チキン
「トカチ君」
「……」
「ねえ、トカチ君ってば!」
トカチと呼ばれた男子生徒は気だるそうに振り向いた。
「お前さぁ……日本語読めねぇの?
俺のフルネーム、もっぺん確かめてみろよ」
そう言われ、久我はスマホに表示されている氏名に目を通す。
「トカ……あっ!
トサカ……? いや、トオサカ……かな?」
「俺の髪型見りゃわかんだろーが
トサカだよトサカ!
十坂勝も読めねぇのかテメエはよー」
彼の髪型はモヒカンだった。
坊主部分は金髪であり、鶏冠部分は真っ赤に染め上げられている。
1年2組所属、十坂勝。決して十勝ではない。
彼は見るからに不良キャラとして恐れられており、
そして、八百長請負人としても有名であった。
全ての生徒が対人戦を真面目にこなしているわけではない。
進級ノルマの3戦をさっさと終わらせたい者は大勢いる。
試合に勝っても負けても……だ。
彼はそこに目をつけ、これまでに7戦7勝0敗の戦績を築き上げていた。
気弱な生徒だけを狙い撃って虚しい勝利を積み重ねる彼は、
陰で臆病者と呼ばれるようになった。
本人はそれを知っているが、特に反論はしない。
臆病で結構。勝った者が勝ちなのだ。
「……んで、俺んとこに来たってこたぁ、
勝ちを譲ってくれるって意味だよなぁ?」
「う、うん……!
僕は勝ち負けにこだわらない男だからね!
このくだらないノルマを早く消化したいだけさ!」
十坂は怯える久我をジロリと一瞥する。
「……んじゃあ、台本通りにやれよ?」
「もっ、もちろんさ……!」
赤コーナー。
久我龍一の装備はロッド1本。
近接武器によるポイント奪取は不可能。
最初から勝負を諦めているものと考えられる。
青コーナー。
十坂勝の装備は攻撃力1のポールのみ。
これまでの戦いではこれを無抵抗の相手にツンツンと20発……。
つまり、非常につまらない試合展開で勝利を収めてきたのだ。
「では……試合開──」
「アイスストーム!!」
そして出ました台本破り。
久我は事前の打ち合わせを完全に無視して、ご自慢の攻撃魔法を放ったのである。
久我は電光掲示板に目をやった。
十坂勝……残りライフ…………100!
ご自慢のアイスストームが直撃したにも関わらず、
対戦相手には1ダメージも与えていなかった……っ!!
「ちょ……当たったでしょおお!?
僕の魔法、当たってましたよねええ!?
どうしてライフが減ってないんですかああ!?」
「どうして、と言われても……フライングだよ
試合開始前の攻撃は無効に決まってるだろ?」
久我はやらかしてしまった。
「そんじゃ仲良く遊ぼうか、久我くぅ〜ん……」
十坂は武器を床に置き、拳をボキボキと鳴らしている。
この対人戦のルールはバーリトゥード……“なんでもあり”だ。
素手での殴り合いは認められている……認められているのだ……っ!!
「では……試合開始!!」
「トカチ君、顔はやめ──」
「オラァ!!」
十坂の右ストレートが久我の顔面に突き刺さる。
久我は「べふぅ!」と短い呻き声を上げ、仰向けに転倒した。
審判に目で助けを求めるも、試合を止める理由は何も無い。
当然、試合続行だ。
十坂は久我を見下ろしながらニコニコと笑っている。
さあ、地獄の10分間の始まりだ。
──10分後。
「ごべんなざい……」
久我ご自慢のハンサムフェイスはパンパンに膨れ上がり、
見るも無惨な敗北を喫したのだ。
十坂はあえて手加減し、久我を痛めつけることに徹していた。
勝敗を左右したのは攻撃力1のポールによる、ただ1回の接触であった。
「残りポイント19対20により、十坂勝の判定勝ちとする!!」
個人戦績
久我 龍一
2戦1勝1敗
十坂 勝
8戦8勝0敗