11月下旬
「おい、あれってまさか……」
俺たちはダンジョンの中で妙なものを発見してしまった。
センリに解析してもらったが、それは魔物ではなく生物だった。
「えっ、嘘!?
この子……アザラシの赤ちゃん!?」
ましろをはじめとした仲間たちは大喜びしているが、
このアザラシは怪我をしており、どうやら腹も空かせている。
とりあえず本日の狩りは中断して学園まで連れ帰ろう。
今日はたまたま他の生徒の治療で片桐先生が訪れていたので、
ついでに件のアザラシの健康状態を診断してもらうことにした。
彼は当魔法学園お抱えの闇医者である以前に動物病院の院長さんだ。
「え、この鼻の傷ってラッコがやったの!?
ってか、ラッコって噛むの!?」
「ああ、ラッコは凶暴で邪悪な存在だよ
よく遊び目的でアザラシに襲い掛かるし、
交尾の際には雌に噛み付いて逃さないようにするんだ」
「ええ……
あんなかわいい見た目なのに……ショック」
「ちなみにこの子の種類はヒョウアザラシだね
雄だから成長すると全長3m、体重は300kgくらいになるよ
雌は500kgにもなるから驚きだねえ」
「女の子の方が重いんだ!
あたしと同じだー!」
「それで診断の結果だけど、鼻以外は無事だね
僕の知り合いに水族館の館長さんがいるから、
そこで保護してもらえるように頼んでおくよ」
「えっ、あたしが飼っちゃだめですか?」
「えっ!?
いやいや、成長したら3mだよ?
一般家庭で飼育は無理でしょ……」
「うちプールあるんですけど!」
「へえ、それはすごいなあ……
でもやっぱり専門知識のある人に任せた方がいいと思うよ」
「じゃあ詳しい人を雇います!」
「うーん、場所と人が揃っていたとしても、
餌の調達とか考えるとやっぱり水族館の方がいいよ」
「だったら水族館を買います!」
「ブルジョワにしかできない発言……!」
片桐先生はましろをなんとか説得し、
件のアザラシは水族館に引き取られる運びとなった。
ただ、今すぐに引き離す理由も無いので、
数日だけ学園のプールで保護する形に落ち着いた。
「うっふふー♪
一杯遊ぼうね、アー君!」
「え、ちょっと待って
名前とか付けない方がいいよ
愛着が湧くと別れが辛くなるし……」
しかも俺のあだ名と被っている。
そう呼んでいるのはリリコだけだが……。
それにしても懐かしい場所だ。
訓練棟の温水プール……今は冷水にしてある。
ここは花園と津田、両訓練官の起こした不祥事が原因で、
プールを使った訓練はあれ以来中止になったのだ。
水中での運動はいい鍛錬になるのに……非常にもったいない。
「片桐先生
ダンジョン内に野生動物がいた件ですが、
過去にもこういう経験をしたことはありますか?」
「いや〜、僕自身はこれが初めてだね
でも、この手のケースはよくあるみたいだよ
大体は野良猫や野良犬が紛れ込んだってだけのパターンだけど、
日本には生息してない動物が発見されたこともあるらしいね」
「例えばワニとか……」
「え、ワニ?
いや、それは聞いたことないなあ」
「そうですか……」
「有識者の仮説では、ダンジョンが一時的に他の場所と繋がって、
その時に野生動物が紛れ込んじゃうって話らしいけど……
誰もその現場を目撃したことが無いから真偽不明なんだよね」
ダンジョン……改めて謎の空間だ。
アザラシの噂を聞きつけた生徒や学園職員がゾロゾロと押しかけ、
プール室はいつのまにか大勢の人で溢れかえっていた。
「黒岩さん、私にも触らせて!」
「や〜ん! かわいい〜!」
「次こっちね!」
アザラシのアー君……大人気だ。
「ましろー、こっち向けてー
……や、お前じゃなくてアー君を」
並木さんはビデオカメラを構え、
ましろとアザラシが戯れる様子を撮影している。
「おい黒岩、そろそろ上がった方がいいんじゃねえか?
もう随分と冷水に浸かってんだろ……今は11月だぞ?」
センリはましろの体調を気遣っている。
最近はすっかり肌寒くなり、秋が終わろうとしている頃だ。
「まだ平気だよ〜!
あたし、面の皮が厚いから〜!」
その使い方は違う。
しばらくして、ましろは顔面蒼白になってプールサイドで震えていた。
「だから言わんこっちゃない……」
センリは呆れつつも極限まで威力を抑えたファイヤーストームを放ち、
温風を浴びたましろはまるで天国のいるかのような顔になった。
「いいか、お前ら
あんまり魔法をエアコン代わりに使うなよ
こいつはどこまで行っても偽物の風なんだ
黒岩は暖かいと感じているが、実際に温度は変化してねえ
日常的に使ってると神経おかしくなるからやめとけ」
ついでに魔法のレクチャー。
数名の生徒がうんうんと頷いて聞き入っている。
並木さんはその様子もビデオカメラに収めていた。
──そして数日後。
「あ゛〜ぐ〜〜〜ん!!
