凡将
「みんな、各自貴重品を持って神崎さんの周りに集まって!!」
猿の群れに囲まれて思考がフリーズしていた2班メンバーの耳に、
リーダー山田からの明確な指示が聞こえてくる。
貴重品……即ち財布やスマホ、冒険者免許だって大事な商売道具だ。
そうそう、冒険者の商売道具といえば武器と防具は欠かせない。
ローブや軽鎧などの常時装備していられる防具ならともかく、
重鎧を使っているメンバーはさすがに休憩中は外している。
しかし、今は悠長に着替えている時間なんて無い。
とりあえず武器だけ持って速やかに集合しよう。
「神崎さん、あとどれくらいかかりそう!?」
「ううっ、わからないでござる……
空気の湿りで式札が水分を含んで重くなったばかりか、
風が強くなってきたせいで操るのが難しいのだ
だが第一拠点まであと少し……
ここでやめてしまったら、拙者のこれまでの苦労が台無しでござる」
「雨が降り出したら式札での通信もできないか……
よし、神崎さんはそのまま念力に集中!
みんなは彼女を中心にして12方向に展開!
射程圏内に入ってきた猿を全力で追い払うんだ!」
「「「 了解!! 」」」
「え、俺も人数に入ってんの?
この班のメンバーじゃないんだけど……」
「防衛に参加したくないなら加わらなくていいよ、峯岸君
君はどこか僕たちの邪魔にならない場所で自分の身を守ってればいい
あいつらは“群れ”より“個体”を弱者だと判断するかもしれないけど、
どんな選択をしようが君の自由だもんね」
「いや、そんな言い方しなくてもいいだろ
俺はただ質問しただけじゃん
お前って結構性格悪いのな
……さてはモテないだろ?」
((( うわあ )))
猿との睨み合いが始まってから10分ほどして、
先に動きを見せたのは猿陣営だった。
「あっ、私たちのカレーに近づいてる!
どうしよう、このままじゃ食べられちゃう!」
「この匂いに引き寄せられたのかもね……
カレーは諦めよう、神崎さんの護衛が優先だ
ただしタダ飯を食わせるのだけは絶対に阻止しよう
一度味を占めたら明日以降も来るようになるからね
食料に手をつけようとしたらファイヤーボールで威嚇して、
人間を怒らせない方がいいってことを学習させるんだ」
そして早速、猿がテーブルのそばまで来たので
挨拶代わりのファイヤーボールが放たれる。
それは狙い通り猿の目の前に落ちてボッと爆ぜたのだが、
なんと件の猿は火球に対して微塵も驚いた様子を見せず、
何事も無かったかのような態度で皿からカレーを掬ったではないか。
「え、嘘!?
絶対に見えてたよね!?
気づいてないわけがないよ!?」
そしてもう1発、ダメ押しの2発と火球を投げ込んでみるが、
猿は横目でチラチラとこちらを見るばかりで、
それどころか他の猿たちもファイヤーボールに無関心な様子で
カレーを求めてわらわらとテーブルに集まってきたのだ。
「あの猿たち……全然魔法を怖がってない!?」
「というより、火を怖がってないんだね
野生動物が火が怖がるのは『得体の知れないもの』だからだけど、
人間が火を操れることを知ってれば話は別さ
彼らはただの野生の猿じゃなくて、人間慣れしてる猿なんだろう
きっと僕たちを格下の相手だと認識してるはずだよ」
「なっ……!
私たち猿にナメられてんの!?
それってなんかムカつくんだけど……!」
「まあ実際、身体能力じゃ完全に向こうが上だよ
ニホンザルの握力は大したことないけど、身のこなしが段違いだもん
数ミリの凹みや出っ張りさえあればスイスイと絶壁を登ってけるし、
身長の2倍以上を跳べるだけのジャンプ力を持ってるしね
道具無しで追いかけっこしたら捕まえるのは絶対に不可能だよ」
「へえ、それはすごい……
ってか、よく知ってるね?
