9月中旬
森川早苗はある男子について考えていた。
上級生が束になってようやく倒せる相手をソロで始末した化け物。
更に、刃物の通じないゴーレムを素手で葬り去った人外の存在。
……なのだが、最近になって少し考えを改めたのだ。
甲斐晃……彼は優良物件かもしれない。
天然の銀髪に北欧系の顔立ち。更に9頭身以上。
身長は190cmを超え、股下は100cmもある。
筋肉質だがゴリラではない。いわゆる細マッチョ。
獣のような鋭い眼光を放っているが、性格は極めておとなしい。
とても礼儀正しく、上下関係を弁えている。
勉強家であり、全教科満点の偉業を達成している。
電話のかけ方も知らない田舎者ではあるが、
それはそれでチャーミングにすら思えてくる。
何よりも、あの背中だ。
夏休み終盤、友人たちが自分を差し置いて
プールへ遊びに行ったと知った時の……あの背中。
あの哀愁感は、陽の者には出せない。
彼は自分と同じく陰の者なのだろう。
「アキラ君!」
「え、森川さん……?
急に名前で呼ばれたから少しびっくりして……」
早苗はわざとらしく頬に手を当てる。
わざとだ。
「あっ、やだ私ったら……!
ごめんね、馴れ馴れしかったよね?
今度からはちゃんと注意するね……!」
「いや、気にしなくていい……
お互いに知らない仲ではないし、全然平気だ」
「え、それじゃあ……
アキラ君も私のこと、名前で呼んでもいいよ?」
彼女は甲斐晃に照準を定めたのだ。
「そうだ、早苗
俺は今、“凍結”の状態異常付与の適性を持つ生徒を探しているんだ
主属性が氷であることが最低条件らしい
たしか君も氷属性だったよな?
もしよければ適性検査の結果を教えてくれないか?」
求められている。
ターゲットから必要とされている。
これを逃す手は無い。
「うん!
結果表なら金庫に保管してあるから、今すぐ調べてくるね!
そしたらメール送るからね!
……あっ、メールの開き方はわかるかな!?
もしあれだったら私が教えてあげるよ!」
少し舞い上がりすぎかもしれない。
だがまあ、これでいい。
彼にはこれまで感情的な仕草を見せたことは一度もない。
男という生物はギャップに弱いものだ。
自分にだけ特別に見せてくれる顔……そういうのにグッとくるのである。
女子寮にて、ある人物とすれ違う。
「あの」
「……ぁん?」
高音凛々子。
対人戦で早苗がノックアウトさせた相手である。
そして甲斐晃としょっちゅうダンジョンに出掛けている女……
更に、彼とは昔馴染みだという要注意人物だ。
「私ね、高音さんにずっと謝りたかったの」
「なんだそりゃ……舐めてんのか?
負かした相手に謝るとか……性格悪すぎだろ」
「あの、違うの! そうじゃなくて……
高音さんも何か格闘技やってそうな雰囲気があって、
それで私、勘違いしちゃって……フェアじゃなかったよね?」
高音凛々子は額に手を当てて考えている。
それでいい。こちらに興味を持たせれば勝ちだ。
「──んじゃあオメー、べつにオレが嫌いってわけじゃねえんだな?」
「うん、そうだよ!
それどころか、あなたとは仲良くなりたいと思ってたんだよ!
もしよければ……私とお友達になってもらえるかな……?」
「友達ねえ……
まあ、べつに構わねえけど……
オメー、なんか無理してねーか?
いつもはそんなテンションじゃねーだろ」
鋭い指摘。
さすがにバレるか。
半年近くも同じ寮で過ごし、幾度も顔を合わせてきたのだ。
突然のフレンド申請は不自然すぎたかもしれない。
「あの、その、実は……
私、最近アキラ君が気になってて……」
高音凛々子には野生の勘がある。
嘘や誤魔化しは通用しない。
ならば正直に打ち明けてしまった方がいい。
友好的な信頼関係を築き上げるにはこれしかない。
彼女は最大の情報源だ。これを利用しない手は無い。
「あいつロリコンだぞ」
「えっ」
いきなりすごいのが来た。
甲斐晃の趣味について聞かされ、これはどうしたものかと悩む。
……が、よくよく考えてみれば彼の身長は190cm以上あり、
ほとんどの日本人女性は小さく見えて当然であろう。
甲斐晃ロリコン説は、高音凛々子が他の女を遠ざけるための策かもしれない。
まだ彼女に気を許してはならない。
続いてすれ違ったのは杉田雪。
甲斐晃が気にかけているガリガリ女だ。
今まで彼女に興味は無かったが、これからはそうも言ってられない。
9歳児並みの身長……これは見過ごせない。
彼が本当に彼女の健康を心配して接しているという可能性は高いものの、
もし説が当たっていたとしたらと考えると放置はできない。
「杉田さん、何か困ってることはある?」
「人はなぜ奇数の階段を作るのか……」
んー……?
