冒険者
第6層で退路の確保に専念していた天神たちは、
最奥部からラスボス討伐隊が戻ってきたことを喜んだ。
ダンジョンは揺れていないので討伐には失敗したのだろうが、
送り出した後輩たちが無事であればそれでいい。
……のだが、1人足りない事実にすぐ気がついた。
聞けばアキラは単身でラスボスの第二形態を食い止めており、
闘気とかいう謎の概念を理解していないと戦いにならないそうだ。
さっぱり理解できない天神たちは第7層を少し覗いてみるものの、
どこを見ても目を開けていられないほどの強烈な光が支配しており、
自分たちが手伝えることは何も無いという確信に至った。
そんな時だった。
「あっ、斎藤さん……!」
第5層方面から斎藤満月がこちらへ向かってきたのだ。
それも1人ではなく、10名以上の味方を引き連れて。
彼女は山口に言われるがまま撤退したわけではなく、
各階層の戦力分析をしながら第1層まで駆け抜け、
Uターンして余分な人員をピックアップしてきたのである。
「まったく、将太ったら……
いくら私が心配だからって除け者扱いはごめんだわ
私だって冒険者なんだから、もっと信用してよね」
「うう、ごめん……
僕はいつも大事な時に判断を間違えてしまうようだ
やっぱり君がそばにいてくれないとだめだな、僕って奴は」
と、2人が抱き合う。
(えっ、あいつらそういう仲なんだ)
(見せつけちゃってくれて……)
(こんな時にイチャついてんじゃねえよ……)
他校の生徒同士の絡みを見せられ、一同は若干の気まずさを味わう。
とりあえず援軍として連れてこられた面々を確認すると、
そこにはなぜか冒険者ではないメンバーも混ざっていた。
「え、ババ様!?
それに村長さんと石井さんに稲葉君まで……!?」
なんと、村の者たちがいるではないか。
彼らは一般人なのでダンジョンへ入らないよう念押しされていたが、
自分たちの手でこの土地から魔物を排除しようと決起し、
あるいはさっさとよそ者を追い出したいという意志により、
冒険者たちの制止を振り切ってダンジョンに乗り込んできたのだ。
まったく褒められた行いではない。
ダンジョンや魔物の脅威は冒険者が対処すべき課題であり、
免許を持たない部外者が踏み込んでいい領域ではない。
ズカズカと侵入してきた彼らが悪いのは当然だが、
それを止められなかった冒険者サイドにも責任がある。
……が、この時ばかりは事情が違った。
彼らは闘気とかいう、わけのわからない力を操れるのである。
銀子が放っている銀色の光をどうにかできるかもしれないのだ。
第7層に踏み入った彼らは思わず眉をしかめた。
眩しいから、という単純な理由だけではない。
「これは紛れもなく銀子の闘気……!
よもやこの老いぼれの目が黒いうちに、
再び拝める日が来ようとは思わなんだ……」
「ふん、忌々しい……
もしあれが男児であったならば、
俺はどんなに喜んだことか……」
「闘気の輝きとは、それ即ち生命の輝き……
ああ、なんと力強い命の光だろう
病弱な私には眩しすぎる……」
「なあ、それより早くアキラを助けようぜ!
結構ヤバい状態だって言ってたしさあ!」
豊作の呼び掛けにより他の3名はここへ来た目的を思い出し、
それぞれの構えを取り、闘気を練り上げ始めた。
やがて彼らの全身から銀子と同じような湯気が立ち、
それは白だったり、黄金色だったりと各人毎に違っており、
銀子のものと比べるとだいぶ明るさが足りないようだった。
この輝きの強さがそのまま力関係を表しているのかもしれない。
「「「「 ハアアアアァッ!!! 」」」」
村人たちは自身が持ち得る全ての闘気をその拳の内に集約させ、
銀色の光の中心点……銀子の立っている場所に向けて解き放った。
それが効いたのか、辺りが少しだけ薄暗くなる。
とはいえ相変わらず銀色の光は絶えず第7層を照らし続けており、
2頭の獣の影が激しく衝突し合っている様子は確認できるものの、
どちらがアキラで、どちらが銀子なのかという点までは
闘気を見慣れていない冒険者たちには判別できなかった。
村人たちはしばらく闘気の波動を放射し続けた。
数十秒、もしくは数分かもしれない。
時間の感覚が曖昧になるほど異様な光景を見せつけられ、
冒険者たちはただひたすらこの戦いが早く終わることを祈った。
「んっ……
え、何これ?
