戦士
数万人の冒険者たちが秩父の地から去ってゆく。
だが、彼らは目的を果たしたわけではない。
魔物の流出は未だに続いている。
では、なぜ彼らはこの地を離れようというのか。
内藤訓練官は生徒たちに語る。
「不要な人材の整理だ
防衛線より後ろで活動していた冒険者は正直必要無い
町でトラブルを起こすような連中は特にな
それに一極集中の影響で地方の人手不足が深刻だ
なので彼らには1人当たり10万円の活動資金を支給し、
速やかに各自のホームへ帰るよう説得したんだ」
「10万円って……
よくその金額で納得してくれましたね
事態が収拾するまで戦い抜けば、
協会から多額の報奨金が出るという話だったはず
それ目当てで残る人がもっといるかと思ってました」
「ああ、だが具体的な金額は未だに不明だし、
どこまでが“収拾に貢献した冒険者”扱いなのかも定義していない
つまり協会の匙加減ひとつでどうにでも設定可能ということだ
たとえ『先着10名に100万円』なんてふざけた条件だとしてもな
それなら確実に貰える10万円に飛びつくのが道理というものだ」
「なるほど
それにしても相当なお金が動いてますよね
太っ腹な学園だとは思っていましたが、まさかこれほどとは」
「いや、学園が出した金ではなく理事長のポケットマネーだ
説得要員や記録係などの人件費やなんかも含めると、
どう少なく見積もっても軽く100億円は超えるだろうな
それだけでなく、野良冒険者が町に迷惑をかけた分まで
理事長個人で補償する気でいるのだから恐れ入るよ」
「100億……
なんて大きなポケットだこと
……しかし数万人が対象ともなると、悪知恵を働かせて
二重取りしようとか考える連中もいたんじゃないですか?」
「ああ、3000人ほどいたらしい
そいつらには罰として手ぶらで帰ってもらった
あのお方の金銭管理能力の高さを侮った結果だな
せっかくのボーナスを得られる機会をふいにして、馬鹿な奴らだよ」
まったくその通りである。
欲張るからそんなことになるのだ。
彼らは騙そうとした相手が世界一の金持ちだということを忘れていた。
不破夏男氏は誰よりも金の重みを理解していると言っても過言ではない。
そんな男の優しさにつけ込んで不正を働こうなど笑止千万。
もし彼が冷酷な性格ならばもっと重いペナルティーを課したのだろうが、
ボーナス没収だけで済ませてくれたのだから、やはり懐が深い。
──聖域ダンジョンを中心とした半径1kmの円上には、
冒険者たちのテントが等間隔で並んでいる。
その1つ1つが防衛拠点の役目を果たしており、
もはや防衛線というより包囲網と呼んでいいだろう。
日本冒険者協会や魔物の人権を守る会のやらかしにより
全国規模の混乱が発生して魔物を活気づけてしまったが、
冒険者たちはこの場所の防衛を維持できていたどころか、
むしろ逆に押し返すことに成功していたのである。
快進撃を実現できた理由はただ1つ。
冒険者たちが強かったのだ。
「おりゃあああ!!」
巨大なハンマーがゴウッと音を立て、狼男の横っ面に直撃する。
それは千切れた首から赤い液体を盛大に噴射しながら吹き飛び、
樹木に激突してドサリと地面に落ちた。
その魔物の体長は2mほどであったが、人間側も負けてはいない。
ハンマーを振り回した豪傑の背丈も同じ程度であり、
彼もまた野獣のように荒々しい顔つきの持ち主であった。
「ヒュー……
須藤先輩のフルスイングは何度見てもすげえな
同じ男として、あの筋肉は羨ましい限りだぜ」
須藤怜二。
一昨年に関東魔法学園を卒業し、現在は魔法大学の2年生。
彼だけでなく天神昇や後藤瑞樹も作戦に参加しており、
かつての3年生トリオが手助けしてくれるのは大変心強い。
「やっぱヒロシもそう思うよなぁ?
あの人は俺たちにとっても憧れだったからな」
「あ、ムサシ先輩」
「マサシだよ」
「先輩たちもすごいですよね
傭兵としてずっと現地で戦い続けてきたのに、
全然疲れを感じさせないというか……とにかくタフで驚きました」
「へへ、そうだろ?
まあなんつうか、俺たちも上澄みメンバーの一員だからな
省エネしながらもコンスタントに結果を出す術を心得てるんだよ」
と豪語する宮本だが、呆れ顔の佐々木にネタをバラされる。
「こいつは昔から働いてるふりをするのが上手いんだ
西区画の戦いでは同じく刀使いの正堂の近くに陣取り、
彼の功績を自分の手柄であるかのように振る舞っていたな」
真相を聞かされたヒロシは宮本を凝視し、
当の本人は目を逸らして口笛を吹き始めた。
そこへ、横から見守っていた加藤が会話に加わる。
「佐々木君は相変わらずだなあ」
「え、俺!?」
「うん
君も宮本君と一緒になって働いてるふりをして、
楽な環境で甘い汁を吸わせてもらったんでしょ?
