恥知らずのタートルネック
1年3組所属、久我龍一。
彼は陰で“カレンディー”と呼ばれていた。
彼はいつも学ランの下にタートルネックのセーターを着込み、
曜日ごとにイメージカラーを合わせてくるものだから、
ちょっとしたカレンダーの役割を果たしていた。
「カレンダー扱いされるのは嫌じゃない
……と言ったら、嘘になるな」
そして、この喋り方。
やけに芝居がかったそのキザったらしい口調は、
かつて一世風靡したトレンディードラマの登場人物を思い出させ、
ゆえに“カレンダー+トレンディー”の略語で“カレンディー”なのだ。
「小中君、僕と勝負してみないか?」
「えっ?
俺、骨折れてんだけど……」
そして、彼は恥知らずだった。
よりにもよって利き腕を負傷中のヒロシに対人戦を申し込んだのである。
そのやり取りを近くで見ていたグリムは、さすがに黙ってはいられない。
「なんだてめえ……
あの谷口に負けず劣らずのクズじゃねえか
怪我人に対戦申し込むかよ普通……恥を知れ」
「なんだ君は……慎んでくれたまえ
僕は今、小中君と話しているんだ
それに、この僕をあの谷口と一緒にしてもらっちゃ困るよ
僕はただ、確実に勝てる試合をしたいだけさ」
「それがクズだって言ってんだよ
3組の友達からお前の話は聞いてるぜ
なんでも3組で一番最初に魔法使えるようになって、
最近妙に威張り散らかしてるんだってなあ?
聞いた話だけでも性格の悪さが滲み出てんだよ」
「そんなのただの伝聞じゃないか
僕の性格が悪い……と言ったら、嘘になるな」
「その喋り方も鼻につくんだよ!」
怒りを露わにするグリム。
だが、当のヒロシは静かに言い放った。
「その挑戦、受けて立つよ」
「はああっ!?
何言ってんだお前!!
こいつは中学時代、フェンシング部だったんだぞ!?
それも全国大会で準決勝まで勝ち進んだ実力者なんだぜ!?
剣士同士の戦いじゃ100%勝ち目ねえよ!!」
そう指摘されるも、ヒロシの意志は揺るがなかった。
「久我……
そっちから仕掛けてきた勝負だ
ぶっ飛ばされても文句言うなよ?」
「ハッ!
君がこの僕をぶっ飛ばすだって?
あり得ないね! 断言するよ!
君の攻撃は一発も当たることはないってね!」
こうしてヒロシvs久我の試合は成立したのだ。
赤コーナー。
フェンシングがルーツの久我は当然、ソードを選んだ。
盾は持たない。更に左手をポケットに入れて余裕の表情だ。
防御は必要無しとの意思が窺える。
青コーナー。
ヒロシの装備はダガー1本。
最もリーチが短く、そして最も攻撃力の高い武器だ。
速攻で片をつけようという作戦なのだろう。
「では……試合開始!」
審判の合図で久我が飛び出す。
そして早速、想定外の事態が起きた。
「え……やっ、ちょっと待ってくれよ
僕の剣から手を離してくれたまえ!」
久我の放った突きは、いとも簡単に止められたのだ。
ヒロシは左手で久我のソードの刃部分を握り締め、絶対に手放す気はない。
ヒロシは、相手が必ず突いてくると確信していた。
久我がフェンサーだからという理由ではない。
攻撃力3のダガーには近づきたくないからだ。
「ふんっ!!」
久我の手からソードがすっぽ抜ける。
「や、ちょっ……」
「おりゃっ!!」
ヒロシは手にしたそれを観客席へと放り投げた。
試合開始からわずか5秒、久我はご自慢の剣を失ったのである。
「ちょっ、試合止めてください!
剣拾ってきますんで!」
「場外に出たら君の負けになる……試合続行だ」
無情なる判断。
試合中は審判の指示に必ず従わなければならない。
ヒロシは違反を犯していない。こんな戦い方もありなのだ。
「オラァ!!」
油断していた久我の横っ面に、宣言通りの左ストレートがぶっ刺さる。
「キャー! 龍一ぃ〜!」
「顔は殴られないで〜!」
「唯一の取り柄が台無しだよ〜!」
観戦していた女子からの黄色い声援。
そう、彼は顔だけはいい男だったのだ。
「小中君! 顔はやめて!
