4月後半
「先輩、本日はよろしくお願いします」
「ああ、任せてくれ」
「またこの人か……」
ダンジョンで新入生が無茶をしないように見張るのも先輩の役目だ。
そしてただ護衛するだけでなく冒険活動に必要な知識を教えてやり、
彼らが一刻も早く一人前の冒険者になれるように手助けしてやる。
それが俺たち上級生に与えられた重要な使命である。
「アキラ君、その使命は私が引き受けようか?」
「いや、結構だ
並木は次のパーティーの担当だろう」
「チェンジ可能ならそれでお願いします」
「私はアキラ先輩がいいです」
2年生はこの時間帯が訓練時間と割り当てられているが、
1学期の間は新人発掘任務が優先なので外回り中だ。
そのうち2名が学園に残り、毎日交代して護衛任務を行う手筈となっている。
ダンジョン入場後、後輩たちはキョロキョロと辺りを見回して
不思議そうな顔で壁に近づいた。
どうやら光る壁に興味があるらしい。
「それは、君たちの魔力に反応して光っているんだ
だから基本的に明かりを持ち込まなくても活動可能だが、
例えば通路の先を確認したい時などは懐中電灯があると便利だぞ」
「あ、それはよかったです
買ったのが無駄にならずに済みますので」
「まあ冒険活動に限らず、懐中電灯は無駄にはならない
停電時などで役に立つだろう 『備えあれば憂いなし』だ」
「そうですよね……って、あれ?
先輩の周りは光ってませんね?
それ、どうやってるんですか?」
「何もしていない
俺はただ、非魔法能力者というだけだ」
「えっ、魔法使いじゃなくても冒険者になれるんですか?」
俺は冒険者免許を取り出した。
「たしかに俺は魔法を使えないが、
この通り正式な冒険者として実力を認められている
近接戦闘能力は高い方だから、そこは信用してもらいたい」
「はぇ〜、すごい人から惚れられちゃったねぇ?」
「すっごい迷惑なんだけど……」
しばらく歩くとスライムを発見した。
他の季節にはわらわらと湧いていた魔物だが、
こうして単独で徘徊する姿を見る度に春を感じる。
「あ、スライムだ!
天井から降ってきて、硫酸で溶かしてくるモンスターですよね!」
「なんだそのおぞましい攻撃は……
いや、それが一般的な認識なのか?
俺はテレビゲームをしたことが無いから、
スライムの元ネタを知らないんだ」
「スライムって4匹くっつけたら消えるやつじゃないの?」
「あ、この子も知らないんだ」
スライム……改めて謎の魔物だ。
「……まあ、あのスライムはそこまで危険な相手ではない
酷い悪臭を放つ液体を噴射してくるだけだ
対策法は2つ
1つはゆっくり近づく、もう1つはわざと撃たせる、だ
液体を噴射し終えた個体はもう何もしてこなくなる
避けるなり盾で防ぐなりすれば、あとは安全だ」
「う〜ん、どうしよう
とりあえず近づいてみるか……」
アリアは盾を構えながらジリジリと標的に近寄り、
射程範囲内に入ると、手にした武器を思い切り振り下ろした。
「えいやっ!」
だが、彼女の攻撃はスライムの強い弾力によって無効化された。
レンタルメイス。あまり選ぶ者がいない鈍器だ。
この時期はヒロシのように『主人公の武器は剣』派が一番多く、
次第に安定を求めて槍を持つ者が増えていく傾向である。
「うぅ〜、打撃無効なら先に教えてくださいよ〜」
「はは、すまん
失敗の手応えもいい経験になるかと思ってな
……このように魔物の多くは打撃が通りにくい
基本的には剣か槍が有効だ
だが状況次第では打撃も有効な攻撃手段になり得る
要は使い分けが大事ということだな
ちなみにスライムは打撃無効というわけではない
一定以上の力があれば叩き潰すことが可能だ」
その後、アリアはのぞみから短剣を借りてスライムを処理した。
そして15分後、次の獲物が見つかった。
「のぞみの番だな
周囲に敵はいないから安心して行ってこい」
「あの、なんで名前を呼び捨てにしてるんですかね……」
「……やはりまだ早かったか」
「じゃあ次の候補で呼んでみましょう」
「お前の入れ知恵か!!」
「そう怒らないでくれ、のぞみちゃん」
「ちゃん付けすんな気持ち悪い!!」
「これもだめか……」
「じゃあ次は……」
「ああ、もうっ……!
