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進め!魔法学園  作者: 木こる
1年目
24/150

義憤の女神

1年2組、松本(まつもと)静香(しずか)

彼女はとても鈍臭い生徒として有名であった。

それは特に走り込み訓練で顕著に現れた。


「あの2人、また最下位争いしてる……」

「栄養失調の杉田さんはともかく、松本さんはねえ……」

「フォームがなってないよ、フォームが」


いつも1人だけジャージ姿、常に猫背、しかも歩幅が小さい。

訓練には毎回参加しているのでやる気はあるのだろうが、

傍から見るとおよそ走っているようには思えない。


「よっぽど体型隠したいんだね〜」

「ダイエット目的で入学したのかな?」

「脱いだら黒岩さん以上だったりして!」


意地の悪い女子たちがわざと聞こえるように陰口を叩き、

ギャハギャハと笑いながら遥か前方へと去ってゆく。

それでも彼女はめげずに走り続け、毎回完走はしていた。




彼女の最初の試合は5月後半、対人戦開催からすぐに行われた。

話しかけてきたのは同じクラスの十坂(とさか)(まさる)

金髪坊主頭に赤いモヒカンを立てた、おっかない男子であった。


「よぉ、俺と八百長しねえか?

 どうせお前みてえなヘッポコじゃ誰にも勝てねえだろ

 そんなん真面目にやるだけ無駄だ

 さっさとノルマ終わらせたいなら俺に勝ちを譲ってくれよ」


八百長なんてよくない……と言いたかったが、

十坂の提案はごもっともであり、結局受けることにしたのだ。



「やっ……十坂君!?

 変な所を突っつかないで!?」


「へっへっへっ……

 いいモン持ってんじゃねえか……」


「ポイントアウト!

 勝者は十坂勝!

 ……もうやめなさい!

 続きはどこかよそでやりなさい!」


試合会場には松本と十坂、それと審判の3人だけであり、

彼女は思春期男子からの槍を使ったセクハラを受けて敗北した。




2戦目もまた同じクラスの東雲(しののめ)ありすで、

やはり彼女も八百長を申し込んできた。


「え、嘘……

 松本さんってもっと……ううん、なんでもない」


「言いたいことはわかるよ

 でも誰にも言わないでほしいな……」


いや、どうせ言い触らされるだろう。

東雲ありすは口の軽い女なのだ。


「君、マスクを外しなさい」


「え?」


審判からの指示に驚く東雲。

だが、これはれっきとしたルールだ。

試合は競技用にカスタマイズされた制服に着替えて行われ、

アクセサリーなどを持ち込む場合は事前に申請し、

許可が下りた物のみ装備可能になるのだ。


「あの、でも今日……ヒゲ剃ってなくて」


松本は東雲の弱みを握ったが、試合は打ち合わせ通りに勝たせてあげた。




それからしばらくの間、松本は対人戦の存在を忘れていた。

彼女は八百長の相手として恰好の的だというのに、

2敗止まりの状態で放置されてきたのだ。


個人戦で3敗したらその後の出場権を失うルール……。

他の生徒たちは『どうせ最後の1敗は誰かが持っていく』と思い込み、

奇跡的に誰も松本には対戦を申し込まなかったのである。




──そして8月。


午前10時の食堂にて、松本は早めの昼食を取っていた。

正午になればお腹を空かせた生徒たちがやってきて騒がしくなる。

このガラガラな雰囲気は長期休暇中でしか味わえない特別感がある。


だが、彼女はあまり楽しそうな様子ではない。

スマホの画面をじっと睨んで深く考え込んでいる。


「よぉ、どうした浮かねえ顔して?」


「わっ!

 十坂君、なんでこんな所にいるの?

