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進め!魔法学園  作者: 木こる
1年目
45/150

戦う理由

ヒロシが10歳の時、父が死んだ。


とはいえ遺体は発見されておらず、形だけの葬儀だった。

どうやら彼は遠い異国の地で見知らぬ他人を助け、

その身代わりとなって命を落としたらしい。


ピラミッドダンジョン。


エジプトに存在する最難関ダンジョン、“D7”の1つであり、

その中でも特に『人類には攻略不可能』とされている場所だ。


写真家である彼がなぜそんな場所にいたのかはわからない。

たぶん趣味だろう。

あの人は自由の権化のような存在であり、

いつだって好奇心の赴くままに生きてきたのだ。


伝聞によれば彼は絶体絶命の冒険者パーティーを救うために、

撮影機材を分解して即席の爆弾を作り、自爆特攻したんだとか。

どうにも信じ難い話ではあるが、現地では英雄視されているようだ。



そんな父の葬儀から1週間が経ち、

少年ヒロシは黒いランドセルを背負って家を出た。


「んじゃ母ちゃん、行ってくるぜ!」


「うん、行ってらっしゃい

 ねえヒロシ……

 まだ休みたいなら無理しなくてもいいんだよ」


「え、俺べつに無理なんかしてねーし!

 むしろ早く学校に行きたくてウズウズしてたんだ!」


その笑顔はどこか嘘っぽくもあるが、

小学生とは言えど彼も1人の人間だ。

落ち込む母を心配させたくないのだろう。

母にはそれがわかっていた。




ヒロシは通学路で学友を発見し、元気良く声を掛けた。


「よっす、ロック!

 あとで授業のノート見せてくれよな!

 俺、1週間も学校休んでたしさあ!」


ロックと呼ばれた眼鏡の少年は気まずそうに無反応を貫いた。


「……あ、べつにそんな気ぃ遣わなくてもいいぜ!

