8月上旬
ピィィィィーーー……
男子寮の生徒たちは、上空から聞こえるその鳴き声に振り向いた。
「うおっ、なんだあの鳥!」
「なんか近いぞ……やばくね?」
「もしかして誰か狙われてる!?」
状況を察し、俺は学ランの上着を左手に巻き付けて部屋を出た。
「みんな、驚かせてすまない
あの鷹は俺の知り合いなんだ」
左腕を上げると、その鷹……タカコさんは俺の元へと降りてきた。
「うおお、甲斐君すげえ!」
「実物を初めて見た……」
「動画撮ってもいい!?」
みんな興奮気味だが、俺は少し不安だった。
週に一度は実家に帰って連絡を取り合っているわけだし、
緊急の用事でもない限りはタカコさんを送ってくる意味がない。
つまりこれは……村で何か起きたのだろう。
「まずは手紙を読ませてくれ
誰か彼女を預かってくれないか?
手紙を読むだけでなく、返事を書きたいんだ」
男子たちはざわつく。
まあ仕方ない。猛禽類は地上の頂点捕食者だ。
本能的に恐怖を抱いてしまうのは当然の反応なのだ。
「安心してくれ
タカコさんは人を傷付けたりはしない
止まり木の心を持てば大丈夫だ」
「止まり木の心……
なんかよくわかんねえけど、俺にやらせてくれ!」
チャレンジ精神旺盛な男……ヒロシ。
名も知らぬ男子が脱いだ上着でヒロシの左手を保護し、
タカコさんは準備が終わると見るや、自らそこに移動した。
そして手紙を読んでみたが……やはり良くない知らせだった。
「ババ様が体調を崩したらしい
まあ、だいぶお年を召された方だからな……
祖父が子供の頃には既にババ様と呼ばれていたそうだ」
「え、ババ様ってたしか……
村の御意見番で、薬草作りが上手い人だよな?
そんなに高齢なら先はもう長くないのかも……
って、ごめん! 不謹慎なこと口走っちまった!」
「いや、謝らなくてもいい
そう考えるのが妥当だし、俺も同意見だ
むしろ充分長生きしたんだから大往生だろう
とにかく俺はこれから村に向かう
もしかしたらしばらく戻ってこれないかもしれない」
俺は返事の手紙をタカコさんに託した。
「ヒロシ、飛ばしてくれ」
「え、えっ、どうやんの!?」
「タカコさんを信じろ」
「うーん……?
よくわかんねえけど…………えい!」
ヒロシが腕を上に伸ばすと、彼女は大空へと羽ばたいていった。
……もしババ様が亡くなったとしたらと考えると不安になる。
大往生とは言ってみたものの、それでもやはり悲しい。
たが、人はいつか死ぬ。避けようのない自然の摂理だ。
ただそれよりも危惧すべきは村長の存在だ。
御意見番であるババ様が亡き後、村長……祖父は独裁者になるだろう。
──アキラが故郷へ帰ってから数日後。
午前の補習授業が終わり、生徒たちは一斉に食堂へと駆け出した。
ちなみに当魔法学園では廊下を走っても校則違反にはならない。
むしろ階段ダッシュは足腰の鍛錬になるので推奨すらされている。
それはさておき、一部の面々は適当な空き教室へと移動し、
用意しておいた弁当や惣菜パンなどで昼食の時間を楽しんでいた。
ヒロシはアキラから冷蔵庫の中身を処理するよう頼まれていた。
まだ右腕を固定しているので料理はできないが、
隣人のグリムがそれなりの物を作ってくれるので問題無い。
今日の弁当も彼が用意してくれた物だ。
グリムはオタク友達と昼食を囲っているようで、この場にはいない。
今ここにいるのはアキラと馴染みのある他の冒険仲間たちだった。
中には全く会話したことのないメンバーも見受けられる。
これは交流を深めるチャンスだ。
「だあ〜〜〜っ!! くっそおおお!!
どうしてこのオレが普通の高校生みたいに授業受けてんだよおお!!
しかも夏休みにだぞ!?
今月丸ごと補習だなんて納得いかねーーー!!」
「ちょっと落ち着こうぜリリコちゃん
みんな赤点取っちゃったんだから仕方ないよ……」
「ヒロシはいいよなああ!?
たった2教科だけだもんなああ!?
オレなんて全教科だぞ!? 信じられるか!?
オレはどんだけ馬鹿なんだって話だよ!!」
「おい、ヒロシに八つ当たりすんなって……
その怒りは魔物にぶつけてやろうじゃねえか
この地獄の夏を乗り切るにはガス抜きが必要だ」
「もしかしてダンジョン行くの?
