8月中旬
「ぃよっしゃあああああ!!!」
学園地下にある医務室にて、ヒロシは歓喜の雄叫びを上げた。
高々と挙げた腕は左だけではない……右腕のギプスが外れたのだ。
「こらこら、急に激しく動かしてはいけないよ
様子を見ながら少しずつ元の動きができるように慣らしていこう」
「あっ、はい
先生……本当にありがとうございます!」
ヒロシは深々と頭を下げる。
片桐涼。
本業は片桐動物病院の院長ではあるが、
この関東魔法学園の校医として出入りしている闇医者だ。
表向きの校医は存在するが……それはまあ、今はいいだろう。
「それにしても脅威の回復力だよ
ヒロシ君が若いからという理由だけじゃない……納豆パワーだ
普段から骨にいい食品を摂取していたことが回復を早めたんだ」
そう言われ、ヒロシは満面の笑みを浮かべる。
自身の好物がこんな形で役に立ってくれていたとは。
「とりあえず、本格的に右手で剣を振るのはまだ控えてほしい
そうやって壊れてしまった生徒を何人も見てきたんだ
やる気のある者ほど遅れを取り戻そうと無茶するからね……」
「先生……
はい! 俺は無茶しないと約束します!
友人からも『もっと自分を大事にしろ』と言われたんで!」
午前の補習と昼食を終え、ヒロシは素振りを行なっていた。
片桐先生との約束通り右手は使用していない。
今までと同じく右腕を体にピッタリとくっつけたまま、
左手に訓練用ソードを装備して修練を重ねていた。
「君の動きには無駄が多い」
「えっ?」
話しかけてきたのは学年最強の剣士、正堂正宗であった。
彼は文武両道の優等生として有名であり、補習を免れた5人の中の1人だ。
言葉を交わすのはこれが初めて……お友達チャンスだ。
「武器種別訓練では間合いの取り方くらいしか教わらないからなぁ
接近戦より魔法メインの戦い方を磨けってことなんだろうけど……
僕たちのように純粋な剣士を目指す身としてはちょっと困るよね」
「ああ、うん……
それで、無駄が多いってどういうことだ?
俺なりに一番ダメージを出せる方法のつもりなんだけど……」
「ズバリ、ジャンプ攻撃がよろしくないね
見た目は派手だけど、そのぶんモーションが大きくて隙だらけだ
それだけじゃない……君の太刀筋は全体的に大振りなんだ
体が泳いでしまって、剣に振り回されている感じだよ」
「剣に振り回される……
うぅ、言われてみればそんな感じかも」
「ちょっと僕の言う通りに構えてもらえるかな?」
ヒロシは剣を逆手持ちし、重心を低くして構え、
素早く時計回りに半回転すると同時に左腕を振り上げた。
ビュオッ!
「ぉ……おお!?
なんか今までと全然違うぞ……!?」
「今までよりスピードが乗るだろ?
実はコンパクトな動きの方が力を入れやすいんだよ
逆手持ちはフックやアッパーの動作がそのまま斬撃になるし、
鞘から抜くと同時に攻撃することが可能だ
力と力のぶつかり合いでは順手持ちが有利だけど……
これは僕の勝手な印象だけど、君は筋肉で戦うようなタイプじゃない
持ち味を活かしたいのなら、技術と立ち回りを強化するべきだと思う」
「技術と立ち回りか……よし
とにかくありがとな、正堂!
この数分で一気にレベルアップした感じだぜ!」
「参考になったみたいでよかったよ
それじゃあ僕はこれで失礼するね」
こうしてヒロシは新たなる友を得たのだ。
午後の補習が終わり、学園ダンジョン前の管理施設では
いくつかのパーティーが計画書の作成に勤しんでいた。
今月から2年生の護衛が無くなったことにより待ち時間が消え、
1年生たちは好きなタイミングで冒険活動を行えるようになっていた。
そしてこの時間帯は、補習でのストレスを発散しようと
多くの生徒が押しかける頃合いである。
ヒロシは先日センリから指摘された件を気にしており、
もっと強くなるために前衛不足のパーティーを探していた。
いわゆる“臨時”である。
臨時とは……仲良しグループで組んだ固定パーティーではなく、
“戦士、僧侶、魔法使い”や“戦戦僧盗魔魔”などの職業バランスを重視し、
必要メンバーが揃ったら出発という冒険活動形態である。
そして活動後に報酬を公平に山分けすることから、
“臨時公平狩り”……略して“臨公”と呼ばれることも多い。
プロ冒険者の大半はそうやって協力し合って生きている。
キョロキョロと見回していると、ある生徒が目についた。
「あ、早苗ちゃんも臨時?
