内なる炎
「ねえ、正堂君
2組の十坂勝って、なんかムカつくよね?」
「え、今井君?
なんだい急に……」
「いや、だってあいつ八百長してんじゃん
弱い相手としかやり合ってないのに偉そうにしてさあ」
「ふーん、君は十坂君が嫌いなんだね
僕はべつに彼の動向には興味が無いよ
勝手にやらせておけばいいんじゃないかな」
「ねえ、十坂君
3組の正堂正宗ってどう思う?」
「んだよてめえ……
いや、見覚えがあんな……今井だっけか?
正堂といやあ、あの聖人君子ヅラしたお坊ちゃんだろ?
俺とは全く接点ねえし、なんとも思ってねえよ」
「へえ……
彼も君のことを取るに足らない存在のように思ってるみたいだよ?」
「ねえ、十坂君が正堂君を世間知らずのボンボン扱いしてたよ?」
「ねえ、正堂君が十坂君をひよこ頭だと罵っていたよ?」
「ねえ、十坂君が……」
「ねえ、正堂君が……」
「ねえ」
「ねえ」
──7月某日。
2人の男が激突した。
赤コーナー。
3組所属、正堂正宗。
文武両道の優等生として知られ、中学剣道日本一に輝いた経験のある実力者。
残念ながら魔法能力者だと発覚したためにその記録は抹消されてしまったが、
今年の1年生の中で最強の剣士であることは疑いようの無い事実である。
選択した武器は当然ソード。
彼はこの剣1本で9戦9勝0敗の戦績を残している。
青コーナー。
2組所属、十坂勝。
モヒカン頭の不良として恐れられており、
堂々と八百長を行う生徒としても有名である。
久我との戦いで対戦相手を一方的に痛めつける行為を見せてしまった影響で
新たに試合を組むことが難しくなり、戦績は9戦9勝0敗で止まっている。
武器はリーチに優れるポール。
最強の剣士相手に距離で優位を取れるだろうか。
「では……試合開始!!」
合図と同時に十坂が飛び出す。
今回は最初から八百長無しの本気モードのようだ。
適切な間合いを取ってまっすぐに槍を突き出す。
しかも射程を伸ばすため、両手ではなく片手で放った。
だがそこは最強の剣士。
高速で放たれた刺突攻撃を冷静に対処する。
正堂は剣先でくるりと円を描き、最小限の動きで槍の軌道を逸らしたのだ。
パシッ!
そして間髪入れずに一太刀浴びせることに成功。
上を狙うと見せかけてからの胴体への一撃……抜き胴。
剣道の試合ならここで1本の判定を言い渡されて白線に戻らされるが、
これはそういう戦いではない。
ダダンッ!!
正堂は激しく2回踏み込み、唖然とする十坂に追撃を与えたのだ。
試合開始からわずか2秒。
両者の間には明確な実力差が存在した。
剣道三倍段。
元は“剣術三倍段”で、
『剣術が槍術に勝つには3倍の段位が必要になる』
という意味の言葉だったが、
現在では『素手で剣道家に勝つには3倍の段位が必要』
という意味で浸透している言葉だ。
十坂が槍を使い始めてからまだ3ヶ月。ほぼ素人同然。
正堂にとってみれば、この対戦相手は素手とそう変わりない。
それだけの差があったのだ。
パシッ!パシッ!タタン!パシシッ!
正堂からの猛攻に十坂は防戦一方だが、その防御すら全く機能しない。
防御の隙間から正確無比な攻撃が通り、みるみるとポイントが減ってゆく。
「くっ……そがあああっ!!」
十坂は怒りに任せて槍を振り回すが、やはりそれも当たらず……
パシッ!
無情なる一撃が着実に積み重ねられる。
「いいぞ正堂くーーーん!!
