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進め!魔法学園  作者: 木こる
3年目
135/150

長く苦しい戦い

第三拠点にて、ヒロシの手から1羽の鷹が飛び立つ。

連絡係のタカコが向かう先は非戦闘員ばかりの集落であり、

どうやらアキラはそこの防衛で忙しくて手が離せないそうだ。

半年ぶりに学園に戻ってこれた矢先に此度の魔物流出騒ぎ。

あいつもつくづく運が悪いな、と同情のため息が出てしまう。

だが、今は遠方の友人よりも目の前で苦しんでいる男が気になる。


内藤訓練官はテントの床で胎児のように丸くなり、

額からは大粒の汗を流しており、うーうーと呻き声を漏らしている。

だがどこか怪我をしているでもなく、病気というわけでもない。

彼はもっと別の原因で苦しみ悶えていたのだ。


「先生……

 これを機にタバコなんてやめたらどうです?

 わざわざ自分から体内に毒物を取り込む意味がわからない」


「簡単に言ってくれるなよ、小中……

 毒物だと? ああ、まさにそうだ!

 あんな物、百害あって一利なしだ!

 お前たちは一生理解しない方がいいぞ、こんな……

 有害物質(ニコチン)が欲しくてたまらないという狂った欲求なんてなあ!」


禁断症状。

重度の愛煙家である彼は今、タバコが切れて苛立っているのだ。

空箱や吸い殻の匂いで落ち着こうとしているが、効果は無いようだ。


「先生は普段、1日に何本くらい吸ってるんですか?

 うちの母ちゃんは日によって違うけど大体5〜10本だそうで、

 1日1箱以上吸うようになったらヤバいって言ってました」


「1箱、か……

 箱の数ではなく、本数で数えるべきだ

 昔は1箱20本入りだったのに……クソが」


「へえ、そうなんですね

 ……で、何本吸ってるんですか?」


「さあな、特に決めてない

 お前の母親と同じく、日によってまちまちだ

 仮に休日に1時間5本ペースで吸っているとして、

 それを20時間続けたら100本になるな」


「先生の家、部屋の壁が真っ黄色になってそうですね」


「真っ黒だぞ」


「あ、電子タバコにしてみたらどうです?

 よくわかんないけど健康被害少ない印象なんで」


「電子タバコか……

 何度か試したことはあるが、

 満足感より物足りなさの方が上回って、

 結局普通の紙巻きタバコに逆戻りするんだ……毎回な」


「なるほど、禁煙か減煙にチャレンジしたことはあると」


「そりゃまあ……

 毎年毎年、卒業生から灰皿をプレゼントされて、

 家の中が灰皿だらけになって困ってるんだ

 教え子からの厚意を無下にするわけにもいかず、

 使用回数に差が出ないように調整しながら吸っている」


「初めて聞くタイプの悪循環だ……」




無愛想だが、良識ある大人として頼り甲斐のある内藤先生。

かつて“電光石火”と呼ばれていた凄腕の魔法剣士であり、

その華麗なる剣捌きはとても中年男性のそれではない。

そんな彼がニコチン欲しさに苦しむ姿はなんだか憐れだ。


この第三拠点には魔法学園から参戦した助っ人だけでなく、

現地周辺で活動している野良冒険者、他の大人たちも存在する。

彼らの中に喫煙者がいればいいのだが……。


「え、タバコ?

 いや無理無理、そんな嗜好品に手を出す余裕は無いよ

 今回の作戦に参加した他の奴らも似たようなもんさ

 俺たちは週に1本ビールを飲めるかどうかの“週1組”で、

 酒かタバコのどちらかを選べと言われたら迷わず酒を選ぶね」


「冒険者は世の中に必要な職業なのに……世知辛いですね」


「ああ、君たちは心配しなくても大丈夫だよ

 今まで見てきた魔法学園の生徒の中でも特にレベル高いし、

 卒業シーズンにはいろんな所からお声が掛かるんじゃないかな

 大手企業と契約を結べれば毎日ビールが飲めるだろうね」


「ビールを基準にされても……

 契約冒険者というとあれですよね?

 特定のダンジョンを管理したり、企業の広告塔になったり」


「うん、そうだね

 ビジュアルが良かったりトークが上手かったりすると、

 そこから芸能界に流れてくケースも多々あるね

 そうなったらもう、毎日ワイン生活も夢じゃないよ」


「俺未成年なんで、酒を基準に語られても困ります

 ……ダンジョンの管理ってなんか変な感じがしますよね

 全く戦いとは無縁そうな文房具メーカーや飲食店とかが、

 該当区域内での活動ルールを決める権利を持ってるのが不思議だなと」


「それはほら、ダンジョン周辺の土地が安いからだよ

 近くに魔物の巣がある場所なんて普通は住みたくないでしょ?

