サシ
春休みに入っても訓練官たちは学園内に留まり、
細々とした事務処理に追われていた。
(さて、一区切りついたし続きは明日にするか)
落合訓練官は本日の業務を終了して帰り支度を始めた。
「落合先生
この後、時間はあるか?」
「え?
はい、特に予定はありませんが……」
「じゃあ一緒に飲みに行くか?
嫌なら無理につき合わなくてもいいぞ」
「ええっ!?
いえいえ、そんな! 全然嫌じゃありませんよ!
せっかくの主任からのお誘いを断るわけがないじゃないですかあ!」
すっごく嫌だった。
だが、主任からの誘いだ。
訓練官の中で一番立場の低い彼には断ることができなかった。
2人は銀座の小洒落たバーにやってきた。
「うわ、俺こんな本格的な店に来たの初めてですよ……」
「そう身構えなくてもいい
内装はお洒落だが、マスターはそのへんのおっさんだからな」
「オイ、誰がおっさんだって〜?
お前だって同い年のおっさんだろうがこんにゃろ〜!」
突然カウンターの中からハゲ散らかしたおっさんが現れ、
主任の頭をグリグリと攻撃し始めた。
落合訓練官は、主任の笑顔を初めて目の当たりにした。
「あの、お2人は知り合い……ですよね?
どういう関係なのか尋ねてもよろしいですか?」
「ああ、俺と内藤は魔法学園の同期なんだよ
……つっても、俺は途中で辞めちまった身だけどな
兄ちゃんも同じなんだって? そいつから聞いてるぞ」
「え、主任……
勝手に俺の過去を話さないでくださいよ」
「いや、すまん
つい口が滑ってな……
まあ、お詫びとして今日は好きなだけ飲んでいってくれ
当然だが俺の奢りだ 遠慮する必要は無い」
「じゃあ本当に遠慮しませんよ
……ところで、他の2人はいつ頃来るんですかね?」
「他……?
いや、あいつらは誘ってないぞ」
「えっ……と……
それはつまり、一対一ということですか?」
「ああ、そういうことになるな
俺と2人きりが嫌なら帰ってもいいぞ」
「いえいえいえ! そんな、嫌だなんて!」
すっごく嫌だった。
2人の手元に飲み物が行き渡る。
「では乾杯といこうか」
「え、ちょっと待ってください
主任のそれは炭酸水ですよね?
俺たちタクシーで来ましたよね?」
「酒はもう辞めたんだ
その代わりタバコを吸うようになってしまったがな」
「ちょっ……
それなら店変えた方がよくないですか?
主任のストレスになってしまうのでは……」
「いや、気にするな
今はもう酒の匂いを嗅いでもなんとも思わない
みんなよくそんな物が飲めるなと軽蔑しているくらいだ」
「オイオイ、バーのマスターの前で言っていい台詞じゃねえよ
あの頃は誰よりも店を潤してくれる上客だった癖によお……
こいつ、一晩でテキーラのボトルを空にしてたんだぜ!?」
「おい、勝手に俺の過去を話さないでくれよ」
「自分がバラされるのは嫌なんですね」
とりあえず2人は乾杯し、本題に入る。
「しかし、主任から飲みに誘われたのなんて初めてですよ
一体どういう風の吹き回しなんですか?」
「俺も男を飲みに誘ったのは初めてだ
今日はまあ……落合先生のお祝いのつもりなんだが」
「え、俺の……?」
「ああ、就任5年目にしてようやく4組から
生徒を進級させることができたじゃないか
しかも3人もだ
これは祝わずにはいられないだろう」
「5年もかかっちゃいましたけどね……
その、まあ、ありがとうございます」
「ん?
あまり嬉しくないのか?」
「あ、いえ
嬉しいには嬉しいんですけど、
甲斐と小中は最初から目的意識の強い生徒でしたから、
こいつらは心配無いな……と早い段階で確信してたもので」
「では、栗林はどうだ?」
「栗林ですか……
ええ、本当に嬉しいです
ただ魔法を使いたいだけの普通の生徒だと思っていたんですが、
途中からメキメキと力を伸ばしていきましたからね
あれほどの努力家だったとは見抜けませんでしたよ」
「昔の自分と被るか?」
「え……
それは、まあ……少し
……俺と違って、あいつにはちゃんと卒業してほしいですね」
「ああ、ここから先は俺に任せろ
お前たちが送り出した生徒を卒業まで繋ぐのが俺の役目だ」
「主任……!」
「……なんて、らしくない台詞だったな
こういうのは熱血教師キャラにこそ似合う
そう、例えば……就任当初の落合先生のように」
「ちょっ、やめてくださいよ!
その頃の俺はどうかしてたんです!
封印した過去をほじくり返さないでください!」
3時間後。
「Zzz……」
「酔い潰れてしまったか……」
「オイ、閉店時間とっくに過ぎてんぞ
酒飲まない奴は帰れ帰れ!」
「まあそう言うなよ
ナッツのおかわりを持ってきてくれ」
「まだ居座る気か……
……そういやユキちゃんは元気か?
決勝戦の後、後遺症とか出てないよな?」
「ああ、あれから何度か精密検査を受けさせたが、どこも異常無しだ
それどころか着々と健康体に近づいている
ある生徒が食生活を改善してくれたおかげでな」
「へえ、そいつはめでたいな
ご両親がいくら食べさせようとしても治らなかったのにな」
「どうやらあいつはその男子生徒に気があるみたいだ
向こうは純粋に体調を心配しているだけのようだが……
まあ、とにかく食事量を増やす気になってくれてよかった」
「おっ、それってつまり恋の力のおかげってことかぁ?
いいねえ片想い……青春だねえ」
「願わくば成就してもらいたいものだ」
一方その頃、夜の魔法学園では……
「クマちゃん、ゴム外して!」
「ええっ、それはダメだよ花ちゃん!」
「今日は安全日だから大丈夫!」
「それなら安心だね!」
1年3組の教室にて、津田訓練官は花園訓練官に挿入していた。