4月中旬
「おい、ちょっとツラ貸せ」
不良に目をつけられてしまった。
彼女は他のクラスの女子で、入学式でも目立っていた。
全体的に赤く染めた髪に金色の……メッシュ?
メッシュという言葉で合っている自信は無いが、
とにかく奇抜な髪色に染め上げている。
髪型はポニーテールだ。これなら俺でもわかる。
目の周辺に化粧……あれはなんと言ったか……なんだ?
耳にはピアスをしており、Yシャツを大きくはだけているので谷間が見える。
それを喜ぶ男子もいるのだろうが、俺の感想は“はしたない”だ。
俺自身、外見で誤解されてきたので偏見を持ちたくはないのだが、
彼女の場合は自らの意思でそういう格好をしているのだから、
不良と見られても仕方のないことだろう。
「なあ、オメーの故郷って秩父か?」
「……はい」
埼玉県秩父市。
埼玉の西部に位置して蒟蒻芋が……って、なんで知っているんだ?
「じゃあ、オメー……やっぱり“あーくん”なのか?」
「えっ」
俺を“あーくん”と呼ぶ人間は1人しか知らない。
「お前、もしかして……リリコか?」
「おぉ、おおっ……!
そーだよ! オレだよ!
やっぱりあーくんだったか!
名前聞いた時にゃあ同姓同名の別人だと思ってたけど……
こりゃまた随分とでっかくなったもんだなあ!
成長期の男子ってすげえな!」
高音凛々子。
かつて俺の生まれ育った村に引っ越してきた都会者で、
訳あって村を離れることになった同い年の女子だ。
それが今この魔法学園にいるということは、
つまり……彼女は魔法能力者だったのだろう。
「いやー、どうもオレって天才的な素質の持ち主らしくてさー!
1組にいんだけどさ、そこであーくんの名前聞いてよー!
あーくんは史上初の一般入試合格者なんだって?
すげーじゃん! よくわかんねーけどさー!」
ああ、このふてぶてしい感じは間違いなくリリコだ。
外見こそ大きく変わったものの、彼女の本質は変わっていない。
「お前が元気そうで安心したよ
あれから一切連絡が取れなかったからな……
その後、どんな暮らしをしていたんだ?」
「んー?
それがさー、オレを保護した施設の職員が最低な野郎でよー
危うく人身売買組織に売り飛ばされるところだったんだわ
まあ、ボコボコにしばいて警察に突き出してやったけどな!
そしたら『やりすぎだ!』って怒鳴られちまってよー! ブハハハ!」
「そう、か……」
リリコとはまた今度ゆっくり話そう。
数学の授業が終わると、ヒロシが机に突っ伏して心中をぶち撒けた。
「あ〜〜〜っ!!
ついてけねえよおおお!!」
まあ、気持ちは理解できなくもない。
この関東魔法学園は冒険者の養成所ではあるが、
高等教育を行う教育機関……つまり高等学校としての側面を持つ。
だがやはり午後に行なわれる戦闘訓練を重視している関係で、
通常授業の密度が一般の高校とはまるで別物なのだ。
午前中に6時限を消化するために授業時間は30分に設定されており、
極力無駄な時間を省くために授業中の質疑応答は発生しない。
休み時間はきっかり10分。午前8時から始めて正午までには終わる計算だ。
この高密度の授業についてゆけず、学年全体でもう既に3人が脱落している。
個人的には短時間で多くの知識を吸収できるばかりか、
午後はまるまる戦闘訓練に集中できるのでとてもありがたいのだが、
勉学に苦手意識を持っている者たちにとっては苦痛に感じるのだろう。
俺はヒロシを激励しようとしたが、先手を取られた。
「ヒロシ、安心しろって
俺もついてけてねえからさ」
後ろの席の栗林努君だ。
前髪で右目を隠し、結いた後ろ髪は1mにも達する。
彼は学ランの前面を全開にしてYシャツは着用せず、
代わりに“ドラゴン”と縦書きされた赤いTシャツを着用するという
独特のファッションセンスの持ち主だ。
「でも進級するには筆記試験も突破しないとだめなんだろ!?
なんとかして授業についてかねえとさあ!!」
「まあ、赤点取らなきゃ平気だろ
完全に理解する必要はねえと思うぜ?
俺らみたいな凡人は30点を目指せばいいんだよ」
「30点か……
それならなんとかなるかも……」
30点は低すぎる……と言える雰囲気ではなかった。
ヒロシは最初から俺にではなく、栗林君に話しかけていたのだ。
いつの間に仲良くなったのだろう。なんだか複雑な気分だ。
ピッ、ピッ、ピッ!
