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進め!魔法学園  作者: 木こる
1年目
2/150

4月上旬

「オオオォエッ!!

 ブウゥエェッ!!

 カッハアァッ!!」


入学式の途中、同じクラスの女子が嘔吐した。


この日の最高気温は30度にまで達し、

連日の肌寒さからの温度差にやられたのだろう。

体育館は密閉しており、椅子は用意されていなかった。

だが最大の原因は学園長の話が2時間も続いたせいだ。


「おい、ふざけるなよ!

 私の話が終わるまで我慢できなかったのか!?

 根性が足りないぞ! 根性がっ!!」


「ウゥゥエェッ!!

 ボハアアァッ!!

 ゴハアァァッ!!」


そしてまた別のクラスの男子が嘔吐した。

このままでは被害者が増える一方だ。


「おいおいおい、冗談じゃないぞ!

 今年の新入生は軟弱者しかいないのか!?

 不愉快だ!! 帰らせてもらう!!」


学園長はそう言い残して壇上から消えた。




教室に着いた生徒たちはそれぞれ自分の席を探し、出席番号を確かめる。

俺は4番か。まあ、こんなものだろう。


自分の席に座り、教室を見渡すと改めて人数の多さに驚かされる。

この1年4組には40人もの生徒がいる。いや、今は39人だ。

さっき吐いた女子がいない。保健室で休んでいるのだろう。


しばらく周囲を観察しながらそんなことを考えていると、

ボサボサ頭で眠たそうな顔をした成人男性が教室に入ってきた。

一応スーツを着用しているが、Yシャツがズボンからはみ出ているし、

ネクタイはだいぶ緩い。とてもだらしない印象を受ける。


「よし、全員揃ってるな

 俺は担任の落合(おちあい)賢悟(けんご)

 担任といってもいわゆる学校の先生じゃない

 俺は訓練官という立場にある

 お前らを一人前の冒険者に育てるのが訓練官の役割だと思ってくれ

 まあ、あんまり俺に期待すんなよ」


ん……?

どういう意味だ……?


「俺の自己紹介は終わりだ

 次、連絡事項

 入学式でゲロ吐いた夜刀神(やとがみ)観音(かのん)が退学した

 これからの3年間、ゲロ女扱いされるのが嫌だったらしい

 まあそんなメンタルじゃどうせ1ヶ月も持たなかっただろうよ

 今後、あいつが樹立した最短記録が更新されることはないだろうな」


まさか入学初日で退学するとは……とても理解できない。


「次、スマホ支給するから並べ

 こいつをどう使おうがお前らの勝手だが、

 あくまで学園の所有物だってことを忘れるなよ

 卒業か退学のタイミングで回収する点は覚えとけ」


スマホ……最先端の文明の利器だ。

通話とメール、それとインターネットができると聞いている。

中学時代の同級生はみんな持っていたが、

とうとう俺も手にする時が来たのか……。


「俺からは以上だ

 あとは学園の施設を見学するなり寮で寛ぐなり好きにしてくれ

 本日のカリキュラムはこれにて終了 じゃあ解散」


2つ前の席の男子が立ち上がる。


「え、ちょっと待ってください!

 生徒の自己紹介とかしないんですか!?

 入学初日のイベントってそういうものでしょう!?」


「話を聞いてなかったのか?

 伝えたばかりだろう お前らの好きにすりゃいい

 生徒同士の親睦を深めるのは俺の仕事じゃない」


担任はそれだけ言うと、さっさと教室から出ていってしまった。



同級生たちが困惑する中、沈黙を切り裂いたのは件の男子だ。


「そんじゃ言い出しっぺの俺から自己紹介するぜ!

 俺は相澤(あいざわ)(あつし)

 幼稚園の頃からずっと出席番号1番だ!

 この番号を譲ったことは一度もないぜ!

 俺のことは最初の男(ファーストマン)と呼んでくれや!」


「え、ちょっと待って相澤君!

 出席番号1番は私なんだけど……

 私が前に座ってる時点で察せなかったの?」


「えっ、まさかの男女混合……?

 参考までにお前の名前を教えてくれよ」


相川(あいかわ)亜衣(あい)……」


相澤君は退学した。




男子寮に着いた俺は荷物の整理を始めた。

とはいえ持ち込んだのは布団と1週間分の食料しかなく、

備え付けの冷蔵庫に肉や野菜を詰め込むだけだった。


6畳1間の和室。程良く狭く、とても落ち着く空間だ。

空調設備だけでなくテレビまで用意されており、

これなら文化的な生活を送れるというものだ。


風呂は無いが、共用のシャワー室があるのでそこを利用すればいい。

3台しかないので順番待ちしなければならないと予想するが、

その程度の不便は諦めて受け入れるしかない。

無いよりはマシなのだから。


「よっ、アキラ!

 荷物の整理終わったのか?

 だったら早速ダンジョン見学に行ってみねえか?