じゃあ、あたしも一緒についてくね!
ヒーラーはパーティープレイの要だもんね!」
「私もご一緒していいかな?
学園最強の魔法使いとやらの実力を見てみたいし
……あ、私はましろの友達の並木美奈でーす」
「ナミキミナ……あっ、下から読んでも同じだ!」
「なっ……持ちネタを先取りされた!
くそ〜、やられた!」
「しかも縦書きにすると、ほぼ左右対称だ!」
並
木
美
奈
「うが〜! それもいつか言おうと思ってたのに!
ヒロシ君って頭の回転が速いタイプ!?
なんで補習組にいるのか不思議だわあ」
「いや〜、クロスワードパズルをやってるおかげかな
母ちゃんが解けなかった問題をよく押しつけられるんだ
でもテストの点数には繋がらないのが残念だよなぁ」
「あっはは、なるほどね!
うちの親も一時期パズルにハマってたことあるわー
懸賞でテレビ当てるんだ〜って意気込んでたけど、
3ヶ月で飽きちゃってそれっきりなんだよね」
「そうそう、懸賞!
応募期間に間に合わせないと怒られて参っちゃうよ!」
なんだろう……初対面なのに会話が弾む。
彼女とは円滑な交友関係を築き上げられそうだ。
ヒロシはこの新しい友人ともすぐに打ち解けることができた。
ヒロシはアキラから別の頼み事も引き受けていた。
「ユキちゃん、調子はどう?」
「バッチグー……」
彼女は小さなスプーンでベビーフードを口に運びながら答えた。
杉田雪……とても高校生には見えない体格だ。
アキラ曰く、9歳児並みの身長らしい。
そして体重が20kg代前半……あまりにも軽すぎる。
「あーくんってさー……やっぱロリコンだよな?
普通、女子小学生の平均身長とか覚えてねーよ」
「ちょ、待て待て
アキラは学者肌だし、いろんな数字に興味あるだけじゃないか?」
「アキラは私の体目当て……」
彼女を見ていると『足が棒になる』という言葉が頭に浮かぶ。
歩き疲れるという意味の慣用句だが、この場合は文字通りだ。
そしてその棒は、ただ歩くだけでポキッと折れてしまいそうに細い。
これはアキラでなくとも心配して当然であろう。
「そーいやグリムもガリガリだよな
あいつ、ちゃんとメシ食ってんの?」
「ああ、毎日普通の量を食ってるよ
本人曰く『3度の飯よりゲームが好き』だそうで、
ここに入学するまでは1日1食で済ませてたんだってさ」
「うげぇ……
オレにゃあそんな生活絶対に無理だね!」
「なになに? 体重の話?
あたしも混ぜて混ぜてー」
「ましろ……
オメーは太り過ぎなんだよ」
「うん知ってるー
でもね、この体型を維持するのも楽じゃないんよ」
「維持してどーすんだよ
痩せろデブ!」
「う〜ん、今はやめとくね」
「『今は』ってなんだよ」
ケラケラと笑い合う仲間たち。
カーテンの外には灼熱のグラウンドと蝉の声。
穏やかな夏の日の風景であった。
「ぶっ殺すぞこらあぁぁっ!!」
「リリコちゃん、下がって!
俺と交代しよう!」
「うらあぁぁっ!!」
ガキン。
「んあぁ!?」
リリコが振りかぶった両手剣は天井に当たり、
目の前にいたコボルトの群れだけでなく、
付近一帯の群れもこちらに気がついて一斉に襲いかかってきた。
「くそがあっ!!
寄ってくんじゃねえええ!!」
「ちょっ、リリコちゃん!
一旦落ち着いて防御に専念して!」
今度は闇雲に両手剣を左右に振り回し、
これでは味方も迂闊に近寄ることができない。
そうこうしているうちにリリコは大群に取り囲まれ、
次々と飛び掛かられて身動きが取れなくなり、
いつしか地面に組み伏せられてしまった。
「ファイヤーストーム!」
センリの右手から炎の渦が放たれ、コボルトの山が燃え盛る。
「んぎゃあああああ!!!
熱っちいいいいい!!!
やめろおおおおお!!!」
山の中から苦痛の悲鳴が聞こえてくるが、火炎放射はまだ止まらない。
「セ、センリ……!
もういい……もういいって!!」
「大丈夫だ、死にゃしねえ
訓練官から聞いてるだろ?
