聖域
冒険者たちは道中、トロールを含む魔物の群れと遭遇し、
その処理に北日本魔法学園の生徒6名を割いた。
彼女らは揃いも揃って重厚で無骨な武具で全身を固めており、
同年代の男子が比較対象にならないほどの屈強な戦士たちであった。
件の学園は、スパルタ教育が徹底されている環境なのだ。
ゆえに生徒たちは心身共に極限まで鍛え抜かれた戦闘集団であり、
“最強の魔法学園”の地位を不動のものにしている。
ただし、進道万里のような例外もいないわけではない。
彼女はこの脳筋集団とは正反対の性質、つまり魔法と技量、
そして戦術の組み立てによって北日本最強の座を手にしたのだ。
進道万里は極めて異質な存在であり、か弱き乙女たちの憧れであった。
その彼女があっけなくやられてしまった事実は後輩たちに大きな衝撃を与え、
北日本の生徒たちは、仇討ちに挑む覚悟でこの戦いに参加していたのだった。
「うおりゃあああああ!!」
「潰れろおおおおお!!」
「邪魔なんだよおおおおお!!」
大剣、大槌、大槍など、10代半ばの少女には似つかわしくない武器が唸る。
魔物たちは赤や緑の液体を撒き散らし、壁や床の模様にされてゆく。
鎧の集団はその生ぬるい液体を浴びようがお構いなしに攻撃を続行し、
彼女らの足元には形容し難き異臭を放つ水溜りが出来上がっていた。
「ここはあの人数で大丈夫そうだな……行こう」
冒険者たちは先を急いだ。
ヒロシは早歩きしながら、アキラに耳打ちをした。
「なあ、あんなに強い味方を残してきてよかったのか?
この先にもいくつか難所が待ち構えてるんだろ?
最終メンバーはどうするか、ちゃんと考えてあるんだろうなあ?」
「当然だ、考えてある
彼女たちはたしかに強力な味方ではあるが、
魔力と機動力の低さを考慮するとラスボス戦には向いていない
次のポイントでも北日本の生徒を充てるつもりだ」
「一番魔力低いのはこの俺だけど……まあ、身のこなしには自信はあるぜ
んで、最終メンバーの構成を教えてくれよ」
「俺、お前、グリム、並木、山口、斎藤の6人だ」
「えっ、俺も入ってんの!?
てっきり戦力外通告されるものとばかり……」
「何を言ってるんだ……
いい加減、その過小評価をやめたらどうなんだ?
ヒロシには他の誰にも真似できない特別な強さがあるんだ
それが無ければ、俺は特攻を仕掛けようだなんて言い出さなかった
プレッシャーをかけるようで悪いが、勝利の鍵はお前が握っている
具体的な作戦はあとで伝える
今は体力を温存しながら先へ進むことに集中してくれ」
「俺が勝利の鍵ねえ……全然ピンと来ねえな
ところで経験豊富な先輩たちを差し置いて、
同級生ズを優先してるのはどういう人選なんだ?」
「今回の戦いでは俺が防御役を担うから、
あれこれと指示を出せる余裕はまず無いだろう
言葉を交わさなくてもある程度の意思疎通が可能な味方でないと困る
特に、迅速に撤退の判断を下せるリーダーが必要だ
その役目は並木か山口、あるいは両方に任せるとして、
攻撃役はグリム、支援役は斎藤という構成だ」
「ん、俺は……?」
「なんともいえない」
「ええ……」
その後、宣言通り北日本の生徒が4名、6名と配備され、残るは21名。
現在地点は第3層終点。全体の半分といったところだ。
既に半数以上の戦力を割いてしまったが、目的地まで進軍するだけならば、
この人数でもどうにかなるであろうと確信があった。
北澤班はわずか6名だけで最奥部へと辿り着き、
瀕死の状態になりながらも、なんとか帰還を果たせたのだ。
彼らが唯一苦戦した敵といえばラスボスのみであり、
道中の魔物は適材適所を心掛ければ充分対処可能なのである。
その事実を証明できただけでも、彼らの犠牲は無駄ではなかったと言える。
「さて、問題の第4層だな……」
そこには関東の生徒たちにとっては何かと因縁深い魔物、
バルログの姿があった。それも1匹だけではなく2匹。
広間にいるのはそれだけだが、通路やその先にもうろついているのだろう。
春の魔物として知られているそれが、なぜこんなにも繁殖しているのか。
何か原因があるのは確かだが、今のところ決定的な説は存在しない。
まあ、今は原因究明など二の次だ。
重要なのは、あの強敵たちを倒し続けること。
ラスボス討伐隊の退路を確保できる人材を配備することなのだ。
「ここは任せるぞ、山田君」
「えええっ!?
