1月上旬
グリムのゴーレム攻略はまだ続いていた。
彼は前回の撤退以降、資料室で過去の戦闘記録を漁り、
先人たちがどう処理してきたのかを学んだのだ。
(やっぱ彫刻セットでカンカンが圧倒的に多いな
あとはハンマー使いによる打撃くらいか
純粋に魔法で外殻を剥がした奴は1人もいない、か……)
外殻ごと中身をぶち抜いた高音凛々子がどれだけ化け物か、
改めて思い知らされる。
続いて“解析”の有効な利用法は何か無いかと調査した。
どうもこの適性に◎が付くことはレアケースのようで、
せっかくなので使いこなしてみたいと思ったのである。
が、ネット上では『ゴミ魔法』だの『残念な適性』だの
散々な言われようで、有益な情報は何も得られなかった。
訓練官たちに助言を求めるも、彼らは揃って渋い顔をして
「素直に他の魔法の腕を磨いた方がいい」と指導する始末。
説明を聞く限りそれは“探知”の完全下位互換らしく、
極めたところで将来性は全く無いとのことだ。
グリムは燃えた。
ゴミ魔法で結構。残念な適性で結構。
むしろ、そういう日の目を見ない存在にこそ価値がある。
誰からも期待されていないからこそ、伸び代が大きいのだ。
残念魔法を使いこなせたらカッコいい。
それは間違いない。
彼は冬休みに入ってから毎日ダンジョンに通い、
ゴーレムにアナライズの魔法をかけ続けた。
これはダメージを与えないので相手には気づかれず、
適切な距離を保っていれば反撃される心配は無い。
ゴウッ!
黒い炎がコボルトを焼き尽くす。
その間もゴーレムへのアナライズを維持したままであり、
これがなかなか件の魔法の鍛錬になるのだ。
2つの魔法を同時に使用するには相当な集中力を要し、
加減を間違えればどちらも不発に終わってしまう。
コボルトは単体だと弱い魔物とはいえ、
一度囲まれたら厄介な敵であることには変わりない。
いくら雑魚と言えど、気を抜いてはならない。
適度な強さ。適度な数。適度な緊張感。
そんな都合の良い敵と戦いながらの解析行動である。
この場に仲間がいなくてよかった。
おそらくこの状況をピンチだと思い、加勢されていただろう。
彼は今、実戦を通して自らの可能性を引き出そうとしているのだ。
邪魔されては困る。
──2週間足らずの冬休みはあっという間に終わり、
とうとう今年度のラストスパート……3学期が始まった。
「さて、今月からお前らも第4層への立ち入りが解禁される
知っての通り、ゴーレムをはじめとした難敵揃いの階層だ
ここはどちらかというと物理寄りの場所で、
主に近接戦闘能力の高さが求められるだろう
とはいえ後衛が全く活躍できないというわけじゃない
パーティープレイの基本を思い出せ
防御役、支援役、攻撃役による役割分担の徹底だ
それさえ押さえていれば円滑に活動できるはずだ」
攻撃と防御はそのままの意味として、
少しわかりづらいのは支援だろう。
支援役の戦闘での役割は回復、強化、弱体、状態異常付与だ。
回復と強化はイメージ通りに味方を支える立場で、
弱体と状態異常付与は敵を無力化して戦闘に貢献することができる。
その他にも補給係や撮影係などもこのカテゴリーに含まれており、
更には計画書や報告書などの各種書類作成の請負人もここに分類される。
新学期初日のイベントを終え、アキラは男子寮の自室で寛いでいた。
狭い部屋、そして1人の空間はやはり落ち着く。
大きな猫扱いされても構わない。もうそれでいい。
「よお、アキラ〜
……って、あれ?
どこ行ったんだあいつ……?」
「ここだ」
段ボール箱の中から声が聞こえ、ヒロシは眉をしかめた。
「アキラ、お前……
本格的に猫化してきたな
……まあいいや、暇だったらダンジョン行こうぜ
ちょっと前に阿藤先輩に剣を作り直してもらったんだけどさ、
補習で忙しかったから試し斬りがまだなんだ」
「へえ、どんな剣にしたんだ?」
その質問を待ってましたと言わんばかりに、
ヒロシは背中に隠し持っていたそれを自慢げに取り出した。
「ジャジャーン!!
これこそが真の俺の剣だ!!
銘は……“フリーダムコール”!!」
「ほう……双剣か
しかも曲剣だから斬撃重視だな
その武器ならお前の強みを活かせるだろう……いい選択だ」
「え、俺の強み……?
そんなのあったっけ?」
「何を言っているんだ……
お前はガンガン前に突っ込んでいくタイプだろう
最初は危なっかしい奴だと思っていたが、
近頃は回避能力がめざましく向上して安心できるようになった
技術と立ち回りで戦う剣士……その理想に近づいているんだ」
圧倒的強者のアキラから認められ、ヒロシはなんともむず痒くなる。
「アキラ……
俺は今、素直に感動したいんだけどさ……
段ボール箱の中から褒められても微妙な気分になるんだよな」
「すまないが、もう少しだけこのままでいさせてくれ……」
ダンジョンの第2層までやってきた2人はコボルトの群れを発見し、
早速ヒロシの新武器の試し斬りを行なった。
シュパパッ!ザザンッ!シャシャッ!
