6月下旬
「さあ、みんな!
今日も楽しいクマちゃん体操が始まるよ!」
「先生ぇー
奥さんと教室でやったことはありますかー?」
「ノーコメントだ」
3組の担任、津田剛志。
花園先生の暴露により、彼の信用は地に堕ちていた。
彼の妻は元教え子。そして卒業直後の電撃結婚。
在学中に何も無かったとは考え難い。
「いいかい、君たち……大人には色々あるんだ
たしかに僕は元教え子と関係を持ったけど、
なんというか、その……向こうから迫ってきた感じで……
とにかくプライベートな部分には触れないでほしい
ちなみに、これはここだけの話だけど……
花園先生は結構相談所に通い始めてから今年で7年目になるよ」
「うわっ、エロックマがささやかな反撃を試みたよ!」
「花ちゃんの足引っ張ってんじゃねえよ!」
「こんな大人にはなりたくねえ!」
彼が生徒たちからの信用を取り戻すのは不可能に思える。
後日、件の2人は指導室に呼び出された。
「花園先生、津田先生……
あんたら大人だろ?
それも40過ぎてんだろ……
毎年毎年、いつまで同じこと繰り返してんだよ……」
「いえ、その……」
「すいません……」
「べつに生徒の人気取りをするのは構わないが、もっと上手くやれよ……
訓練の効率が落ちてんだよ……
あんたらもこれまでの人生経験で覚えがあんだろ……
“嫌いな教師の授業は真面目に受けたくない”……当然の心理だろうが……
俺たちは“先生”と呼ばれてんだよ……もっと自覚を持てよ……」
「はい、主任……」
「反省します……」
内藤訓練官から厳重注意を受け、2人は気持ちを改めた。
「津田先生……ここはとりあえず一時休戦といきましょう」
「ええ、そうですね……このままでは我々の信用は下がる一方ですからね」
こうして最低のタッグが手を組んだのだ。
「──ええ〜、私の不用意な発言がきっかけとなり、
津田先生の評判が悪くなってしまったことを謝りたいと思います
彼はたしかに当時未成年だった教え子に手を出しちゃいましたが、
優秀な指導能力を持つ訓練官であることはこの私が保証します
なので皆さんは安心して今後の訓練に励んでください」
「ははは、いいんですよ花園先生!
僕は全然、これっぽっちも気にしてませんからね!
僕の心は広いんです! まあ、妻帯者の余裕ってやつですかね!
花園先生も早く結婚するといいですよ!
ここはひとつ、みんなの前で仲直りといきましょう!」
そう言い、2人は生徒たちの前で固い握手を交わした。
「うわ、なんて不自然な笑顔……」
「演技してんのがバレバレなんだよ……」
「首脳会談みたいな握手しやがって……」
生徒たちの反応は今一つだ。
「はい、それでは今日の訓練は自由時間とします!」
「みんな思う存分楽しんでいってね!」
本日の訓練は急遽用意された特別メニューであり、
名目上は男女合同による“水中ダンス”となっている。
花園先生の水泳と津田先生のエアロビクスを組み合わせたもので、
とりあえず水中で体を動かせばOKという緩い内容だ。
しかし生徒たちは誰一人として踊ろうとはしない。
ただ軽快な音楽だけが訓練場に虚しく響き渡る。
生徒たちは津田に不信の眼差しを向ける。
彼らは皆、水着に身を包んでいるのだ。
津田は当然、女子の水着姿が目当てに決まっている。
こんな状態では楽しめるはずもない。
男子たちは相談し、対策を講じた。
彼らはプールの中で肩を組んで横一列に並び立ち、
津田から女子が見えないように人垣を作ったのだ。
「はい男子〜、散らばって〜!
これじゃあ訓練にならないよ!」
「先生ぇー
今日は自由時間なんでしょ?
俺たちは思う存分楽しんでるんで、ほっといてください」
「いや、いくら自由と言っても……一応これは訓練なんだよ?
少しは動いてもらわないと体を鍛えられないよ!」
そう指示され、男子たちはその場でバシャバシャと跳躍を繰り返した。
少しは動いている。彼らは一応、運動はしているのだ。
「くっ……!
これは先輩の名誉のために黙っておくつもりだったけど……
花園先生もね…………生徒にお手つきしたことがあるよ!!!」
男子たちは顔を歪めた。
ここに来てとんでもない爆弾が投下されてしまった。
彼らは“花ちゃん”もそちら側の人間だと知ってしまったのだ。
「俺たちも狙われてた!?」
「あいつら同類じゃねえか!!」
「同じ穴の狢だよ!!」
そんな生徒たちの反応をよそに、2人の訓練官は口論を始めた。
「バラすなよ津田あああ!!!