実は山田君も動物に詳しいキャラだったの?」
「いやあ、他の動物についてはそれほどでもないよ
修学旅行で日光へ行った時に荷物を全部持っていかれてね……
奴らの習性を勉強して、自力で取り戻そうとしたんだ
まあ、結局だめだったけど……」
「それはお気の毒に……」
火では猿を追い払えないと判断した山田は投石作戦に切り替え、
こちらはそれなりに効果があった。
だが全ての猿を追い払えたわけではなく、
いくら石をぶつけられようが図太くカレーを食い続ける個体もいる。
近づいて直接ぶん殴るしかないのかと諦めかけたその時、
望月の放ったサンダーストームに猿は酷く動揺し、
『キャッ!』と悲鳴を上げて飛び退いたのだ。
電気。
それも人類が手に入れた強力な武器である。
かくして雷属性の有効性を見出した彼らは攻めに転じ、
軽く100匹以上はいたであろう猿軍団を見事追い払ったのである。
「ふぅ、なんとか乗り切ったね……
みんな、お疲れ様!
ゆっくり休んで……と言いたいところだけど、
グチャグチャになったテーブルを急いで片付けよう!
匂いに引き寄せられて、また別の動物が来るかもしれない!」
「「「 了解!! 」」」
と、一同は速やかに作業に取り掛かろうとしたのだが……
「あ、あれ……!?
無い……無くなってる!!
くそ、どこにやったんだよ!!」
峯岸が騒ぎ出したのだ。
『無い』というのはつまり、彼の私物が消えたのだろう。
風に飛ばされたのか、あるいは猿に持っていかれたのか。
どちらにせよ、そこまで慌てる必要は無いだろう。
リーダーは最初に貴重品を持てと指示を出していたのだから、
それに従っていれば大事な物が消えることなどあり得ない。
……指示に従っていれば、だが。
「峯岸君、何が無くなったの?」
「何ってそりゃ……全部だよ!!
財布も!! スマホも!! 免許も!!
全部上着に入れといたんだけど、
邪魔だったからそこの木に引っ掛けておいたんだ!!」
「馬鹿じゃないの」
「おい、俺の上着がどうなったのか誰か見てないのかよ!?
あれが無いと俺が困るんだよ!!
掃除なんか後回しにして、先にこっちをどうにかしろよ!!」
「「「 うわあ 」」」
完全に峯岸の自業自得ではあるが、このまま何もしなかったら
真夜中になってもギャーギャーと喚かれてしまいそうだ。
みんな疲れているというのに睡眠を妨害されるのは非常に困る。
とりあえず彼を黙らせるために手を打たねばならない。
「えっと、じゃあ……
早乙女君、高崎さん、立花さんの3人は
峯岸君と一緒に東側を探索してきてもらえるかな?
僕たちは別の場所を探してみるからさ
でもいくら君たちが悪路に強いとはいえ、
念のため1時間で切り上げて戻ってきてね」
「……ん、了解」
こちらの意図が伝わったのか、早乙女君はニヤリと笑う。
4人が東の森へ消えるのを見届けると、山田は次の指示を出した。
「それじゃ僕たちも峯岸君の上着を探そっか
テーブルの上とか、テーブルの下とかを重点的にね
邪魔な物はどかして、ついでに綺麗にしておこう
虫や動物が寄ってきたら大変だからね」
「「「 了解〜 」」」
こうして山田たちはテーブルの片付けに取り掛かったのだ。
程なくして作業が終了し、この場からカレーの痕跡は消え去った。
これで野生動物に襲われる可能性を減らせたとは思うが、
その可能性がゼロになることは決してない。
今回はニホンザルだったからこの程度の被害で済んだものの、
もしこれが凶暴な大型動物……例えば熊だったりした場合、
都会育ちの少年少女は果たして無事に切り抜けられるのだろうか?
