12月下旬
「おっしゃあああああ!!」
期末テストの結果を見て、リリコは大歓喜した。
前回は全教科赤点という大失態を犯したが、
今回は4教科だけに留まることができたのである。
「全然だめじゃねえか」
「冬休みも補習だね」
「私は3教科……」
1組の面々は全員、またしても補習が決定してしまった。
……選択問題だけで赤点を免れた玉置以外は。
「ああっ、くっそ!」
「惜しかったああ!」
「勉強したのに……」
2組もほぼ全滅。
生き残ったメンバーも前回と同じである。
「あと3点あれば……」
「やっぱりこっちが正解だったかあ」
「油断しなかった……と言えば、嘘になるな」
3組でも正堂君以外は全滅。
そして4組は……
「相川、甲斐、栗林以外は全員補習を受けてもらう」
「おおおおお!!」
「今回は甲斐君だけじゃねえ!!」
「俺たちの相川さんもセーフだ!!」
同級生たちは喜んでいるが、それでいいのか……?
ともあれ2学期でやるべきことは全てこなした。
今回はノルマ未達成の生徒はいなかったものの、
この4ヶ月間で10名が自主退学していった。
残り40名。
一体どれだけの同期生が進級できるのだろうか。
終業式の翌朝、俺は荷物を持って寮を出ようとした。
「あ、待って!
アキラに見せたい物があるんだ!」
ヒロシはそう言うと自分の部屋からある物を引っ張り出し、
目を輝かせながらそれを振りかざした。
「ジャーーーン!!
これが俺の剣だ!!
やっぱ主人公の武器と言ったら剣だよな!!」
それは剣というより鉄板だった。
全長は2mほどあり、横幅は標準体型の女子を隠せるほどに広い。
ヒロシの腕はプルプルと震えており、刀身がぐらついて危なっかしい。
その過剰な物体は一般入試の時に引き抜いた“王の剣”を思い出させる。
「ヒロシ……
それはお前向きじゃないから返品した方がいい」
武器は大きければいいという物ではない。
この9ヶ月間、剣を使い続けたヒロシなら
それを理解していると思ったのだが……。
「リリコは軽々と両手剣を振り回しているが、
あいつは天性の狩人だからそれができるんだ
下手に真似をすれば関節を痛めるぞ
特に腰をやられたら大変だ」
それにリリコは両手剣を思い切り振り回して壁にぶつけてしまい、
折れた破片が仲間に当たりそうになって喧嘩に発展したことがある。
扱いを間違えれば自分だけでなく仲間も危険に晒される武器なのだ。
「あ、違う違う
べつにリリコちゃんの真似ってわけじゃなくてさ
実はこれ……阿藤先輩からのプレゼントなんだよね
俺のために錬金術で作ってくれた武器だし、
早く使いこなせるようにならないと……」
プレゼント……そういえばそんなことを言っていたな。
しかし、あんな物まで作れるのか。
すごいな錬金術……。
「先輩にはお前がどういう剣士を目指しているのか伝えたのか?
あの人は武器を持って前衛を張るようなタイプじゃないし、
想像だけで『とにかく強そうな剣』を作ってしまったんだと思う
もし可能ならお前の手に馴染む形に作り直してもらえ
無茶をすれば絶対にいい結果にはならないぞ
自分が作った剣で誰かが怪我をしたら、きっと先輩も悲しむだろう」
本来は誰かを傷付けるための道具ではあるが、
今はヒロシの説得が優先なので気にしないことにしよう。
「俺が目指す剣士は……
『技術と立ち回りで戦う剣士』だ
危ねえ……忘れるとこだったぜ……」
目を覚ましてくれたようだ。
学園を出た俺は駅前までやってきた。
そのまま電車に乗り込んでもよかったのだが、
特にそこまで急ぐ理由も無かったので、
せっかくだから気になっていた店へ行ってみることにした。
が、東口を探してもそれらしき店は見当たらない。
ならばと西口を出ると1分とかからずに発見できた。
“肉のまつもと”、“松本精肉店”……どちらが正しいのだろう。
まあ、とにかく目的の肉屋に入ってみよう。
「いらっしゃいま──げえっ!!」
変な挨拶だ。
……おや?
「やあ、十坂君じゃないか
ここで働いているのか?」
「チッ、んなモンどうだっていいだろ
それより甲斐晃……ここに何しに来やがったんだ、ァア?