黒岩真白、並木美奈の2人は無視しても構わないだろう。
他の有象無象についても同様だ。
目下の敵は高音凛々子、杉田雪の2名とみて間違いない。
敵を消すには2通りの方法がある。
1つは排除。
もう1つは味方につけることだ。
高音凛々子はとりあえず後者の方法で様子を見るとして、
杉田雪をどう扱えばいいのか、今の時点では判断が難しい。
早苗は自室の金庫を開き、適性検査の結果表を取り出した。
甲斐晃が求めているのは凍結の状態異常付与……さて、どうだ。
森川早苗、氷属性、状態以上付与……◎。
ただの○ではない。◎だ。
「……よしっ!!」
これはライバルに大差をつける絶好のチャンスだ。
状態異常や弱体、強化といったアシスト系の魔法は、
基本的に魔力の大小に影響を受けないものとされている。
つまり基礎魔力の低い早苗でも魔法で役に立てるのだ。
「ついでに弱体の適性も◎……!
私って実は高スペックだったんだ……!」
適性検査を受けてから約1年。
魔力の低さから自身の魔法能力には期待していなかったが、
まさか価値の高い素質を持っていたとは知らなんだ。
「アキラ君!
私ね、適性があったよ!
これからは魔法の訓練も頑張ってみるね!
1日でも早くアキラ君の期待に応えられるように努力するよ!」
「あ、ああ……
それはありがたいが……その、程々にな
今すぐに必要というわけではないから急がなくてもいい
というかメールで知らせてくれるのかと……」
「あっ! いっけない!
私ったら本当にそそっかしくて……!」
「いや、責めているわけでは……
今の発言は気にしないでくれ」
焦りすぎたか。
甲斐晃は引き気味だ。
このままではいけない。軌道修正が必要だ。
「ごめんねアキラ君……困惑してるよね……
私、今までぼっちだったから人との距離感掴めてなくて……
今日リリコちゃんとお友達になれたんだけど、
たぶんそれで気分が舞い上がってて……ごめんね」
時系列が前後するが、彼女と友好関係を結んだのは事実だ。
もし矛盾点を指摘されたら、その時はその時である。
「ぼっちというのはつまり、孤立していたのか?
他人との距離感がわからない……というのは俺にも理解できる
早苗とは状況が違うのだろうが、俺にも孤立していた時期がある」
(……大当たり!)
思った通り、甲斐晃はこちら側の人間だった。
共通点……それは恋愛において、とても強力な武器である。
「リリコは乱暴で自分勝手な部分もあるが、
根は良い奴ではないのかもしれないが……
……あれ?
あいつを褒めようとしているのに……」
『あいつ』呼び……。
やはり他の女よりも距離が近い。要注意だ。
「……まあ一緒にいて楽しい奴ではある
友達になれてよかったな」
「うん!」
とりあえず、これで甲斐晃攻略の下地は整った。
──男子寮。
アキラとヒロシは共同で味噌汁を作っていた。
具は大根、わかめ、油揚げ。シンプルながらたまらない。
「……という感じで、今日は早苗との仲を深めることができた」
「へえ、あの子ソロ専だったけど、
これからはパーティーに誘っても大丈夫そうだな
しかもバステとデバフに適性のある槍使いか……
一気に戦術の幅が広がりそうな気がするよな」
「ああ、頼もしい仲間が増えて何よりだ」
ふとヒロシが真面目な表情になり、包丁を止めた。
「あのさ、アキラ
これは秘密にしようと思ってたんだけど……
俺、こないだ早苗ちゃんにノリで告白しちゃったんだよね
そしたら『無理』ってバッサリ断られてさ……」
「え、そんなことが……
一緒のパーティーにいたら気まずいな」
「いや、それは大丈夫
その場の勢いで誤魔化したから、向こうは告白だと思ってないよ
問題はそこなんだ
俺の変な嘘のせいで、あっちが勘違いしたみたいな思いをさせて
申し訳ないというかさあ……未だにモヤモヤすんだよなぁ」
「そうか……
まあ正直に話して関係が拗れるよりは、
そのまま黙っておくべきだろうな
……しかし意外だ
てっきりお前は阿藤先輩に気があるのかと」
「あ、えっと……
ノリで告白したって言っただろ?
