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進め!魔法学園  作者: 木こる
3年目
136/150

縄張り

俺はバルログの首をもぎ取り、乱雑に投げ捨てた。


「まったく、冗談じゃない……」


魔法学園では中ボス扱いされていたあの強敵が、

こう何匹もうろちょろされてはたまったもんじゃない。

3日前に北東の崖を降りていった個体がいたそうだが、

ちょうど真下に拠点を築いていた山田班が撃退してくれたらしい。

彼はバルログ2匹に挟まれた状況から仲間を守り抜いた実績がある。

そして今回も無事に切り抜けられたとのことで、ひと安心だ。


友人の稲葉豊作に原因を調査してもらったところ、

それは聖域から魔物が溢れ出しているのと似た理由であった。

どうやら先月の土砂崩れで地形が変化し、ちょうどいい具合に

魔物が下へ行くための通り道が出来上がってしまったようだ。

再発防止のため、豊作は協力者たちと共に崖の修復に尽力している。



もう1匹のバルログの相手をしていると、

畑の前で石井さんがゲホゲホと咳き込む姿が見えた。

彼の足元にはコボルトの死体が5つ転がっている。

なんとか作物を守れたが、もう体力の限界が近いのがわかる。

早く休ませないと取り返しのつかないことになるだろう。


集落の住民を戦いに巻き込みたくはなかったのだが、

この場所を守るには俺だけでは人手不足であり、

ある程度は住民自身の力で自衛してもらうしかない。

俺は脚を振り下ろしてバルログの脳天を破壊すると、

すぐさま意識朦朧としている石井さんの介抱に向かった。


「石井さん

 こっちは片付いたのでもう休んでください」


「すまない、アキラ……

 私が病弱でさえなければもっと役に立てたんだが……」


「何を言ってるんですか

 あなたはいつだって俺たちの味方でいてくれた

 それだけでも返し切れないほどの恩がある

 変な気を回さず、ご自身の体力回復に努めていただきたい」


「うむ、ではお言葉に甘えさせてもらおう……」


石井さんは俺の手を借りず、おぼつかない足取りで自宅に向かった。




しばらくして、視界から動いている魔物の姿が消えた。

約5時間ぶりに訪れた休憩のチャンスだ。

俺は頭まで川に浸かり、汗と汚れを洗い流し始めた。

親父が近くの小屋に乾いた衣服と軽食を用意してくれている。

1人で休みたいと思っていたので、この気遣いはありがたい。


不謹慎ながら魔物の襲撃にも少しだけ感謝している。

敵と戦っている間は誰とも話さずに済む。

沖縄で何があったのかを質問されたくないのだ。


と、その時。

西の方角からオークが3匹現れたではないか。

コボルト程度なら武装した住民でも対処できるが、

おそらくあの魔物の相手は務まらないだろう。

そもそも一般人である彼らに戦わせたくはない。

やはり自分がやるしかない。休憩はその後だ。


そう覚悟したが、着物姿の老婆によって制止された。

臙脂(えんじ)色の布地に埼玉の蝶であるミドリシジミの模様が描かれている。

ババ様の登場だ。


「小僧、貴様もしかと休め

 ろくに眠らず戦い通しでは、いつか倒れてしまうぞ」


「ババ様、しかし……

 あれはオークという魔物でして、

 ゴブリンの上位種と考えられており──」


「ええい、そんな情報はどうでもいい!

 貴様がアレを屠る場面なら腐るほど見てきたわ!

 オレたちがあの程度の相手を始末できなかったら、

 いつまで経っても貴様が休めんだろうが!」


「ですが、俺は冒険者として──」


「フン、ナメるなよ小僧!!