まさか俺の跡をつけてきたんじゃねえだろうなぁ?」
「いや、ただの客として来ただけだ
この間の勉強会でも食べさせてもらったが、
たしかにここのハムカツは絶品だったからな
また食いたくなったんだ」
十坂君はしばらくしかめっ面を続けていたが、
そのうち諦めたかのようにため息をつき、俺を客として認めてくれた。
とはいえ表情は固く、さっさと出て行ってほしいのがひしひしと伝わる。
すると店の奥から太った中年女性が現れ、
おもむろに十坂君の尻をパシンと叩いたのだ。
体型こそ違うが、彼女の顔立ちは松本さんとよく似ている。
この人が母親とみて間違いないだろう。
「だあっ!? 痛ってえな!
いきなり何すんだよ!」
「何すんだじゃないよ!
そんな態度の接客があるかい!
もうホントごめんなさいね〜お客さん
この子ったら外人さんが相手で緊張しちゃって〜
……あらっ、日本語通じてるかしら?」
ん、外人……?
ああ、そうか。俺のことだ。
久しぶりに間違われたな。
「オバチャン
こいつはこう見えて日本人だし、
ついでに言っとくと学園の同期だ」
「あらあら、そうだったの?
……それなら尚更、仲良くしなきゃだめじゃないの!」
店内に再びパシンという音が鳴る。
「だあ! 尻はやめろ!
その手で食材触んじゃねえぞ!」
「甲斐晃と言います
先日は美味しいお肉をたくさん提供していただき、
本当にありがとうございました
勉強会の参加者たちはみんな大喜びでしたよ」
「あらあら、なんて嬉しいこと言ってくれるんだい!
若い子たちがうちのお肉を食べて幸せになれたのなら、
私としても大満足だよ!」
「オバチャン
今からでも金取った方がいいぜ
慈善事業じゃねえんだしよぉ」
「なんてがめつい子なんだい!」
パシン!
「ところで十坂君はいつからここで働いているんですか?」
「なっ……! 変なこと聞いてんじゃねえ!!」
「4月から働き始めて、平日はいつも早朝と放課後に来てくれてるよ」
「オバチャンも答えなくていいって!!」
「毎週日曜日には娘さんが店を手伝っているそうですね?」
「だから質問すんなよ!!」
「そうだけど、娘はマサルちゃんがうちで働いてること知らないのよ〜」
「勝手に答えんなって!!」
「十坂君が働く動機はなんだったんですか?」
「聞くな!!」
「静香だろうねぇ」
「答えるな!!」
俺は口止め料として大量の惣菜をサービスしてもらい、
思わぬ形で故郷への手土産が出来た。
他の生徒が補習授業を受ける中、
グリムは単独でダンジョンに潜って己の成長を確かめていた。
この時間ならアリスたちと会わずに済むので安心だ。
そして実に3ヶ月ぶりの冒険活動で少し緊張している。
ボッ!
まずは準備運動として、スライムへのファイヤーボール。
それは標的の中央部を貫き、一撃で葬り去った。
別の個体には通常の火球ではなく、黒く染まった炎をぶつけた。
彼が独自に磨き上げた攻撃魔法、ブラックファイアである。
ゴウッ!
ただぶつけるだけでは味気ないので、
着弾時に派手に燃え上がるエフェクト付きだ。
威力には直結しないが、彼にとってカッコよさは何よりも優先される。
そのためだけにこの3ヶ月間、必死に特訓を重ねてきたのだ。
続いて取り出したのは手の平サイズの炎の輪。
フレイムリング、いや、サークル……ディスク……エッジ……?
まだ名前は決めていない。
投擲武器の“チャクラム”から構想を得た攻撃魔法だ。
このフレイムなんとかは平面まで圧縮されたファイヤーボールで、
単に炎属性というだけでなく、魔物に対しては斬撃も与えられる。
ザンッ!ザンッ!ザンッ!
炎の輪がグリムの意思で縦横無尽に飛び回り、
馬人間の全身をズタズタに斬り裂いてゆく。
もっとサイズがあれば一刀両断できるのだろうが、
ただ大きくするだけでは威力が落ちてしまうので本末転倒だ。
この魔法をトーナメントまでに完成させていれば、
もしかしたらヒロシに勝てていたかもしれない。
そしてもっとカッコつけられたはずだ。
が、もう過ぎたことだ。嘆いても仕方ない。
第2層に来た彼は早速コボルトの群れに歓迎される。
1学期には前衛3人がかりで苦戦していた魔物だが、
今となっては『1匹5円』という感覚だ。
必ず3〜6匹で出現するので、
1つの群れで15〜30円が保証されるおいしい相手だ。
シュパッ!