 俺、待ち遠しくてウズウズしてんだよ!」


そう言ってきたのはヒロシだ。

半年以上前に一度だけ会った仲ではあるが、

彼は長年の付き合いがある友人のように話しかけてきた。


嫌じゃない。むしろ好感が持てる。

俺は図体がでかいせいで周囲から恐れられてきたが、

こいつはそんなのお構いなしに接してくれるのだ。


「ああ、行こう」


俺に断る理由は無かった。




学園の最北エリアには白い壁に囲まれた直方体の施設があり、

窓が無いので中の様子を窺うことはできない。

部外者立ち入り禁止という雰囲気がひしひしと伝わってくる。


俺たちは一応、部外者ではない。そのはずだ。

それはわかっているが緊張してしまい、引き返すかどうか相談した。

その結果、せっかく近くまで来たのだから先へ進もうと合意した。


施設の中では10人ほどの職員が書類の山と向き合っており、

こちらの存在に気づいてはいるが、さほど興味を持っていない様子だった。

どことなく市役所に似た雰囲気を醸し出しているが、受付は見当たらない。

これでは誰に話しかければよいのかわからない。


「だったら誰でもよくね?」


「なるほど」


俺はとりあえず一番近くの席にいる職員に声を掛け、

自分たちが今年入ったばかりの1年生だと伝えた後、

ダンジョンの見学をすることは可能なのか尋ねた。


「もちろんできるよ

 扉の前に立ってるおじさんに免許見せれば通してくれるから、

 あとは現地にいる君たちの先輩の指示に従って行動すれば問題無いさ」


俺たちはその職員に礼を言い、扉の前に立ってるおじさんに仮免許を見せた。


この仮免許は全国5ヶ所に点在する魔法学園内だけで効力を発揮し、

有効期間は今年度の3月までとなっている。

正式な冒険者免許を取得できるのは1月からなので、

それまで俺たちは“学園ダンジョン”以外の場所では活動できない。


今更ながら“ダンジョン”とは、人類を(おびや)かす異形……“魔物”の発生源である。

そこに巣食う魔物を退治し、外部への流出を防ぐのが冒険者の主な役割である。

国内では500年ほど昔からダンジョンらしき存在が確認されているものの、

どのような仕組みで形成されているのかは未だに解明されていない。




現地に到着した俺たちを2人の先輩が出迎えてくれた。

彼らはどちらも腰に刀剣を携えており、

本物の冒険者が目の前にいるのだという実感が湧いてくる。


挨拶しようとすると、頭頂部よりやや後ろで髪を結った先輩が

無遠慮にヒロシに肩組みしながら満面の笑みを浮かべた。


「よお、早速来たな新入りぃ!

 せっかく憧れの魔法学園に入れたんだもんなぁ!

 そりゃあ、早くダンジョンにも入りたくてウズウズするよなぁ!」


「あ、はあ……まあ……はい」


突然絡まれたヒロシはぎこちなく返事をした。

初対面だろうに、なんとも距離感が近い先輩だ。

この積極性は俺も見習った方がいいのだろうか。

……いや、余計に相手を怖がらせるだけだ。やめておこう。


「おい、解放してやれ

 いきなり後輩を困らせてどうする

 俺たちはもっと後輩たちの手本となるように振る舞わないと……」


助け舟を出してくれたのはサラサラの髪を肩まで伸ばした先輩だ。

とても目が細く、ほとんど瞑っているようにしか見えない。


「いいんだよこれで!

 熱意ある後輩を大歓迎してやってる優しい先輩じゃねえか!

 ……おっと、自己紹介がまだだったな

 俺は2年の宮本(みやもと)正志(まさし)だ よろしくな!

 んで、そっちの糸目が佐々木(ささき)小司郎(こしろう)

 お前らのことは知ってるから名乗らなくていいぜ?」


「えっ、宮本マサシ……と、佐々木コシロウ……」


「ガハハハ!

 面白れえ名前だろ?

 俺らの父親同士が古くからの大親友でよぉ、

 子供が生まれたら変な名前つけようぜって結託したらしいんだよな

 んで、俺らも腐れ縁になっちまったってわけよ

 “小中(こなか)(ひろし)”……お前の名前も親がふざけてつけたんだろ?」


「あ、はい

 父が悪ノリで……」


「やっぱりそうだと思ったんだよ!

 お前とは上手くやれそうな気がするぜ!

 じゃあ早速ダンジョン行くか? 行くよなぁ? 行こうぜ!

 そうと決まったら、コシロー!

 俺はこいつらを見学ツアーにご案内してくっから、見張りは頼んだぜ!」


「おい、手順を守れ!

 まずは計画書作成の方法を教えてからだな……」


「面倒臭せえからパス!

 作りたきゃそっちで適当に作っといてくれ」


「あ、こら待て──」




ダンジョンの中は天然の洞窟といった雰囲気で、

地面にも壁にも所々小さな突起物があり、そのまま座ったら痛そうだ。

休憩時にはクッションのような物があるといいだろう。


「転ばないように気をつけろよ?