まあ自然環境に身を置いている以上、こればかりは運だ。
そのような事態に巻き込まれないことを祈るしかない。
そして、山田はLUCのステータスが低かった。
「お、おい山田!!
あそこ……なんかいるぞ!!」
「えっ、何!?
熊!? ……じゃない!!」
「てか動物じゃない……魔物!!
熊みたいな形した魔物……!!」
「「「 ──バルログ!! 」」」
そこには彼らにとって強く印象に残っている魔物、
体長3m50cm、翼の生えた熊……バルログの姿があった。
奴は既にこちらを敵と認識しており、
赤く光る瞳と剥き出しの牙が殺意を放っていた。
一体どこから?
山田たちは猿軍団の相手をしながらも他の脅威への警戒を怠らず、
北東西の3方向には充分な注意を払っていた。
南は断崖絶壁になっており、羽でも無い限り落下死は免れない。
「あっ、羽……!
あいつにも生えてる!
それで降りてこられたんだ!」
「いや、でも飛行モードになるのはHP半分切ってからだろ?
今は翼が閉じてるし、全然削られてる様子は無いぞ」
「そもそもバルログって春の魔物だよね?
なんでこの時期に発生してんの? 今10月だよ?」
突然強敵と遭遇してしまった彼らは各自考察しつつも、
それぞれが装備している武具を確認して戦力を把握する。
猿軍団との攻防、その片付けの直後ということもあり、
引き続き重鎧を身につけている者は1人もいない。
2班の中で最高の防御力の持ち主は早乙女なのだが、
つい先程出払ってしまったのでしばらく戻ってこれない。
次点で硬い板倉の防具は、安全のために峯岸へ貸してしまった。
メンバーの半数は小盾や中盾を持ってはいるものの、
そんな物であの魔物からの猛攻を凌ぎ切ることはできない。
必要なのは大盾だ。
そして今この場に存在する大盾は1枚だけだった。
「とりあえず僕が時間を稼ぐから、
防御役は急いで完全武装してきて!!
支援役は僕に防御強化、バルログには攻撃弱体を!!
攻撃役は態勢が整うまで待機!!
準備不足のまま第二形態に突入されちゃ困るからね!!」
リーダーからの指示を受け、仲間たちは速やかに動き出す。
最優先すべき課題は防御役の確保。
山田もディフェンス重視の冒険者ではあるが、
どっしりと構えて相手の攻撃を受け止める耐久型ではなく、
回避や受け流しの技術を使って立ち回るタイプの男なのだ。
不慣れな大盾でどれだけ持つかわからない。
この班のメンバー構成は数字のバランスが良く、
防御4:支援4:攻撃4と、均等な振り分けがなされている。
そのうち防御役は板倉、早乙女、中野、山田……と、
実に4人中2人が峯岸のせいで役割を果たせない状態となってしまった。
更に山田も本来は回避型なのでバルログとの相性はかなり悪い。
奴の猛攻を確実にかわし続けられるのは一部の異常者だけだろう。
残る防御役は中野だ。
彼女はスレンダーな見た目に反してHP特化の耐久型であり、
防具のバリア機能を拡張して長持ちさせる技術に優れている。
高額な防具を揃えないと強みを活かせないタイプではあるが、
逆に言えば『装備に金をかければ優秀な前衛』ということだ。
中野は金のかかる女なのである。
「……って、あれえ!?
私の鎧が……というか、テントが無いんだけど!!
まさか猿軍団に根こそぎ持ってかれた!?