何やってんのあの人たち」
目を覚ましたヒロシは当然の疑問を口にし、
もしかしたら自分はまだ夢の中にいるのかもと錯覚した。
仲間から「あれは闘気だ」と耳打ちされると、
彼は「ああ、なるほど」とすんなり受け入れた様子だ。
やはりこの男、只者ではない。
村人4名による合体闘気砲で状況を打開できると思われたが、
特に変化が起きないうちに最初の脱落者が発生してしまった。
石井は突然その場に膝から崩れ落ちたかと思えば激しく咳込み、
口を押さえた手の平にはべっとりと生温かい血が付いていた。
元々体の強い人ではない。それはわかっていた。
だが彼なりに戦う理由があり、限界まで力を行使したのだ。
ここまで健闘した彼を一体誰が責められようか。
石井は周りの冒険者たちから早く帰るように促されるが、
その場を離れようとはせず、戦いの結末を見届けたいと申し出た。
そして若者らがどうしたものかと困り果てているのも構わずに、
更に彼らの頭を悩ませる発言をするのだった。
「君たちは今、アキラが何をしているのか見えているかい?」
「いや、見えませんよ
眩しいですし……」
「あの両手を交差して相手の闘気を受け流す構えは……
あれはもしかしたら伝説の“獅子の構え”かもしれない
古い言い伝えによると、あの構えを使いこなせたのは
“始祖”と呼ばれた人物だけだと聞いたことがある……」
「へえ、そうですか」
「アキラは武術の才能……つまり闘気を持って生まれてこなかったが、
我々は皆、大きな思い違いをしていたのかもしれないな
あんな芸当はおそらく誰にも真似できやしないだろう
たとえババ様や村長でさえも……
空っぽのアキラだからこそ可能なんだ
アキラは銀子ちゃんの放つ膨大な闘気を受け流し、
己の内に無限の軌道を描いて闘気の渦を作り出している
そうやって練り上げた闘気を相手に叩き返すことによって
力の差が埋まり、互角の戦いが成り立っているというわけだ」
「僕たちにも見えればいいんですけどね……」
そしてまたヒロシが何かを思いつく。
「なあ、グリム
お前の“第三の瞳”ってまだ効いてんのか?」
「ん?
ああ、バッチリとラスボスをロックオン中だ
……だがアキラもかなり激しく動き回ってるせいで、
下手に攻撃魔法を撃ち込めば同士討ちが発生する恐れがある
本来は動き回る相手に有効なはずの追跡弾も、
こういう状況だとかえって逆効果だな」
「それなんだけど、もしかしたら俺の魔法なら
狙った獲物だけを確実に攻撃してくれそうな気がするぜ
標的は……“味方がロックオン中の相手”だ」
「そんなことが可能なのか?
……いや、愚問だったな
お前ならきっとそれができちまうんだろう
試す価値はあるはずだ、やってくれ」
「よし、早速やるぜ!
……と言いたいところだけど、今はガス欠なんだよなあ
ってことでポーションよろしく!」
ヒロシは並木に対し、それを投げ寄越すように手招きする。
MPを補給する手っ取り早い手段、ポーション。
冒険者の必需品とも言える定番の回復アイテムである。
……が、しかし。並木は申し訳なさそうな顔をして言い放つ。
「ごめん
消耗品は全部救急箱にひとまとめにしといたんだけどさ、
早く逃げないとヤバい状況だったし置いてきちゃった」
「え〜、マジか〜
そんじゃ他の人から分けてもらうしかないなぁ
……誰か俺にポーション提供してください!