もしかしてもう誰かと組んでる?」
「え……っと、小中君?
ちゃん付けはちょっと……
でもまあ……どうでもいいか
私はソロだから気にしないで」
「う〜ん、そっかあ 残念」
「残念、って……なにその言い方
私ってそんなに残念な女に見える?
ぼっちで何が悪いの?
私は1人が好きなんだけど……」
「え、いや、ちょっと待って!?
べつに悪口言ったわけじゃないよ!?
一緒に行けなくて残念だなと思っただけで、
早苗ちゃんを貶したんじゃないからね!?
俺だってたまにソロで活動してるし!!」
森川早苗は自身の早とちりを理解し、両手で顔を覆った。
「──ってなわけで、リハビリがてら修行したいんだけどさ
ちょうどいいパーティーが見つからないんだよね」
「今はまだ難しいんじゃないかな
魔法を使える人が増えてきたとはいえ連発できるほどじゃないし、
ほとんどは剣士か槍使いしかいないわけで……
魔法タイプの生徒を確保するのは早い者勝ち状態だよ」
「前衛の供給過多かあ……
この状況はいずれ解消されるんだろうけど、
俺は今のうちにパーティー経験を積んでおきたいんだよなぁ
アキラが帰ってきたらまた甘えちゃいそうだし……」
「あの人の身体能力は異常だもんね
格闘家になれば簡単に世界獲れるのに……」
格闘家という単語を聞き、ヒロシはピクリと反応する。
この森川早苗はリリコをノックアウトさせた猛者であり、
一体どんな試合展開だったのかは不明のままだ。
だが、本人が正体を隠したがっているので質問はできない。
実にもどかしい。
2人はなんとなくの流れでパーティーを組み、第2層をぶらついた。
ヒロシはちょっとしたデート気分で少し浮かれていたが、
彼女の正体を確かめられるかもしれないという期待感もあった。
「そりゃ!」
正堂から教えてもらったフォームで剣を斬り上げ、
コボルトの1体が後方へと吹き飛ぶ。
一刀両断ではないにしろ、それはヒロシにとって初めての手応えだった。
一撃必殺。
利き腕ではない左で、コボルトを相手に初の快挙を成し遂げたのだ。
「よっし!!」
「油断しないで! まだ2匹残ってる!」
その呼び掛けでヒロシは集中力を取り戻し、
左右から迫り来る敵の存在を捉える。
まずは左。
剣を振り上げた状態からただ振り下ろすだけ。
逆手持ちなので、それは自動的に刺突攻撃となる。
ヒロシの剣はコボルトの顔面を貫通し、これも一撃必殺。
次は右。
ヒロシは身を屈めてフックの動き……横斬りを放った。
敵の胴体を真っ二つにはできなかったが、それも一撃必殺だった。
「ぅおっしゃあああああ!!!」
歓喜……大歓喜!
少し太刀筋を変えただけでこの大快挙。
しかも女の子の前でいい所を見せられたのだ。
思春期男子にとって、これほどまでに嬉しい瞬間が他にあるだろうか。
いいや、ない。
「まだ上半身に頼ってるよ」
「ええぇ……」
ヒロシは一瞬にして現実に引き戻された。
「以前よりもだいぶマシにはなったけど、
もうちょっと軸足を意識するべきかなと……
重心がチグハグだと威力が出ないし、故障の原因にもなるよ
ヒロシ君は自分でも気づいてないと思うけど、
右脇を締める癖がついてるおかげで左の攻撃力が高いの
とりわけ横回転……左フックを重点的に練習した方がいいよ
逆手持ちならそのまま斬撃のモーションに利用できるし、
右半身を引くことで相手の攻撃可能な面積を減らせるからね」
つまり攻防一体。
実に格闘家らしい指摘である。
ヒロシにはまだそれができていない。
「早苗ちゃんって何か格闘技とかやってる?
指摘がすごく経験者っぽいってゆうかさ……」
この流れなら質問してもいいだろう。
むしろベストタイミングだ。
「え!?