 補習があるんじゃないの……?」


「んなもん受けるわきゃねーだろ

 俺のことはほっとけ

 ……んで、何見てんだ?」


十坂は手にした日替わり和定食セットをテーブルに置き、

松本の正面の席に許可無く座り込んだ。

松本はキョロキョロと周囲を見回す。

男女の相席とか、誰かに見られたら誤解されてしまう。


……よし、誰もいない。


「実は対戦の申し込みがあったんだけどね

 相手が、その…………谷口なんだよ」


その名を聞いて十坂の眉がピクリと動く。

まあ当然の反応だろう。あれを好きな人間なんていない。


「ったく、あのゴミカス野郎……

 弱えー奴を狙い撃ちするなんざ人間の屑だぜ、まったくよぉ

 しかもこんな鈍臭い女をだぜ? 恥知らずにも程があんだろーが」


「私と八百長試合した人がそれ言うんだ……

 さりげなく私までディスられてるし……

 まあ、弱いのも鈍臭いのも事実だけど……」


「んで、当然断るんだろ?

 俺は打ち合わせ通りに優しくツンツンしてやったけど、

 あいつは約束を守るような奴じゃねえからな

 筋肉だけは無駄にあるし、万が一捕まったら逃げらんねえだろうな

 もしそうなったら絶対に取り返しのつかない事態になんぞ

 それに……あのクソ野郎に勝たせるなんて冗談じゃねえ」


優しくツンツン……この男から受けた辱めを思い出す。

が、それよりも惨めな思いをしたであろう男子の姿が頭をよぎる。


「私はこの挑戦を受けようと思う

 戦うのは好きじゃないけど、私にも怒りの感情はあるからね

 あんなに邪悪な人を見たことがない……アッパーだけじゃ足りないよ」


小中(こなか)(ひろし)は深刻な負傷によりTKO負けを喫したが、

その後に“後輩アッパー”なる必殺技で谷口をワンパンで沈めた。


「つーと、お前……

 あいつに勝つつもりなのか?

 どうやって? 策はあんのか?」


「それは……とにかく頑張るよ

 私は、一度も訓練を受けたことのない人なんかに負けたくない」


「気持ちだけで勝てると思うなよ

 谷口はノロマだし可動域が狭いから小回り利かねえけど、

 お前も同じ弱点を抱えてんだよ……自覚あんだろ?」


「うっ、それは……」


図星を突かれ、松本は言葉に詰まった。


「……チッ、しゃあねえなあ

 どうせ俺が止めてもやるんだろ?

 だったらとっておきの秘策を教えてやるよ」


「え、秘策……?」




松本に秘策を授けた十坂は、ある男子の元へと向かった。


「よぉ、正堂

 お前午後は空いてっか?

 ちっとばかし手伝ってもらいてえことがあんだけどよ」


「十坂君……

 今は補習の時間じゃないのか?」


「俺が補習なんか受けると思うか?

 ……で、どうなんだよ?

 本当は甲斐晃に声掛けようとしたんだが、

 どっか行っちまってるみたいでよぉ

 他にパワーがあって暇そうな奴ってお前しかいねえからよ」


「おや、力仕事かい?

 どうせ午後は筋トレで時間を潰そうと思っていたんだ

 頼みの内容次第では是非協力させてもらうよ」


「おっし!

 そんじゃ頼むぜ!」






──そして、時は来た。


「赤コーナー

 今や正真正銘のクズとしてその名を知らぬ者はいない谷口吉平

 槍と盾を装備していますが、前回はその利点を活かせませんでした

 今回は、か弱い女子を相手にどう立ち回ろうというのでしょうか

 どうやら谷口選手は試合前、対戦相手に『ぼくをかたせて』と

 八百長を強要する内容のメールを何通も送っていた模様です」


「おっと、これはいけませんねぇ

 八百長なんてもってのほかですよ」


「青コーナー

 松本選手の装備はオーソドックスな剣と盾の冒険者スタイル

 走り込みではいつも最下位……うおぉっと!?


「おい、ちゃんと実況しろよ」


「いや、だってあれ……」


正堂が指差す先には──雄大な谷間が見える。

松本静香はYシャツのボタンを大胆に外すことにより、

彼女の可動域を狭める弱点……“巨乳”を最大の武器へと進化させたのだ。



色仕掛け……!!


十坂が松本に吹き込んだ第1の秘策である……!!



