2月
「これで……トドメだあああ!!」
ヒロシは逆手に持った剣を思い切り振り抜き、
ドラゴンの首をバッサリと斬り落とした。
そして空いていた右手にはいつのまにか竜の宝玉が。
魔物を倒すと同時にレアアイテムGET。
ご存じ、結晶化による追加報酬である。
「よっしゃ、3連続で成功したなヒロシ!
今日の狩りは大漁だぜ!」
「ヒロシのそれ、どんどん精度が上がってるよね
数年後には100%成功するようになってそう」
「シンプルに収入が増えるからありがたいわ〜
卒業するまでに稼げるだけ稼がせてもらいましょ」
彼らは学園ダンジョンの第6層をうろついていた。
目的はドラゴン退治……もとい、金稼ぎのためである。
卒業するまでに稼げるだけ稼ぐ。まさにそれだ。
当学園では魔物を討伐する度に報奨金が発生するシステムだが、
プロの現場では場所ごとにルールが変わると言っても過言ではない。
それは定期契約などの労働時間に対して支払われる対価だったり、
討伐数ノルマを達成することで得られる報酬だったり、
はたまた冒険活動とは無関係の仕事をさせられたり……
まあ、卒業後は確実に今まで通りの稼ぎ方ができない。
そんな状況なので、金策に適したレアスキルを持つヒロシは
今や稼ぎ作業の必須要員として引っ張りだこであった。
「そういや話は変わるけどさ、
この先ってどうなってるんだろうな?」
「は? この先なんてねえよ
学園ダンジョンは6層で終わりだろ?」
「いや、でもさ
どのダンジョンにも必ずコアがあるじゃん
なのに何度もこのMAPを隅々まで探索したけど、
それらしい痕跡が一切見当たらないんだよなあ」
「そうだけど、まあそういうもんなんだろ
魔法やダンジョンについては未解明の部分ばかりだからな
たまにゃあコアの存在しないダンジョンもあるんだろうよ
それか、ダンジョン群みてえに本体は別の場所にあるとか……」
「う〜ん、そんなもんかねえ……」
とヒロシが納得しかけたところ、
同行していたユキが少し複雑そうな表情でぽつりと呟いた。
「あるよ……続きが」
「えっ、マジで!?」
ユキがコクリと頷き、
ヒロシは自分の読みが当たっていたことを喜んだ。
面白くないのはセンリだ。
なにも根拠無くヒロシの考えを否定していたわけではないのだ。
彼はこの階層へ訪れる度に探知魔法を発動しており、
独自に調査を重ねた結果、ここで行き止まりだと判断したのである。
「その、空間が歪んでるというか……
座標情報がデタラメになってる場所があるの
たぶんそこを修正すれば先に進めると思う」
「なんだそりゃ……?
おれのレーダーにはなんも引っ掛からなかったぞ?
もしかして空間魔法の使い手にしかわからねえパターンか?」
「たぶん、そうかも……
サンプルが私1人だけだから断言はできないけども……」
申し訳なさそうに告げるユキを見て、
センリはアゴに手を当てて考え込む。
が、すぐにその作業を終えて回答した。
「まあ、そういう事情ならしゃあねえな
おれが調査できる範囲は普通の魔力までだからな
天才のお前にしか感知できないこともあるんだろう」
「さすがセンリ
理解力が高い……」
一同はユキに案内され、問題の場所へとやってきた。
そこにあったのは、なんの変哲もないただの壁。
どの階層にも存在する、もう見飽きた風景の一部であった。
「この先に裏ダンジョンがあるのか……」
「ってことは裏ボスもいたりするのかな!」
「アキラママより強かったりして……」
「そんじゃユキちゃん、やっちゃってくれ!
その座標情報の修正とやらを!」
彼らは高揚していた。
これから自分たちが第一歩を踏み出す未知なる領域、
新たなる冒険の舞台への期待感で胸が高鳴っていた。
……のだが。
「先生に相談してからの方がいいと思う」
ユキは申し訳なさそうに常識的な判断を下したのだった。
「え〜、ここまで来といてそりゃないぜユキちゃん!
俺の信条は“安全第一”だけどさ、
今回ばかりは冒険させてくれよ〜!