代金はあとで払いますんで!」
ヒロシは周りの冒険者たちに呼び掛けるが、どうも反応が悪い。
彼らもまた並木と同じく申し訳なさそうな表情をしていた。
まさか、と察するのも束の間、それが事実であることを告げられる。
「ごめんよ、ヒロシ君
僕たちもそれなりに厳しい戦いをしていたから、
もう最後のポーションを使い切ってしまったんだ
実はそろそろ第7層の君たちを呼び戻そうとしていたところだよ」
もどかしい。
MPさえあればアキラの手助けができるのに。
少し残しておけばよかった。
ヒロシは悔やんだが、もう遅い。
と、その時。
ある冒険者が名乗りを上げたのだ。
「はあ〜、しょうがないわねえ
ここはひとつ、このアタシがどうにかしてやろうじゃないの
ポーション以外にもMPの回復手段ならあんのよね」
工藤心。
去年卒業した関東魔法学園の元生徒会長だ。
彼女は偉そうに腕を組み、ニンマリと笑ってみせた。
「ポーション以外の……あっ、そうか!」
“ソウルゲイン”。
他者から魔力を吸い取ったり、逆に分け与えたりできる魔法だ。
あまり使い手がいない少々レアな補助魔法だが、
この工藤は今まさに必要とされているそれを使用できる人物であった。
「宮本! 佐々木!
ちょっとこっち来なさい!」
「げえっ! 俺たちから吸い取る気かよ!?」
「自分のを分けてやればいいだろ!?」
「純剣士のアンタたちがMP持ってても使い道が無いでしょうが!
魔法使いとしては三流なんだから、これくらい協力してよね!」
「三流とか言いやがって……まあ事実だけどな!」
「一気にMP吸われると血抜かれた後みたいになるんだよな……」
結局、2人は渋々ながらもMPの提供を承諾した。
宮本から工藤、工藤からヒロシへ。
佐々木から工藤、工藤からヒロシへ。
ただし吸い上げたMPを100%受け渡せるわけではない。
抽出の過程で“天使の取り分”が発生するものらしい。
それにソウルゲイン自体の使用コストもある。
工藤の魔法技術の練度はまずまずといったところであり、
ヒロシに供給できたMPは元の3割程度だった。
「おいヒロシぃ!
俺が分けてやったMP、無駄遣いすんじゃねえぞ!
あと、今度焼肉奢れよな!」
「えっ、またですか!?
本当に変わらないなこの人は……
はいはい、わかりましたよ
この一件が落ち着いたらそのうち連絡しますね」
ヒロシはつい勢いで口約束してしまったことを少し後悔したが、
今はそれよりもやるべきことがある。
あの銀色の光の向こうでは傷だらけのアキラが戦っているのだ。
どうやらババ様たちは“闘気の壁”なる謎の概念に阻まれているらしく、
現在地から先へ進むことができないそうだ。
アキラに加勢できるのは自分しかいない。
ヒロシは精神統一し、魔力を解き放った。
ヒロシの左手の甲に炎の塊が発生する。
それはモゾモゾと動き、ある生物の形へと変化する。
それには鉤爪があり、嘴があり、翼があった。
「いっけえええええ!!!」
ヒロシが左腕を振り抜くと炎の生物は飛翔し、
果敢に銀色の光の中へと飛び込んでいった。
“火の鳥”。
鷹のタカコをモチーフに開発した、ヒロシの必殺技の1つだ。
使用者の攻撃に連動して追撃を行うという珍しい魔法であり、
今のところ類似する魔法技術はどの記録にも存在しない。
「行け行け行けええ!!
ほら、お前も飛べえええ!!」
それも1羽ではない。
ヒロシの左手からは続々と火の鳥が生み出され、
形を成した者から順に、光を目指して羽ばたいてゆくのだ。
いくらヒロシが妙な魔法を使えるといっても所詮は魔力1。
そんな弱い魔力では相手に大したダメージを与えられない。
それならばと彼は、数で押し切る作戦に踏み切ったのである。
「工藤先輩!!
もっと俺にMP寄越してもらえませんか!?」
「え、まだ飛ばす気!?
もう充分じゃない!?」
「全然足りませんよ!!
なんたって俺の魔力は1しかありませんので!!
とりあえず1000羽くらい欲しいところですね!!」
「千羽鶴ならぬ千羽鷹か……
まあ他に手も無さそうだし、アンタに賭けるしかなさそうね
そうとわかったら宮本! 佐々木! もっと搾り取らせなさい!」
「もう出ねえよ!!」
「この鬼め……!!」
憤慨する2人の背後から、巨漢が低い声を響かせる。
「工藤、俺のMPを使え
俺も魔法で戦うタイプの冒険者じゃねえし、
余った分は有効活用した方がいい
……つっても大した量は提供できねえけどな」
「あ、須藤先輩あざーっす!