 でも値段が安ければリスクがあっても買いたいって人が出てくる

 まあ安いと言っても俺たちには手が届かない金額だけど……

 で、そういう土地は金の余ってる連中がとりあえず確保しておいて、

 価値が上がったら売ってしまおうって魂胆なのさ

 金持ちが更に金持ちになれる仕組みの一例だよ

 基本的にダンジョン周辺の地価が下がる心配はほとんどないから、

 要らなくなったら買った時とほぼ同じ金額で売れるのも強みだね」


「ダンジョンを消滅させる以外に地価を上げる方法ってあるんですかね?」


「う〜ん、そうだなあ……

 例えば近くに大型ショッピングモールや遊園地とかを建設して、

 その地域の魅力を高めるしかないんじゃないかな

 そういう場所には必然と人が集まって、それだけお金が動くからね」


「ああ、それで失敗したテーマパークを知ってます」




テントに戻ると、先生が体育座りの体勢でガタガタと震えていた。

目の焦点は合っておらず、その辺から摘んできた謎の葉っぱを咥えている。

有毒植物でなければいいが……いや、彼は毒物(ニコチン)を欲しているのだ。

これはいよいよまずい気がする。放っておいたら何をしでかすかわからない。


「そうか、野良冒険者の中に喫煙者はいなかったか……

 仕方ないと言えば仕方ないが……くそ!

 俺はもう6時間も禁煙してるんだぞ……!

 イライラしすぎて頭がどうにかなりそうだ!」


「それは禁煙と呼べるんですかね

 ……まあ、とりあえず急いで町まで行って買ってきますよ

 空箱貸してください 銘柄とか言われても忘れそうなんで」


「いや、未成年に買わせる気は無い

 かと言って東軍の総大将がこの場を離れるわけにもいかん

 この場合は野良冒険者に頼むのが筋だ……が、連中は信用できない

 預けた金を持ち逃げされる危険性が少なからずある

 くそ、やはり身内を行かせるしかないか……!

 遠回りになるが第一拠点の落合先生に事情を伝え、

 あいつに買ってきてもらうのがベストだ!

 そうと決まったら小中!

 パーティーを編成して速やかに出発しろ!

 メンバーはお前が選べ! 俺は今、頭が回らないんでなあ!」


「ああ、はい

 お使いに行ってきます」


クエスト『ニコチンってなんの略?』を引き受けました。




ヒロシは同級生を集めて事情を説明し、

第一拠点へ向かうメンバーを選出した。


小中大。

杉田雪。


以上。


「おいおい、たった2人で平気なのかよ?

 道中の魔物を全部排除してきたとはいえ、

 区域を完全に浄化できたわけじゃねえんだ

 戦力としておれも連れていった方がよかねえか?

 それと回復役(ヒーラー)として……黒岩とかな」


「センリ、町でひとっ風呂浴びたいんだろうけど我慢してくれ

 ここは最も危険な拠点だからこそ戦力を多く残しておきたい

 俺はカスみたいな魔力しか持ってないから魔物に気づかれにくいし、

 この中で一番フットワークが軽いという自負がある

 ユキちゃんは瞬間移動(テレポート)を使えるからどうとでもなるし、

 どうやら“転送魔法(トランスポート)”で町からここに直接アイテムを届けられるらしい」


「えっ、なんだその便利能力

 おい杉田、マジか?

 そんなの使えるなんて聞いてねえぞ」


「うん、マジ……

 でも戦いには関係無い魔法だから、

 登録しておく必要は無いかなと思って……」


「かぁ〜〜〜っ!!

 そういう面白そうな魔法はおれらに教えとけよ!

 『どんな悪さに使えるか』で盛り上がれるだろうが!」


「え、悪用する気は無いよ」


「そうだろうけど、想像で遊べんだろ!?」


「想像で遊ぶ……?

 よくわからない……

 数字を弄るゲームなら好きだけれども」


「ああ、そういやこいつ天才だったな……

 おれら凡人とは違う感性の持ち主なのを忘れてたぜ」




ヒロシとユキは拠点を発ってから2時間後、

東からやってきた後輩パーティーと鉢合わせた。

メンバーは板倉、河村、長瀬、望月と、どれも馴染みの無い顔触れだ。

どうやら彼らは昨晩季節外れのバルログと交戦したらしく、

その報告をするため第三拠点へ向かっていたとのことだった。


だが今はタイミングが悪い。

総大将はニコチン不足で不安定な精神状態となっており、

そのような想定外の事態に対して適切な判断を下せるとは思えない。

正常な判断力があった時に出した最善手がハズレを引いたのだ。

今はより慎重になる必要があり、冷静な対応が求められる。


ヒロシは後輩たちに生徒会長を頼るよう伝え、

一刻も早くタバコを入手しようと先を急いだ。




だが、いくら悪路に強いヒロシと言えど体力に限界はある。

ユキもテレポートの連続使用で少し疲れてきたようだ。

2人はちょうどいい高さの根上がりに防水シートを被せ、

そこに腰掛けてしばし小休止を取ることにした。


「ヒロシは最近何かハマってるものとかある?