あの時は仕事が上手くいって気分が昂っててさ、
本当にその場の勢いで口を滑らせたって感じだよ
頭冷やしてから早苗ちゃんのこと考えてみたけど、
俺の心は特にときめかなかったぜ!」
「そうか、正気に戻ってくれたようで何よりだ
とりあえずチームワークに支障は出なさそうだな」
「……あ、そういやついでにお前もフラれたぞ」
「えっ」
森川早苗……ヒロシ経由で撃沈…………!
──後日、俺は指導室に呼び出された。
この部屋は一体、何を指導する場所なのだろう。
俺以外の生徒も同じように……いや、忘れよう。
「甲斐、対人戦の件なんだが……」
ああ、今回は八百長の依頼か。
玉置は先日に行われた試合で1勝したとはいえ、
残りの2戦を消化しなければノルマ達成にはならない。
彼女は実体化と呼ばれる超高等技術を使用し、
魔力で本物のクロスボウを作り上げて対戦相手に生傷を負わせた。
そんな危険な女と戦いたがる命知らずはいない。
今こそ俺の出番だ。
彼女を勝たせるのは気が進まないが、
他の生徒が危険な目に遭うよりはマシだ。
「もうトーナメントに出場させたい生徒は残ってない
残りの1敗はお前が勝たせてやりたい奴に使ってやれ
今までご苦労だった……恩に着る」
「え……?
待ってください
玉置はどうするんですか?
先生方は彼女を出場させたいのでしょう?
残りの2戦をどう処理するおつもりですか?」
「……会議の結果、俺たちは玉置沙織を放置することにした
人を殺しかねない危険な能力の持ち主だと判明した以上、
トーナメントに出場してほしい生徒のリストから名前を消した
幸い、本人にやる気が無いのが救いだ
上手くいけばノルマ未達成で退学もあり得るぞ」
それはそれで危険人物を社会に放流することになって不安だが、
その後に玉置が何か事件を起こしても彼女自身の責任だ。
「……先生、少し話題が変わるのですが、
玉置の使う実体化というのは“技術”なんですよね?
練習すれば誰でも習得できるものと考えて間違いありませんか?」
「ああ、やっぱ気づいてたか
たしかにその通りなんだが……“超高等”技術だ
何で例えれば伝わるか……そうだな……
ピアニストが難解な曲を譜面無しで完璧に弾きこなすような……
いや、他のもので例えるのはやめだ
とにかく難しすぎて常人にはまず使えないと考えていい」
「では、玉置の“才能”ではないと……」
「そういうことだ
あいつの中で眠ってる未知なる才能は未知のままだ
訓練無しで実体化を使いこなせるだけでも異常なのに、
どうしてあんな奴に未確認の適性まで備わってんだかなあ……
まったく、宝の持ち腐れってやつだよ」
態度から見て取れる。
訓練官たちも玉置沙織という生徒が気に食わないのだ。
驚異的な能力の持ち主でありながらも向上心はゼロ。
真面目に頑張っている他の生徒たちの士気を下げるだけの人材。
排除すべき存在……“敵”。
とりあえず指導室から解放された俺はスマホを取り出し、
対人戦のマッチング用アプリを起動してみた。
友人たちの戦績を確認するためである。
ヒロシは2戦0勝2敗で崖っぷちの状態だが、
あいつは八百長なんてきっぱり断る男だからな……。
次の相手は決まっているのだろうか。あとで聞いてみよう。
グリムは7戦4勝3敗。
一度も知らされなかったが、結構戦っていたのか……。
とりあえずトーナメントには参加できるな。
リリコとユキは出荷済みなのでもういいだろう。
センリ……11戦11勝0敗。
全試合ライフアウトによる勝利。さすがだ。
強すぎて対戦相手が見つからないので、これが最終戦績となるだろう。
ましろは3戦3勝0敗。
全て判定勝ち……ああ、そうか。
仮想ライフは初期状態では100だが、回復魔法で255まで増やせるんだ。
ヒーラーならではの戦術で勝利を収めたのだろう。
並木さんは3戦2勝1敗。
トーナメントの出場条件は充分に満たしている。
早苗の戦績は非公開……。
これは本人に直接聞いてみるか。
基本情報
氏名:佐々木 小司郎 (ささき こしろう)
性別:男
年齢:16歳 (10月5日生まれ)
身長:178cm
体重:65kg
血液型:A型
アルカナ:節制
属性:氷
武器:物干し竿 (両手剣)
防具:花鳥風月 (軽鎧)
能力評価 (7段階)
P:6
S:6
T:7
F:2
C:4
登録魔法
・アイスストーム
・フリーズ
・エクリプス