呼び捨てでいいから、それ以上悪化させんな!!」
彼女に名前で呼ぶことを許してもらえた。
一歩前進だ。
そして、のぞみは標的に近づいて短剣を振るったのだが……
「ん〜っ!!」
どうも腕力が無さすぎてスライムにダメージを与えられないようだ。
1ヶ所でも傷付けられれば、あとはそこから傷口を広げていけばいい。
だが、彼女はそのきっかけを作ることができないのである。
「なんだか心がほっこりしますね……」
「ああ、必死に頑張る姿がなんとも……」
微笑ましい光景だが、それで冒険者は務まらない。
斬撃が有効なスライムを斬れないのは問題だ。
ここはひとつ、先輩らしく助言してやろう。
「のぞみ
相手に剣先を突き立てたら、柄頭を蹴るんだ
それで少しはダメージが入ると思う」
助言を受けた彼女は少し考えた後、
言われた通りに剣先を突き立て、柄頭をガンッと蹴り込んだ。
「……あっ!」
すると彼女の短剣はわずかに刺さり、
2度、3度と同じ動作を繰り返した結果、
その刃はスライムのゴムのような外壁を突破したのだ。
その瞬間、のぞみが初めて笑顔を見せてくれたが、
彼女はすぐに頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。
「撮れてるか?」
「バッチリです」
本日の活動時間は60分の予定で、あと20分ほど余っている。
どちらの後輩も“魔物を倒す”という目標を達成できたので
あとは帰還するだけなのだが、俺はまだ帰りたくない。
「俺たちも入学時は100人いたんだが、進級できたのは15人だけだ
まあ、それでも例年の3倍の数字だそうだ
そこから1人退学して、今は14人となってしまったがな……」
「つまり毎年5人程度しか進級できないと……狭き門なんですねぇ
滅茶苦茶強いモンスターと戦わされたりするんですか?」
「ああ、それもあるが……
最終的な決め手となったのは3学期の期末テストだ
それまで30人以上の同期生が残っていたんだが、
その半数以上が赤点を取っての退学という結末を迎えてしまった
彼らのようになりたくなかったら、勉学をおろそかにしてはいけない」
「ひぇっ……
それは頑張らないと……」
「ちなみに俺は去年、全ての定期テストで満点を取った唯一の先輩だ
わからないことがあればなんでも聞いてくれ」
「おぉぉ……!
先輩、筋肉だけの人じゃなかったんですね……!」
「わたしは知能の高いロリコンに狙われてるのか……
いや、知能の低いロリコンも困るけど……」
残り15分。まだ帰りたくない。
「そういえば2人は同じ中学校の出身なのか?
随分と仲が良さそうに見えるが……」
「いえ、たまたま出席番号が隣だっただけです
入学式で先輩がのぞみをナンパしてくれたおかげで、
私も距離を縮めることができたって感じですかね」
「そのせいでわたしは迷惑してるんですけどね」
残り10分。まだ帰りたくない。
「のぞみ
周りの人間が敵に見えるか?」
「……はい?」
「俺も昔は背が低くて、村の大人たちから馬鹿にされてきた経験がある
『そんな小っこい体でいくら頑張っても無駄だ』とな……
だが、今の俺は村で最強の狩人だ
未だに図体の大きさでは敵わない奴もいるが、
狩りの技術や知識量、そして信念の強さで勝っているという自負がある
お前もそういう自分なりの強みを模索するといい」
「自分なりの強み……」
「私は『村で最強の狩人』のキーワードに惹かれたんですけどね」
残り5分。まだ帰りたくない。
「先輩、そろそろ帰った方がいいですよ」
「帰りたくない」
「帰れよ」
「ああそうだ、好きな食べ物はなんだ?
肉派か? 魚派か?」
「先輩、必死ですね……
まあ気持ちはお察ししますが……
とりあえず私は肉派です」
「わたしはどちらかというと魚ですかね
はい、それじゃもう帰りましょう
次のパーティーの予約が間に合わなくなるんで帰りましょう」
「そうか、魚派か……
よし、魚派か……っ!!」
「先輩、おめでとうございます!」
「地雷を踏んでしまった……」
そして本日の護衛任務は終了した。
翌日、俺は先輩方と共に悪路走行訓練を行なっていた。
腰まで浸かる高さのぬかるみの中を全速力で駆け抜ける。
これはなかなかいい下半身のトレーニングになる。
「ぐおぉ〜〜〜っ!!