そういう立ち回りの巧みさには毎度感心させられるよ
一見すると“コンビのまともな方”だからタチが悪いよね
なんて言うのかな……お笑い芸人のボケ役よりも、
実はツッコミ役がヤバい人だった時の感覚に似てる」
すると佐々木も目を逸らして口笛を吹き始めた。
さすがは長年の相棒。彼らは同類なのだ。
別の拠点では黒岩透が華麗な剣捌きを披露し、
ここでも後輩たちが目を輝かせていた。
「なんか学園にいた時は全然目立たない人だったけど、
まさかこんなに強いだなんて思わなかったぜ……
さすがは内藤先生の息子だよなあ」
「こら、リキ!
ダブルで失礼だぞ!
目立たないとか言うんじゃない!
それにあの先輩と内藤先生は顔が似てるだけだ!」
「あ、そうだった
黒岩大地の息子だっけ?
素で間違えちゃったよ」
「目上の人間を呼び捨てにするな!
トリプルで失礼だぞ!」
「あはは、悪い悪い
でもそんなにカッカするなよ、K
さすがに本人を前にしたら俺だって敬語使うぜ?
お前も普段は芸能人とか呼び捨てにしてるだろ?」
「それは否定しないが……
もし先輩の耳に入ったら、きっと不愉快な思いをさせるだろう
今は同じ拠点で活動しているんだ もう少し用心した方がいい」
「あ〜、うん
たしかに用心するべきだったな
黒岩先輩、どこまで聞こえてました?」
「おいリキ、お前は何を──あっ」
Kが振り返ると、そこには真顔で佇む黒岩透の姿があった。
表情の変化に乏しい先輩なので何を考えているのか読みにくい。
これは本当に不愉快にさせてしまったパターンだろうか。
「七瀬が大声でリピートしてくれたおかげで会話の内容を把握できた
まあ、俺が目立たないのも誰かに似ているのも事実だから気にするな
それと、父を呼び捨てにした件も別段怒るようなことではない」
怒ってない。それが聞けてひと安心ではあるが、
無表情で淡々と伝えられてもどこか不安が残る。
「ところで有馬
お前の剣技はどこかぎこちないように感じる
実戦の中で修練を積もうという姿勢は結構だが、今は状況が状況だ
できれば普段慣れ親しんでいる本来のスタイルで戦ってほしい」
「本来のスタイルですか……
でも俺の場合、何も考えずにブンブン振り回すだけですよ
ヒロシ先輩や栗林先輩みたいにスマートに決めたいんですけどね」
「よりによって技量タイプのあいつらを目指しているのか
残念だが、俺の見立てではお前にそのセンスは備わっていない」
「ええ……
そんなバッサリ否定しなくても……」
「だが、直感の鋭さではお前が上回っていると思う
それはどんなに修練しても身につけるのが難しい天賦の才だ
むしろ余計な技術を習得してあれこれ考えながら動くよりも、
高音凛々子のように本能任せで戦った方がいいのかもしれない」
「え、高音先輩を参考にしろと……?」
「ああ、彼女は決して優秀な剣士とは言えないが、
どこを攻撃すれば敵を一撃で仕留められるかを見抜く力を持っている
ネコ科の肉食獣のような、生まれついてのハンターなんだろう」
「そう聞くとなんだかカッコよく思えてきた……
惜しむらくは、補習のせいでこの場にいないことですかね
俺は退学した身なんで、もう学園には入れないし……
そもそもあの人は教え方が下手そうなんですよね」
「安心しろ、彼女よりも師にふさわしい男が先日戦列に加わったそうだ
彼も退学後に野良冒険者として活動中だから、色々と話が合うだろう」
「へえ、それは是非会ってみたいですね」
「わかった
次の休憩時に紹介しよう
……まあ、お前も名前くらいは知っているはずだがな」
「へ?
俺の知ってる人?
誰だろう……?」
所変わり、最前線では1人の剣士が大暴れしていた。
彼は手にした大剣で矢継ぎ早にフライングデビルを3匹斬り伏せ、
真っ二つになったその上半身をすかさず拾い上げると、
横から迫ってくるスケルトンナイトに向かって投げ飛ばした。
ガシャガシャと音を立てて崩れ落ちるスケルトンナイト。
だが倒したわけではない。バラバラになった骨がふわりと浮き上がり、
元の形に戻ろうと再生活動を開始する。
しかし、そうはさせまいと剣士が割り込む。
彼は骨の山から頭蓋骨を回収し、味方の足元へと放り投げた。
「キャ!!
いきなり変な物を寄越さないでよ!!」
「おい並木ぃ!!
そいつぶっ潰しといてくれや!!
鈍器使いの出番だぜ!!」
「私はか弱い魔法少女だっつうの!!」
と彼女は憤るが、他の鈍器使いは乱戦の最中で手が空いておらず、
うかうかしているとスケルトンナイトが復活してしまうので、
状況的に自分がやるしかないと諦めてしぶしぶ鈍器を振り下ろした。
そして頭蓋骨が粉々になると同時に胴体の再生が強制中断され、
骨の魔物は全ての活動を停止して地面に散らばるのだった。
「よっしゃ!!