ちょ、ちょ、ちょっと待ってください!!
なんで僕ぅ!?
もうあいつの相手するの嫌ですよ〜〜〜!!」
指名されたのは2年生の山田。
彼は自身をただのモブ呼ばわりしているが周囲からの評価は結構高く、
個人戦力としては微妙だが、指揮官としては有能だと判断されていた。
「君には実績があるだろう
バルログ相手に、2度も不利な状況を切り抜けたんだ
これ以上の適任者が他にいるとは思えないのだが……」
「何気に新しい攻略法編み出したのよね、彼」
「ちょっと……いや、だいぶ勇気が要る方法だけどな」
「とりあえず、これで残るは20人だね」
「いやいやいや、勘弁してくださいよおおお!!!」
先輩たちの悪ノリを真に受けたのか、山田は取り乱す。
アキラは言葉足らずだったことを反省した。
さすがに彼1人にこの場を任せようなどとは考えていない。
彼はあくまで指揮官。当然、仲間ありきの人選である。
「他の2年生も全員ここに残ってくれ
有馬と七瀬は退学した身だが、今はお前たちも同じ扱いとする
有馬は攻撃の要として、七瀬はサブリーダーを引き受けてほしい」
「うぃっす!!」
「了解です!!」
ふと、ヒロシは疑問を口にする。
「あれ、アキラ?
ラストバトルにメインヒロイン連れてかねーの?
これからクライマックスだってのに……」
「メインヒロイン……?
もしかして、のぞみのことを言っているのか?
最終戦メンバーの内訳はもう伝えただろう
変更する気は無いし、彼女には安全圏にいてもらいたい
能力的にもここが限界のラインだと判断している」
「バルログ無限湧きゾーンが安全圏ねえ……
俺たち本当にレベルアップしたよな」
こうして第4層にはのぞみ、山田、中野、水原、有馬、七瀬を配備し、
念のため落合訓練官を監督につけ、残り14名は先を急いだ。
第5層にもやはり強敵が待ち構えており、
冒険者たちを手荒く歓迎したのはドラゴンの群れであった。
ヒロシら最終戦メンバーは反射的に臨戦態勢を取るが、
彼らの前に2名の剣士が立ちはだかり、息の合ったコンビネーションで
あっという間に2匹の魔物が物言わぬ屍と化したのだ。
宮本正志と佐々木小司郎。
やる時はやる男たちだ。
「おいヒロシぃ、まだ温存しとけって
お前らはボス戦控えてんだろうが」
「俺たちはこれまで充分に体力を温存してきたからな
ようやく本気を出せる時が来たのだから、思う存分暴れさせてくれ」
「ムサシ&コジロー先輩……!」
「マサシ……いや、もうそれでいっか!」
「いいのか!? 俺はなんか嫌だぞ!?」
剣士コンビは会話しながらもまた2匹、4匹と敵を斬り捨ててゆく。
充分に体力を温存してきたというのは伊達ではない。
実際、彼らはこれまで極力無駄な消耗をしないように努め、
そのおかげで今この瞬間、最大限のパフォーマンスを発揮できるのだ。
彼らはどちらも“やればできる”タイプであり、
別の言い方をすれば“有能な怠け者”といったところか。
まあ、怠け者には違いない。
この場に残る剣士は他にもいた。
「よっと」
加藤風の正確無比な刺突がドラゴンの鱗の隙間を貫き、
引き抜く際、ノコギリ状の剣による返しの刃が傷口を広げる。
標的は大量の液体を噴射し、あと一撃で仕留められそうな状態だ。
が、彼はトドメを刺さず、代わりに工藤心が駆け抜ける。
その太刀筋は閃光のように輝き、標的の生命力を奪うと同時に、
彼女の手には美しくまばゆい光を放つ球体が握られていた。
「よっしゃあ!!
