4月前半
「やあ、みんな
おはよう
今日も1日、頑張ろう」
「あ、はい先輩……」
「おはようございます……」
「頑張ります……」
男子寮で迎える朝。
つい先月まではここが住み慣れた我が家だったのに、
今ではなんだか知らない土地に迷い込んだ気分だ。
本来ここは1年生たちの生活拠点であり、
上級生の俺がうろちょろしていい場所ではないのだ。
率直に言って居心地が悪い。
俺も、彼らも。
そんなわけで、俺は再び訓練棟の一室に舞い戻ってきた。
とりあえずこの1年間はここで過ごしてもいいと許可が下りたのだ。
事情を汲み取ってくれた警備員さんたちには頭が上がらない。
「アキラの新居って結構いい環境だよな
マッサージチェアは無いけど、近くに温水プールあるし」
タワー民はマッサージチェアを堪能しているらしい。
「あたしん家にもプールあるよ〜」
「それってなんの自慢!?」
「センリの家にもプールあるよ〜」
「ちょっ……バラすなよ!」
「センリの家にはテニスコートもあるよ〜」
「まあっ! お金持ちぃ!」
「あたしん家にはヘリポートがあるよ〜」
「くそっ、負けた……!」
ましろの父親は世界的な英雄だしな……。
それだけの富があっても別段不思議ではない。
「なあ、あーくん
せっかくだし、ちょっと泳いでいってもいいか?
オレ巨乳だから肩凝ってよー
たまにゃあ水ん中でプカプカ浮いて重力から解放されてーのよ」
「いや、今は水が入ってないぞ
水中訓練が廃止されて以来、半年以上使われていない」
「え〜〜〜、マジで〜?
じゃあここに住むメリットねえじゃん
泳ぎたくなったら女子寮の大浴場使うしかねーか……」
「そんなに広いのか……大浴場……」
居心地が悪そうだ。
教室にて、俺たち2年生が行うべき任務が発表された。
といっても、それは魔法能力を持たない俺にはこなせない仕事なのだが。
「新人の発掘だ」
1学期の間、管轄内の各中学校を回って
才能豊かな生徒を見つけてくるという内容だ。
そこで拾ってきた原石が来年度の新入生となる。
魔法能力者にはそういう特別な才能を察知できる器官が存在しており、
『探知』や『解析』の適性が無くともある程度は判別可能らしい。
それは全くの素人には見分けることができないが、
半年以上魔法と触れ合ってきた者ならば大体ピンと来るようだ。
センリやましろ、ユキのように親が有名な冒険者の場合は
あらかじめ訓練官や学園職員が入学の意志を確認済みだが、
それ以外の者たちは人海戦術で探してくるしかない。
「最優先で発掘してもらいたいのは1組の生徒……つまり天才なんだが、
あまりにも数が少ないのであまり期待しない方がいい
お前たちの代では10人も発掘することができたが、
そんなのはレアケースで、1人も見つけられない年もザラにある」
そんな貴重な才能の持ち主が4人いなくなった。
彼女たちは一体どんな能力を備えていたのだろう。
「次に優先すべきは2組の生徒……
冒険者の死亡率を激減させた、重要な回復魔法の使い手だ
そいつらを探し出すのが任務のメインとなるだろう」
そんな素晴らしい魔法を習得しないまま退学した者を知っている。
「3組の生徒は8月以降に学園職員が探し出す手筈になっている
“最後の大会”などの大事な場面で不自然な強さを見せた者が対象だ
強化魔法とは別に、自動的に身体能力を向上させる機能がある」
先日早苗が退学してしまったので、元3組は正堂君のみとなった。
「次に4組の生徒だが……
こいつらは自主的に専門機関で適性検査を受け、
向こうからやってくるので頑張って探し出す必要は無い」
一般入試を受けた俺やヒロシのようなパターンは例外だ。
「最後に“その他の生徒”だ
有用な適性の有無に関わらず、
個人的に気になる生徒がいれば調査対象リストに加えておけ
理屈は不明だが、期待されている生徒はなぜか伸びる可能性が高い
調査の結果、入学にふさわしいと判断すれば3組か4組で受け入れる」
学園を去ってしまった者たちの中にも、
先輩から期待されていた生徒がいたんだろうな……。
「今から大事なことを話す」
空気が張り詰める。
内藤先生は無精髭にジャージ姿なので一見だらしない中年男性だが、
この1年間でみんなも“一番強い訓練官”だと察していた。
その彼が真剣な顔になるものだから、緊張せずにはいられない。
「すぐには信じられないと思うが、全人類の約半分は魔法能力者だ
皆、その自覚を持たずに一般人として生活している
そういう者たちに、みだりに真実を教えてはならない
今後の人生を大きく変えかねない重要な情報だからな」
「え……人類の半分って……
日本には5千万人以上も魔法使いがいるんですか!?」
ヒロシが立ち上がる。
よし、椅子は倒していない。
「俺のように加齢で魔法能力を失った者も含めると、だな
30代以下に限定すると1千万〜2千万程度だと予想されている」
「マジか……」
「もっと少ないのかと思ってた……」
「私たち、それほど特別じゃなかったんだ……」
衝撃の事実に一同は困惑するが、センリは特に驚いていない。
彼には探知魔法の適性があるので知っていたのだろう。
「とにかくこれから新人発掘任務を行うにあたり、その点に注意しろ
どんなに素晴らしい才能の持ち主と出会ったとしても、
決してその事実を本人に教えてはならない
お前たちが持ち帰った調査対象リストを基にこちらで調査を行い、
冒険者の素質があると判断した者のみに入学案内を出している」
以上の説明を受け、本日の“その他の時間”はお開きとなった。
明日からは俺以外の全員が新人発掘任務に駆り出される。
午前中と、午後の訓練時間はそれに費やされるらしい。
任務をこなせない俺は暇を持て余してしまうので、
学園に残って3年生と共に訓練を受けることになる。
「アブラカダブラ〜!