一丁上がりっと!!」
「キャ〜! さすが刹那様!」
「また1匹やっつけましたわ!」
「これが一条君の実力よ!」
聖域ダンジョン手前の乱戦地帯に黄色い歓声が飛び交う。
彼女らは一条刹那の冒険仲間であり、熱烈な信奉者たちでもある。
一条は学園に在籍していた頃にもハーレムを築き上げていたが、
どうやら退学後に新たな取り巻きの獲得に成功したようで、
相変わらずのハーレム生活を満喫していたのだった。
「トドメ刺したの私なんだけど……まあいいか
とりあえずあいつのおかげで戦力アップしたのは確実だし、
誰の手柄かなんてどうでもいいよね」
そう、取るに足らない些細な問題だ。
一条とその仲間たちの参戦によって戦局は大きく動き、
ダンジョンの入り口まであと一歩の距離まで駒を進めることができたのだ。
「まさかあの脳味噌下半身野郎に頼る日が来るとは思ってなかったけど、
この勢いを利用しない手は無いわ
トントン拍子にいけば今日中に入り口まで辿り着けるかもしれない
これでようやく聖域ダンジョンの攻略に取り掛かれるのね……」
並木がため息混じりにしみじみと呟く。
ここまで来るのに随分時間がかかってしまったが、
あとは終わりに向かって突っ走るだけだと思うと気が楽になる。
入場さえできるようになればこちらのものだ。
内部の地形を把握し、最短距離で最深部まで向かい、
コアを破壊すればダンジョンをリセットできる。
それにて任務完了。この戦いが終わるのだ。
そして彼らは戦い、戦い、戦い続け……
……夜の帳が下りる頃、とうとう目的地へ到達したのである!
聖域ダンジョン。
その入り口を数十の猛者たちが取り囲み、
歓喜の雄叫びを大合唱するのだった。
翌朝、ダンジョンの内部調査を行うパーティーが編成された。
調査隊の北澤敦、富井陽子、橋本星羅。
彼らはその道のスペシャリストであり、高度な調査能力のみならず、
国内最高峰の戦闘能力を有する実力者たちだ。
その3名だけではない。
北日本エリアで最強の魔法使いと名高い進道万里が同行し、
西からも、なんか有名らしい藤原兄弟が参戦してくれるというのだ。
計6名の精鋭が大勢の冒険者たちに見送られ、入場してゆく。
彼らほどの実力者が手を組んだとあらば、
もしかすれば調査のついでに事を済ませてくれるかもしれない。
そんな気運が高まっていた。
しかし、ヒロシは露骨に残念そうな顔をしながら不満を漏らす。
「はあ、俺たちはお留守番かあ
そりゃ今回のダンジョンは完全に未知の領域だし、
高校生や大学生に無茶させられないのはわかるけども……
大人としてのプライドがあるのも理解できるけども……
一番乗りしてみたかったなあ……前人未踏の聖域に
お前だってそう思うだろ、アキラ?」
「いや、思わないな」
「ええっ、なんでだよ!?
ここを攻略するのがお前の目標だったんだろ!?
こんな年功序列みたいな形で割り込まれて悔しくないのかよ!?」
「ああ、べつになんとも……
むしろこんなにも大勢の冒険者がこの場所に集い、
一丸となってダンジョン攻略を目指してくれている事実が嬉しい
少し前までは俺が1人で戦わないといけないと勝手に思い込んでいたが、
味方になってくれる人がこんなにいたと知って感激しているところだ」
「はえ〜……そんなもんかねえ
俺にはちょっとわかんねえや」
「このまま何事も無く終わってくれればいいのだが……」
「お前はまたそういうこと言う!!」
アキラがフラグを立ててしまったのかどうかは定かではないが、
国内最強クラスの冒険者パーティーは突入から10時間後、
全員が満身創痍の状態で地上へ帰還したのだった。
特に藤原兄弟の損傷具合は激しく、兄の鎧は布切れのように引き裂かれ、
弟の腕に至っては両方ともあらぬ方向に折れ曲がっていた。
激戦……という言葉ではとても言い表せないほどの死闘があったのだ。
朗報を期待していた冒険者たちはその惨状に落胆、あるいは恐怖したが、
彼らが命懸けで持ち帰ってきた情報を共有しなければならないと覚悟し、
担架に乗せられた瀕死の北澤からその全容を聞き出す。
それは絶望であった。
「ダンジョンの最奥部には……
君に……よく似た人が…………
いや、あれは……魔物……だった…………」
北澤はもはや自力で腕を上げることすらできない状態であり、
ゆっくりと首を動かして視線を『君』に向けた。
聖域ダンジョンの最奥部にいた魔物は、甲斐晃によく似ている魔物らしい。
それはかつて忌まわしい娘として村から追い出され、
集落にてたくましく育ち、最強の狩人へと成長を遂げた女性だった。
吹雪の夜に幼い息子を残して消息を断って以来、生死不明とされていた人物。
彼女が人間だった頃の名は、甲斐銀子。
アキラの母親である。