 結構エグい傷を負うことになるからな」


「業者さんを呼んで整地とかできないんですか?」


「まあ当然の疑問だわな

 残念ながら整地してもすぐ元に戻っちまうんだ

 なんつうか、ダンジョン自体が巨大な生物みたいな感じでよぉ、

 恐ろしく強力な自然治癒力があるんだよな

 だから足の裏を痛めたくなかったら学園指定の靴か、

 ダンジョン攻略用に開発された装備品以外は使わない方がいいぜ?」


「あ、もう1つ疑問があるんですけどいいですか?」


「おう、なんでも聞いてくれや

 可愛い後輩に色々と教えてやるのが先輩の役目だからな」


「どうしてその……床や壁が光ってるんですかね?

 俺たち、ライトとか持ってないのに不思議だなあって……」


「ああ、これか?

 そうだな……

 甲斐、ちょっとお前1人で5mくらい先に進んでみろ」


そう指示され、俺は5m先へと進んだ。

辺りは真っ暗だ。俺の周囲は全くの暗闇だ。

宮本先輩の周囲だけが光っている。


「あっ!

 もしかして魔力に反応してるんですか?

 アキラには魔力が無いから光らないんですね?」


「おうよ、ご名答だ

 ちなみにお前もほぼ無能力者みたいなもんだし、

 1人でダンジョンに潜る際は必ず明かりを用意しとけよ?

 お前の魔力量じゃほとんど光らないだろうし、

 それじゃあ何も見えなくて不便だからな」


「はい!」


ヒロシの質問にただ答えるだけでなく、的確な助言を与えてくれている。

もっとガサツな受け答えをするのかと思いきや、これは確かに優しい先輩だ。

第一印象を捨て、認識を改める必要がある。




しばらく宮本先輩に案内されるまま歩くと、

初めて目にする異様な存在を発見した。

このピリピリとした感覚はあの時と同じだ。

あれは生物などではない。


あれは……魔物だ。


「ヒロシ!

 俺の剣を貸してやるからあいつをぶっ倒してこい!

 なあに、すっげえ弱えー魔物だから素人でも負けやしねえよ

 チュートリアルみたいなもんだから安心して挑め!」


「えっ、俺がやってもいいんですか!?」


ヒロシは嬉しそうに剣を受け取り、軽く素振りをして心の準備を始めた。

魔物と遭遇するのはこれが初めてのはずなのに、随分と余裕がある。


それにしても、あの魔物は本当に異様な姿をしている。

魔物は全て獣のような姿をしているものだと思い込んでいたが、

あれはなんというか……巨大な水饅頭とでも言えばいいのだろうか。


「宮本先輩、あの魔物の名前を教えてください」


「名前って……見りゃわかんだろ?

 お前もしかしてRPGやったことないのか……?

 ヒロシならわかるよなぁ?

 ほら、超ポピュラーな経験値1のモンスターだよ

 超初心者の甲斐に教えてやれ」


「はい、スライム……で合ってますよね?」


「正解!」


スライム……。

そうか、あれはスライムというのか……。



心の準備が整ったヒロシは素振りを止め、戦闘態勢に入った。


「それじゃあ行ってきます!」


「おう、ガツンと決めてこい!」


「ヒロシ、まずは様子見を──」


俺の忠告は興奮状態のヒロシには聞こえていなかったようで、

あいつは勢いよくスライムの元へと駆け寄り、剣を振り上げて飛び掛かった。


「経験値1……もらったぜ!!」


次の瞬間、スライムが噴射した液体の直撃を食らったヒロシは、

攻撃の手を止めて苦しそうに(もが)き始めた。


「ブワアアアァァッ!?

 なんだこれ!? なんだこれえええ!?

 臭っせええええ!! 小便臭せええええ!!」


全身を粘着質の液体(まみ)れにされたヒロシは混乱し、

戦いどころではないといった感じだ。


「ヒロシ、落ち着け!!

 敵が目の前にいるんだぞ!!

 今すぐ退け!! あとは俺がやる!!」


「ガハハハハハ!!

 大丈夫だからほっとけぇ!

 スライムにはあれしか攻撃手段がねえのよ!

 ションベンぶち撒けたら、もうその個体は何もできねえんだ!

 ちなみにあの液体は人体には無害だから安心しろや!」


「そういう情報は先に教えてくださいよ……」


「それじゃあ引っかかんねえじゃん

 いいか、甲斐? これはなぁ……

 関東魔法学園に脈々と受け継がれてきた悪しき伝統なんだよ

 ダンジョンに一番乗りした新入りへの洗礼ってやつだ

 去年は俺がやられたからな……これでバトンタッチできたぜ」


「悪しき伝統は断ち切るべきでは……?」


「お〜い、ヒロシ!!

 来年はお前の番だぞ!!

 それまで学校辞めんじゃねえぞ!!

 あと、剣は洗って返せよな!!」


勉強になった。

この先輩に心を許してはならない。

それと、盾の重要性もヒロシは思い知ったはずだ。

基本情報

氏名:甲斐 晃 (かい あきら)

性別:男

年齢:15歳 (4月6日生まれ)

身長:192cm

体重:96kg

血液型:A型

アルカナ:魔術師

属性:なし

武器:戦う意志 (素手)


能力評価 (7段階)

P:10

S:10

T:10

F:0

C:0

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