あの、それはちょっと……ごめん
たしかに経験者ではあるけども……言いたくないの
私、目立ちたくないから……詳しくは言えない」
んっんー……。
実にもどかしい。
コボルトの群れが左右に2つ。両方とも3匹。
「俺は右!」
「私は左!」
ヒロシは軸足を意識して敵に立ち向かう。
ズバッ!ドシュッ!ザンッ!
……さっきよりもスムーズだ!
正堂から教えてもらったフォームに加えて、
早苗からの指摘が、より攻撃力を高めてくれている!
なんというか……気持ちがいい!
今まではただ適当に振り回していただけの剣が、
ちゃんと敵を倒すための道具として機能している!
武器……!
ヒロシは今この瞬間、ようやく武器を手に入れたのだ!
「ハッ!」
そして早苗の動きは更に上の次元だった。
槍でコボルトの1体を串刺しにした後、それを盾として使っていた。
敵を振り回すのではなく、自身が横に軸回転することで、
残りの敵の位置を調整していたのだ。
技術と立ち回り……。
この森川早苗はそれができている……!
戦術……!
彼女は近接格闘技術のスペシャリストであった……!
2人がダンジョンに潜っていたのは約1時間で、
この日の稼ぎは1人当たり500円に達した。
時給500円……冒険者という職業にとってはかなりの高収入だ。
これは学園専用のレートなので他のダンジョンでは出せない数字だが、
それでも1年生の2人パーティーが稼いだ額としては破格だった。
アキラがリーダーの場合、不要な戦闘は避けるという方針なので
ここまでの時給効率を叩き出せることは滅多に無い。
「ヒロシ君のその……結晶化?
とかいう能力、すごく羨ましいよ
プロの現場では1円にもならないスライムだけ狩り続けても、
副産物のおかげで一生食いっぱぐれることがないからね」
「へへっ、俺にも有意義な才能があってよかったぜ
でもそんなセコい稼ぎ方するつもりはないね
強い奴と戦って勝つ!
……そうしないと、いつまで経っても俺は弱いままだ」
「ふーん、男の子だねえ……」
ヒロシはピクリと反応した。
なんだか彼女とは相性が良さそうだし、
この流れならもしかして……という期待感。
男女の共同作業で大成功を収めた直後だったので、
かつてないほどに気分が高揚していたのだ。
「早苗ちゃん……
俺とつき合ってくれる?」
「えっ無理
自分より弱い男なんてやだよ
なんだよもう……
友達になれると思ってたのに……」
惨敗……!
ヒロシ、若気の至り……!
「甲斐君みたいな人外も無理だけどね」
ついでにアキラもフラれる……!
ヒロシ経由で、とばっちり……!
「あ、や、違うんだ!
訓練につき合ってもらいたいなって思っただけで!!」
「えっ!?
あ、そういう意味!?
ちょっ、やだ私ったら!
また勘違いしちゃって……!」
「いやいやいや!
俺が言葉足らずだったんだ……ごめんっ!!」
罪悪感……!
自らの失敗を誤魔化すための嘘……!
この苦い思い出は墓場まで持っていく……!
自室に戻ったヒロシは今日の出来事を反省し、
心を落ち着けて冷静に考えてみた。
(あの子、胸小さいよな……)
巨乳好きなヒロシにとって、それはすごく重要であった。
世間では外見至上主義がどうのこうのと言われているが、
個人の好みというものはどうやったって変えることはできない。
それも思春期の男子とあらば尚更だ。
ヒロシは巨乳が好きなのだ。
自分を取り戻したヒロシは冷蔵庫からある物を取り出した。
そしてその発泡スチロール製のパックを開け、
付属のたれとからしを入れ、箸でよくかき混ぜる。
そう、納豆だ。
何よりの好物を自らの手で調理できる幸せ。
今夜はご馳走だ。
基本情報
氏名:松本 静香 (まつもと しずか)
性別:女
サイズ:H
年齢:15歳 (2月9日生まれ)
身長:158cm
体重:54kg
血液型:A型
アルカナ:恋人
属性:雷
武器:レンタルロッド (杖)
防具:レンタルシールド (盾)
アクセサリー:デザートフリーパス
能力評価 (7段階)
P:4
S:2
T:2
F:4
C:3
登録魔法
・ヒール
・サンクチュアリ