このルーズソックスフェチがあああ!!!」
「ちょっ、やめてくださいよ花園先生
ホストに高級車を貢いだ件もバラしちゃいますよ」
「ローファーで踏まれんのがそんなに気持ちいいか!?
金玉潰すぞヒゲクマ野郎!!!」
「まあまあ、落ち着いてください
婚活サイトで10歳サバ読んでる件もバラしちゃいますよ」
後日、両名は再び指導室に呼び出された。
大荒れした訓練の終了後、俺はユキの待つ教室へと向かった。
彼女の部屋まで届けたい物があったが、女子寮は男子禁制だ。
なのでこうして教室で待ち合わせることにしたのだ。
「君の食生活を改善したい
俺たちは普通の高校生よりも多くのカロリーを消費している
それなのに1日1食……それも菓子パン1個だけでは不健康すぎる
君の体重はあまりにも軽すぎる……もう少し太った方がいい」
「アキラは私の体に興味津々……」
「これは俺の独断だが、君は“食べる力”が弱っている
いきなりたくさん食べろと言われても無理だろう
そこで……こんな物を用意させてもらった
少量でも栄養補給をできそうな物を選んだつもりだ
抵抗はあるだろうが、試してみないか?」
机の上に並べたのは……離乳食の詰め合わせだ。
同年代の女子にこれを薦めるのはどうかと思うが、
菓子パン1個だけの食生活よりは確実にマシだろう。
「ふふ、アキラと赤ちゃんプレイ……」
「これが正しいやり方なのかはわからないが、
調べてみたところ、大人が食べても問題は無いようだ
断食後の回復食として利用する人も多いらしい
不安なら……いや、普通に医者に診てもらうべきだと思うが……」
「アキラとお医者さんごっこ……」
「とにかくこれなら柔らかくて食べやすいし、消化も早い
1日3食にこだわらず、食べられそうな時に食べてみてくれ
でも無理はしなくていい……吐いてしまったら逆効果だからな」
「やっぱりアキラは私に気がある……」
俺たちは教室を後にし、階段を下りていた。
ユキは手すりを掴みながら1段ずつ両足を乗せている。
時間はかかるが、それに文句を言える雰囲気ではない。
彼女はただ歩いているだけなのに、いきなり転倒しそうで怖いのだ。
「ここの階段は好きじゃない……」
「階段に好き嫌いなんてあるのか……?」
「奇数だから右足から始めても左足で終われない……
だからいつもはテレポートで移動してる……」
「そんな理由でMPを消費するのか……
俺は踊り場で歩数を調整しているぞ
そうすれば最後の段は左足で終われるだろう」
「あっ……
アキラは頭がいい……
偶数は美しい……」
俺たちのやり取りを見守っていたヒロシから、
「お前らの会話はおかしい」と指摘されてしまった。
──その後、俺たちは準備を整えてダンジョンに向かった。
今日は訓練が台無しになったおかげでメンバーのスタミナは充分だ。
「よっす!
俺、ヒロシな!
みんなよろしくぅ!」
なんだかいつもよりテンションが高い。
女子が多いせいだろう。
「腕折れてるんだよね?
一緒に来て大丈夫なの……?」
「ほっとけばいいんじゃない?
男なんてみんな馬鹿だし」
「よっすよっす……」
本日はこの女子たちに、ダンジョンに入った回数と
魔物の討伐数を稼がせるのが目的である。
前回はゴーレム騒ぎの影響で達成できなかったので、そのやり直しだ。
同行者は佐々木先輩であり、とても安心できる。
ちゃんと手順を守る人だし、活動中に余計な口出しはしない。
平常時は後輩たちを見守ることに徹しているが、
ピンチとあらば加勢して強敵を一刀両断してくれる。
それは上級生として当たり前の行動をしているだけではあるが、
一部の苦手な先輩の存在があるので、まともな人はありがたいのだ。
入場してから3分も経たないうちにスライムを発見した。
北澤さんから教えてもらった通り、季節で発生頻度が変わっている。
そして、夏は多くの魔物の行動パターンが攻撃的になる危険な時期だ。
今回が初めてのダンジョン内活動となる女子たちに、
思わぬ被害が及ばないよう細心の注意を払う必要がある。
「よし、そんじゃチュートリアルだ!
スライムは“ションベン”って液体を吐き出してくるけど、
一発ぶち撒けたらもう攻撃手段は無くなるんだぜ!