 それこそ『これが無いと生きられない』ってレベルのやつ」


「え、俺?

 いやあ、特に思いつかないなぁ

 風景写真撮るのは好きだけど、父ちゃんが遺した機材がありゃ充分だし

 最新型を買い揃えようとかは全然思わないレベルなんだよな

 テレビゲームだとRPGにハマる傾向だけど、

 全クリ後にアイテムコンプとかステータスMAXまでやり終えちゃうと

 そこで飽きちゃってもうやらなくなったりするからなぁ」


「それはもう、やり尽くしただけでは……?」


「まあ、ちょっと恥ずかしい言い方になるけど、

 俺の場合は『夢にハマってる』感じかな

 今の俺の実力じゃ絶対に無理なのはわかってるけど、

 いつか必ずピラミッドダンジョンを制覇するんだって目標がある

 そのおかげでここまで来れたし、みんなとも出会えた

 これからどんな困難が待ち受けてようと、この夢を捨てる気は無いね」


「なんかヒロシが主人公みたいなこと言ってる」


「ええ〜、そりゃないぜユキちゃん!

 人は誰だって自分の人生の主人公なんだぜ?

 うろ覚えだけど、何かの漫画で誰かがそう言ってた気がする」


「本当にうろ覚えだね……

 まあとにかく、ヒロシにもそういうのがあって安心したよ

 やはり人は何かに依存せずにはいられない生き物……」


「ん?

 ああ、先生か

 ヘビースモーカーだとは知ってたけど、

 さすがにあれは吸いすぎだよなぁ」






その後2人は順調に歩を進め、昼には第二拠点を通過し、

夕方には第一拠点で落合訓練官を回収することができた。

一度通ってきた道であるし、ほぼ戦闘無しならこんなものだ。

何事も無ければ1日で往復可能。それが証明できたのは大きい。


そして一行はそのまま東の昆虫天国を通り抜け、

町に着いた時にはすっかり夜になっていた。

果たしてタバコを販売している店は開いているのかと不安になったが、

こんな田舎にも24時間営業のコンビニやスーパーがあるではないか。

ド田舎だと侮る勿れ。秩父は『田舎にしては都会』なのである。


ともあれ、目的地に到着した彼らは依頼された銘柄のタバコを購入し、

それはユキの空間魔法によって発生した次元の裂け目に放り込まれ、

第三拠点で待機していた仲間たちの元へと届けられた。


これにてお使いは無事完了。

クエスト『ニコチンってなんの略?』を達成しました!


「……さて、せっかく町に来たんだし今夜はこっちで過ごすか

 どこか近くにビジホとかあればいいんだがなあ

 宿泊代は学園が負担するから、お前らは金の心配しなくていいぞ

 宿が見つからなかったらバスで寝ることになるが、

 まあ野宿よりはマシだと思え」


「俺はバスで寝るのは全然構いませんよ

 それより24時間営業の銭湯とかあるといいんですけどね

 どうせだからひとっ風呂浴びてさっぱりしたいな〜と」


「ヒロシ、それならネカフェとかどう?

 店にもよるけどシャワー付きだし、防音の個室があればそこで眠れるよ

 それに漫画読み放題、ドリンク飲み放題、もちろんネットし放題だよ!」


「なるほど、ネカフェか

 利用したことないけど、いい機会だし行ってみるか

 ……先生はどうします?」


「ああ、いいんじゃないか?

 それじゃあ早速店を探すとするか」


ちなみにこの日は日曜日。

某MMORPGで攻城戦が開始されるまで、あと1時間を切っていた。

ユキはなんとか今週も防衛戦に参加できそうで、安堵のため息を吐いた。






一方その頃、第三拠点では……


「ククッ、ククククク……!

 ふははははは……!!

 ハアーッハッハッハッハッハァーーー!!!

 待ち侘びたぞ!! この瞬間(とき)をなあぁぁ!!

 とうとう来た……我が生命(いのち)の動力源が……!!

 あいつらはよくやってくれた……!! 褒めて遣わそう!!」


内藤訓練官は空間魔法で転送されてきたタバコの箱を手に、

これまで生徒の前では決して見せなかった表情で高笑いしていた。


「うわあ……

 悪の三段笑いをリアルでやってる人を初めて見たよ」


「生命の動力源……かなあ?

 逆に寿命縮めてると思うんだけど」


「おれたちが卒業する時は、

 あの人に灰皿プレゼントするのはやめとこうぜ」


内藤訓練官はドン引きする生徒たちなど意に介さず、

手早く箱の封を切っては1本取り出し、すかさず口に咥えて着火した。

焦げた匂い。喉。肺。脳の痺れ。吐き出される煙。血管の収縮。

全身に新鮮な毒素が駆け巡り、恍惚の表情を浮かべて言い放つ。


「やはり禁煙後の一服はやめられんな」

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