他の人たちもジャンジャン協力してよね!
どうせこの先の戦いには参加できないんだし、
これくらいしか貢献する手段が無いんだからさ!」
斎藤に連れてこられた冒険者たちは顔を見合わせた。
言われてみれば、たしかに他にできることが無い。
配備された階層から引き抜かれてここまで来たものの、
今回のラスボスはかなり特殊なため自分たちの手には負えない。
ならば、どうにかできそうな人間に希望を託すのが正解だろう。
自分たちにはその方法がある。まさしく託せばいいのだ。MPを。
彼らはヒロシの千羽鷹作戦に快く賛同した。
そして、MPがすっからかんになった者はもう用済みと言わんばかりに
さっさとダンジョンの外へと向かわされたのだ。
酷い扱いではなくむしろ人道的、合理的な判断である。
戦う力の無い者を現場に残しても無意味どころか、
完全に足を引っ張る存在にしかなり得ないのだから。
──ヒロシは最後の火の鳥を、銀色の光の中に送り込んだ。
果たしてそれが千羽目だったかは定かではない。
きっちり数えたわけではないが、それくらいは用意したはずだ。
その姿が見えずとも無数のピィピィという囀りが大合唱しており、
それらは狩りの瞬間を今か今かと心待ちにしているようだった。
なんにせよ、ヒロシの攻撃準備が整ったのである。
「喰らえっ!!」
カシャリという音がした直後、銀子の動きが一瞬止まる。
同時に銀色の光が消失し、冒険者たちは彼女の姿を目視できた。
と、次の瞬間には銀子は大量の火の鳥に啄まれ、
彼女はその中の1羽を掴み取り、握り潰したのだ。
「え、あれっ!?
ヒロシにじゃなくて、火の鳥に反撃してるぞ!?」
「たぶんあれ、“魔力の塊”じゃなくて、
“独立した存在”として認識されてるのかもね……」
「まったく次から次へと……
これも『ヒロシだからしょうがない』ってやつだろうか?」
「理解が追いつかない……
それより、アレがどうして“攻撃”扱いになるのかしら?」
仲間たちが困惑する中、ヒロシは“攻撃”を続けた。
彼は剣を振るわず、魔法も使わなかった。
ただ彼は手にした道具を慣れた手つきで操作し、
銀子に狙いをつけてカシャリ、カシャリと鳴らすのだった。
その度に彼女は少しの間だけ無防備となり、
火の鳥たちの集中砲火をモロに喰らうのである。
ヒロシは銀子の写真を撮っているのだ。
父の形見である一眼レフが彼の武器だった。
ダンジョンコアが生物を取り込んでラスボス化した場合、
その生物の生前の特徴を引き継ぐという特性が確認されている。
甲斐銀子は“写真を撮られる”という行為を極度に嫌っていた。
ヒロシはその特性を利用したのだ。
“精神攻撃”。
心を持たない魔物に効果は無いと思われていたが、
ヒロシはその常識を覆す戦法で勝負を仕掛け、勝利したのだ。
これが生身の人間であれば何枚か撮影されるうちに慣れるのだろうが、
魔物は心が成長しないため、苦手なものはいつまでも苦手なままだ。
ゆえに、この執拗なカメラ攻撃が突破口を開いたのである。
銀子が火の鳥に気を取られている光景を目の当たりにし、
並木はここぞと言わんばかりに仲間たちへ指示を出した。
「総攻撃のチャンス!!
MP余ってる人はガンガン攻撃魔法ぶち込んじゃって!!
反撃はたぶんあの鳥たちが請け負ってくれると思う!!