慣れれば楽勝だ! ささっと倒してくるから見ててくれ!」
「いや、落ち着けヒロシ
その情報だけで充分だろう
目的を忘れるな……彼女たちが倒さないと意味が無い」
「いや、そうだけどさあ……
女子の前でカッコつけたいじゃん」
潔い……。
ヒロシはスライムに向かって勢いよく駆け出し、
「ほっ!」と空中で前転して液体攻撃をかわし、華麗なる着地を決めた。
ストリートアクションに詳しいカルマから教えてもらったのだろう。
そして、その体勢から大きく時計回りに何度も回転しながら、
逆手に持った剣でスライムを斬り刻んだのだ。
「ヒロシ……
傷口が開くぞ……」
「なんて無駄な動きを……」
「あいつ結局液体まみれじゃん」
「ヒロシすごい……」
反応はまちまちだ。
それから3分ほど歩き、単独のスライムを発見できた。
今度こそ女子たちに経験を積ませられる。
「私もカッコいいところ見せたい……」
一番手はユキだ。
彼女に武器や盾を持ち歩けるだけの体力は無い。
だがテレポート以外にも無属性の攻撃魔法を扱えるらしく、
威力、射程共に自信があると言っていた。
「えい」
ユキの指先から短い光の筋が放たれ、ピチュンと音がする。
その一撃は7m先にいる標的の中央部を貫通し、
HPを全て失ったスライムはドロドロと溶け始めた。
こんなお手軽に遠距離攻撃ができて便利だ……と感心していると、
ユキの頭がふらつき始めたので、急いで彼女の体を受け止めた。
「1発が限度だったのか……
そういう情報も先に知らせておいてほしかった」
「ごめん……」
ユキを背負いながら歩き回り、次の標的が見つかった。
とりあえず森川さんの番だ。
リリコ相手に一方的な勝利を収めたという実力の程は如何に。
森川さんは槍と盾という安定した装備構成であり、
あのリーチならスライムを叩いても体表の液体が服に跳ね返らないだろう。
彼女はそろりそろりと標的に近づき、
射程圏内まで来ると槍を突き出して攻撃を開始する。
体を貫こうとするがゴムのような弾力に押し返され、
HPを削り切るには結構時間がかかりそうだ。
なんというか……正攻法だ。
戦いにおいてリーチの差は強力な武器だ。
俺も近づきたくない相手には魔物をぶん投げて対処している。
冒険者法で禁止されていなければ、そして装備制限が無ければ、
俺は弓や手裏剣、ブーメランなどの遠隔武器を持ち歩いていただろう。
「さて、最後は玉置さんの番だな
武器を持っていないようだが……君も魔法使いなのか?」
「え、私はいいよ」
「いや、どういう意味だ……?
君たちに実戦経験を積ませる目的で来たんだ
もし装備が無いせいで戦えないと言うのなら、
ヒロシか森川さんから借りればいい」
「え、だからいいってば……
どうせ先生はここにいないんだし、
ちゃんと倒してきたって報告書に書いといてよ」
「何を言い出すかと思えば……
俺は虚偽の報告なんてする気は無い
れっきとした詐欺行為だぞ、それは」
「え〜、詐欺とか大袈裟だよ……
あんた頭固いね 融通利かないなぁ〜」
「甲斐が正しい」
佐々木先輩が援護してくれた。
なんとも頼もしい。
「冒険者への給料の支払われ方には色々とあるが、
この学園ダンジョンでは討伐した魔物の種類と数で計算を行い、
実績に応じた金額が君たちの口座に振り込まれるんだ
しかも君たちの活動意欲を高めるために、
相場よりもかなり高い金額設定になっている
まあ、とにかく金が動いてる事実を頭に入れてくれ
他人を騙して利益を得ようとする行為は詐欺と言わないか?」
どうだ玉置。
「はあ〜〜〜めんどくさ……
はいはい、やればいいんでしょやれば」
彼女は不貞腐れながら森川さんの槍を奪い取り、
スライムのいる方へ向かってズカズカと歩いていった。
ビシャアア!
「ぶぅええええ!!
くっさいんだけど!!
おしっこの味がする!!」
玉置の運動能力ではスライムの攻撃を避けることができず、
濁った液体で汚された彼女はその場で1人、怒り狂っていた。
夏のスライムはあの移動速度でも反応するのか……勉強になった。
基本情報
氏名:森川 早苗 (もりかわ さなえ)
性別:女
サイズ:AA
年齢:15歳 (11月20日生まれ)
身長:150cm
体重:42kg
血液型:A型
アルカナ:隠者
属性:氷
武器:レンタルスピア (槍)
防具:レンタルシールド (盾)
能力評価 (7段階)
P:4
S:6
T:6
F:2
C:2