裏剣だろうな
これなら遠距離から物理攻撃が可能だし、
誰が投げてもそれほど威力に差が出ない」
手本として1枚投げてみる。
トスッ!
うむ、10m先の的の中央に命中。
初心者の彼女たちはこの半分の距離でも当たらないだろうが、
設定できる最短距離が5mなのだから仕方ない。
まずはアリア。
「忍っ!」
カコーン……。
しかし的に届かないどころか、レーンの壁にぶつかって虚しく落下。
まあ初めてならこんなもんだろう。
次はのぞみ。
「ん!」
トスッ!
「おお!」
「届いた!」
それは的の中央ではなかったが、一応当てることはできた。
のぞみは思わず満面の笑みを浮かべるが、
すぐ頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。可愛い。
「綱渡りの時もそうだったが、器用さではのぞみの方が上だな」
「いや〜、ただ単に私が不器用ってだけかも……」
俺は笛程度の長さの筒を取り出した。
「吹き矢は古くから狩猟に使われてきた遠隔武器だ
冒険者法で弓の使用は禁止されているが、
矢に関しては一切言及していないからOKだろう
1mほどの長さの物の方が命中精度が高いらしいんだが、
とりあえず今日はこれで勘弁してくれ」
「今度は吹き矢ですか……
もしかして先輩の村って忍者の隠れ里だったりします?」
「さあ、どうだろうな?
過去の記録が残っていない以上はなんとも言えない
……とにかく手本を見せるぞ」
フッ!
今度は30m先の的に命中。
よし、しっかりと中央を射抜いている。
「このように射程距離は長いが、手裏剣には大きく威力で劣る
毒の効く生物ならまだしも、魔物相手に有効とは言えない
……が、遠くの敵を1匹ずつ誘き寄せるといった使い方は可能だ
呼吸法や集中力を鍛えられるし、練習しておいて損は無いぞ」
俺は吹き筒をのぞみに手渡した。
「ちょっと待ってください
わたし、間接キスとか気にする方なんで……」
「ああ、俺もすごく気にする方だ」
「はい……?
あ、もしかしてそれが狙いですか?
いちいちセクハラを交えないでくださいよ」
「いや、誤解だ……」
のぞみは頬を膨らませながら吹き筒を押し返した。
これはどうしたものかと考えあぐねていると、
アリアが挙手をしてアピールしてきた。
「あ、じゃあ私が吹いてもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
「はあっ!?」
と、のぞみが吹き筒を手放そうとしない。
しかもなんだか不機嫌そうな表情だ。
「ちょっとアキラ先輩……
たった今、『すごく気にする』って言いましたよね?
いいんですか? その……アリアに吹かせて」
「ん……?
ああ、男同士や嫌いな相手でなければ気にしない
誤解させたのは悪いが、そんなに怒ることか……?」
「べつに怒ってません!」
のぞみはそっぽを向いてしまった。
今回はセクハラ無しで真剣に指導していたのだが、
誤解を招く発言をしてしまい彼女を怒らせてしまった。
せっかく俺を頼ってくれたというのに、申し訳ない限りだ。
「先輩、ここは私が」
と、アリアがフォローに入ってくれるようだ。
「ねえ、のぞみ……
もしかして、自分以外の女が先輩の棒に口をつけるのが嫌なの?」
「棒とか言うなっ!!」
基本情報
氏名:神崎 久遠 (かんざき くおん)
性別:女
サイズ:C
年齢:15歳 (1月4日生まれ)
身長:156cm
体重:48kg
血液型:A型
アルカナ:戦車
属性:雷
武器:プチ村正 (片手剣)
防具:バトル巫女ス (衣装)
能力評価 (7段階)
P:3
S:4
T:1
F:6
C:1