元気でね゛〜〜〜!!
いい子にするんだよ゛〜〜〜!!」
案の定ましろはアー君に愛着が湧き、
水族館の職員に引き取られる彼との別れで号泣したのであった。
「まあ、これが今生の別れってわけじゃねえだろ
水族館に行きゃあ、いつでも会えんだ
ちょくちょく顔出してやりゃいいだろ?」
「うん……そうだよね……
一緒に会いに行こうね!」
「えっ!?
お、おう! もちろんだとも……!」
ましろからの誘いを受けたセンリは動揺する。
並木さんはその様子さえもしっかりと撮影していた。
この女……。
──涙の別れから数日後。
俺たちは各々の予定を調整し、24時間のダンジョン滞在を実施した。
といっても条件はかなり緩く設定しており、
トイレに行きたい時などはいつでも学園に戻って構わない。
「へえ、手慣れてるねぇ
あっという間に拠点が完成しちゃったよ」
まあ、これまでに何度か予行演習を重ねてきたのだから当然だ。
地面にはただ段ボールを敷き詰めるだけではなく防水シートを被せ、
仮眠スペースとして個室を用意し、防音対策も取ってある。
一応通路の先にも別の目的の個室を2ヶ所設置したが、
それを使用するかどうかは各人の判断に任せる。
総メンバーは8人で、これを2つの班に分けた。
この第3層で主軸となるのは魔法使いのセンリとユキだ。
センリは3属性対応可能で、ユキは安定の無属性攻撃ができる。
なのでこの2人は別々の班にするのが正解だ。
残りのメンバーだが……まあ適当でいい。
センリ班にはヒロシ、ましろ、並木を配置し、
ユキ班にはリリコ、早苗、そして俺を振り分けた。
この2班を3時間毎に交代して定点狩りを行う。
「リリコ、両手剣だけでなく鈍器も使ってみたらどうだ?」
「あん?
なんだよ急に……
魔物にゃあ刃物の方が強えーんだろ?」
「まあ大体の魔物に対してはその通りだが、
凍結させた後は打撃が有効になるんだ
お前の腕力なら高火力を叩き出せるだろうし、
両手剣よりも軽いから体力の消耗を抑えられるぞ」
「鈍器は好きじゃねえな
バットでチンピラ殴ったことあるけど、
あん時ゃマジで殺したかと思って焦ったぜ……」
壮絶な過去が……。
「リリコちゃん
魔物はいくら殺してもいいんだよ?
アキラ君が勧めてるんだし、試してみようよ!」
「お、おう……
検討はしてみる……」
早苗の説得で心が動いたようだ。
さすがは友達。仲が良くて何よりだ。
「えい」
ピチュンという音を伴う光線がジェリーを撃ち抜く。
ユキ専用の無属性攻撃魔法、セブンスサインだ。
彼女はこの魔法を使用する際に正七角形を思い描いているらしい。
「お前には数学の素質があると思うんだが、
一度ちゃんと基礎から勉強し直してみないか?」
「奇数は好きじゃない……」
数に対するこだわりがある時点で確実に数学者向きだと思う。
定期テストでも毎回数学だけは赤点を免れているという実績もある。
「そういえば2学期も残り1ヶ月か
来月には期末テストが控えているし、
そろそろ勉強会を開きたいと思っているんだが……」
俺はこれまでに何度も同じ提案をしてきたが、
かけがえのない友人たちからの猛反発によって却下されてきた。
彼らは理解しているのだろうか。
次のテストで赤点を取れば冬休みも補習漬けになってしまうことを。
「アキラとマンツーマンなら……いいかも」
おっ?
さすがに危機感を覚えたのか、いい返事を貰えることができた。
「ちょっと待って!
その勉強会、私も参加するからね!?」
どうやら早苗も乗り気のようだ。
これは良い兆候だ。
「オレはパス!」
リリコ……。
全教科赤点だったお前が一番危ないのに……。
「ねえアキラ君
私ね、あの後ドッグフードも食べてみたよ」
「早苗……?」
「調べてみたらキャットフードよりも栄養バランスが良くて、
人間が食べても健康被害を受ける確率が少ないんだってさ」
「早苗……」
「まだ全部のメーカーを試したわけじゃないけど、
今のところ私はドッグフードの方が好きかなぁ……」
「早苗……!」
その後も定点狩りは続いた。
「えい」
「ファイヤーボール!!」
「フリーズ!」
「ハッ!」
俺は凍結した魔物を拳で粉砕し、本日100匹目の獲物を狩り終えた。
精霊種の討伐報酬は1匹あたり一律20円となっており、計2000円。
4人で山分けして500円。充分な稼ぎだ。
「全然充分じゃねーよ
3時間で500円じゃ、時給200円以下じゃねーか
これなら2階でコボルト狩った方が稼げるじゃんかよー」
「リリコ
お前も計算ができるようになったんだな……偉いぞ」
「んだよそれ! 馬鹿にしてんのか!?
