赤ずきん
夜の新宿に鮮血が飛び散る。
「死ねオラァ!!」
金髪の少女は返り血でフードが汚れるのも構わずに拳を振るい続けた。
相手の男性は怯え切っており、身を守るのに精一杯だった。
通行人たちは見て見ぬふりをして過ぎ去ってゆく。
この街では日常風景であり、いちいち助けていたらキリがないのだ。
そんな中、少女に暴行を止めるように訴えかける中年男性の姿があった。
「もういい……もういいよ!
おじさんもう充分助けられたから!
財布も返ってきたし大丈夫だから!
それ以上殴ったら本当に殺しちゃうよ!?」
「うっせえなあ!!
オメーもぶっ飛ばすぞコラ!!」
「そんな……せっかく助かったと思ったのにまたピンチだよ!」
地面でうずくまっていた男性は隙を見計らい、大声で叫んだ。
「誰か警察呼んでください!!」
──新宿署。
「高音凛々子 またお前か……
今度は何をやらかしたんだ?
まあ経緯は知ってるが、お前の口から聞きたい」
「ぁあん?
カツアゲされてるおっさん助けただけだよ
オメーら警察の代わりに街を掃除してやったんだから感謝しろよなー」
「おいおい、勝手に俺たちの仕事を奪うなよ
そういう場面に出くわしたら通報しろと何度も言ってるだろう
相手が凶器を隠し持ってるかもしれないし、他の危険性だってあるんだ」
「どんな危険性があるっつうんだよ?」
「今回がまさにそうだ
お前が病院送りにした相手はヤクザの下っ端でな、
どうやら話を聞いた親分がお前に興味を持ったらしい
あとでスカウトされてもちゃんと断れよ?
お前がヤクザになったら今以上に治安が悪くなる」
「そういう危険性かよ
つか、女子中学生からボコボコにされた挙句、
警察に泣きつくとかダサすぎんだろそのヤクザ……」
「だよなー」
後日、別件で補導されたリリコは道場に案内された。
木の床に並べられた防具、立て掛けられた竹刀……。
「え、なんだよこんなとこ連れてきて……
まさかオレに剣道でもやらせる気か?
や〜だよー!
心の鍛錬とかガラじゃねえし、
なんか色々とすっげえ臭せえんだろ!?
誰がやるかそんなん! もう帰る!」
「こらこら、勝手に帰るな
院長さんが迎えに来るまでの暇潰しだ
ただのお遊びだと思って付き合ってくれよ
それに剣道じゃなくて……“警察剣道”だ」
「はあ?
なんか違いでもあんのかよ?」
「ああ、全くの別物だと思っていい
警察剣道はエグいぞぉ?
倒れた相手に平気で竹刀突き刺したりするからな
容赦無い性格のお前にはピッタリだと思うんだがな」
「え……ん? もしかして……
おいデカ長、まさかオレを警察官にしようとしてんのか?
そんなん務まるわきゃねーだろ
だって……オレだぜ?」
「ははは、バレたか
まあ将来の選択肢の1つとして考えてみてくれ
本物の警察官になっちまえば俺たちの代わりをしなくてもいいし、
悪い奴をぶっ飛ばして金貰える仕事なんてあんまり無いからな
……ここだけの話、元不良の警察官なんてザラにいるぞ
俺の部下にも元レディースの署員がいるしな」
「ふうん
将来、ねえ……」
──それから時が過ぎ、春が訪れた。
新宿署のロビーにはセーラー服姿のリリコがおり、
彼女と再会したデカ長は思わず目を輝かせた。
「おお、久しぶりだなあ!
しばらく見なかったから心配したぞ!
元気にしてたか? 今日は自首しに来たのか?」
「いきなりひでーな、オイ
なんも悪いことしてねーっつうの
だから会わなかったんだろーが……
今日はデカ長に相談があって来たんだよ」
そう言い、リリコは1枚の紙をデカ長に手渡した。
彼はそれに目を通しながらうんうんと頷き、内容を精査する。
「ほう、これは……
魔法学園からの招待状か
ということはお前、魔法能力者だったんだなあ
しかもこんなに早い時期に通知が来たとなると、
かなりの才能の持ち主ってことなんだろうな」
「え、そーなん?」
「ああ、普通なら7月頃に通知が届くんだが、
まだ4月だからな……それだけお前を欲しがってる証拠だよ」
「うおぉ……マジか……」
「それで、俺に相談ってのは進路の件だよな?
一般の高校を目指すか、冒険者の道に進むか……そうだろ?
冒険者になると再就職先を見つけるのが難しいからなぁ」
「へっ、なんでもお見通しってわけかい
だったら単刀直入に聞くけどよー、オレはどっちを選べばいいんだ?
前に警察誘ってくれたじゃん? どっちにすんのか迷ってんだよなー」
デカ長は少し考え込み、いつになく真剣な表情で返答した。
「それは自分で決めろ」
リリコは一瞬、何を言われたのかわからず固まった。
『自分で決めろ』。その言葉が頭を反復し、ようやく我を取り戻す。
「え、ちょ、突き放すのかよ!
いつもみたいに親身になって相談に乗ってくれよ!」
「親身になってるからこそだ
いいか、リリコ……
これから俺が伝えるのは少年課の刑事からじゃなく、
1人の大人からの言葉だと思って受け止めてくれ」
リリコは文句を垂れようとするも、デカ長の目を見て口をつぐんだ。
たしかに刑事の顔ではない。だが、ただの大人の顔とも少し違う。
それはきっと、リリコが心の奥底で求めていたものに近かったのだろう。
「人生は常に選択の連続なんだ
今日は何を食べようか、どんな服を着ようか……
これはそういう“小さな選択”とは違う、
今後の人生を左右する“大きな選択”だ
だからこそ他人に決定権を委ねるべきじゃない
お前の人生はお前自身で選ぶべきなんだ」
「オレの、人生……」
「天秤にかけろ
警察官になりたい理由、冒険者になりたい理由をな
だけど両方を選ぶことはできないし、
どちらを選んでもきっと後悔はあるだろう
“選ぶ”ということは、“捨てる”ことでもあるんだ
だからこそ人間は悩み、選択し続ける
悩んで、悩んで、悩んで……
そうやって悩み抜いた先に出した答えがお前の人生を形作るんだ
……時間ならまだたっぷりとある
お前の納得がいくまで悩んでみろ」
それからリリコは悩んだ。
悩んで、悩んで、悩み抜いた。
「──高音凛々子
女、身長165cm、体重58kg、炎属性
ようやく入学を決意してくれたか……」
「ええ、来てくれなかったらどうしようかとヒヤヒヤしましたよ
これほどの逸材を逃す手はありませんからね
なにせ世界3位、日本では2番目に高い基礎魔力の持ち主ですからね」
「しかも好戦的な性格だから冒険者としての適性も非常に高い
荒れていた頃は“新宿の赤ずきん”の異名で恐れられていたらしい
人を痛めつける行為に躊躇しないし、血を見るのに慣れている
現時点で文句無しの最強候補生だろうな」
「おっと、そうですかね?
個人的にはあの子の方が優勢だと思うんですけどね?」
「ああ、わかっている
あくまで候補生の1人というだけだ
巡り合わせ次第ではどう転ぶかわからんよ」
「今から楽しみですね〜」