過密な連続攻撃が行われてる今が最大の勝機だよ!!」
冒険者たちはその言葉を疑わなかった。
現に言い出しっぺの並木がアイスストームで攻撃しても、
銀子は反撃の対象を火の鳥に絞っているかのようだった。
恐れていた彼女の超反応も、圧倒的な物量の前には意味を成さない。
「ファイヤーボール!」「アイスボール!」「サンダーボール!」
「ファイヤーストーム!」「アイスストーム!」「サンダーストーム!」
冒険者たちはそれぞれの得意な魔法を思う存分ぶっ放した。
攻撃を受けた銀子はその使用者を睨むが、それも一瞬の出来事。
すぐさま火の鳥にまとわりつかれ、そちらに注意が向くのだ。
それまで銀子と激闘を繰り広げていたアキラは流れが変わったことを悟り、
仲間たちの邪魔にならない距離まで後退して事の成り行きを見守った。
そして絶妙なタイミングでシャッターを切るヒロシの存在に気づき、
やはり彼を連れてきて正解だったと笑みを溢した。
最後の一撃は誰のものだったかはわからない。
だが、とうとうその瞬間が訪れた。
波状攻撃に晒される銀子の体から再び銀色の光が放たれたかと思えば、
彼女の周囲に浮かんでいた瓦礫が重力に従ってガラガラと落下したのだ。
それはカメラのフラッシュのように一瞬の出来事であり、
その瞬間を境に、彼女の動きが完全に停止したのである。
閃光に驚いた冒険者たちはつい攻撃の手を止めてしまい、
現場は不気味な静寂に包まれ、一同に緊張が走る。
皆、気持ちは一緒だった。
思わず「やったか!?」と確認の台詞を口走りそうになるが、
それをやったらフラグが立ちそうなので沈黙しているのだ。
ゴゴ、ゴゴゴ……と、足場がぐらつく。
一同は高鳴る鼓動のままに歓喜の叫びを上げたくなるが、
理性のブレーキをかけ、自分たちが今すべきことに取り掛かる。
「みんな、走れえええええ!!!!!」
リーダーの号令で冒険者たちは駆け出した。
目指すは第1層の出口。外の世界。帰るべき場所へ。
ダンジョンの崩壊が始まったのだ。
彼らは成し遂げた……聖域ダンジョンのラスボス撃破という偉業を。
ここまで来て「逃げ遅れちゃいました」では全てが台無しになる。
今は最終フェーズ、“脱出”をこなすことに全力を注ぐ時なのだ。
冒険者たちは歓喜と恐怖の入り混じった複雑な表情で走った。
その中でただ1人、第7層から立ち去る前にアキラは少し立ち止まり、
母の姿をした魔物が完全に崩れ去る光景を最後まで見届けていた──。
──聖域ダンジョンを攻略した実感があるのか無いのか、
冒険者の一団はお互いに何を話せばいいのかわからず、
とりあえず無言のまま集落を目指して森の中を歩いた。
彼らは皆、肉体的にも精神的にも相当疲弊しており、
今すぐにでも屋根のある場所で布団に身を投げ出したかったのだが、
ダンジョン周辺に設置したテントには数名の見張りだけを残し、
アキラの父親への報告を優先してくれたのだ。
そんな折、彼らの前に意外な人物が現れ、一同は驚きを隠せなかった。
「えっと、たしか……
いや、見覚えはあるんだけど……」
関東魔法学園の面々はざわついたが、他校の生徒は首を傾げている。
黒髪ストレートで標準体型、和風の防具を身につけており、腰には刀。
和風繋がりで2年生の神崎久遠を連想するが、彼女に友達はいない。
それに、ここにいる2年生たちは彼女を全く知らない様子だ。
「ヤトガミさんだろう?」
アキラが口にした名前を聞いて、仲間たちの記憶が蘇る。
夜刀神観音。
アキラたちと同級生になるはずだった女子で、
入学式当日に体育館で嘔吐したのを理由に退学した人物である。
こうしてそれなりの武具に身を固めているのを見るに、
彼女は退学後に野良冒険者となって活動していたのだろう。
「あっ、ボクのこと覚えてたんだ!
やっぱり“ゲロ女”として、3年間キミたちの記憶に残ってたよね!
学校辞めといてよかった〜!