規則正しいホイッスルの音色が訓練場に鳴り響く。
戦闘訓練と言うと厳しいトレーニングを連想すると思うが、
今のところはそれほど過酷な内容は強いられていない。
走り込み。
まずはとにかく“訓練のための訓練”……つまり体力作りの段階にある。
曜日によって難易度が変わり、本日は一番不人気なメニューの日だった。
その内容は“悪路走行”で、ぬかるんだ路面を駆け抜けるというものだ。
一度でもダンジョンに行けばわかると思うが、
このトレーニングはかなり実用性の高い訓練と言えよう。
足腰を鍛えるだけでなく精神面の強化にも繋がるのだ。
ダンジョン内の地面は舗装されておらず、常に歩きにくい。
佐々木先輩から聞いた話だと足元が水浸しのフロアも存在するらしい。
そこでネックとなるのが“不快”という悪感情だ。
この不快というのは実に厄介で、本人はこれくらい平気だと思っていても
徐々に精神を蝕んでゆき、気づかないうちに身体にも影響を及ぼすのだ。
それに対抗するには、とにかく状況に慣れるしかない。
俺たちは濡れた靴下と濡れた靴を履かされ、
ぐちゃぐちゃの路面をひたすら走り続けた。
「なんか水虫になりそうだよな……」
「俺なんてとっくに水虫だぜ?」
「お前もうシャワー使うなよ」
この訓練の後は必ず、普段以上にシャワーの待ち時間が増える。
男子寮は今日も荒れるのだろう。これも“不快”の影響だ。
訓練終了後、俺は1人でダンジョンに向かった。
まあ、シャワーが空くまでの時間潰しだ。
ヒロシは見るからにヘトヘトで連れ回すのは申し訳ない。
特に長居はしないので食料はいらないだろう。
念のため飲み水だけは備えておこう。
必要な道具は揃っているので準備は出来ている。
計画書作成の方法は佐々木先輩から教わったので不備は無い。
扉の前に立ってるおじさんに仮免許を見せ、現地に向かう。
「え、ちょっと!
アンタ1人だけ?
そのやる気は評価するけど……だいじょぶ?」
心配してくれたのは工藤心先輩だ。
リボンの色が緑なので2年生なのは明白だが、彼女の人物像は全く知らない。
「入場の目的は……え、スライムの観察?
まあ止めはしないけど、そんなことしてなんか意味あんの?」
「意味があるかどうかは終わってみないとわかりません
とりあえず観察してみて、何か新しい発見があればいいと思っています」
「そう……
じゃ、あんま無茶しないでね
ヤバいと感じたらすぐに逃げること! いーい?」
「はい、行ってきます」
俺は夜目が利く方ではあるが、さすがに完全な暗闇の中では何も見えない。
魔力の無い冒険者にとって光源はダンジョン内での活動に必須である。
キャンプ用品店で購入したランタン型ライトのスイッチを入れると、
ぼんやりとした明かりが周囲の環境を照らし出し、不思議な感覚に陥る。
暗闇の中よりも、明るい場所から見る暗闇の方が恐ろしいのはなぜだろう。
とりあえず俺は前回スライムと遭遇した場所に向かった。
ちなみに佐々木先輩から聞いた話によると、
今は第1層に発生する魔物の量が一番少ない時期らしい。
しかもスライム以外の種類が湧きにくいそうで、
新入生に実戦経験を積ませるには最適の季節なんだとか。
単独のスライムを探している俺にとっては都合が良い。
そして、いた。
ぬらぬらと徘徊する水饅頭……スライムが。
図書室で見つけた魔物図鑑の情報では、
行動パターン自体は宮本先輩が話していた通りなのだが、
ごくまれに強酸性の液体を噴射する個体が紛れているそうだ。
運が悪ければヒロシは溶かされていたかもしれない。
このような通常とは違う特性を持った個体はスライムだけに留まらず、
全ての種類の魔物に存在しているものと考えられている。
しかも外見だけでは判別できないので実際に戦ってみないとわからない。
実に厄介な存在である。
俺はしばらくスライムを眺めた。
こいつは何も食わない。
というか全ての魔物がそうらしい。
食事や睡眠を必要とせず、決まった行動しかしない。
肉や骨、内臓を持たず、出血もしない。
こいつらは生物とは根本的に違う存在なのだ。
俺は少しずつスライムに近づいた。
どれくらいの距離でこちらを察知するのか、
それと液体攻撃の射程範囲を確かめたいからだ。
ヒロシは完全に油断していたのでモロに食らったが、
あれくらいの噴射速度なら見てから避けられる。
俺は更に接近する。
更に接近する。
更に……。
……スライムの隣まで来てしまった。
これはどういうことだ……?
この個体は既に吐き出した後なのだろうか?