「僕の目測ではHカップだね

 うーん……素晴らしい

 彼女は大変いいモノをお持ちでいらっしゃる」


「お前が引っかかってどうすんだよ!

 人選間違えたかこれ……?

 俺たちのやるこたぁ、ちゃんと覚えてんだろうなあ?」


「ああ、もちろんだとも

 谷口が妙な真似をしたら会場に乱入して力ずくで止める、だろ?

 僕は早く現場に突入したくてウズウズしているよ

 もっと間近で眺めてみたいからね」


「お前本当に優等生か……?」



男子2人が最前席で見守る中、審判が合図する。


「では……試合開始!」


が、谷口は動かない。

目を大きく見開き、鼻の穴も大きく開き、

ただただそこにある巨大な膨らみを凝視するばかりだった。


松本の色仕掛けが完全に効いているのだ……!


バキイィ!!


突如、谷口の横っ面に強い衝撃が走る……!

狙いはこめかみ……! 人体の急所の1つである……!

完全に油断していた所への無慈悲なる強打……!!


「おっし、いい角度で入った!!」

「あれ? でもあの剣はハリセン程度の威力しか……」



これが松本に授けられた第2の秘策……ブラックジャック!



彼女は刃の部分を掴み、本来は持ち手となる“柄”で攻撃したのだ。

刃は安全のために柔らかい素材だが、柄は硬い素材で出来ている。

その攻撃方法なら遠心力を味方につけることにより破壊力が増し、

非力な女子供でも屈強な大男を倒すことが可能になるのである。


「ちょっ、ちょっとお!!

 痛いよ……いきなり何すんの!?

 審判さん!! 反則……今の反則!!」


「反則じゃない、試合続行だ」


バキイィ!!


再び油断した所へもう一撃……!

頭狙い……!あくまで頭狙い…………!!

相手の制服に当てなければポイントを奪えない……がっ!

松本静香はハナからポイントの取り合いなど眼中に無し……!

谷口を痛めつけるための攻撃しかしていない……!!


「これ絶対反則だってば〜〜〜!!」


谷口はあろうことか装備していた槍と盾をその場に投げ捨て、

頭を押さえながら会場の中を逃げ始めたのだ。


「えっ、なんで盾捨てたんだあいつ……?」

「さあ……? 馬鹿の考えることはわからないね」


バキイィ!!

バキイィ!!


逃げ回る谷口の後頭部を松本のジャンプ攻撃が襲う。

手で防がれているが、それはそれで手にダメージが入るのでよし。

充分に危険行為だとは思うが、審判が止めないのでOKだろう。


「だははは! いいぞ松本ー! やっちまえー!」

「これは見事な揺れっぷりです」


そしてある事実が浮き彫りになる。


松本静香は追いついている……!

本気で逃げ回る谷口に追いついているのだ……!

しかもジャンプ攻撃を織り交ぜる余裕まである……!


谷口は、走り込み最下位争い常連の松本よりも足が遅かった……!!


「筋肉が重すぎんだよバーーーッカ!!」

「松本選手の胸も重そうです」


ドカアァ!!


そして谷口は背後から新たな種類の攻撃を喰らい、

その正体を確かめようと振り返った。



第3の秘策……盾攻撃!!



競技用シールドはソードの柄よりも硬い素材で出来ており、

これで胴体を殴っても相手のポイントを奪うことはない……。


つまり、これなら永遠に相手を殴り続けることができるのだ……!!


ドカアァ!!

ドカアァ!!


松本は頭以外にも脇腹や脛、足の甲なども狙うようになり、

盾のカドを使って谷口への執拗な殴打を繰り返した。


「いけーーー!! 連打連打連打ァ!!」

「小刻みに揺れております」


バキイィ!!

ドカアァ!!


脛に強打を受けた谷口は転倒し、あまりの痛みに立ち上がれない。

そこへ容赦の無い追撃が入る。顔面へのサッカーボールキックだ。


「やめてよ〜〜〜!! 絶対反則〜〜〜!!」


「反則じゃない」


小中(こなか)と同じ目に遭わせてやれーーー!!」

「僕も少し彼女に叩かれてみたいですね」


ドカアァ!!