ボディーもダメだけど、一旦落ち着こう!
正々堂々、剣と剣の勝負をしようじゃないか!
お〜い!! 僕の剣をこっちに投げてくれー!!」
「何が正々堂々だ!!
俺は右手が使えないんだよお!!
それを、お前……この恥知らずがっ!!」
怒りの左フックが久我の頬を捉える。
「顔は殴られんなっつってんだろカレンディー!!」
「注意散漫なんだよこの包茎セーター野郎!!」
「てめえのカレンダーは日付わかんねえんだよ!!」
ファンの女子からも見限られ、久我は絶体絶命の状況に陥っていた。
「うわあああぁぁぁ〜〜〜っ!!」
追い詰められた久我は、つい先日使えるようになったばかりの攻撃魔法……
“アイスストーム”をヒロシに向かって解き放った。
凍てつく氷嵐がヒロシを襲う。
だが、ヒロシはこの展開も読んでいた。
魔法を習得したての初心者の場合、撃ててもせいぜい1〜2発が限度だ。
電光掲示板に表示されたヒロシの残りライフは76。
ヒロシのライフを削り切るには、最低でもあと4発は必要になる。
これは確実に勝てる試合。
だからこそヒロシは挑戦を受けたのだ。
「アイスッ、ストーーーッム!!」
そして久我は間髪入れずに2発目を放った。
これでもう、久我は攻撃手段を使い果たした。
……そのはずだった。
「アイスストーム!!
アイスストーム!!」
なんと、MPを使い果たしたはずの久我が、
ご自慢のアイスストームを連発してきたのだ。
ヒロシのライフは28、4と減ってゆく。
「えっ……おかしい!
審判さん! あいつイカサマしてますよ!」
「……いや、試合続行だ
久我君は3組で一番早く魔法を使えるようになったと聞いている
それなりに魔法能力の高い生徒なんだろう」
この審判は訓練官ではなく、普段関わりの無い学園職員だ。
ただマニュアルに従って行動しているだけであり、
全ての生徒の詳細を隅々まで覚えてはいなかった。
「アイスストーム!!」
ヒロシはかろうじて回避に成功。
そしてヒロシはあることに気づいた。
久我はズボンの左ポケットに手を突っ込んだままだ。
「審判さん! あいつポケットにアイテムを──」
だが、ヒロシは最後まで伝えることができなかった。
「アイスストーム!!」
無情なる一撃。
「……試合終了!!
ライフアウト!!
勝者は……久我龍一!!」
久我からの不可解な連撃を受け、ヒロシは敗北してしまった。
「審判どこ見てんだよーーー!!」
「ポケット調べろーーー!!
「こんなん認められっかよーーー!!」
観客からのブーイングを受け、審判は訝しむ。
「久我君、ポケットの中を見せてもらえるかな?」
だが久我は「いえ、結構です」と拒否したのだ。
「いや、何を言ってるんだ……
審判の指示には素直に従いなさい」
そう諭されるも、久我は応じない。
「審判の指示が有効なのは試合中だけですよね?
もう試合は終わってるんですよ
あなたが判断したんでしょう……僕の勝ちだと
それを今更、何を言い出すんですかね?
この試合は僕が勝った……その事実は揺るぎませんよ」
「いや、しかしだな……
……とにかくボディーチェックをするぞ」
「おっと、そんなことをしてもいいんですか?
僕の体に触れたらあなたをセクハラで訴えますよ?
5年くらい前に他の魔法学園で問題になったそうじゃないですか……
仕事を失ってもいいんですかね?」
「それは……その事件があったからこそ、
生徒を信頼してボディーチェックの手順を撤廃したんだ
はっきり言って、君の言動は疑わしい
今この場で身の潔白を証明できないと言うのであれば、
場合によってはその手順が復活することになる……君のせいでな」
「勝手にすればいいんじゃないですか?
まあ、僕のせいじゃないですけどね」
「この恥知らずめ……」
結局、試合の結果が覆ることはなかった。
個人戦績
久我 龍一
1戦1勝0敗
小中 大
2戦0勝2敗