 そこで黙って見ておれ!!」


そう言うとババ様は足幅を広く取り、

前傾姿勢の斜構えで両手を前へ突き出した。

そして両腕を上下に展開し、何かを掴むように指を鉤状に曲げ、

まるで獰猛な肉食獣の牙を思わせる形を作り出した。


龍の型・牙の構え。


母が得意としたトラの構えと対を成す超攻撃志向の構えだ。

現代の使い手はババ様1人しかおらず、後継者が見つからないため

彼女が最後の伝承者になるだろうと囁かれている。



ババ様は突き出した両手を腰に引き寄せ、コオオと息を吐き出す。

すると彼女の周囲の景色が陽炎のように揺らめき、

その手中に吸い込まれるかの如く不可思議な曲線を描き出した。

そして大きく息を吸い込む動作に合わせて光の球が膨張してゆき、

最高潮に達したところで両手を前方に突き出して叫んだ。


「ハアアアアァァァァッ!!!」


しわくちゃの手から闘気の波動が放射され、

それは極太の光柱となってオーク3匹を飲み込んだ。

直撃を受けた魔物たちは足首だけをその場に残し、

他のパーツは全て跡形も無く消滅していた。


「お見事」


「フン、おべっかなんぞいらんわ!

 とっととメシ食って寝てこんか!」


攻撃魔法と見間違えてしまいそうになるが、

あれはれっきとした武術であり、魔法ではない。

あの技を使えれば遠距離から敵を片付けられるのだが、

残念ながら俺にはそれを習得するための才能が備わっていなかった。




俺は小屋で食事を取り、横になった。

だが眠れない。眠れるわけがない。

慌ただしい足音。農具を振り回す音。誰かが外で戦っているのだ。

相手は小物なのだろうが、それでも安心はできない。


集落の住民は村や里の者ほど丈夫とは言えず、高齢者の比率が高い。

若者の半分は崖の修復で出払っており、集落周辺に防護柵を設置しても

バルログやミノタウロスなどのデカブツが来れば一瞬で破壊されてしまう。


ここに銃は無い。村や里の連中が持ち去ってしまった。

しかも奴らは魔物を誘導する方法を覚えたらしく、

両者共にお互いの陣地へ押しつけようとするものだから、

間に挟まれているこの集落に敵が流れてきて大迷惑を被っている。


この場を放棄すれば戦力が手薄な南側に魔物が流れる可能性がある。

麓の町には妹たちがいるので、絶対にここで食い止めなければならない。

集落の高齢者たちに山を下りる体力があるかどうか怪しく、

彼らは村や里から追放されたか自ら出ていった者たちなので、

どちらの陣営も避難を受け入れてはくれないだろう。

酷い話だが、戦えない者たちはこの危険地帯に留まるしかない。


ババ様の判断は正しい。

俺が倒れたらこの集落が決壊し、確実に被害が拡大する。

いつでも戦えるようにコンディションを整えておかねばならない。

『休める時に休む』。

俺は目を閉じたまま、心の中で何度もそう繰り返した。



微睡(まどろ)みの中、夢……というより記憶を見た。

だが肝心な部分を思い出せない。


沖縄で食料不足に悩まされていた頃、

俺たちは偶然にも未開封のクッキー缶を発見することができた。

その場にいた者たちで1枚のクッキーを均等に分けたのだが、

『チョコチップの数が不公平だ』と誰かが騒ぎ出して、


……。


…………?


その後、どうなったのかを思い出せない。


人間はつらい体験をすると記憶を封印することがあるそうだが、

たしかこのエピソードは笑える話だったはずだ。

それなのに事の顛末どころか、その時に同行していた者の顔すら

まるで霞がかかったようにぼんやりとしか映らず、

なんとももどかしい気分にさせられるのだ。


それが夢だからではない。

はっきりと覚えているはずの出来事を上手く思い出せない。

他にも飛んでいるであろう記憶がいくつもある。

これでは詳細な報告書を仕上げることができない。

まったく困ったものである。






「──たっ、大変だよアキラさん!!

 休んでるところ悪いけど、起きて!!」


小屋に駆け込んできたのは稲葉耕作。豊作の弟だ。

こいつに謀殺されそうになった事もあるが、今その話はいいだろう。

崖の修復に専念しているはずの彼が大慌てでやってきたのだ。

向こうでよほどの事態が起きたに違いない。

まさか、豊作の身に何か……?


「村の連中、魔物を里に押しつけるのをやめて、

 東の方へ流し始めたんだ!!」


「なっ……東だと!?