バキイィ!!


身動きの取れない谷口は完全にサンドバッグ状態であり、

剣、盾、蹴りによる打撃で一方的に痛めつけられる。

特に狙われたのは右肘の辺りだった。


「審判さん!! なんで見てるだけなんですか〜〜〜!?」


「試合続行だ」


「ラストスパートだ!! そのまま決めちまえーーー!!」

「今夜のおかずは決まりました」


バキイィ!!

ドカアァ!!

ボゴオォ!!


谷口は地面でうずくまったまま何もできない。

顔や手はアザだらけで、おそらく全身も酷い状態だろう。

彼は赤ん坊のように大泣きし、鼻血を垂らしながら叫んだ。


「こんなのおかしいって言ってるでしょーーー!!!」


「ルール上、全く問題無い行為だ

 ……が、これ以上の続行は危険と見做して試合終了を言い渡す」


審判による試合終了宣言。

さて、勝者はどちらか……



「テクニカルノックアウト!!

 勝者は……松本静香!!」



まあ当然の結果である。


「ちょっとおおお!!

 違うでしょおおお!?

 あの子の反則負けなのにいいい!!」


どう見ても完全に負けていた谷口が、判定に納得いかず怒り狂う。


「さて、俺たちの出番だ」

「よしっ! いざ突入!!」






試合終了後、松本と十坂は食堂に来ていた。

他の生徒たちは午後の補習授業を受けている頃であり、

やはりガラガラに空いていて特別感のある場所だった。


「みんなは……いないよね

 あ〜、疲れたぁ」


「お疲れさん

 いや〜、まさかあんなに上手くいくとは思ってなかったぜ

 なんか食うか? 勝利祝いに奢ってやるよ」


「ええっ!? 祝ってくれるの!?

 そういうことだったら遠慮しないよ!?」


「まあ、久々にいいモン見せてくれたからなぁ

 視聴料も兼ねてんだよ へっへっへっ……」


この男から優しくツンツンされた過去が頭をよぎる。

が、今の彼女は結構空腹だったのでその件はひとまず保留だ。

せっかく奢ってくれるというのだから、ここは素直に甘えよう。


「じゃあ……これにするね!

 前々から気になってたんだけど、

 ちょっと高めだから手が出せなかったんだよね」


「げ……マジか……」


「えっへへ〜

 もう食券買っちゃったから、今更なしとか言わないでね!」


「いや、んなケチなこたぁ言わねえけど……

 食い切れんのか? 実物見たことねーだろ」


「へ?」


牛丼……キング盛り……!

学園内の大食い自慢が次々と敗北したという極悪メニュー……!

提供を開始してからの10年間で完食した者はただ1人……!


「……現在の生徒会長だけだそうだ

 まあ、食い切れなかったら俺も手伝ってやるよ

 どうせ元々俺の金で買ったもんだしな」


「うぅ……その時はお願い……

 あ、正堂君も手伝ってくれるかな?」


「あいつは下半身のトレーニング中だ

 2人がかりで駄目だったら、その時に呼ぼうぜ」



そして、程なくして件の牛丼が運ばれてきた。


「これ……何人前……?」


「さあな……10人前くらいあんじゃねーか……?」


松本静香……大誤算…………!!






──1時間後。


「ごちそうさまでした」


「マジかよ……

 食い切りやがった……1人で……!」


彼女の栄光を称えようと食堂のスタッフが総出で拍手を送る。

彼らはこの快挙を外部にも伝えようとしたが、

松本が強く拒否したので本人の意思を尊重することにした。


そして食堂長からは完食達成のお祝いとして、ある物が授与された。


デザートフリーパス……それを食堂長に見せれば、

毎日1品に限り好きなデザートを無料で提供してくれるという代物だ。


「それじゃあ早速……

 杏仁豆腐をお願いします」


「んんんっ!?

 まだ食うのか!?」


「えへへ、頑張った自分へのご褒美だよー♪」

個人戦績


谷口 吉平

2戦1勝1敗


松本 静香

3戦1勝2敗

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