冗談じゃないよ!! こんなの絶体絶命じゃん!!」
そう、絶体絶命。
彼らはしたたかな猿軍団の策略にまんまと嵌まり、
残りの食料を保管していたテントを奪われてしまったのだ。
カレーに群がっていた猿共は言わば囮であり、
愚かな人間たちの注意を引くための陽動部隊だった。
重装備が無ければ中野はただのか弱い女の子であり、
頼みの綱の早乙女は別行動中、板倉の防具一式は貸し出し中、
唯一の大盾は山田が現在使用中で、受け渡しを行う余裕など無い。
これは由々しき事態だ。
山田は空を見上げた。
星一つ無い夜空より黒い影が視界を覆う。
バルログが跳躍したのだ。
これはまずい。敵がそこにいるのは把握できているが、
どんな体勢をしているのかさっぱりわからない。
目印となるのは、奴の獰猛な赤い瞳くらいなものだ。
ダンジョン内ならば自分たちの魔力に反応して壁が光ってくれるが、
野外での活動、しかも夜の森となるとまるで何も見えやしない。
手の空いている仲間がランタンをかざしてくれてはいるが、
戦いに巻き込まれないように距離を取っているので、
時々樹木に遮られたりして光源が安定しない。
山田は敵の側面側へ向かって全力でダッシュした。
“のしかかり”。それを喰らえばひとたまりもない。
予備動作が大きいので避けやすい……はずが、
視界の悪さが影響して山田は一手遅れてしまった。
が、ここで思わぬ幸運が発動。
バルログは山田の想定よりも高く跳んでいたのだ。
ここはダンジョンではなく野外。邪魔な天井が存在しない。
そのぶん奴の滞空時間が延び、着地までの猶予が出来る。
間一髪、山田はバルログの全体重を乗せた即死攻撃から逃れることができた。
薙ぎ倒された樹木は折れた割り箸のようであり、
そのデタラメな攻撃力の高さを視覚で理解させてくれる。
弱体魔法がかかっているはずなのにこの威力。実におぞましい。
アレを素手でぶち殺せる化け物みたいな先輩から“注意するべき攻撃”
を教えてもらったことがあるが、凡人の山田からすれば全てが要注意だ。
どれか一発でも直撃すればその時点でアウト。人生が終わってしまう。
「山田君!!
私、バインド使えるけど!!」
「知ってる!!
でも待って!!
みんなの準備が出来てない!!」
バインド……それは、この強敵に対して有効な拘束魔法である。
というか、どんな敵も動きを封じてしまえばただのサンドバッグと化す。
しかし強力な魔法である反面、大きな欠点も存在する。
対象を拘束中は常にMPを消費するので持続時間が短いのだ。
“凍結”が5時間足止めできるのに対し、こちらは使用者のMP量に左右され、
どんなに優れた使い手であってもせいぜい15分が限度といったところだ。
しかもさっき猿軍団を追い払うためにMPを消耗してしまったので、
バインド使いの3人を合わせても10分持つかどうか……。
バルログを拘束するなら後半戦、飛行モードになる第二形態だ。
第一形態の段階から使用していては確実にガス欠になるだろう。
なんにせよ、山田の使命は中野が戻ってくるまでの時間稼ぎだ。
装備を整えた彼女が戦列に加わればパーティーの防御面が安定し、
仲間たちが反撃を開始する取っ掛かりとなってくれるはず。
それまでは彼1人、大盾1枚でどうにかやっていくしかない。
「山田殿!
遅ればせながら神崎久遠、ここに参上でござる!」
違う。彼女じゃない。
神崎がここに来たということは、第一拠点への通信が完了したのだろう。
これで戦闘人数は増えるが、今欲しいのは攻撃役ではなく防御役だ。
「山田君!
食料が全部盗られちゃったよ!」
食料が?
……ああ、猿にやられたのか。
だがそれは小さな問題だ。
なにせ彼らは補給部隊。
町まで近く、財布が無事なので食料の確保ならどうとでもなる。
それよりも今は目の前の強敵をどうにかしなければならない。
「山田!
奪われたのは食い物だけじゃない!