 たしかに父ちゃんが死んだのは辛いけどさ、

 いつまでもクヨクヨしてたら父ちゃんも悲しむと思うし!」


だがロック……六原は何も答えない。


「おいおい、どうしたんだよ……

 そんな反応されたらどうしたらいいかわかんねえよ……」


そこまで言われて、ようやく六原はボソリと呟いた。


「あのさ、悪いんだけど……

 『母子家庭の子とはつき合うな』って、ママが……」


ヒロシは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

この六原とは小学校入学以来の長いつき合いであり、

よく放課後は一緒にゲームを楽しんできた親友なのだ。

その彼が一方的に絶交を告げてきたのだから驚きである。


母子家庭……まあ、これからは自分にも当てはまるのだろうが……。




そしてヒロシは教室で父ちゃん仕込みのギャグを披露した。


「みんな、今まで心配かけて本当に……

 ゴメンホテプーーーっ!!」


胸の前で両手を交差させ、クラスメイトに謝罪の言葉を投げかける。

だが彼らの反応はイマイチで、首を傾げるばかりだった。


「……あ、今のは謝罪の言葉の『ごめん』と、

 歴代ファラオの『アメンホテプ』を掛け合わせたギャグなんだ

 ちなみにアメンホテプ4世はかの有名なツタンカーメンの父親だ

 みんな、“アクエンアテン”という名前に聞き覚えはあるかな?」


「ねえよっ!!」


そのツッコミにより、クラス中が爆笑の渦に巻き込まれた。

……よし、計算通りだ。




それからヒロシは古代エジプトギャグをちょくちょく挟むようになり、

クラス内で“なんか面白そうな奴”としての地位を高めていった。


「メンカウラーが麺買うらー!」

「意味がわかんねえよ!」


よし、今日もクラスのみんなを笑わせることができた。

ヒロシ自身のボケは単体ではそれほど面白くないものの、

ツッコミ気質のクラスメイトがいたおかげで助かっていた。


“かわいそうな奴”だとは思われたくない。

ただその一心だった。




そんな日々を過ごすうちに同級生たちは変に気を遣わなくなり、

1ヶ月後にはもうすっかり元通りの学校生活に戻れていた。


……のだが、ヒロシが人気者になるのを快く思わない者もいた。


元親友の六原である。


「片親の小中君はこれからが大変だよね

 お父さんが死んじゃって、この先どうやって生きてくんだろう

 保険金だけで生活できるわけないし、お母さんが働かないとだね

 ……ああ、僕には両親がいてよかったあ

 僕は今、当たり前の幸せをしみじみと感じてるよ」


その発言に同級生たちは眉をしかめた。


「おい、六原……やめろよ」

「陰口は陰で言えよ 誰もいない所で、1人でな」

「ヒロシと仲良かった癖になんなのお前……」


当然の反応だ。


入学当初の六原は非常にオドオドとした性格であり、

背も低かったのでいじめっ子に目をつけられていた。

だが彼はヒロシに守られたおかげで被害に遭わずに済んだのだ。

その恩を忘れたかのようなこの態度……クズだ。




日が進むにつれて六原は増長していった。


「小中君の死んだお父さんってフリーのカメラマンだったんだよね

 そんな安定しなさそうな仕事で、よく家庭を持とうと思ったよね」


「小中君の家に行ったことあるけど、

 なんてゆうか……臭かったんだよね

 その、どことなく貧乏臭いとゆうかさ……」


「こないだ小中君のお母さんを見かけたんだけどさ、

 あれはどう見ても肉体労働者の格好だったよ

 片親でブルーカラーかぁ……

 これじゃあ一生貧乏コースだね」


そのクズ発言のオンパレードに同級生たちは辟易していた。

それはヒロシの耳にも入っていたが、特に反応はしなかった。

六原はもう友達でもなんでもない赤の他人だ。

向こうから関係を絶ってきたのだから、関わるべきではない。




だがある日、とうとう六原の口から

ヒロシを反応させる発言が飛び出したのだ。


「小中君のお母さんは建築現場で働いてるみたいだよ?

 でもそれだけじゃ生活が成り立たないだろうねえ

 これは夜も肉体労働しないといけないねえ」


唖然とする同級生たちを掻き分け、ヒロシが歩み寄る。

そして六原の肩に触れ、振り向かせた。



ガシャアァッ!!



六原の眼鏡が割れ、その小さな体が黒板に打ちつけられる。

ヒロシの右拳には破片が突き刺さり、床に血を垂らしていた。




帰宅したヒロシを母が出迎える。

いつもこの時間は仕事中だというのに、

きっと学校から連絡が来て半休を使ったのだろう。


「母ちゃん……ごめん!

 俺、ついカッとなって六原のこと殴っちまった!」


ヒロシは深々と頭を下げて謝った。

いくら酷い発言を聞いたからといって、手を出したのはまずかった。


と反省していたのだが……


「ヒロシ……よくやった!!」


「ええっ!?」


母は叱るどころか、その行いを褒めたのだ。


「いや、親としてそれでいいの!?

 そこは『暴力はいけない』とか教育するとこじゃねえの!?」


「いいのいいの、気にすんなって

 殴られて当然の奴がぶっ飛ばされたってだけの話でしょ?

 しかもあんたは自分や父ちゃんの悪口を言われても黙ってたのに、

 この私が馬鹿にされたらブチギレたんだろ?

 母親として、あんたを誇らしく思うよ」


「やっ、べつにそんなんじゃねーし!

 ただ日頃の鬱憤が溜まってたのが爆発しただけだし!」


そう反論するヒロシの頬は真っ赤だった。


「まあなんにせよ、あのマザコン坊やと縁切る前に

 ちゃんと貸してたゲームソフト返してもらいなよ

 あいつ絶対に借りパクするつもりだろうし」


「ああ、うん

 それはどうにかするよ……」


「ところで今日の夕飯どうする?

 せっかく時間あるんだし、久しぶりにカレー作ってあげようか?」


「え、無理すんなよ

 せっかくの休みだからこそゆっくりしろって

 カレーなら俺が作るよ……レトルトのやつだけど」


「んじゃ、ありがたくそうさせてもらうわー

 あ、そうそう

 カレーに納豆入れると美味しいって職場の人が言ってたんだけど、

 いい機会だし、ちょっと試してみようかな」


「へえ、じゃあ俺もやってみよう」


今夜はご馳走だ。

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