筋肉筋肉筋肉ぅ〜〜〜っ!!」
「なんだその掛け声は……」
「はは、宮本君らしいや
……しっかし、3年生になってもやることは変わらないねえ」
「ああ、俺たち1年の時からずっと走らされてばかりだな……」
10周を終えた俺は水分補給を行い、座り込んで呼吸を整える。
彼らが走り終えるまでの休憩時間だ。
ちなみに工藤先輩は生徒会の仕事があるとかでこの場にはいない。
あの人は過去に仕事をサボって怒られたことがあるのだが、
本当に彼女が新生徒会長でよかったのだろうか……。
男子4人を観察していると、去年とは明らかに違う点を発見した。
黒岩先輩がよく喋り、たまに冗談を言ったりして笑っているのだ。
彼らは長期滞在訓練の途中で馬鹿をやらかしたが、
きっとそのおかげで男同士の絆が深まったのだろう。
「甲斐
お前は最近、特定の女子に入れ込んでいるそうだな?」
見上げるとそこには黒岩先輩……ではなく、内藤先生の姿が。
この2人は顔立ちが似ており、無愛想な性格までそっくりだった。
先輩は笑うようになったが、この人の笑顔を見たことはまだ無い。
「はい、事実です
少々悪目立ちしすぎましたかね
なにぶん、こういう経験は初めてなもので……」
「いや、気にするな
べつに不純異性交遊がどうのこうのと指導したいわけじゃない
あいつらが走り終えるまでの、ただの暇潰しの雑談だ
……それで、相手の反応はどうなんだ?」
え、恋愛の話とか興味あるのかこの人?
「芳しくはありませんね
俺は自分の気持ちを前面に押し出しすぎて、
このままでは愛想を尽かされてしまいそうです」
「そうか……
人生の先輩として、1つアドバイスをしてやろう」
「アドバイス、ですか……?」
「ああ……
お前は今のまま突き進め
今のまま、心の赴くままにガンガン押していけばいい
そして完全に愛想を尽かされてしまったのなら、
その時はきっぱりと諦めて他の女に乗り換えろ」
「当たって砕けろということですか……」
砕けたくはないな……。
でもまあ、せっかく励ましてくれたのだ。
素直にお礼を言っておこう。
「先生、ありがとうございます」
「ああ、いいんだ」
内藤先生はニヤリと笑った。
その日の夕方、俺はプールに浮かんでいた。
今は訓練時間だが、午前中に肉体を酷使したので
あまり激しい運動はするなと言われている。
一応これもトレーニングであり、同時に体を休めている。
体脂肪率の少ない俺は水に沈みやすく、浮き続けるにはコツが要る。
それにしても重力からの解放。
なんとも心地が良い。
そういえばリリコがプールに入りたがっていたな。
この場所が再稼働したことを教えてやるべきだろう。
「先輩、今日もよろしくお願いします!」
「やっぱりいたか……」
やっぱりリリコには黙っていよう。
あいつには悪いが、この至福の時間を邪魔させるわけにはいかない。
「のぞみ……
正直、また来てくれるとは思っていなかった
これは、少しは俺を信用してくれたという意味に捉えてもいいのか?」
「ええ、私たちは全面的に先輩を信用しています」
「勝手に答えんな!!」
どっちだろう。
「……まあ、わたしは強くなりたくてこの学園に入学しましたからね
アキラ先輩の趣味がどうであれ、本物の冒険者であることは事実です
なので、その強さを利用させてもらいます
この訓練には意味があるものとみて参加するだけです
わたしに対して変な期待はしないでくださいね
もしセクハラでもしようものなら、その時は──」
「先輩、やりましたねぇ!!
今、この子の口から『アキラ先輩』って飛び出しましたよ!!」
「ああ……!
大きく前進だ……っ!!」
「なんだこいつら……」
基本情報
氏名:立花 希望 (たちばな のぞみ)
性別:女
サイズ:B
年齢:15歳 (3月21日生まれ)
身長:128cm
体重:32kg
血液型:A型
アルカナ:魔術師
属性:炎
武器:レンタルダガー (短剣)
防具:レンタルシールド (盾)
能力評価 (7段階)
P:1
S:3
T:4
F:4
C:1