先生に知らせたら、『生徒に危険な真似はさせられない』
とか言ってまた誰かに第一歩を横取りされそうじゃん!」
「そんなこと言われても……
私にわかるのはここに変な仕掛けがあることだけで、
その先に何が待ち受けてるかとか保証できないし……」
「だからこその冒険者だろ!?
俺たちは、危険を冒す者と書いて冒険者なんだ!
何が起きても絶対に誰のせいにもしないからさ〜!
頼むよユキちゃ〜ん!
先っちょだけでもいいからさ〜!」
「なんだかヒロシがいかがわしい……」
その後ユキは仲間たちの頼みを拒み続けたものの、
結局、断り切れずに危険な選択に手を貸すのだった。
「おおっ!?
なんか壁がグニャグニャ動いてるぜ!」
「未知への扉が今、開かれる……!」
「本当に先っちょだけで我慢してよねー?」
ユキは仲間からの期待に応えることができて
少しだけ満更でもない気分になったが、
同時に言いようのない不安にも襲われていた。
それは未知なる領域への恐怖も当然あるが、
それ以上に、未知ではない領域への恐怖が大きかった。
彼女は、この先に待ち受ける“敵”の正体を知っているのだ。
「……にしても、おかしな仕掛けだよなあ
空間魔法の使い手がいないと開通できないなんて、
実質攻略不可能レベルのダンジョンだよな?
まるでユキちゃん専用に作られたみたいだぜ」
「私専用というのとはちょっと違う……
空間魔法の使い手なら他にもう1人いたからね」
「え、そうだったっけ?
たしかユキちゃんは世界で唯一の……あっ」
ヒロシが自分自身の言葉から何かを察した後、
仲間たちも少し遅れてその正体に気がつく。
「──私のお母さんだよ」
杉田雪の母……天城宙。
資料室の古い卒業アルバムにあった名前だ。
当時は彼女が世界で唯一の空間魔法の使い手であり、
その類稀なる才能が娘に引き継がれたのである。
彼女は国立魔法技術研究所で魔物が暴走した際、
件の魔物と共にダンジョンの奥へと消えたという……。
「え……
ってことは、まさかここのラスボスって……」
ユキはコクリと頷き、仲間たちは確信する。
「おいおい、マジかよ……」
「アキラママの次はユキママかぁ……」
「また一筋縄じゃいかなさそうな相手だわね……」
困惑する一同。
センリとましろはアキラの母とは戦っていないが、
聞きかじりで大体の強さは把握していた。
これは憶測だが、アキラの母が物理特化だった事実から想像するに、
ユキの母は魔法特化のラスボスなのだろう。
それもただの魔法ではない、空間魔法だ。
使い手が皆無な謎魔法ゆえに対処が困難なはず。
彼らは興味本位で裏ダンジョンを開通させてしまったことに
若干の後悔を味わっていた。
「まあ、魔物が流出してるわけじゃないし、
このダンジョンが消滅したら困る人も多いだろうから、
何がなんでも攻略しないといけないわけじゃないけどね
とりあえず先生への言い訳を考えとかないと……」
仲間たちが報告書の文面を考え込んでいる隙を突き、
ヒロシは唐突に新天地へと向かって駆け出した。
「……それはそれとして、
未知なる領域への第一歩は俺が頂くぜ!!」
「ああっ、ずっけえぞヒロシ!!」
「あたしがフラゲしようと思ってたのに!!」
「やっぱり先っちょだけじゃ我慢できなさそう!!」
「ヒロシ、待っ──」
だがユキの制止は間に合わず、
ヒロシは念願の未知なる領域への第一歩を踏み出した。
「えっ……?」
そして待ち受けていたのは、落とし穴であった。
ヒロシの足元がポッカリと大口を開け、
瞬く間に浮かれた愚か者を飲み込んでしまったのだ。
「「「 ヒロシィィィーーー!!! 」」」
仲間の叫びも虚しく、ヒロシを飲み込んだ落とし穴は
次の瞬間にはすっかりその場から消滅していた──。
──随分な高さから落下したように感じたが、
気づけばヒロシは無傷でその場に立っていた。
辺りを見渡すと見慣れた壁に地面、それと天井……。
所々に細かい突起物があり、気軽に寝転がったりはできない作り。
ここはダンジョンの中で間違いない。
しかし学園ダンジョンではない、どこか別の場所だ。
仲間たちの姿が見えない代わりに初見の魔物がうろついている。
スライム……なのだが、違和感がある。
どことなく動きが硬いような……?