レアアイテムゲットおおお!!」
竜の宝玉。とても貴重な錬金素材である。
彼女はレア能力“結晶化”の名手であり、
この機会にたんまりと高額アイテムを入手しようと奮起したのだ。
今の彼女にとって、ドラゴンの群れは宝の山も同然であった。
「ハッ!!」
黒岩透の剣がドラゴンの鱗を斬り裂く。
それは素人目には一撃にしか映らないが、
一瞬のうちに3度の斬撃を与えるという高等技術だ。
その電光石火の剣技は鮮やかという他なく、
彼もまた、一流の冒険者の1人であることを物語っていた。
「ここは俺たちに任せて、お前らは先に行け!!」
黒岩透の呼び掛けにヒロシたちは頷き、宮本は憤慨した。
「ああっ!!
その台詞、俺が言おうと思ってたやつ!!
ちくしょう!! 先に言われちまったじゃねえか!!
こんなことなら打ち合わせしとくんだった!!」
残り9名は苦笑いをしながらその場を去る。
第6層。
通常の魔物が出現する最後のフロアである。
最奥部の第7層はラスボス専用の空間らしく、
どういうわけか他の魔物が侵入できない構造になっているようだ。
まあ、それは冒険者たちにとって好都合だ。
敵は1匹だけ。そう考えると少しは気が楽になるというものだ。
ヒロシは頬に汗が伝うのを感じ取り、ハンドタオルで拭き取った。
見渡すと他の仲間たちも同様に首筋などを拭ったりしている。
決して暑いわけではない。皆、緊張が体に表れているのだ。
一行は無言のまま、ピリピリとした面持ちで前へと進む。
そんな中、須藤怜二は先頭を歩きながら誰にともなく話しかけた。
「しかし、わりかしシンプルな作りのダンジョンで助かったぜ
出口までの距離もそんなに遠くねえし、
これなら崩壊が始まってから余裕で脱出できるな」
その言葉に、後続者たちは幾許かの安心感を得る。
もちろん脱出までの時間は事前に計算済みであるが、
こうして誰かが口にすることで確信が高まるのだ。
それを察してわざわざ言葉にしてくれたのだろうか?
先輩のさりげない優しさが身に染みる。
天神昇は更に後輩たちを安心させようとしたのか、
須藤の感想に相槌を打つように口を開いた。
「出現する魔物もそれほど厄介じゃなくてよかったねえ
そりゃ直撃を受ければただでは済まない強敵ばかりだけど、
ほとんど物理攻撃しかしてこないから対処が楽だよ」
後輩たちは頷く。
標準的なダンジョンには精霊系などの魔法を得意とする魔物が
それなりに配置されているものだが、ここはかなり偏っており、
7割以上の魔物が獣の要素を持つ物理攻撃特化の種族なのだ。
残りはストーン系やメタル系、スケルトン系などであり、
これまでの戦いで魔法に苦しめられた者は皆無と言っていいだろう。
続いて後藤瑞樹が会話に加わる。
「この階層を抜けたらいよいよ大詰めね……
ねえ、君たち
最終戦前の息抜きとして、未来を占ってあげようか?」
「え、こんな時に占いですか?