すると以前とは比べ物にならない殲滅速度を記録し、
そのグレードアップ具合は異次元を感じさせるほどであった。
「うおおぉぉ……!!
すっげえ斬れ味! しかもレンタルソードより軽い!
これはもう他の武器を使う気にはならねえや!
阿藤先輩はとんでもない贈り物をしてくれたぜ!!」
ヒロシが楽しそうで何よりだ。
「あ、それとアキラ
変な頼みして悪いんだけどさ、
ちょっとローパーにわざと捕まってくれないか?
もうひとつお前に見せておきたいものがあるんだ」
「ん……?
まあ構わないが……」
本当に変な頼みだが、何か考えあってのことだろう。
そしてローパーの気配を感じ取り、わざと捕まる準備を整える。
……ビシッ!
捕まるといっても全身ぐるぐる巻きではなく、
囮にした左腕に触手を巻き付かせるだけだ。
これなら他の部位を自由に動かせるので万が一の事態に備えられる。
「よし、そんじゃいくぜ……おりゃあっ!!」
ヒロシの全身が青白く発光し、静電気がバチッと音を立てる。
するとどうだろう、左腕にがっしりと巻き付いていたローパーの触手が、
俺という目標を見失って本体の方へ戻ってゆくではないか。
「これは……“感電”か?
触手を通して俺も喰らったんだが……」
感電……ここで言う感電とは物理現象のことではなく、
この場合は魔法による状態異常付与の方を指す単語だ。
主属性が雷の魔法能力者のみが扱えるとされており、
凍結ほどではないにせよ有用な状態異常として知られている。
雷属性の攻撃魔法を人間に当てた場合は一瞬ビリッときて怯むが、
そのヒットストップ効果に特化したのがこの感電の特徴である。
そして魔物を感電させた場合は“行動をキャンセルさせる”という、
連発すれば一方的に攻撃可能になる強力な効果を発揮するのだ。
「お前の主属性は氷なのにな……
しかも状態異常付与の適性も無いはずなのに……謎だ
まあ……ヒロシだからという理由で納得しておこう」
「え、なんだそれ
妙な納得の仕方は勘弁してくれよ」
本人は困惑しているが、周りの人間の方がもっと困惑している。
これまでに適性以外の魔法を使った魔法能力者の事例は存在せず、
それ以前に、普通の人間は二段ジャンプなんてできない。
こいつは平凡な男子高校生を装った異質な何かなのだ。
その後、俺たちは第2層を1周してから狩りを切り上げた。
「ゴーレムはいなかったな
須藤先輩が処理してくれたのだろうか」
「いや〜、リリコちゃんじゃないの?
今回も毎日補習でだいぶストレス溜まってたし」
「補習なあ……
お前も理解しているとは思うが、今学期で最後だ
今度の期末テストを落としたらもう次は無い……
俺はみんなと一緒に卒業したいと思っている
だからもう少し勉学にも真剣になってほしい」
「お、おう……
俺も立派な冒険者になりたいからな
つまらない理由で退学だなんて御免だぜ
今回は本腰入れてガッツリ勉強してみるよ」
「ああ、頼むぞ……本当に」
1組の生徒ならまだ学園長の一存で生き残れる可能性はあるが、
それ以外の同期生は自力でどうにかするしかない。
特に4組の生徒は『やる気だけはある烏合の衆』であり、
ただ入学手続きが早かっただけの先着40名というのが実態だ。
俺たちはそのやる気が本物だと証明しなければならないのだ。
──後日、俺とヒロシは冒険者免許センターへとやってきた。
今月からいよいよ正式な冒険者免許を取得できるようになったので、
どのような試験を受ければいいのか、その下調べをしに来たのだ。
インターネットにはその情報が無いので現地取材というわけだ。
「もしよかったら実際に試験を受けてみるかい?
ここで落としても、3月までなら何度でも挑戦できるよ」
「え、本当ですか!?
是非やらせてください!!
アキラもそれでいいよな!?」
「ああ、手間が省ける」
俺たちは職員さんに案内され、長机の並ぶ部屋へとやってきた。
そこには10人の男女が既に着席しており、試験の開始を待っていた。
「まずは筆記試験だ
これに合格すれば次の実地試験に進めるよ」
今日は説明を聞きに来ただけなので何も準備していない。
一度受けてみて問題の傾向を把握し、それから対策すればいい。
「試験時間は40分だ
それじゃ……始め!」
とりあえず答えられる問題だけ答えて……ん?
『この武器の種類を答えよ。』
①剣
②槍
③杖
……え、なんだこれ?
引っかけ問題か?
どう見ても剣なんだが……とりあえず①を選択しよう。
『この魔物の名前を答えよ。』
①スライム
②スリイム
③スルイム
……いや、本当になんだこれ。
ふざけているのか?答えは①以外に無いだろう。
『次の中で炎属性の魔法を選べ。』
①ファイヤーボール
②アイスボール
③サンダーボール
①だ。
……。
そして……
「はい、そこまで!