それに色も黄ばんでおり、金属っぽい光沢がある。
あれはもしかして、メタル的なやつだろうか?
ヒロシは己の置かれている状況を少し忘れ、
愛剣の柄にそっと手を回した。
が、その剣を抜く機会は来なかった。
突如、パン!と銃声のようなけたたましい音が鳴り響いたと同時に
その妙なスライムに風穴が開き、活動を停止したのだ。
銃声のような、ではない。
ヒロシが耳にしたのは本物の銃声だった。
撃ったのは10歳くらいの少年であり、
彫りの深い顔立ちから外国人だとすぐに察しがついた。
少年に恐怖している様子は無く、命の危機に迫られて
発砲したという感じではない。
彼は近くに立っていた髭の濃い男性に笑顔を向け、
一発で獲物を仕留めた喜びを報告するのであった。
『やったよ、パパ!
ちゃんと見てた!?』
『ああ、もちろんだとも
お前は将来、必ずや立派な男になるだろう』
魔物を標的としたスポーツハンティング。
銃の所持が認められている外国ならではの娯楽である。
とすると、ここは日本ではないことになる。
ここではヒロシが外国人なのだ。
ヒロシは銃を持った人物と接触するか迷ったものの、
今はとにかく情報が欲しいので彼らに話しかけることにした。
「あの、お楽しみのところすみません
変な質問ですが、ここはどこの国ですか?」
その親子はアジア人のヒロシを見ても特に驚いた様子は無く、
実に柔和な態度で質問に答えるのだった。
『ここはUAE(アラブ首長国連邦)だよ
その最大の都市、ドバイさ』
「ああ、なるほど」
ヒロシは妙にあっさりと受け入れた。
親子がアラビア語で会話していた時点で、
中東地域のどこかだと予想はついていたのだ。
将来必要になるだろうと独学で身につけた言語が、
この想定外の局面で役に立ったのである。
ヒロシは親切な親子に出口まで案内してもらい、
その後はトントン拍子に帰国準備が整えられた。
まずは最寄りの銀行で手持ちの日本円を両替し、
国際電話を掛けて自身の無事を仲間たちに伝えた。
その際、今回の失態は“ダンジョンワープによる事故”
ということにしようと口裏を合わせる方針になった。
学園ダンジョンでは何度もワープの前例があるし、
こんな遠く離れた異国の地へ飛ばされてしまったのは
『ヒロシだからしょうがない』で押し通せるかもしれない。
先生方を騙す罪悪感はあるが、人は誰でも嘘を吐く。
それは正直者のヒロシとて例外ではないのだ。
続いてホテルの手配を済ませた。
ヒロシは急いで帰国するつもりだったのだが、
学園側から『色々と撮影してこい』と命令され、
1泊10万円以上する部屋が用意されてしまったのだ。
窓の外に立ち並ぶ高層ビル群は言葉を失うほど壮観であり、
だがヒロシは憂鬱そうな表情でそれを眺めていた。
罪悪感……罪悪感である。
無鉄砲な行いをして友人たちを心配させた挙句、
先生方に噓を吐く羽目になってしまったのだ。
そんな自分がこんなにいい思いをしてもよいのだろうか?
