8月下旬
リリコは丸くて頑丈な容器の左右から手を突っ込み、
中央に向かって力一杯押し込んだ。
「んぎぎぎぎぎぎ……!」
他の生徒に支給された物の5倍の磁力を持つ、超強力な磁石。
反発し合う2つのそれを強引にくっつけようとする訓練法だ。
「なあセンリぃ
これってホントに効果あんのか?
筋トレ室に置いてあるマシンのがよくねーか?」
「そいつは筋トレ用じゃなくて、
“圧縮”の感覚を身につけるための訓練道具だ
外に向かおうとする力を内側に閉じ込める練習用のな
攻撃魔法は密度が大事だって言っただろ?
ボール系の使い手なら特に重要事項だ」
「密度ねえ……
早く魔法デビューするためには地道に続けるっきゃねーか」
「ところでお前、得意な球技はあるか?」
「ん? いきなり話題が変わったな
球技か……特に思いつかねえなあ
中学ん時、クラスの連中がオレのこと怖がってよー
体育の時間はいつも接待されてたんだよなー
だから何が得意なんだかわかんねーや」
「そうか……まあ、べつに話題は変えてないぞ
大体の球技はボール系魔法の訓練法としてかなり有効でな、
2学期から選択制の訓練科目として組み込まれる予定だ
お前の魔力は限界まで圧縮してもある程度の大きさになるから、
ドッジボールやバスケなんかが向いてるかもしれねえな」
「お、ドッジか!
いや〜、懐かしいなー!
小学生ん時によくやってたわー!
男子の金玉狩りまくったの覚えてるわー!
あいつらの泣き顔ときたら……ブハハハ!」
「得意な球技が見つかってよかったな
……おれは絶対にドッジは選ばねえ」
午後の補習が終了した直後、3組の教室のドアが勢いよく開かれた。
「おい、暇な男子!
今からオレとドッジボールしようぜ!」
センリの情報によると、1年3組の生徒というのは
運動部の大会などで好成績を残してきた者たちであり、
フィジカルエリートの集まり……つまり戦士のクラスなんだそうだ。
骨のある奴を探しているリリコにとっては都合が良い。
「あれって高音さんだよな……」
「Gカップだ、間違いない」
「なんでドッジボール?」
「オメーらは体動かすのが好きなんだろ!?
つべこべ言ってないでこっち来いよ!!
まさかオメーら、女からの挑戦状を断ったりしねえよなあ!?
金玉ついてんなら男らしく勝負を受けやがれ!!」
「下品な……」
「どうしようかな……」
「すんごい挑発されてる……」
3組の男子たちは少し相談し、全員その挑戦を受けることにした。
──体育館。
「えっと、チーム分けはどうしようか?」
「並べ」
「え?」
「お前ら全員、横一列に並べ」
なぜそうさせるのかはわからないが、
男子たちはとりあえず指示に従う。
「頭の後ろで両手を組め」
なぜそうさせるのかはわからないが、
従わなければ何かされそうな雰囲気だ。
高音凛々子はカゴからバスケットボールを取り出し、
空気が充分に詰まっているかを確かめている。
なぜそうしているのかはわからない。
「あの……僕たちはドッジボールをするんだよね?」
「どうしてバスケットボールを持っているのかな?」
「これは面白そうな展開だ……と言えば、嘘になるな」
「オラァ!!」
そして予告無しの全力投球!
空気パンパンのバスケットボールが、久我の股間に直撃する……!
ドゴォッ!!
「あっはあああぁぁぁっっっ!!」
「ぃよっしゃあああ!!」
まずは1ヒット。手応えあり。
数年ぶりのドッジボールだが、腕は鈍っていない。
「こんなのドッジボールじゃないよおおお!!」
「僕らは選択肢を間違えてしまった!!」
「逃げろおおおおお!!」
「逃げた奴にはボウリングの球ぶつけんぞ!!
金玉ガードした奴も同罪だ!!
おとなしくオレの的になりやがれ!!」
地獄は存在した。
──後日、ダンジョンにて。
「ファイヤーボール!!」
ズドンッ!!
リリコの全力投球がスライムに直撃し、
その一帯に黒煙が発生して視界を遮る。
「……やったか!?」
煙が消え去った後に目を凝らすも、そこには何も無い。
あまりの火力の高さに、スライムは一瞬で蒸発したのだ。
リリコはついに攻撃魔法……ファイヤーボールを習得したのである!