これにて筆記試験は終了です!
採点をするので、受験者の方々は休憩室で待機してください!」
疲れた……。
全10問の簡単なクイズで40分を過ごすのは退屈極まりない。
「なあ、アキラ……
俺たちナメられてんのかな……」
ヒロシも不安になってくれたようで安心する。
だが、他の受験者たちは違ったようだ。
「くそっ! 英語とかわかんねーよ!」
「今回こそは受かりますように……!」
「きっと大丈夫だよ! あれだけ勉強したんだもん!」
住んでいる世界が違う……。
「……はい、では今回の合格者を発表します!
甲斐晃君、小中大君……以上!」
絶句するしかない。
答えが全部①だけの筆記試験で10人が不合格になったのだ。
しかも彼らは本気で悔しそうな表情を浮かべており、
中には膝から崩れ落ちて号泣する者もいた。
どうか彼らがお笑い芸人か劇団員であることを願う。
「じゃあ次は実地試験だね」
実地試験……そちらはまともなんだろうな……。
バスに揺られて30分。
俺たちは東京都足立区までやってきた。
ここに存在する『足立ダンジョン』が試験会場となるようだ。
「それじゃあ今から3時間以内に10匹の魔物を倒してもらうよ
第1層に出現する敵はゴブリンだけだから安心してね
関東魔法学園の君たちには馴染みが無い魔物だろうけど、
コボルトの棍棒バージョンだと思ってくれればいいよ」
ゴブリン……体長は70〜80cmほどであり、コボルトよりも小さい。
2〜7匹で行動する魔物らしいが、対峙するのはこれが初めてだ。
『キャキャア!』
職員さんに案内されて狩場までやってきた俺たちは、
早速ゴブリンの群れと出くわした。
右に6匹、左に4匹。
「俺は右!」
「俺は左!」
まあ、どちらでもよかった。
まずは様子見でネコの構えを取り、相手の行動を窺う。
ゴブリンはこちらに向かってまっすぐ駆け寄り、棍棒を振り上げた。
ヒュッ──
まずは1匹目の首を刎ね飛ばす。
たしかに動きはコボルトとほぼ同じで、
持っている武器だけが違うような印象を受ける。
ヒュッ、ヒュッ──
2匹、3匹……
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ──
4匹、5匹、6匹……
「ヒロシ、そっちはどうだ?」
「おう、バッチリ片付いたぜ!」
見ればヒロシも無傷で勝利したようで、
なんとも肩透かしを喰らった気分になる。
まあ相手が強すぎても試験合格者が出なくなるので、
少し緩めに設定してあるのだろう。
「はい、そこまで!」
「「 えっ!? 」」
まだ6匹しか倒していないのに試験中断の合図だ。
ヒロシも4匹しか討伐しておらず、10匹には全然足りない。
これは気づかないうちに何かやらかしてしまったのだろうか。
「いやあ、君たち強いねえ
これで実地試験も合格だよ
さあ、センターに帰ろうか」
「え、待ってください!
俺はまだ4匹しか倒してませんよ?
アキラも6匹しか……」
「ん?
2人で合計10匹倒したじゃない
だから全部の試験が終わったんだけど……」
もう絶句するしかない。
センターに戻った俺たちに最後の試練が訪れる。
「さて、君たちは全ての試験を無事に乗り越えてきたわけだけど、
ここが人生の分かれ道だと思ってほしい
免許が発行された時点で君たちは正式な冒険者として登録される
もう一般人としての生活はできなくなるんだ……
知ってると思うけど、この国での冒険者の扱いは酷いもんさ
体を張って地域の安全を守ってるにも関わらず給料は安いし、
病院からは門前払いされるし、保険にも入れないし……
頭のおかしいカルト集団からは犯罪者呼ばわりもされるんだ
それでも冒険者になりたいと言うのなら止めはしないけど、
果たして君たちにその覚悟があるのかどうか確認させてほしい
…………君たちは、どうして冒険者になろうと思ったんだい?」
職員さんの雰囲気がさっきまでと違う。
ああ、やはりあの試験は茶番だったんだ。
この質問こそが本番……戦う意志を示す時だ。
「「 俺には攻略したいダンジョンがあります 」」
……え?
俺とヒロシは顔を見合わせた。
まさか台詞が被るとは思わなかった。
こいつには自分と似ている部分があると思っていたが、
この時になってようやくその正体が判明したのだ。
ヒロシに冒険者になりたい理由を尋ねたことは無い。
そして俺も尋ねられたことは無い。
俺は知った。ヒロシも知った。
俺たちは戦う理由が同じであると。
基本情報
氏名:東雲 ありす (しののめ ありす)
性別:女
サイズ:F
年齢:16歳 (9月7日生まれ)
身長:161cm
体重:48kg
血液型:A型
アルカナ:死神
属性:炎
武器:なし
アクセサリー:うさちゃんマスク
アクセサリー:うさちゃんバッグ
能力評価 (7段階)
P:3
S:3
T:3
F:5
C:1
登録魔法
・ファイヤーストーム