防衛戦
十坂は独特な形状の槍を携えて独楽のように横回転し、
コボルトやゴブリンの入り混じった群集を斬り刻む。
その殲滅速度は頭一つ抜けており、他の冒険者が1匹ずつ戦っている間に
3匹、5匹、10匹と撃破し、嵐が通り過ぎるが如き活躍を見せつける。
「なあ、君は強いんだろ!?
そんなザコは放っといていいから、
先にあのデカいのをやっつけてくれよ!」
ペーパー冒険者たちが怯えた表情でトロールを指差す。
まあ3〜4階建てのビルと同程度の巨躯が闊歩しているのだから、
それを初めて目撃した彼らが動揺してしまうのも無理はない。
トロールはその巨体ゆえに生息できるダンジョンが限られており、
言わばレアモンスターなので詳細を知らないベテランも多い。
だがあれは図体が大きいだけで動きは鈍く、
ただ歩き回ることしかできないので脅威度は低い。
逃げ場の無い場所や味方が密集している環境では厄介な敵となるが、
周囲に障害物の少ない今回の戦場では処理を後回しにしても問題無い。
むしろ今倒してしまうのはもったいない。
トロールは判断力が低く、敵と味方の区別ができないので
上手く利用すればこちらにとって有力な武器にもなり得る。
「栗林君、気をつけてね!」
「ああ、わかってる」
松本は栗林に攻撃力向上を施し、増幅魔法で補強した。
これにより元々高い彼の攻撃力が更に上昇したのだが、
目的はステータスの強化ではなく、ヘイト管理のためだ。
現在彼らが担当しているこの南区画において、
栗林努は最も魔力の高い存在となった。
魔物の多くはそういう人間を狙う習性があり、トロールも例外ではない。
狙いはトロールの誘導にあり、これも人手不足を補うための作戦である。
栗林努はキラーウルフの群れに向かって駆け出した。
魔物たちは訓練された兵士のように一斉に戦闘態勢に入り、
急接近する長髪の男を噛み殺そうと牙を剥き出しにする。
が、キラーウルフの群れは一瞬で細切れにされたのだ。
グリムの手からは紐の形をした魔力の塊が伸びており、
それは黒炎を纏い、彼の意思で自由自在に動かせるようだった。
もし名付けるとすれば“炎の鞭”だろうか。
まあ、ただファイヤーボールを変形させただけの魔法技術なので
本人はわざわざ登録しようとは思っていないが。
実は以前登録した炎の戦輪を抹消しようかと悩んでいる。
基本魔法の応用をいちいち登録していたらキリが無い。
彼は戦輪と鞭だけでなく剣、槍、弓矢などの
様々な武器を模した魔法を具現化することが可能であり、
今後もそのレパートリーは増えてゆくのだろう。
と、討ち漏らしたキラーウルフが仲間を呼び寄せようと遠吠えを──
……実行できなかった。
件の魔物はトロールに踏み潰されたのだ。
一撃必殺。見た目通りの重量がそのまま適用され、威力は申し分ない。
グリムはその事実を確認するために敢えて1匹だけ残しておき、
ついでにトロールの進行速度を計測して今後の立ち回りを計算した。
「じゃあちょっと散歩に行ってくる
キンキンに冷えたコーラを用意しておいてくれ」
グリムは松本に背を向けたまま手を振り、
体長10mのペットを連れて森の中へと消えていった。
一連の流れを見守っていた冒険者たちはただ感嘆するばかりだった。
あの巨人を手懐けてしまおうという発想、それを実行に移す度胸、
中ランクの魔物を瞬殺できる実力、ミステリアスな風貌とクールな言動。
よその学園の女子が色めき立ってしまうのも当然であった。
冒険者装備で身を固めているのでどこの生徒かはわからないが、
同年代の女子が瞳をキラキラと輝かせながら松本に詰め寄る。
「ねえねえ、あの人なんて名前!?
誰かつき合ってる子とかいる!?
もしかしてあなたが彼女とか!?」
「えっ、いや、私彼女じゃないよ!?
栗林君のプライベートは知らない!
戻ってきたら自分で聞き出して!」
「オッケー、栗林君ね!
大変な状況だけど俄然やる気出てきたー!」
「あはは、それは何よりだよ……」
よその学園の女子は駆け足で持ち場に戻り、
報告を受けた仲間たちも少しはしゃぐ様子を見せた。
戦闘の最中だというのに随分と呑気なものだが、
友人が高く評価されているのは悪い気分ではない。
「まったく浮かれてやがんな、あいつら
しかし栗林も栗林だぜ
何が『散歩に行ってくる』だよ
カッコつけやがって……」
「あ、十坂君おかえり
すぐにお茶淹れるね」
「おう、頼む
……それにしてもあいつの炎、黒かったな
一時期は普通のファイヤーボールばっか使ってたけど、
最近はまた昔みたいに派手なエフェクトも意識してるようだ」
「うん
それっていいことだよね?