お主の未来を占って進ぜよう〜!」
「私の旦那の年収は?」
「結婚できないから0円」
「このインチキ占い師め!」
ましろと並木が水晶玉で遊んでいる。
あれは任務で使用する、芝居用の小道具だ。
中学生たちの前で意味ありげに水晶玉を覗き込んだりすることで、
“あなたに才能があるかどうかを確かめてます感”を演出するそうだ。
実際は隠し持った測定器で基礎魔力を確かめるらしい。
今更だが……本当に今更だが、
『基礎魔力』という言い方は本来『魔力』が正しい。
ただ、魔法攻撃力を『魔力』と呼ぶ場合もあるし、
MPのことを『魔力』扱いする者も多いので、
ややこしくならないように便宜上そう呼んでいるだけだ。
この基礎魔力が1〜25の者はF:1、26〜50の者はF:2といったように、
25刻みでその能力評価が上がってゆく。
平均であるF:4未満の者はスカウト対象外として切り捨てられる傾向だが、
魔法能力以外の面で活躍が見込める者はその限りではない。
とりあえず暇になったので、俺は1年生の様子を見に行くことにした。
彼らは今頃ハイスピードな授業についてゆけずに戸惑っているのだろう。
「やめろよ、アキラ
ストーカーみたいだぞ」
「俺は後輩“たち”の様子を見に行くんだ
誤解を招くような発言はやめてくれ」
俺はヒロシを振り解こうとしたが、結局こいつもついてきた。
まるで監視されている気分だ。
やってきたのは1年4組の教室。
今年は1組と2組の生徒が少ないので、そのぶん3組と4組の人数が多い。
机は45台あるが、退学の最短記録を更新した生徒の席が空いている。
今は現国の授業中だ。
杉本先生は廊下にいる俺たちに気づいたようだが、
特に反応は示さずにそのまま授業を続けた。
立花希望は黒板とノートに視線を往復させ、
必死に授業についていこうと頑張っている。
なんとも愛らしい。その姿を見られただけで俺は満足だ。
「結局それじゃねえかよ」
ふと、高崎さんがこちらに手を振ってきたので俺も振り返した。
それに気づいた立花希望がじっとりとした視線を送る。可愛い。
「え、もしかしてお前……二股狙ってる?」
「やめろ、違う
彼女は俺を応援してくれる数少ない味方なんだ
これからも友好的な協力関係を維持したいと思っている」
名残惜しいが、俺たちは次の場所へと移動した。
1年3組の生徒は、やはり他のクラスとは雰囲気が違う。
基本的に筋肉質な者が多くを占めており、女子の短髪率も高い。
そして勉学は苦手なようで、机に突っ伏している生徒が多い。
とりあえずこのクラスの生徒数は35人だ。
「あいつら全員補習コースだな……」
「努力の大切さを知っているはずなんだがな……」
続いて1年2組。
こちらは4組の雰囲気とそう変わらない。
今年は17人。去年より3人少ない。
その中で異彩を放つのは七瀬圭介。
先日、ダンジョンに一番乗りしてきた新入生の1人だ。
背筋をピンと伸ばし、カリカリとノートを取る姿はまさに秀才。
「あいつ、さっきから眼鏡の位置を直してばっかだな」
「顔に合ってないんだろうな」
そして最後は1年1組。
席が3つしか無く、去年との落差をひしひしと感じさせる。
先生が仰っていたように、天才はそう簡単に見つかるものではない。
俺たちの代が異質だっただけで、3人いるだけでも多い方だ。
「あ〜、リキも補習コースだなこりゃ」
リキ……有馬力。
先日、ヒロシから悪しき伝統を受け継がされた男子だ。
考え無しにスライムに突っ込み、悪臭のする液体を浴びたらしい。
去年のヒロシそのものだ。
自分と似たような後輩だからこそ親近感が湧いているのだろう。
既に名前を呼び捨てにしているのが何よりの証拠だ。
「それより、あの子について何か聞いているか?」
「ん、また女子に目が行ってんのか?