「おっしゃあああああ!!!」
思わずガッツポーズ。
世界トップクラスの基礎魔力の持ち主が、
ようやくその真価を発揮できるようになったのだ。
これでやっとスタートラインに立てた。
悪い奴をぶっ飛ばして金貰える仕事が務まるようになったのだ。
「おれに言わせりゃまだまだだけどな……
とりあえず一歩前進だ おめっとさん
この1週間で3人退学したが……まあ、尊い犠牲だと思うことにしよう
そいつらよりも、お前1人の方が冒険者としての価値が高いからな」
「むへへへへ……
もっと褒めてくれてもいいんだぜ〜?」
「なんだよ気持ち悪りい……
でも実際、お前は褒められるべき存在なんだよな
一般人が冒険者に求めるものってのは、
“優しい人”じゃなくて、“敵を倒せる人”だからな
どんなに性格が悪かろうが、実力が全ての業界だ
お前ならきっと…………いや、今はいいか」
「おいおい、全部言えよ!
そういうの気になんだろうが!!」
センリは少し考えた後、重い口を開いた。
「お前、“D7”って聞いたことあるか?」
「は?
ディーセブン?
なんだそりゃ?」
「……だろうな
日本じゃ全然知られてねえからな
D7ってのはな、国際冒険者連盟が指定した最難関ダンジョンの総称だ
ダンジョンセブン、デンジャーセブン……まあ、どっちでも通じるぜ
で、それを攻略するには世界最強クラスの冒険者が必要になる」
「世界最強……
お……? おおっ!?」
「ああ、そういうこった
お前にはそれがあるんだよ
最難関ダンジョンの攻略者……“英雄”になれる素質がな」
英雄……それを目指すのも悪くはない。
「まあ、D7攻略を視野に入れるなら英語は勉強しとけよ?
海外の冒険者の共通言語だからな」
やっぱりやめよう。
──8月最終週。
「だあ〜〜〜〜〜!!
やっと終わった〜〜〜〜〜!!」
リリコは現国の答案用紙を受け取り、31点の数字を見て安堵した。
これでようやく全教科の再試を無事に終えたのである。
「おめでとう」
「おめでとう」
「おめでとう」
「うっせーよ!!
オメーらはいいよなあ!?
半分以下とはいえ、それなりに夏休みを満喫できたんだろぉ!?
オレなんて全教科だぞ!? くそがあああああ!!」
憤るリリコを仲間たちが宥める。
「まあまあ、リリコちゃん
残り少ないとはいえ夏休みはまだ終わってないんだし、
これから目一杯楽しめばいいじゃない」
「おっと〜?
こんな所にプールの団体チケットがあるぜ〜?
……今月中ならいつでも有効だし、
明日あたりみんなで行ってみねえか?」
「え、プール!?
あたしも行く行くー!」
「へえ、気が利いてるじゃない
私もご一緒させてもらえるかなー?」
「水着が濡れちゃう……」
彼らはリリコのためにご褒美を用意していた。
同じ補習組の仲間として、その健闘を称える準備が出来ていた。
「行くに決まってんだろおお!?」
夏。
友情。
かけがえのない瞬間。
青春──。
──図書室のドアが開く。
「あ、森川さん……どうも」
「あ、甲斐君……どうも」
甲斐晃は室内を見回した後、動物図鑑を手に取って中身に目を通した。
彼があの図鑑を読むのはこれが初めてではない。
それこそ全ての内容を暗記するレベルで熟読してきたはず。
愛読書なのだろうが、時折窓の外を見たりして少し不自然に思える。
「甲斐君、もしかして誰か探してる?