あの出来事を吹っ切れたわけじゃないと思うけど、
最近の栗林君はなんだか活き活きしてる感じがするよ」
「ま、あいつにどんな心境の変化があったかはわかんねーけど、
エースアタッカーのモチベーションが高いのは頼もしいぜ」
十坂の発言に何か引っ掛かるものがあり、松本は首を傾げる。
「ん、あれえ?
栗林君のこと自分より強いって認めてるんだ?
なんかちょっと意外……
十坂君の部屋には不良漫画とかいっぱいあるし、
てっきり『俺様最強!』みたいな路線を目指してるのかと」
「ハンッ、何言ってんだ
俺は端からそんなもん目指しちゃいねーよ
強さを追い求める奴が八百長なんてすると思うか?」
「八百長……ああ、そんなことしてたねえ
そして私がカモ第一号だったねえ……」
「だろぉ?
それに俺はアタッカーとしては一番じゃないってだけで、
得意分野では充分エース張れてるからいいんだよ」
「十坂君の得意分野って?」
「そりゃ、ザコ狩りのエースに決まってんだろ
MP使わずにここまで殲滅力の高い奴が他にいるか?
プロの連中も目丸くして見惚れてたぜ
こいつにかけちゃ甲斐晃よりも優れてるという自負がある」
「あー、うん、言われてみればたしかに……
でもなんかもっと他の言い方にした方がいいかも
“ザコ狩りのエース”じゃ締まらないよ」
「結果が出せりゃ赤の他人の評価なんて気にしないね
格下相手にしかイキれない奴だと思われても構わねえ
実際その通りだし、何もできない奴よりはマシだと思ってる」
「……そんなふうに言わないでよ」
「あん?
べつに間違ったこと言ってねえだろ?
俺は現実主義者なんでね、ありのままを受け入れるようにしてんの」
「…………」
松本は無言でその場から離れると、
支援を必要としている味方がいないか探し始めた。
(急にどうしたんだあいつ……?)
──所変わり、西区画は大量の魔物で溢れ返っており、
まあそれはどこも同じような状況ではあるが、
このエリアには厄介な難敵が少ないという特徴があった。
そのため他の拠点よりも幾分か楽に戦闘をこなせるので、
配備される冒険者のレベルはよそと比べて見劣りしていた。
しかし油断は禁物、もしもの時に備えて実力者は必要だ。
そこで白羽の矢が立ったのが正堂正宗である。
「明鏡止水──」
正堂に襲い掛かる魔物たちが次々とただの肉片へと成り果てる。
素人目には敵が彼に近づくだけで自動的にやられているように見えるが、
カラクリは単純で、ものすごい速さで迎撃しているだけだ。
移動を犠牲にして極限まで集中力を高める戦技、明鏡止水。
正堂正宗を学園最強の剣士たらしめる唯一無二の必殺技である。
「相変わらず強いなあ、俺たちとはスペックが違いすぎるよ」
「手数の多さだけが俺のアイデンティティーだったのに……」
そうぼやくのは丸山和輝と向井洋平。
どちらも元1年3組の同級生であり、退学後に野良冒険者となった身だ。
この防衛戦には先月から引き続き傭兵として参加している。
彼らは正堂と同じく“実力者として配備された”側の人間なのだが、
どうやら本人たちにその自覚は無いようだ。
「あいつ俺たちより強くね? まあ楽させてもらえるからいいけどよー」
「おいマサシ、後輩に追い抜かれてるんだぞ? ヘラヘラするな」
宮本正志と佐々木小司郎の先輩コンビ。
彼らは卒業後、野良冒険者として若手の足りない地方を渡り歩いていた。
前述の2名とは違い、ペーパー冒険者枠での参戦となる。
どちらも優秀な剣士ではあるが、少しでも楽をしたいがために
敢えて弱者のふりをしてこの拠点に紛れ込んだという経緯だ。
「まったく、随分と差が開いちまったな……
俺も進級できていれば、もっと強くなれたのだろうか……」
元1年3組、本郷拳児。
彼は学業成績が悪かったせいであえなく退学となり、
しばらくは一般の高校へ編入するための勉強に明け暮れていた。
が、それに飽きて『俺には冒険者の道しかない』と思い直し、
正式な冒険者免許を取得して再出発したのだ。
彼だけではない。
「どりゃあああああ!!」
「サンダーボール!!」
「誰かこっち手伝って!!」
原田、木村、丹波などの微妙な面子もその場に集結していた。
彼らもまた進級できずに学園を去った身であり、
その後、一般人としての生活に馴染めなかった半端者たちだ。
今回の戦いには彼らのような元生徒がまだ何名か参戦しており、
ほんの少しだけ同窓会の気分に浸ることができた。
そんな彼らを目にして、正堂は思う。
(男ばっかだな……)
──東区画には強敵ドラゴンが大量発生していた。
町の3分の1程度まで押し込まれてあわや大惨事という状況だったが、
現代兵器の投入により被害を最小限に抑えることができた。
言わずもがな、自衛隊の方々による功績である。
バルログの倍以上のパワーを誇るドラゴンでさえも、
人類が生み出した科学技術の結晶の前には無力だったのだ。
「なんか……俺たちいなくてもよくね?」
冒険者たちは困惑するが、自衛隊員は首を横に振る。
「我々は厳格な命令の下に動いているから、
君たちほど自由に活動することはできないんだ
装備の違いもあるし、魔法でないと倒せない敵もいるんだろう?