ヒロシは極上のベッドでうなされながら眠った。
それから3日間、ヒロシはドバイの景色を撮影しまくった。
有名な超高層ビルに噴水や博物館などの定番だけでなく、
道端に乗り捨てられた高級スポーツカーなど、
現地の社会問題を表す写真もいくつか収めたのだ。
何度目かの学園との連絡で、
プライベートジェットが用意されたことを知る。
ヒロシは全力で断りたい一心であったが、
それも学園側からの命令なので逆らえなかった。
逆らえるわけがない。
生徒の身の安全を最大限に慮った結果がそれなのだろう。
ヒロシには、その優しさが苦痛だった。
そして帰国の日。
ヒロシはドバイ国際空港へとやってきた。
飛行機から降りてきた者たちはこれからの観光予定に心を躍らせ、
搭乗する便を待っている者たちは楽しかった思い出を語り合う。
そんな明るいムードの中、やはりヒロシは浮かない顔をしていた。
(とりあえず頼まれてたお土産買っとくか……)
そう思い立ち、売店へと向かう。
迎えの人が来てから買い物をするのでもよかったが、
集合時間よりかなり早く来てしまったために暇を持て余しており、
今は何かしらの行動をして気分を紛らわせたかった。
ヒロシはいくつかある土産店のうち、
あまり客が寄りついていない店を選んで商品を眺めた。
賑やかな場所では落ち着かないという理由もあるが、
こういう所に掘り出し物があるかもしれないという、
ある種の期待感を込めたゆえの選択である。
その選択が奇妙な運命を結びつけるとも知らずに……
「あっ……」
ヒロシは店員の顔を見て固まった。
「あっ……」
店員もヒロシの顔を見て固まった。
「…………」
「…………」
両者はしばらく口を半開きにした状態のまま、
お互いの間抜け面を細部まで観察し合った。
その奇妙な膠着状態は永遠に続きそうだったが、
このまま見つめ合っていても時間の無駄だと思い、
ヒロシは会話のきっかけとなる言葉を相手に投げ掛けたのだ。
「──父ちゃん?」
そう呼ばれた店員はアラブ系ではなくアジア系、
更に言えば、平凡な日本人そのものの顔立ちをしていた。
そして、その男はヒロシと瓜二つであり、
ヒロシに髭を生やしたら見分けがつかないほどだ。
「──タカシ?」
「ヒロシだよ!!!」
感動の再会が台無しである。
ヒロシは改めて父の顔をまじまじと見つめ、
それがよく似た別人ではないことを確信した。
父はというと1人で回想にでも浸っているのか、
ウンウンと頷きながら時々思い出し笑いなどをして、
ただでさえ気分の優れないヒロシを余計に苛立たせた。
「それで、父ちゃんよ……
こんな所で何してんだよ……?」
「え?
まあ、ちょっとした小金稼ぎってとこかな
ここは友人のアフマドが経営してる店でね、
市場で安く仕入れたガラクタ同然の壺やなんかを
価値のわからない観光客に売りつけてるのさ
これがなかなかいい儲けになるんだ
この場所だと、旅の記念として買う人が割と……」
「いや、悪どい商売について聞きたいんじゃなくて、
その、さ……なんで生きてんだよ?
あんたは死んだはずだろ?
8年前、エジプトの……ピラミッドダンジョンで」
「うっ、その話か……
まあ気になるよなあ
話せば長いんだが……どうする?」
「どうするも何も、聞かせろよ
時間ならたっぷりあるしさ……」
やけに不機嫌そうな息子から睨みつけられ、
父はコホンと咳払いをしてから過去を語り始めた。
「あれは俺がエジプトに到着してから1週間……いや、
5日だったかな? 10日目だったかもしれない
当て所なくカイロの町を歩き回っていると、
アフマドという名の商人に話しかけられたんだ
……ああ、ここの店主とは別のアフマドだよ
ここらへんではよくある名前なんだ
“ムハンマド”からの派生らしくて、
他には“マフムード”もポピュラーで……」
「なあ、父ちゃん
そういう余計な情報を付け加えるから話が長くなるんだ
それでよく母ちゃんから怒られてただろ……
もっと簡潔に、要点を絞って話してくれよ」
「え〜、『時間ならたっぷりある』ってさっき……」
「揚げ足取ろうとすんな
やっぱり父ちゃんのペースだと何時間もかかりそうだし、
今後の予定に影響するから短く話してくれ
……ダンジョンで自爆した所までは飛ばしていい
俺が聞きたいのはその後なんだよ」
「うう、一番盛り上がるシーンなのに……」
しょげる父だったが、すぐに気を取り直して
息子のリクエストに応えて話を再開する。
「その“自爆”なんだが、実はそうじゃないんだ
お前をガッカリさせるかもしれないけど、
俺は赤の他人のために命を投げ捨てられるような勇者じゃない
ちゃんと逃げ場があるのを確認した上で爆弾を仕掛け、
通路に避難して爆発が起きるのを待った
……んだけど、いつまで経っても爆発は起きなかった」
「ん……?