 何を馬鹿な……

 状況を悪化させるだけだぞ!!」


人口の少なかった時代ならいざ知らず、今は21世紀。

山を下りれば東西南北に町が存在している。

都会では猪が出没するだけでも大騒ぎになるものだ。

魔物が町に流れ込めば大きな混乱は避けられないだろう。


事実、今回の出動のきっかけとなった群馬では人々が不安がり、

負の感情に引き寄せられた魔物の勢いが衰えずにいる。

北軍は防衛線を維持するので手一杯な状況であり、

南下することができずに東軍・西軍と未だ合流を果たせていない。

東も同じ状況に陥れば聖域ダンジョンから溢れ出す魔物の量も増加し、

やがて混乱が西と南にも伝播して被害は拡大するばかりだ。


最悪、秩父に人が住めなくなる未来もあり得るのだ。

村の連中は、いや、村長はそれを理解しているのだろうか?


「まったく、あの小僧め

 目先の問題に気を取られて大局が見えとらんわ

 どれ、ここはひとつこのオレが説教してやらねばな」


ババ様は村の御意見番として、村長に唯一楯突ける存在だ。

彼女が説教すれば村長も少しはおとなしくなるのだろうが、

それは一時的なもので、また同じことを繰り返すのが目に見えている。


ババ様は相当な高齢で、確実に死期が近い。

村長はそれを理解しており、年々態度が大きくなっている。

小うるさい彼女がこの世を去れば村長の天下。独裁の邪魔をする者はいない。

村長はババ様に育ててもらった恩を忘れ、彼女の死を願っているのだ。


「ババ様はここに残ってください

 俺が行って村長と話をつけてきます

 ……耕作、修復班を呼んできてくれるか?

 少しの間だけ集落の防衛を任せたい」


「はい、アキラさん!

 すぐに連れてきます!」






──『村』に足を踏み入れたのは何年ぶりだろうか。

この場所はあの頃とちっとも変わっていない。

住民は相変わらず着物のままで、建物は全て木と石で出来ている。

電柱は1本も存在せず、まるでタイムスリップでもしたような気分になる。


ふと、門の外で放置されているバルログの死体に目をやる。

翼の生えた熊──異形の獣──その残骸が転がっている。

5歳の俺が真剣に訴えても村の連中は嘘つき呼ばわりして信じなかった。

その現物を目の当たりにして、奴らは何を思っただろう?

……いや、何も思わなかっただろうな。

奴らはただ、よそ者の息子が目障りだっただけだ。

俺の家族(招かれざる者)を叩ける材料があればなんでもよかったのだ。


思い出に耽っていると、村一番の大男が取り巻きを連れて出迎えに来た。

彼は俺を見るなりあからさまに面倒臭そうな表情を浮かべ、

外野の者たちは俺にすぐ帰ってほしそうな視線で見守っていた。


「して、アキラよ

 ()()()になんの用だ?

 ここは貴様のような都会かぶれが来ていい場所ではないぞ

 ただでさえ得体の知れない害獣の始末で忙しいんだ

 部外者の相手なんぞしている暇は無い

 さっさと用件を伝えて立ち去れい」


村長……相変わらずでかいな。

目測で身長255cm。とても同じ種族だとは思えない。

俺はこの生物の血を引いているが、こうはならないように願っている。

まず間違いなく日常生活で不便だし、食費がかさむだろう。

何より注目を浴びたくない。珍獣扱いされるのは御免だ。


「魔物を他の場所に誘導するな

 ここへ来た敵はここで処理しろ、以上だ」


俺は簡潔に伝えた。

村長は村長なりに自分の領地を守ろうとしているのだろうが、

その方法は長期的な目で見れば悪手になる……という説明をしても、

よそ者のガキの言うことなど真剣に取り合わないだろう。

きっと今の簡潔な台詞も聞き流しているはずだ。


ここで重要なのは、俺が村長に対して命令したという点だ。


「おいアキラ、貴様……

 今、俺に向かって命令したのか?