ポーションとかの消耗品もごっそりやられちまった!」
ポーションを盗られたのは痛い。
この先、MPを節約しながらこの難局を乗り切らねばならない。
やはりバインドを温存しておいて正解だった。
倒すにしろ逃げるにしろ必須の魔法……彼らの生命線なのだから。
「山田君!
私の装備も全部無くなっちゃった!」
「それを最初に言って!?」
中野の装備が無い。
つまりバルログ相手に耐えられる前衛がいないということだ。
防御役が機能しなければ、このまま戦っても勝ち目は無い。
今は回避で凌げていてもスタミナが切れたらそこまでであり、
雨が降り出せば足元がぬかるんで動きが鈍くなるのは明らかだ。
そうなったらまず山田が犠牲者第一号となり、
なし崩し的に他の仲間もやられてゆくだろう。
現時点で彼らの全滅はほぼ確定していた。
ここでリーダーの取るべき行動はただ1つ。
「みんな、撤退の準備を!!」
敗走である。
リーダーは劣勢を汲み取り、速やかに撤退を決断してくれた。
付き従う側からすれば非常にありがたいことだ。
これが『俺が主人公だ』などと思い上がっている者だったならば、
奇跡が起きるのを信じて負け戦に身を投じていただろう。
いざとなれば逃げていいと先生も仰っていた。
今がその時であり、山田はその権利を行使したまでだ。
みんなが生きてさえいればそれでいい。
ただそれだけが彼の掲げる信念であった。
「みんな、準備はいい?
望月さん、合図でよろしくね!
3、2、1……今だ!!」
「バインド!!」
彼女が魔法を放つと地面から無数の光る蔓が生え、
バルログの四肢にシュルシュルと巻き付いてきつく締め上げた。
何人かの仲間はこれはチャンスとばかりに攻撃しそうになるが、
この拘束は倒すためではなく逃げるためなのだと思い直し、
いつでも走り出せるように身構える。
「それじゃ総員てっt──ぅええええ!?」
なんだ?
突然リーダーが素っ頓狂な声を上げるものだから、
仲間たちは困惑しながらそちらの方を見やる。
すると、すぐに彼らも素っ頓狂な声を上げてしまった。
「「「 うっそおおぉぉぉ!!! 」」」
なんとこのバルログ、拘束魔法が効かないのである。
奴は光る蔓を四肢に巻き付けたまま山田に向かって突進してきたのだ。
例外個体。
行動パターン自体は通常のバルログと全く同じなのだが、
状態異常や弱体化に対して完全な耐性を持つ凶悪な個体であった。
比較的安全な拠点に配備されたはずの彼らは不運が重なり、
絶体絶命のピンチに陥っていた。
不利を悟った彼らはその場から逃げようとするも、
よりにもよって相手は足止めすることができない例外個体。
そして降り出す雨。
果たして彼らは生き残ることができるのだろうか?
窮地を脱するために山田が取った行動とは……?
次回へ続く──
「──いや、ここで終わらせる!!」
その提案に一同は目を丸くする。
まあ逃げられない以上は戦うしかないが、
勝ち目が無いのはリーダー自身よくわかっているはず。
この場に留まっても待っているのは全滅だけだ。
「あ、そうか……トロッコ問題!
山田君を残せば犠牲者は1人だけで済むんだ!」
「ばっ、望月……!
お前サイコパスかよ!?
よくもそんなことが言えるな!?」
「全員が無駄死にするよりはずっとマシでしょ
じゃあ板倉君が残る?
私はべつに、私以外なら誰でもいいよ?」
「残ってたまるか!