いや、それはおかしいだろ
その時の証拠映像は俺も観させてもらったし、
現地の調査では確かに爆発の痕跡があると断定されたんだぞ?
遺体が発見されなかったのは不思議だけど、
まあダンジョン内での出来事だからな……
有機物だけ分解されたって仮説で処理されたんだ」
「ああ、そうらしいな
でもそれは全部みんなの勘違いなんだ
……それで、困惑した俺は辺りを適当に散策し、
そのうちなんとか出口に辿り着くことができた
そしたら俺はドバイにいたってわけさ」
「えっ、それって……」
ダンジョンワープ。
今まさにヒロシが体験中である怪現象を、
この父は8年前に経験済みだったのだ。
しかも転送先が同じ国、同じダンジョンという偶然。
否、奇跡と呼んでも差し支えないだろう。
全く違う時期、全く違う地域から同じ場所へ飛ばされた親子など、
世界中探してもこの2人以外に存在しないのだから。
「……んで、父ちゃん
なんで連絡しなかったんだよ?
生きてたんなら、そう言えよ……
なんで俺たちに教えてくれなかったんだよ!?」
「それは……」
父は言葉を詰まらせた。
妻も息子も、彼は死んだものと聞かされていたのだ。
どれだけの悲しみを背負ったことだろう。
ヒロシの怒りはもっともである。
家族にとって必要だったのは、異国の英雄ではなく
父親だったのだと今頃になって気づかされる。
もう取り返しのつかない、この段階になってからだ。
「その、色々あってな……
当時の俺は『これって不法入国じゃね?』と思い、
しばらく目立たないように生活してたんだ
すぐ警察なりに駆け込むのが正解だったんだけど、
その時はどうすればいいのかわからなくてな……」
チラリとヒロシを見やると、まだ怒っている様子。
まあ当然だろう。8年も音信不通だったのだ。
この程度の言い訳で相手が納得するとは思えない。
「一応、友人のアフマドに頼んで
日本の様子を見てきてもらったことがある
ちなみに、ここの店主とは別のアフマドだ
そしたらとっくに俺の葬式は終わってて、
しかも既に保険金が下りてるって言うし、
帰国したら色々と面倒な展開になる気がして……」
ヒロシは怒りが収まらない様子……どころか、
眉間に皺を寄せてさっきより機嫌が悪そうだ。
このままだと息子にぶっ飛ばされかねない。
ここはひとつ、リップサービスを挟もう。
「ヒロシ、それでも俺はな……
お前とエリカにずっと会いたいと思っていた!
大切な家族の思い出を忘れた日は無いんだ!!」
「さっき俺の名前間違えてたじゃねえか!!!」
父は息子にぶっ飛ばされた。
少し散らかった店内を片付けながら、父は言った。
「ヒロシ……その、なんだ
お前の気持ちはよくわかる
今回の件は全面的に俺が悪い
それは理解してる……理解してるんだ
だから、1発までは許す
それ以上やったら警察を呼ぶかもしれない」
「本当に警察呼べんのか?
……アフマドさん
その偽名で生活してんだろうけど、
どう見ても地元の人間じゃねえだろ
それに悪どい商売もしてるみたいだし、
身分を調査されたらまずいんじゃねえの?」
「ぐっ……!」
秒で論破される父。もう後が無い。
「まあ……もう殴らないから安心しろよ
俺はべつに暴力が好きな人間ってわけじゃないし、
今のでちょっとは気分晴れたし……
それより、日本に帰ってくる気はあんのか?
死亡保険関係のゴタゴタとかあるだろうけど、
ここで暮らし続けるのも無理な話だろ
いつかバレる嘘なら早めに訂正しといた方がいい」
と、ヒロシは自分自身の言葉にハッとさせられる。
そうだ。簡単なことだった。
俺は一体、何を悩んでいたんだ。
学園に戻ったら真実を報告しよう。
身勝手な行動をした件を咎められるだろうが、それでいい。
責められて当然のことをしてしまったのだ。
この状況に適しているかはわからないが、
“自由には責任が伴う”という言葉がある。
今がその責任を果たすべき時なのではないか?