もしかして三股狙ってる?」
「いや、そうじゃない
というか、お前も違和感を覚えているはずだ」
「そりゃまあ……
あんな格好してたら目立つよなぁ」
俺たちはその女子に注目した。
彼女は制服の上から巫女装束を羽織り、
授業にはついてゆけずに机に突っ伏している。
「3人中2人が寝てんじゃねえか
俺が教師ならキレてるぞ、この状況……」
残りの1人は真面目に授業を受けるふりをして、
机の下でスマホを覗き込んでいた。
「先生にはバレてんだよな、あれ」
「このクラスも全員補習のようだ」
──その日の午後、俺は立花希望の個人指導を開始した。
「先輩、お待ちしておりました」
「うむ、ご苦労」
「騙された!!」
女子用の温水プール室。
そこは半年以上使用されていなかったが、
訓練官の許可を得て個人的に使わせてもらえることになった。
「さて、走り込み訓練の後で疲れているだろうが、
これからしばらく『水中歩行』をしてもらう
基本的に、水の中ではどんな運動もきつくなる
その負荷が君たちの体を鍛え上げるだろう
俺の筋肉を見ろ
この極限まで絞られた肉体は、そうやって作り上げたものだ……」
俺は結構、自分の体に自信がある。
野生動物と互角以上に渡り合えるように最適化してきた肉体だ。
あまり見せびらかせたくはないが、立花希望には自慢したいと思った。
「よっ、キレてるよ!」
「わたしも切れてるよ!」
よくわからない掛け声だが、たぶん褒められている。
そして彼女らは“旧スク”という練習着に身を包んでおり、やる気が窺える。
中学時代に初めて女子の水着を見たが、膝の辺りまで布が伸びていた。
去年に行われた水中訓練でも、女子は同じタイプの水着を着用していた。
なので女子用の水着はみんなその形状なのだと思い込んでいたが、
こちらには腰の部分に段があり、とても可愛らしい印象を受ける。
「先輩なら気に入ると思いまして」
「ああ、素晴らしい」
「この人を喜ばせるために買ったの!?」
順調な出だしだ。
「それにしても先輩って脚長いですよね
身長の半分くらいありますよね、それ」
プールの水深は1mで、俺の股下の高さと同じだ。
いいぞ高崎さん。もっと彼女の前で褒めてくれ。
「ちょうどいい位置に顔があると思いませんか?」
立花希望の身長は128cm。
水面から上はほとんど顔だけ出している状態だ。
たしかにちょうどいい。
のだが……
「そういう性的な言動は禁止だ
この訓練は監視カメラで撮影されている
もちろん事故防止が主な目的だが、
俺が妙な真似をしないように見張る意味もある
一応、ここは女子用の訓練室だからな」
「それは残念ですね……」
「安心だよっ!!」
その後、訓練は何事も無く終了した。
「あれ、もう終わりですか?
まだ30分くらいしか経ってませんよ?
もっとみっちりしごかれるのかと……」
「ただ水の中を歩くだけだが、実は意外ときつい運動なんだ
君にとっては楽でも、ほぼ全身を浸かっている彼女は
水圧や水の抵抗による負荷で、より体力を消耗したはずだ」
見ると、立花希望は肩で息をしていた。
この訓練は彼女にとっては水泳も同然であり、
事前に行った走り込み訓練の疲労と重なって苦しそうだ。
「マッサージをしてやろう」
「お断りします!!」
「いや、素直に受けておいた方がいい
水泳は全身運動だからな 思った以上に疲れるんだ
疲労を放置したままにすると故障の原因になるぞ
せめてストレッチだけでも……」
だが彼女はじっとりとした目で睨むばかりだ。可愛い。
「あ、じゃあ私からお願いします
私がマッサージされる姿を見て、エロ目的じゃないと判断したら
のぞみも先輩からのマッサージを受けるってのはどう?」
「なんで呼び捨てに……
…………じゃあ、まあ、その方向で検討するけど……」
「よし、決まり!」
「よくやった!」
「喜ぶことなんですかね……」
そして、マットでうつ伏せになる高崎さんへのマッサージを開始した。
「あっ♡ あっ♡ あっ♡
すっごく気持ちいい♡」
立花希望は帰った。
その夜、彼女は足を攣ったらしい。
基本情報
氏名:甲斐 晃 (かい あきら)
性別:男
年齢:17歳 (4月6日生まれ)
身長:196cm
体重:98kg
血液型:A型
アルカナ:魔術師
属性:なし
武器:戦う意志 (素手)
能力評価 (7段階)
P:10
S:10
T:10
F:0
C:0