コボルトの右腕が吹き飛ぶ。
こいつらは右手に剣……といってもそれも体の一部だが、
とにかく武器を持っており、攻撃手段は『剣を振る』のみである。
なので右手さえ封じてしまえばただの5円玉と成り果てるのだ。
グリムの右手にはレンタルソードではない剣が握られていた。
それよりも短く、だが短剣というほどではない長さであり、
反りの無いサーベルの形状をしている。
ナックルガードにはいくつもの漆黒の棘が生えており、
それで殴ってもそれなりに威力を出せる設計になっている。
“デーモンベイン”……彼専用の特注武器だ。
ガキン!
左側から来た攻撃を的確にブロック。
だが彼は盾を持っておらず、代わりに左腕に赤黒い籠手をはめていた。
手の甲には縦長の瞳孔をした目玉の装飾が施されていて、
その周りをコウモリのような黒い羽で包み込んでおり、
魔法を使用する際にはこれが開くというカッコいいギミック付きだ。
“ヘルレイザー”……これも彼専用の特注防具である。
また別の群れを発見したのでちょっかいを出してみる。
相手は3匹。試したいことがあったのでちょうどいい。
まず1匹目にはアイスボール。2匹目にはサンダーボール。
そして3匹目にはブラックファイアでトドメを刺し、
属性による手応えの違いを確かめたかったのだ。
(やっぱ主属性の炎が一番使いやすいな……
ブラックアイス、ブラックサンダーは切り捨ててもいいな
そのぶん得意な炎を中心に魅せ技を磨いていこう)
そんなことを考えながら散策していると、ある魔物を発見した。
ゴーレム。
第2層では毎月1匹しか湧かないレアモンスターだが、
第4層ではそこらじゅうにいる通常敵の1種だ。
弱点を露出させるための手段として彫刻道具を持たされているが、
仲間のいない現状でそれを実行するのは危険だろう。
動きが鈍いとはいえ、万が一掴まれでもしたら死が待っている。
この数ヶ月で魔法能力が急成長したとはいえ、
自分にはあれの外殻を破壊できるような火力はまだ無い。
諦めよう。
翌日、グリムは再び単独で第2層を歩いていた。
実はあの後ゴーレムの倒し方を思いつき、その検証をしたかったのだ。
そして……いた。
奴は昨日と同じ場所から一歩も動かず、
ただの岩の塊のように佇んでいた。
(早速やらせてもらうぜ……!)
グリムは左手を突き出し、標的に照準を合わせて精神を集中した。
だが、手の平からは何も出てこない。
……それでいい。
(爆ぜろ……!!)
ボゥッ!
するとゴーレムの胸部分で小さな発火が起こり、白い煙が立ち上る。
そしてその煙が消えると……
「……くそっ、だめか!」
標的は無傷のままだった。
グリムは敵の体内で炎を発生させようとしたのだが、
どうやらあの外殻に魔力を遮断されて届かなかったようだ。
(ゲームだと魔法防御力低いイメージなんだがなぁ)
ダメージを受けたゴーレムはゆっくりと立ち上がり、
こちらに向かってのそのそと歩き出した。
(……まだ終わりじゃないぜ!)
1つ目の検証は失敗したが、まだプランはあった。
グリムは炎の輪を発生させ、それを標的の口の中へと放り込んだのだ。
が、しかし……
(この手応え……
こいつ、口はあるけど喉がねえ!!
ちくしょう! 外殻ぶっ壊すしか方法ねえのかよ!!
もう少し攻略の自由度があってもいいだろ!!)
ここでグリムは解析魔法を使用した。
それは魔力構造体の状態を確認するという魔法であり、
主に初見の魔物の弱点を探る目的で使われている。
ほとんどの魔法能力者はこれを習得することができるが、
あまり頻繁に使うものではないので敢えて登録しない者が多い。
(ほぼダメージ無し
当然、弱点の“核”も無事……くそっ!)
それは最初からわかっていたことだが、
攻撃魔法以外にはまだこれしか習得しておらず、
半ばヤケクソで解析を行なったというだけだ。
ちなみにグリムはこの“解析”に高い適性があり、
他の者よりも高い精度で敵の状態を確認することができた。
(でも全然役に立たねえ……!)
グリムは撤退した。
基本情報
氏名:向井 洋平 (むかい ようへい)
性別:男
年齢:16歳 (8月23日生まれ)
身長:169cm
体重:57kg
血液型:A型
アルカナ:月
属性:雷
武器:プレイングマンティス (双剣)
防具:戦士の鎧 (軽鎧)
能力評価 (7段階)
P:4
S:8
T:6
F:4
C:3
登録魔法
・サンダーボール
・アナライズ