そう大人の階段を上ろうとしているヒロシに対し、
父は穏やかな笑みで語りかけるのだった。
「ヒロシ、悪いけど父ちゃんは帰らない
あれからもう随分と時間が経ってるし、
お前たちはすっかり俺無しの生活に慣れたはずだ
今更『実は生きてました!』とかやられても、
逆に迷惑を掛ける結果になるだろう」
「いや、だからその面倒事をさっさと片付けちゃおうぜって話だよ」
「いや、俺は日本に帰らない方が絶対にいい
お前は1発殴るだけで済ませてくれたが、
エリカにバレたら殺されるかもしれない」
「何を言い出すかと思えば……
愛し合って結婚した夫婦だろ?
そりゃ母ちゃんは激怒するだろうけど、
それ以上に喜んでくれるに決まってんだろ」
「いや、それが、その……
俺には果たすべき責任があるというか……
その、なんだ……
実はこの国で新しい出会いがあってな……」
「……は?」
「その……新しい家族が出来たんだ」
父はそう言い、懐から写真を取り出した。
そこには幸せそうに笑う父と、同じく幸せそうに笑いながら
赤ん坊を抱えている女性の姿が映し出されていた。
「…………」
ヒロシは理解した。
父は……いや、このアフマドという偽名の男は
妻子の生活を心配して日本に帰らないのではなく、
この地で得たものを捨てたくないから残っているのだと。
彼は古い家族を捨てたのだと。
「……ああ、それじゃあ帰れないよな
母ちゃんには黙っといてやるよ」
ヒロシは呆れながら呟いた。
元父の行為に怒りを感じていないわけではない。
ただ、もう会話を切り上げて立ち去りたかったのだ。
「あのな、ヒロシ……
せっかくお前と再会できたというのに、
こんな結果になって本当にすまないと思ってる
本当に、俺は、心から……」
と、元父は胸の前で両手を交差させた。
(ああ、これは……来るぞ)
ヒロシは冷めた目で元父の動向を見守った。
彼はこれから一発ギャグを披露する気なのだろう。
小さい頃はそれを見てゲラゲラと笑っていたが、
高校卒業を間近に控えたこの年齢に通用するかと聞かれると……
「ゴメンホテプーーー!!!」
「……」
やはり、クスリとも笑えない。
ゴメンホテプ……
『ごめん』と『アメンホテプ』を掛け合わせたギャグである。
ヒロシも中学時代に同級生の前で披露していたが、
実はそれが父ちゃん発祥のオリジナルではなく、
大昔のマイナー芸人のネタだと知ってからは封印したのだ。
つまり、元父はパクリ芸で息子を笑わせていたのである。
そんな事情もあり、いつしかヒロシはこのギャグを嫌いになった。
「……気は済んだか?」
「え、あれっ……?
スベった……?」
「それじゃあ、俺、もう行くわ
人と待ち合わせしてるからさ」
「あ、ああ、うん
観光で来たんだろうし、予定があるよな
今度会う時はもっとゆっくり話そう
新しい家族も紹介したいしさ……」
(今度、か……)
その単語に何か引っ掛かるものを感じつつ、
ヒロシは彼に別れの言葉を告げた。
「じゃあな、アフマドさん」
こうしてヒロシは少し大人になって帰国したのだ。
基本情報
氏名:小中 大 (こなか ひろし)
性別:男
年齢:18歳 (12月23日生まれ)
身長:170cm
体重:60kg
血液型:A型
アルカナ:愚者
属性:?
武器:フリーダムコール (双剣)
防具:トリックスター (籠手)
防具:ワイルドカード (軽鎧)
アクセサリー:ライト付き安全帽
アクセサリー:ロゼッタストーン
アクセサリー:ガラクタ同然の壺
能力評価 (7段階)
P:4
S:8
T:10
F:1
C:7
登録魔法
・ホーリーサンダーフォース
・ファイヤーバード
・パワースレイヴ
・ライジングフォース
・エニグマ
・キュア
・クロックアップ