強さの証明
「進道君、私と戦ってくんない?」
1年1組の教室にて、異例の事態が勃発した。
授業でも訓練でも全くやる気を出さなかったあの玉置沙織が、
よりにもよって学園最強の魔法使いに向かって挑戦状を叩きつけてきたのだ。
「まあ、おれはべつに構わねえが……
一体どういう風の吹き回しなんだ?
お前は何もかもが面倒臭いと思ってるんだろ?
急にやる気を出されても調子が狂うぜ……」
「どういう、って言われてもね……
今月中にあと2回戦わないと退学になっちゃうみたいだし、
どうせなら私の強さを証明して勝ちたいからさあ」
センリは一瞬、考えた。
「ん……強さの証明?
何言ってんだお前……?
もしかしてお前、このおれより強いと思ってんのか?
たかが“実体化”を使えるだけで、本気でそう思ってんのか?」
実体化……それは、魔力で本物の武器を作り出せる能力である。
超高等技術として認知されており、常人にはまず使いこなせない。
「たかが、って何それ……
先生も『すごい技術』なんだって言ってたよ?
進道君にも使えないらしいじゃん?
それって私の方が強いってことでしょ?」
「玉置、お前……
まあいいや、好きにしろ
おれは挑戦を受けたからには逃げねえよ
その代わりお前も逃げんじゃねえぞ?」
「は?
逃げるって何?」
「おれには絶対にお前に勝てる自信がある
もしお前如きに負けたら恥ずかしすぎて居ても立ってもいられねえよ
だからこの勝負……負けた方が退学するってのはどうだ?」
「退学って……はあ?
私には人を殺せる力があるんだよ?
舐めるのもいい加減にしてくれる?」
「人を殺せる力ねえ
それが一体なんだってんだよ……
……そうだ、圧倒的弱者のお前にはハンデを付けてやるよ
『おれはファイヤーストームを使わない』
……これで少しは公平な勝負に近づくだろ」
「なんなのもう……
私が勝つに決まってんじゃん
……いいよ、負けた方が退学ね?
もし私に殺されても文句言わないでよね」
こうして進道千里にとって最後の個人戦が実現したのだ。
赤コーナー。
1組所属、玉置沙織。
装備はロッド1本。己の魔法能力に絶対的な自信を持っている様子。
青コーナー。
1組所属、進道千里。
こちらはいつも通りのダガー&シールド。特に言うことはない。
「では……試合開始!!」
合図の直後、玉置は回転式拳銃を実体化した。
それは彼女が最も愛する銃器であり、最も攻撃力の高い武器であった。
だが、その愛銃が威力を発揮することは無かった。
「ソウルゲイン!」
玉置は不可解な現象を体験した。
たった今作り出した武器がいきなり手元から消滅したのだ。
(もう1回……!)
彼女は再びリボルバーを生成しようとするが、これが全く上手くいかない。
どういうわけか成功しない。何がなんだかわからない。
慌てふためく彼女とは対照的に、センリは余裕の表情で解説を始めた。
「こいつはトーナメントまで隠しておきたかった情報なんだがな……
おれの“ソウルゲイン”は味方にMPを分け与えるだけの魔法じゃねえ
その逆も可能……つまり相手からMPを吸い取ることもできんだよ
MPが切れたら魔法は使えねえ……ものすごく単純な理屈だ」
初手で決着がついた。
いくら頭の悪い玉置でもそれは理解できた。
わずかでもMPが残っていれば矢の1本くらいは生成できただろうが、
彼女の魔力は今、完全に尽きていたのだ。
たった一手。
進道千里はたったの一手で玉置沙織の行動を完封したのである……!
「お前如きに本気を出すまでもねえ……
どうせだからパフォーマンスを見せてやるよ」
そう言い、センリは左手を突き出して右半身を後ろに引いた。
それはまるで弓を構えるような……いや、実際そうしていたのだ。
「本物の弓なんて持ったことはねえが、まあこんな感じだろうな」
センリの手元に魔力の粒子が集まってゆく。
「安心しろ、玉置
こいつは本物じゃねえから刺さっても死にゃあしねえよ」
そして魔法の弓矢が完成したのだ。
パスッ!
放たれた矢は玉置の立っている位置から1mほど横に逸れ、
彼女は思わず安堵のため息を吐いた。
……が、それで終わりではなかった。
ドスッ!!
「ぁんぎゃあああぁぁっ!?!?」
魔法の矢は突然、あり得ない軌道変更をして玉置の両耳を貫いたのだ。
「……だって魔法の矢だぜ?
おれの意思で自由自在に動かせるんだぜ?
本物の弓矢じゃこんな芸当できねえよなあ?
実体化なんて超高等技術は所詮その程度なんだよ
谷口の無駄な筋肉と同じで、ただの見せかけの技術でしかない
本物の武器が欲しけりゃ本物の武器を持てばいい
わざわざMP消費してまで実行することじゃねえんだよ
……まあ、今のお前には聞こえちゃいねえだろうけどな」
「わああああぁぁぁっっ!!!
あがああああぁぁぁっっ!!!
耳っ……耳があああぁぁっ!!!」
試合前はあれだけ自信満々だった玉置が、
今は情けなく泣き叫びながら会場の床をのたうち回っている。
センリには最初からこうなる未来が予測できていた。
なんとも惨めな光景である。
「お前は弱いんだよ」
センリは3本の矢を各指の間に装填し、すかさず発射した。
そして、その軌道は玉置の胴体を的確に捉えていた。
タタタッ!
「いやああああああああ!!!」
1ダメージが3回。
それは爪楊枝が刺さった程度の痛みでしかないが、
これまで苦労した経験の無い玉置にとっては地獄の苦しみであった。
あと97発。
圧倒的強者にとって、もはやそれはただの消化作業でしかない。
──数分後。
「ライフアウト!!
勝者は……進道千里!!」
当然の結果だ。
強い者が勝ち、弱い者が負ける。
ごく当たり前の現象が起きたのである。
「あれが本物なら、お前は101回死んでるぜ」
「ぅうぇえええええ〜〜〜ん!!!」
ただひとつ想定外だったのは、玉置が失禁していたことだ。
──数日後。
1年1組の教室には玉置の姿があった。
負けたら退学という条件を呑んだにも関わらず、
敗者である彼女が何食わぬ顔で着席していたのだ。
「ねえセンリ……
あの子ほっといていいの?
負けたら退学って約束したんだよね?
センリが勝ったのに……おかしいよ」
ましろから至極当然の指摘を受けるが、
センリにとっては想定内の出来事であった。
「ま、ほっとけ
事前に全同期生にメールを送って根回し済みだからな
これであいつは“約束を守らない女”だと自分で証明したわけだし、
そんな非常識な奴との試合を組む馬鹿は今後現れねえはずだ
3戦のノルマを達成できなけりゃ退学……それが狙いなんだよ」
玉置沙織に王手がかかる。
個人戦績
玉置 沙織
2戦1勝1敗
進道 千里
13戦13勝0敗