それに、我々にあんな戦い方はとても真似できないよ」
自衛隊員が指差す先には、ツインテールの美少女が大盾を構えて
ドラゴンの突進を防ぐ光景が繰り広げられていた。
「どすこおおおおおい!!!」
「ましろ!!
はっけよい、はっけよい!!」
「のこったあああ!!!」
なんと、ましろはドラゴン3匹をまとめて押し返し、
バランスを崩した魔物たちはゴロンと仰向けになった。
「また妙な掛け声しやがって……
まあいい、アイスストーム!!」
センリの攻撃魔法が炸裂。
直前までましろと遊んでいた並木も攻撃に加わり、
強敵と恐れられるドラゴンがいとも簡単に処理される。
そして3人組は何事も無かったかのように辺りを見回し、
苦戦中の味方を発見しては援護に向かうのを繰り返した。
「冒険者ならみんなあれを真似できると思ったら大間違いですよ」
──そして北区画。
ここには町を防衛するための戦力だけでなく、
別の目的を遂行するためのチームが編成されていた。
関東魔法学園からアキラ、ヒロシ、リリコ、ユキ、内藤真也。
東京魔法学園の山口将太。日本魔法学園の斎藤満月。
調査隊の北澤敦、富井陽子、橋本星羅。
以上が村へ向かうメンバーである。
あそこにはまだババ様を中心とした村人たちが残っているのだ。
それなりに猛者揃いなので簡単にやられはしないだろうが、
慣れない魔物との戦闘が続いて疲弊しているはず。
今のところ物資が不足しているという情報は入ってこないが、
食料や火薬が尽きるのも時間の問題だ。
「まずは補給路の確保から取り掛かる
目指すは昇降機のある第二防衛拠点跡地だ
そこまで辿り着いたらあとは崖上まで引き上げてもらい、
安全地帯の座標を転送地点として登録すれば目標達成となる」
ユキの出番だ。
一度座標の登録さえ済ませてしまえば、
いつでも転送魔法で物資の運搬が可能になる。
人間の転送も可能だそうだが、リスクを伴うので却下だ。
どうやら転送先に何かしらの物質が存在した場合、
転送した人間と物質が融合して“モノ人間”になってしまうらしい。
余談だが瞬間移動も同様のリスクがあるので、
彼女は今まで視界に入っていない場所へ飛んだ経験は無い。
進行中、アキラは隙を見て山口に問い掛けた。
「なあ、変な質問をして悪いんだが……
チョコチップクッキーの話を覚えているか?」
「クッキー?
ああ、もちろん覚えているとも」
「そうか」
「ああ」
「……」
「……」
「おいアキラ、困惑させないでくれ
君はその話題をどうしたいんだ?
みんなにも聞かせようとしてるのか?」
「いや、すまない
ただお前が覚えているかどうか確認したかっただけだ」
「覚えているか、だって……?
そんなの忘れるはずがないだろう
かなり笑える話だという理由もあるけど、
5人で取った最後の食事でもあるからな……」
「5人……最後の食事……
その5人というのは各魔法学園から派遣された代表の生徒で、
最後の食事というのは、その、つまり…………誰か死んだのか?」
「……っ!!
アキラ、君は何を言ってるんだ!?
まるであの出来事を忘れたかのような物言いを……!!」
「ああ、やはりそういうことなのか……
すまないが本当に忘れてしまっていてな、
沖縄で体験したはずの記憶が一部思い出せないんだ
解離性健忘というやつだろう
手間をかけて悪いが、あとで記憶を取り戻す手伝いをしてもらえるか?」
その症状を聞き、山口は眉をひそめる。
それは心的外傷や強いストレスによって引き起こされる記憶障害であり、
戦争帰りの兵士が悩まされる症状としても知られている。
心当たりはある。
あの場所で綺麗に死ねた人間はいない。
綺麗に生きるのも難しい状況だった。
そんな中アキラは決して道徳の精神を捨てず、
人として正しくあろうと、その意志を貫き通した。
アキラは意地を張りすぎたのだ。