この炎は幻みてえなもんだ
熱さも本物じゃねえ」
「はぇ〜、威力も高いし持続時間も長いのねぇ
しかも魔法撃ちながら喋る余裕まであるなんて……
こりゃたしかに学園最強とか言われるだけあるわ」
「へっ、みんな褒めすぎなんだよ
こんくらいはお前らもすぐできるようになる
魔法を使えるようになってからの半年間が成長のピークだ
その期間中にどれだけ力を伸ばせるかが勝負だな
まあ、もちろんその後も成長は可能だけどな」
コボルトの死体の山がバラバラと崩れ、
中から鬼の形相をしたリリコが這い出てきた。
「センリイイイイイ!!
てめえぶっ殺すぞバカヤローーー!!!」
「だいぶ暑がってるようだし、ちょっと冷やしてやるか」
そう言い、センリは右手からアイスストームを放った。
といっても攻撃目的ではなく、リリコの機嫌を取るためだ。
「お……おおっ!?
ガンガンに冷やしたクーラーみてえだ!!」
「え、ちょ……センリって炎属性だよね!?
なんで氷まで使えんの!?」
「おれは炎氷雷の3属性いけるぜ
……つか、お前も適性検査受けたんだろ?
診断表の“副属性”の項目を見直してみろよ
チェックが入ってる属性なら練習すれば使えるようになるぞ」
「そうだったんだ……
いや〜、うっかり見落としてたわぁ アハハ」
しばらく第2層をうろついていると、
通路の先からローパーが不意打ちを仕掛けてきた。
そしてまたしても標的はリリコ……一番魔力の高い者である。
リリコは胴体を触手でぐるぐる巻きにされ、
徐々にローパーの本体の方へと引きずられてゆく。
「くっ……殺すぞ!」
「その“くっ殺”は間違ってるよ!」
「んなこたぁどうでもいいから早く助けろ!
オメーの体重が加わればこれ以上引っ張られねえはずだ!」
ましろはリリコにしがみつき、綱引きの要領で後ろへ体重をかけた。
すると作戦通り、リリコはその場に踏み留まることができた。
「ねえセンリ、これって本体まで引っ張られた後ってどうなんの?」
「ばっ……変なこと聞いてんじゃねー!」
「おれの知ってる話だと、全身液体まみれにされるみたいだぜ?
スライムのションベンとはまた違った悪臭がするらしい
まあ、ローパーはそれしかしてこないから単体なら無害だ
拘束力が高いから他の魔物との連携が厄介なタイプだな」
「へえ、液体まみれかあ……それに単体なら無害……」
「何考えてんだデブ!! 絶対に手を放すなよ!?」
傍観していたユキが突然姿を消した……と思ったらすぐに戻ってきた。
彼女のテレポートはこのように偵察にも使える便利魔法だ。
「他に魔物はいなかった……」
「ユキちゃんナイス! これで安心だね!」
「何が安心だこんにゃろー!! ぶっ飛ばすぞコラァ!!」
ましろは並木美奈にハンドサインを送り、ビデオカメラを構えさせた。
「……アクション!」
手放されたリリコは抗えない力によってズルズルと引きずられてゆく。
「こういう撮影は初めて? 緊張してる?」
「あっ、こら、ふざけ…………ちくしょーーー!!!」
──ダンジョンから出ると、外はまだ明るかった。
しかし時刻は午後7時前。さすがは夏だ。
「みんなお疲れー!
いや〜、今日はなんだかいつもより大変だったなぁ
夏は多くの魔物が攻撃的になるって聞いてたからな〜」
「くそ〜、ひっでえニオイがしやがる……
ましろのせいでとんでもない目に遭ったぜ」
「いや、そうじゃねえだろ
お前らは今までアキラに甘えすぎてたんだ
常に最強の前衛がいるパーティーで活動してきたせいで、
そのへんのバランス感覚が全く養えてねえんだ
強くなりたいなら、これからは他の奴らとも組んだ方がいい」
「え、センリ……あたしも違うパーティーに行くべきかな?
最強の魔法使いに甘えてばっかじゃ成長しないよね……」
「いや、ヒーラーはべつにいいんだよ
こいつらは剣士だからな……お前とは事情が違う」
「ふーん……?
じゃあこれからもよろしくね!」
並木美奈は興味深そうにセンリとましろを交互に見比べる。
そしてニヤリと微笑みながら小さく頷いた。
基本情報
氏名:十坂 勝 (とさか まさる)
性別:男
年齢:16歳 (7月1日生まれ)
身長:182cm
体重:69kg
血液型:A型
アルカナ:吊るされた男
属性:氷
武器:レンタルスピア (槍)
防具:レンタルシールド (盾)
能力評価 (7段階)
P:6
S:7
T:6
F:3
C:3
登録魔法
・アイスストーム
・ヒール