オレだって算数くらいできらぁ!!」
不破先輩よりは上のレベルだ。
「まあ、今日の目的は金を稼ぐことじゃない
この拠点で1日過ごせるかどうかが重要だ
言うなれば“防衛ミッション”といったところか
敵の殲滅よりも拠点の維持を重視していると理解してくれ」
「防衛ねえ……
オレはガンガン攻め込む方が好きなんだけどなぁ」
「まあそうだろうが、好き嫌いの問題じゃない
来年はこれを1週間やらないといけないんだ
こうして事前に疑似体験しておくことで、
本番までに何を備えればいいのかわかると思う」
「あーくんは相変わらずクソ真面目だなぁ
そんなのぶっつけ本番でなんとかなるだろうよ
2年の奴らは結局無事に戻ってきたんだろ?」
「甘く考えるな
宮本先輩はさておき、残りの3人まで工藤先輩を襲おうとしたんだぞ
正常な精神状態であれば絶対にそんなことはしなかったはずだ
俺は同じ過ちを犯したくないし、仲間にもそうさせたくない
だから今、快適なダンジョン生活を送れるように模索しているんだ」
「快適なダンジョン生活ねえ……
こんなとこ家賃無料でも住みたくねーな」
「リリコちゃん
水道光熱費も無料だよ!」
「どこに水道があんだよ!」
センリ班と交代した俺たちは仮眠スペースへと移動した。
ここからは各自HPとMPの回復に専念する時間だ。
休めるうちにしっかりと休む。
それは冒険者に限らず、全ての人にとって大事なことだ。
「まだ眠くない……」
「ああ、べつに必ず眠る必要は無いぞ
飲み食いするなり、本を読むなり、ゲームで遊ぶなり、
とにかく心身をリラックスさせるための3時間だ
自分が一番落ち着く方法で休めばいい」
「電子書籍のサイトに登録してある……」
「電子書籍……?
よくわからないが、便利な物なんだろうな」
「でもオフラインだから読めない……」
「そうか……それは残念だな
何か読みたいのなら、俺の荷物に教科書が入ってるぞ」
ユキは首を横に振り、個室に入った。
「ところでアキラ君は何を組み立ててるの?
私も手伝おうか?」
「あ、いや大丈夫だ もう終わる
……これは俺用の休憩室だ」
「ただの大きな段ボールだよね
毛布まで詰めちゃって……
まさかその中で休むつもり?
個室ならあるのに……」
「もっと狭いのが好きなんだ」
「やっぱりアキラ君は大きな猫だよ」
──翌日。
「ぶはーっ!!
外の空気がうめーなオイ!!」
「リリコ
お前は5回も学園に戻っただろう
ちゃっかり風呂まで入って……」
「細けえこたぁいいんだよ!
とにかく1日乗り切ったんだからいいじゃねえか!」
「乗り切った……のか?
んー……
まあ、そういうことにしておこう」
結局、俺も含めて全員1回以上は学園に戻った。
その主な理由は、やはりトイレである。
生物である以上は避けて通れない生理現象なのだから仕方ない。
「はあ……
全然役に立てなかった……
アキラ、俺の給料カットしていいぜ」
ヒロシが落ち込んでいる。
先月に習得した攻撃魔法の練習を続けてきたものの、
全く威力が上がっておらず、何も倒せなかったそうだ。
「カットなんてしない
最初に言った通り、狩りじゃなくて滞在が目的だったからな
俺のわがままに24時間もつき合ってくれたんだ
お前にも報酬を受け取る権利がある」
「アキラ……
そんじゃありがたく頂くぜ!」
「みんなもありがとう
帰ったらゆっくり休んでくれ」
とりあえず24時間のプチ滞在は成功に終わった。
基本情報
氏名:天神 昇 (てんじん のぼる)
性別:男
年齢:18歳 (6月16日生まれ)
身長:176cm
体重:61kg
血液型:A型
アルカナ:皇帝
属性:無
武器:エンペラー (杖)
防具:オーバーロード (衣装)
アクセサリー:デザートフリーパス
能力評価 (7段階)
P:4
S:4
T:9
F:5
C:8
登録魔法
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・サンクチュアリ
・ディヴォーション