 ふざけるなよ、この出来損ないめが……

 俺を誰だと思っている?」


「村で王様を気取っている、ちっぽけな独裁者だ

 でかいのは図体だけで、その実、ただの小物にすぎない

 自分より才能のある娘に嫉妬して村を追い出した憐れな男で、

 実の息子のように育ててくれたババ様に敬意を払わない恩知らず

 ……まあ、あんたを一言で言い表せば“クズ”だな」


村長は額に血管を浮き上がらせ、ギリギリと歯軋りして不機嫌そうだ。

取り巻きたちは青褪めながら後退し、物言わぬ背景と化す。


この恐るべき外見の大男に生意気な口を聞ける者はごくわずかであり、

彼の父親が亡くなってからはババ様だけが唯一の対等な存在だった。

それがどうだ、忌み子とよそ者の間に生まれた憎たらしい小童が、

“この世で一番偉い村長様”に対して舐め腐った物言いをしてきたのだ。

腸が煮えくり返る思いだったろう。


俺も同じだ。


俺も以前からこのデカブツが気に食わない。




村長は怒りに満ちた目をカッと見開き、

右足を下げ、左足に重心を乗せて両手を前へと突き出す。

鉤爪のように曲げた指は敵を切り裂くための形であり、

これにより拳で斬撃を与えることが可能になる。

ヒョウの構え……正当な伝承者がそれを使うのは初めて目にする。


俺はどういうわけか一番体に馴染むネコの構えではなく、

母が得意としたトラの構えを取っていた。

なぜだろう。母を捨てた男を前にして感傷的になったのか?謎だ。


「フン、無様な姿を見せおって……

 所詮貴様の構えは形だけの紛い物にすぎぬ

 いくら母親の真似をしたところで虎にはなれんのだ

 言うなればただの猫よ

 貴様の猫は、我が豹に食われるが定め

 二度と生意気な口が聞けぬよう、圧倒的な力の差を見せてやろう」


言い終わると同時に村長は地面を蹴り、

大砲のような音がしたかと思った次の瞬間には

既にその男は移動を終えて攻撃のモーションに入っていた。


──速い。


今まで対峙してきたどの魔物よりもスピードがある。

あの巨体でここまで速く動ける人間が他にいるだろうか。

いいや、いない。

スピードだけではない。確実にパワーもある。

地面にはクレーターが出来上がっており、

それは蹴り足の強さを視覚で理解させるのに充分だった。


だが、



母より遅い。



俺は村長の攻撃が届くより先に一歩踏み込み、

懐に潜り込んで渾身の一撃を繰り出した。


村長の動体視力と反応速度は常人の域を遥かに凌駕しており、

危険を察した彼は瞬時に攻撃を中止して両手で心臓を防御する。


バキバキと拳の骨が砕ける感触が、手首、肘、肩へと伝わってゆく。


俺の拳が、村長の拳を破壊したのだ。



「ガッアアアァァァアアァァッ!!!!!」



想定外の衝撃を受けた村長は3mほど後方へ吹き飛び、

両手の痛みのせいで受け身を取れず、背中から着地する。

そのまま地面を抉りながら更に1m。

村長はこちらに殺意の眼差しを向けて起き上がろうとするが、

俺はすかさず胴体を踏みつけて拒絶した。


ゴーレムを粉砕できる拳を人間相手に振るうのはどうかと思うが、

まあ、この男なら死にはしないだろう。

武術の才能がある者たちを暴力で支配してきた猛者が、

俺のような出来損ないの拳で死ぬはずがない。


俺は相手の顔面に手加減無しの打ち下ろしを2度、3度と繰り返し、

ちょうど10発目で意識が途切れたのを確認し、勝利を宣言した。



「今日からここは俺の縄張りだ!!

 だが安心しろ!!

 統治の仕方は今まで通りだ!!

 文句のある奴は力でねじ伏せる!!

 不服ならば、この俺を倒してみろ!!

 俺は逃げも隠れもしない!!

 いつでも相手になってやる!!」



返事は無い。

事の成り行きを見守っていた村人たちは皆、

口をあんぐりと開けたまま硬直している。

まあいい、沈黙は肯定と見做す。

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