いえ、今はそういう気分にはなれません」
「占うわね」
後藤は懐からタロットカードの束を取り出し、
歩きながら慣れた手つきでシャッフルを始めた。
それが終わると間髪入れずに一番上のカードを引き、
その絵柄がなんであるかを一方的に発表するのだった。
「──“塔”
多くの場合、これは『破滅』を暗示するアルカナよ
このタイミングでは引きたくなかったわね……」
「そうですね……」
「もう一度占ってみましょう
今度は塔抜きで」
「いや、もう結構です」
「占うわね」
後藤は再びタロットをシャッフルし、カードを引いた。
「──“死神”
あら、またハズレだわ……」
「先輩、もうやめてください
……と言っても、あなたはやるんでしょうね」
「ええ」
3度目の挑戦。
「──“月”」
「おっ?」
後輩たちは、やっとよさげなカードが来たのだと安心する。
が、それは彼らの思い過ごしであった。
「これは『不安』を暗示するアルカナなのよね
大事な一戦の前だってのに……なんかごめんなさいね」
「気が滅入りました」
「こうなったら、良いカードが引けるまでやるしかないわね」
「もう結構です」
その後、13度目の挑戦で最強のアルカナである“世界”を引き当て、
彼女は満足げな笑みを浮かべ、迷惑行為を切り上げた。
やがて冒険者たちは第6層の終点に辿り着いた。
この先はラスボスが待ち構える最奥部。目的地だ。
このフロアでどんな戦闘が行われたかについて、特筆することはない。
ただ味方に並外れた強さの戦士、僧侶、魔法使いのトリオがいただけだ。
彼らの戦闘能力を考慮すると最終戦メンバーに加えてもよさそうだが、
アキラは、この3名はここで使い切るのが得策だと判断したのだ。
それは彼1人だけの意見ではない。
並木と山口のWリーダーも退路の確保を最優先事項と位置付け、
そのためには信頼に足る人材をこの場に残す必要があった。
旧3年生トリオは、その条件に当て嵌まる最適な人材だったのだ。
これから最終決戦に挑む6名は各自装備を確認し、
何度目かになる作戦の打ち合わせを行なった。
まずは何はともあれ、敵の感知範囲を把握することが重要である。
今回の戦いでは近接武器による物理攻撃は役に立たず、
魔法による遠距離攻撃のみが唯一のダメージソースとなる。
遠戦の基本は“いかに敵の射程外から攻撃するか”であり、
味方の安全圏をしっかりと把握できていなければ意味が無い。
どうやら甲斐銀子は攻撃魔法に対して反撃を行う性質を持っており、
反応、移動、攻撃のプロセスが尋常ではない速度で処理される。
映像を分析した限り、5m離れた標的に接近して攻撃を終えるまで
実に0.5秒を切っており、それを防ぐ手立ては無いように思える。
が、あるのだ。
獣が如き運動能力を持った者ならば、追いつける可能性が存在する。
こちらにはその可能性……甲斐晃という獣が味方についている。
最終決戦における彼の役割は防御役。
仲間たちが無事に帰還できるかどうかは彼の働きに懸かっている。
支援役は日本魔法学園の斎藤満月。
関東の生徒たちにとっては馴染みの無い彼女だが、
アキラ、山口とは約半年間に亘り沖縄で苦楽を共にした仲である。
学園の代表に選ばれただけあってその実力は保証済みであり、
関東で言えば松本静香と同等の後方支援特化型とのことらしい。
攻撃役は栗林努。
基礎魔力自体は平均値だが、独自の魔法技術を磨き上げた結果、
狙った対象を追跡する攻撃魔法を開発するまでに至った。
又、回避能力も高いので、もしアキラが反撃の妨害に失敗しても
防御が間に合うかもしれないという淡い期待ができる。
並木美奈と山口将太は前述の通り2人でリーダーを務め、
戦局を見極めながら臨機応変に動く形だ。
基本的には支援に回り、チャンスがあれば攻撃も行うのだが、
最も重要な使命は戦闘続行か撤退かの判断である。
重傷者が出ればその時点で引き上げるのは言うまでもないが、
そうなる前に撤退を決断するのはなかなか難しい。
なので1人だけに判断を任せるのではなく、2人に分けたのだ。
そして最後に小中大の役割だが……
「……んで、俺は『自由に動け』だったな
そういうの一番困るんだよなあ
本当に好き勝手にやっちまうぞ?」
「ああ、そうしてくれ
相手は俺たちの常識の外にいる化け物なんだ
奴が人間だった頃、本気で戦う姿を見た者は誰もいない
もし作戦が成功して追い詰めることができたとしても、
そこから予測不能の攻撃を仕掛けてくるかもしれない
ならばこちらも得体の知れない存在をぶつけるまでだ」
「得体の知れない存在、って……
なんかスッキリしねえけど、まあやるだけやってみるぜ」
ヒロシは頭をポリポリ掻いた後、
人差し指を立てて軽く腕を振り上げた。
その動作を見て、関東の生徒たちは同じように腕を上げて準備する。
他校の山口と斎藤は戸惑いつつも、とりあえず真似をしてみる。
「今日もゼロ災でいこう──」
「「「 ヨシ!! 」」」
「よし!」「よし!」