例えばヒロシ君とか」
「ん……ああ、そんなところだ
補習は全員終わったと聞いているし、
寮にもいないということは帰省しているのかもな」
「電話はした?」
「かけ方がわからない」
「んー!?」
「かかってきた電話を取ることはできるが、
こちらから発信する方法を教わってないんだ
黒電話なら回せるんだが……」
「……すごい!」
森川早苗は甲斐晃に電話のかけ方を教えたものの、
ヒロシからの応答は無かった。
「あの、実はみんな……プールに遊びに行ってるんだよね
私も誘われたけど断っちゃって……
とりあえず今は邪魔しない方がいいかも……」
「そう、か……
ありがとう森川さん」
図書室を去る彼の背中はどこか寂しそうだった。
夜になり、アキラの部屋のドアを誰かがノックした。
「アキラ、おかえり!」
プール帰りのヒロシだ。
「ああ、ただいま……
お前もどこかに行っていたようだな……おかえり」
「あ、うん
ちょっと野暮用でね……
それよりババ様はその……どうだったんだ?」
「……なんとか持ち直して、今はもう平気だ
村長派の連中が勝手に葬儀の準備を進めていたんだが、
それが全部無駄になって怒り狂ってな……
事態を収拾するのに時間がかかってしまった」
「そっか……
とにかくババ様が無事でよかったな!」
「ああ……」
プール帰りのヒロシが自分の部屋へと帰ってゆく。
翌日、プール組の友人たちからダンジョンの誘いを受けた。
彼らはこの1ヶ月でめざましい成長を遂げたそうで、
その成果を早く俺に見てもらいたいようだ。
「そりゃ!」
まず一番手はヒロシ。
怪我が治って利き腕を解禁したのかと思いきや、
あいつは左の使い方を重点的に練習したらしい。
無駄に大振りする癖がかなり改善され、
小さな動きで効率的にダメージを出せるようになった。
その証拠に、今までは倒すのに数発必要だったコボルトを
確実に一撃で仕留められるようになっており、
これなら剣士を名乗っても恥ずかしくないレベルだと感じた。
「えい、えい、えい」
ユキはチュンチュンと光線を連射し、コボルト3匹に風穴を開けた。
初めて見た時は1発が限度だったのに、今はまだ全然余裕がある。
魔法使いとして、その能力を順調に伸ばしているのがわかる。
ちなみに、あれから食生活がだいぶ改善されたと聞いて安心した。
以前より血色が良くなっているし、爪の状態も綺麗になった。
全てが俺のおかげだとは言わないが、少し誇らしい気分だ。
「ら、らめえええええ!」
ましろはわざとローパーの触手に捕まり、その場で踏ん張っている。
どうも彼女はこの不意打ちを見切れるようになったようで、
しょっちゅう触手に捕まるリリコの身代わりとして機能している。
これからは回復役だけでなく、防御役も務めたいとのことだ。
「ヒール!」
並木さんは回復魔法を使えるようになった。
どうやら1年2組の生徒というのは全員その適性を持っているらしく、
いわゆる僧侶クラスなんだそうだ。
そして、俺たちはある魔物と遭遇する。
「よっしゃ、いたいた!
今日のメインディッシュいくぜ!
オメーら、目ん玉ひん剥いてよく見てろよー?」
ゴーレムを発見して意気揚々になるリリコ。
前回はスライム1匹すら倒せなかったファイヤーボールを強化したのだろう。
これだけ自信があるということは相当の威力なのだろうが、
仕留め損なった場合に備えていつでも飛び出せるようにしておこう。
リリコは右腕を後ろに大きく下げ、
手の平にボウリングの球サイズの炎の塊を発生させた。
そして左腕を頭上まで持ち上げて“溜め”を作り、
そのフォームから一気に全力投球を放ったのだ。
「逃げんじゃねええええぇぇぇっっ!!!」
ゴーレムの行動パターンに“逃げる”は存在しない。
なぜリリコがそんな掛け声を出したのかは謎だが、
とにかくファイヤーボールは投げられた。
ズゴオオオォォン!!!
大砲が直撃したかのような轟音が鳴り響き、地面も揺れた。
バルログと戦った時と同等の揺れ……いや、それ以上かもしれない。
「……やったか!?」
モクモクと立ち上る黒煙を凝視する一行。
そして……
リリコのファイヤーボールは、
ゴーレムの外殻ごと“核”を消し飛ばしていた。
一撃必殺。
俺や須藤先輩でも2発かかる相手を、
リリコはたったの1発で仕留めたのだ。
原動力を失ったゴーレムはただの石片となり、
ガラガラと音を立てて崩れてゆく。
それと同時にリリコも全身の力が抜け、真後ろに倒れそうになる。
「……おい、大丈夫か?」
「うひひひひ……
見たかよ今の…………すんげーだろ?」
「ああ……お前はすごいよ」
その直後、リリコは意識を失って眠りに就いた。
するとすぐにセンリがこちらに駆け寄り、
リリコに向かって何かの魔法を発動させた。
「こいつ、昨日も限界までぶっ放してたからな……
ようやく“ソウルゲイン”が役に立つ時が来たぜ
こいつはおれのMPを味方に分け与える魔法だ
おれよりも他の奴が魔法を使うべき場面では、
こんな風にMP供給してやるから安心しろ
まあ、無限に供給できるわけじゃねえから程々にな」
センリはそんな芸当まで可能なのか……さすがだ。
たしかにみんな成長していた。
それも急成長だ。
1ヶ月前とはまるで別人だ。
ただプールで遊び呆けていたわけではない。
俺ももっと精進せねば。
基本情報
氏名:高音 凛々子 (たかね りりこ)
性別:女
サイズ:G
年齢:16歳 (4月27日生まれ)
身長:165cm
体重:58kg
血液型:A型
アルカナ:女帝
属性:炎
武器:レンタルブレード (両手剣)
能力評価 (7段階)
P:6
S:5
T:2
F:16
C:2
登録魔法
・ファイヤーボール