そのままチキン野郎をぶっ潰せーーー!!」
「ブホァッ!!」
正堂は失笑した。
「んだよてめえ……試合中に笑ってんじゃねえよ……
たしかにてめえは強えけどよぉ……舐めてんじゃねえぞ」
十坂は対戦相手の態度に怒りを露わにするが、
正堂は手を振って『それは違う』とアピールしたのだ。
「いやいや、誤解させてすまない十坂君
僕は君を笑ったんじゃなくて……ほら、彼だよ
僕たちが対戦するように仕向けてきた今井君だ
自分じゃ何もできない癖に声だけはやたらと大きい……
“虎の威を借る狐”って、ああいう奴のことを言うのかな」
「ああ、あのコウモリ野郎か……
八百長専門のこの俺が、お前からの勝負を受けたのはそれが理由だ」
「やっぱりそうだよね……
君もムシャクシャしてるんだろ?」
「ああ……
心ゆくまで誰かをぶん殴りてえ気分だ
でも、そこらのモヤシじゃ俺のパンチには耐えられねえ……
本当に強え奴が相手じゃなきゃ意味がねえんだ」
「君にそう言ってもらえて光栄だよ
それじゃあ……僕らがやることはひとつしかないよね?」
「ケッ、最初からそのつもりだったんだろ……?」
2人は同時に武器を投げ捨てた。
殴り合い……拳と拳のぶつかり合い……!
これは最初から“優等生vs不良”の戦いではなかった……!
言うなれば“男と男の戦い”……いや、それも違う。
ただの憂さ晴らし…………ただの喧嘩だった!!
「今井とはただのクラスメイトなんだよ!!」
「あの口先だけの小心者がよおっ!!」
両雄の拳が同時に放たれる。
だが……避けない!防ぎもしない……!
2つの頭が同時にのけぞる……!
そして同時に戻る……!
「あいつも八百長やってた癖によお!!」
「しかも俺に再戦申し込んできた本物の馬鹿だぜ!!」
2人が放つのは右ストレートのみ。
それも、なんの打ち合わせも無く……!
「おい、あの2人……なんかすごいことやり始めたぞ!」
「今すぐ会場に来い!」
「これを見逃したら一生後悔するぞ!」
観戦していた生徒たちが友人に連絡を入れる。
「この学園にまともな訓練官はいないのか!?」
「生徒もクズだらけなんだよ!!」
ぶつかり合う拳と拳……!
フラストレーションのぶつけ合い……!!
お互いに鼻血を流しながらも、殴り合いは止まらない……!!!
増員した観客たちはただ見守っていた。
息を呑み、2頭の雄の行く末を見届けることしかできなかった……!!
「今井ぃーーー!!」
「久我ぁーーー!!」
ぶつかり合う……鬱憤!!
地味に蓄積された小さな怒りの集合体……!!
それを暴力によって解消できるのは思春期男子の特権……!!
「津田ぁーーー!!」
「花園ぉーーー!!」
もはやそこに技術は無い……腕力と腕力!!
両者の頭が同時に吹き飛ぶ……!!
だが、まだ意識はある……!!
戦う力は残っている……!!
「「 谷口ぃーーー!!! 」」
最後の一撃まで同時……!同時だった…………!!
両者の体は同時に宙を舞ったのだ…………っ!!!
正堂と十坂……両者は仰向けの状態で白目を剥き、ピクリとも動かない。
審判は急いで両手を交差して試合中止を言い渡すが、
この結末をどう判断していいのかわからない。
それから審判団は短い審議を行い、異例の決断を下したのである。
「──ダブルノックアウト!!
この勝負……引き分けとする!!」
引き分け……それは、魔法学園史上初の判定であった。
ポイントで圧倒的にリードしていた正堂の勝利でもよかったのだが、
審判団は“美しさ”を優先して、そう判断したのだ。
感情に流されないはずの第三者が、そう判断したのである……!
本気の拳を交えた両者はまだ目覚めない。
だが、2人ともどこか満足げな表情で会場から運ばれていった。
今井君は退学した。
個人戦績
正堂 正宗
10戦9勝0敗1分
十坂 勝
10戦9勝0敗1分