いや、体内には濁った色合いの塊が残っている。
これは例の液体と見て間違いないだろう。
スライムは徘徊するのを止め、その場でじっとしている。
俺を敵として認識し、“何もしない”行動をしているのだ。
ならば、なぜ敵である俺に対して攻撃を仕掛けないのか。
これがわからない。
俺は再びスライムと距離を取った。
すると奴は何事も無かったかのようにぬらぬらと徘徊するのを再開する。
少し考えてみたが答えは出ない。
が、ある可能性を試したくなった。
俺はスライムに向かって勢いよく駆け寄った。
「うおおおおっ!!」
ついでに大声を出し、ヒロシが攻撃された時の再現を行なったのだ。
すると予想は正しかったようで、スライムはこちらを迎撃するべく
濁った液体を噴射してきたではないか。
おそらく奴は“大きな音”か“速く動くもの”に反応しているのだろう。
なぜこんな単純な性質が図鑑に記されていないのか不思議でならない。
先輩方は知っているのだろうか。あとで確認してみよう。
とりあえず俺は液体をかわし、濡れた靴でスライムを踏み潰した。
少しくらい汚れたって構わない。どうせあとで洗うのだから。
そしてその後もしばらく調査を続けた結果、
スライムは速く動くものに反応しているのだと確信した。
工藤先輩に確認したところ『そんなの常識』らしいが、
その“常識”を知ることができたのは大きな収穫だ。
寮に戻りシャワーと夕食を済ませた俺は、洗濯室でヒロシと鉢合わせた。
「……えっ!?
アキラ1人でダンジョン行ってたの!?
俺にも声掛けてくれよ〜!」
「いや、お前はかなり疲れていただろう
しっかり休まないと明日の訓練に響くぞ」
「それはそうだけどよー……
まあ、今度は誘ってくれよな」
「ああ、そうする
……ところでヒロシ、お前の電話番号を教えてくれないか?」
「えっ……んん?
支給された時点で電話帳に全校生徒の連絡先が登録されてただろ?」
「電話帳なんて支給された覚えは無いが……」
「いや、何言ってんだお前
スマホの電話帳に入ってるって意味だよ」
「スマホに……?
あの中に電話帳が入っているのか?
ドライバーが必要だな……」
「ああ、アキラってそういうレベルなんだ」
翌日、俺は担任から指導室に呼び出された。
悪いことをした覚えは無い。
もしかして単独でダンジョンに潜ったのがまずかったのだろうか。
「甲斐、お前はまだ装備品をレンタルしてないよな?」
「はい、まだどの武器を選ぼうか迷っています
もしかして申し込みの期限でもあったんですか?」
そんな話は聞いていないが、呼び出された理由としては納得できる。
「いや、そうじゃない
お前は武器を持つな」
「……え?」
意味がわからない。
武器を持つな?冗談じゃない。
ほとんどの魔物は打撃に対して高い耐性を持っており、
白兵戦においては剣や槍などの刃物による攻撃が有効とされているのだ。
魔法を使えない俺にとって武器が必要なのは明白だろう。
「あと防具の使用も禁止する
冒険活動を行う上でお前が装備していいのは、
その学園指定の制服と靴だけだ」
「先生、仰る意味がわかりません
なぜそのような制約を課せられなければならないのですか?」
「言っとくが、これは俺が決めたことじゃない
お前を冒険者にさせたくない勢力からのお達しだ
連中が何かしらの嫌がらせをしてくるのは予想してたが、
まさかこういう手で来るとはな……」
「その勢力とは何者ですか?」
「日本冒険者協会だ
連中にとって、お前はイレギュラーな存在だからな
非魔法能力者が正式な冒険者になるのを避けたいんだろう
だからお前が自発的に諦めてもらうように動いたわけだ」
日本冒険者協会。
その名の通り日本国内の冒険者たちを統率する組織であり、
冒険者免許の発行や各種情報の管理をしている団体だと聞いている。
「俺の身の安全を考えての判断なのかもしれませんが……
冒険者になるのを諦めるつもりは一切ありません
たとえ武器や防具が無くとも魔物と戦ってみせます」
「勘違いするなよ、甲斐
連中はお前の心配などしていない
ただ単に、妙な前例を残したくないだけだ
新しく資料を作成するのが面倒なだけなんだよ」
「それが協会の仕事なのでは……?」
「甲斐、世の中の大人がみんな真面目に仕事してると思うなよ
体制が杜撰な組織なんていくらでも存在する
連中はその代表格と言っても過言じゃない
冒険者免許の発行業務だって別の組織に丸投げしてるしな」
「つまりそれは……彼らは何もしていないということですね?
俺の邪魔はできても、止めることはできないという解釈でよろしいですか?」
「ああ、その通りだ
今後も色々と何か仕掛けてくるだろうが、
正式な冒険者免許さえ取得してしまえばお前の勝ちだ
連中はもうお前に対して何もできなくなる」
まさか冒険者を統率する組織を敵に回していたとは……。
とりあえず免許を取得できるようになる1月までの辛抱だ。
それまでは装備無しでなんとか乗り切るしかない。
基本情報
氏名:小中 大 (こなか ひろし)
性別:男
年齢:15歳 (12月23日生まれ)
身長:168cm
体重:58kg
血液型:A型
アルカナ:愚者
属性:氷
武器:レンタルソード (片手剣)
防具:レンタルシールド (盾)
能力評価 (7段階)
P:4
S:4
T:4
F:1
C:2