あのままあそこに残ってたら絶対に毎日いじられてたもん!」
「え、いや
その件より“入学式当日に退学した”インパクトの方が強いぞ
むしろ君が嘔吐したことはすぐに忘れ去られたというか……
訓練の後に吐く生徒なんて数え切れないくらい見てきたしな」
「え、そうなんだ……」
「ああ」
気まずい沈黙が流れ、アキラは自分の発言がまずかったのだと察する。
なんとかフォローの言葉を考えてみるが、疲れていて何も浮かばない。
そうこうしているうち、またもや意外な人物を見かけたのだ。
「……早苗!」
夜刀神の後から姿を現れたのは森川早苗だった。
山歩きには適さないであろう、おとぎ話に出てくるお姫様のようなドレス。
彼女は最後に見た時となんら変わり映えの無い雰囲気で登場したのである。
「アキラ君、来るのが遅くなってごめんね
すぐに駆けつけてみんなの役に立とうとは思ってたんだけど、
その、私にも色々とやることがあって……
あ、ちなみに退学後もちゃんとトレーニングは続けてたよ?
決してだらしない生活してたとかじゃないから安心して!」
「うん……?
まあ、元気そうで何よりだ
退学した理由は……いや、それはもういいな
俺たちを助けようとしてくれて、ありがとう」
「〜〜〜っ!!」
早苗の顔がみるみる赤くなってゆく。
が、アキラの関心は既に彼女から離れていた。
「丸山君、向井君、それに本郷君もいるな
また参戦しに戻ってきてくれたのか?」
「ああ、もちろんだぜ!」
「おかげさまで前回の疲れはすっかり抜けたからな!」
「同じ埼玉県民として、この戦いには最後までつき合わせてもらうぞ」
「それなんだが……」
と言いかけたところで更に意外な人物が……否、団体が現れたのだ。
その数はざっと見て軽く100人、200人を超えており、
銃を抱えた南米系の大男たちが隊列を成して歩く光景は、
日本の冒険者にとっては恐怖の対象でしかなかった。
その中から1人、太った日本人男性が進み出て名乗り始めた。
「やあ、アキラ君だね
こないだ学園に顔を見せた時は会えなかったけど、
ようやく自己紹介ができるよ
……僕は黒岩大地
知ってると思うけど、君たちの大先輩さ」
アキラは大先輩に、伝説の英雄に向かって深々とお辞儀をした。
黒岩大地……世界で初めてD7を攻略したという大物である。
すると彼が率いている外国人部隊はブラジルの兵士たちだろうか。
「今回君たちが奮闘中の聖域ダンジョンだけど、
国際冒険者連盟の人たちと協議した結果、
D7に匹敵するレベルの脅威なんじゃないかって話になってね
僕たちはその調査をしに日本までやってきたんだよ
今まで本当によく頑張ったね
ほとんど子供たちだけで被害を最小限に抑えていただなんて、
やっぱりこの国の冒険者事情はかなり狂ってると思うよ
まあ、とにかく僕らが来たからには安心してほしい
ここから先はこちらでどうにかするからさ」
アキラは眉をしかめ、仲間たちの方を見た。
だが仲間たちは目を逸らして気まずそうな顔をするばかりだ。
なんとタイミングが悪いのだろう。
せっかく助けに来てくれた彼らには残酷な真実を伝えねばならない。
アキラは意を決して発言しようとするが、
それを遮ってヒロシが伝達役を買って出た。
「ああ、それなんですがね
実はついさっき俺たちでラスボス倒して、
ダンジョンぶっ壊してきたとこなんですよ
だからもう現地には何も残ってなくて……」
「えっ」
黒岩氏をはじめ、援軍に駆けつけてくれた元同級生たちも目を丸くする。
戦いが終わったという事実は通訳を通してブラジル人たちにも伝わり、
やはり彼らも呆気に取られたような表情で固まるのだった。
困惑する彼らに対し、ヒロシはある提案をした。
「あの、麓の町にいい温泉あるんで、
とりあえずそこでゆっくりしてみては?」
「温泉、か……
じゃあ、そうしよう……かな……」
黒岩氏は釈然としないながらも、そう答えるしかなかった。
念のため聖域ダンジョンの座標へ足を運んでみたものの、
そこにはいくつかのテントに数名の見張りがいるだけで、
ヒロシから聞いたのと全く同じ内容を話すのだった。
黒岩氏は頭をポリポリとやりながら報告書の文面を考えつつ、
手持ち無沙汰になった部下と共にひとまず温泉へ向かった。
何はともあれ、これにて聖域ダンジョンは完全に消滅したのだ。
冒険者たちは、この秩父の地から、最強の魔物を排除したのである!