それよりみんなで生き残る方法を考えようぜ!」
何やら2人が言い争いを始めた。
非情な望月案と有情な板倉案。
もちろん全員無事に生き残れるのならばそれが一番だが、
そのための具体的な方法を今から考えていたのでは遅すぎる。
リーダー山田は現実的な望月の意見を支持していた。
「僕が残るよ
ただし犠牲になろうだなんて思ってない
それに僕だけじゃ絶対に乗り切れないから、あと2人協力してほしい
できれば強化と拘束の両立が可能な水原さんと、
この中で一番攻撃力の高い神崎さんがいると助かるんだけど……」
「OKだよ!」
「御意」
「残りのみんなは早乙女君たちを探してきてもらいたい
迷子になると困るから、手分けはしないようにね」
「「「 了解! 」」」
リーダーの指示に従い、山田、水原、神崎がこの場に留まり、
それ以外のメンバーは東の森へと消えていった。
シトシトと降っていた小雨が徐々に勢いを増してゆく。
遠くの空がゴロゴロと音を立てて鈍い光を放っている。
やがてここはザーザー降りになり、足場がぬかるむのだろう。
「まったく、僕って奴はどうしてこうもツイてないのかねぇ
こういうピンチは主人公になりたがってる連中に押しつけてやりたいよ
僕はモブなんだから、いくら追い詰められたって覚醒とかしないよ?」
「自分でモブとか言っちゃったよ」
「とにかく水原さん、神崎さん
この作戦が失敗したら全力で東に逃げてね
僕は主力部隊のいる西に向かうよ
まだ雨が本降りじゃない今が最後のチャンスだ」
北軍に助けを求めるという手もあるが戦力不明であるし、
今はどの辺りにいるのかという情報も入っていない。
道中で敵と遭遇した場合、山田1人では対処し切れない。
だが西ならば東軍の主力部隊が通っていった道なので、
少なくとも魔物と鉢合わせる可能性は低い。
雨の降る夜の森の中、猛攻を凌ぎながらの逃避行。
先輩方に追いつけるかどうかは山田の頑張りに懸かっている。
まあ、それは『この作戦』が失敗した時の最終手段だが。
「うおおおおお!!」
山田はバルログの真正面から突っ込んでいった。
だが自暴自棄になったのではなく、奴に特定の行動をさせるためであった。
バルログが右腕を振り上げる。
一番使用率の高い通常攻撃。
これは違う。
山田は敵の右脇にダッシュして攻撃を掻い潜る。
バルログが大きく口を開け、“噛みつき”のモーションに入る。
これも違う。
山田は後退したい気持ちを押し殺し、
敵の股下をスライディングして背後へと回る。
バルログは後肢による二足直立状態となり、前肢を横に広げた。
それは単発の攻撃ではなく、これから連撃を放つという予告だ。
山田はとっくにバリア機能を失った大盾を信じて身構える。
岩をぶつけられたかのような衝撃が1回、2回、3回。
そしてフィニッシュの回転横薙ぎを喰らい、山田の体が宙を舞う。
樹木の枝がバキバキと折られてゆく。
山田は吹き飛ばされながらも絶対に致命傷だけは負わないように努め、
頭部を厳重に防御し、体を丸めて被害面積を最小限に抑えていた。
物理ダメージを軽減するための基本的な防御技術、“受け身”。
初期の戦闘訓練で全員習得しているはずだが、
それを実戦で咄嗟に使える生徒は割と少ない。
数mも吹き飛ばされた山田だが、すぐに立ち上がって次の攻撃に備える。
無傷ではない。折れた枝で切られたのか、全身あちこちで出血している。
動脈を晒していたら失血死コースだったが、どうにか致命傷は防げた。
とにかくまだ生きている。それが大事だ。
バルログは仕留め損ねた獲物へと駆け寄り、左腕を振りかぶった。
先輩から特に注意すべき即死攻撃だと聞かされた“掴み”が来る。
もしダンジョン内で捕まれば最後、突起物だらけの壁に投げつけられて
人間ミンチの出来上がりである。
それは野外でも同じだろう。ぶつかる先が壁から木に変わるだけだ。
幸い、この攻撃を避けるのは容易い。
通常攻撃の回避と同じ要領で、この場合は左脇に潜り込めばいいのだ。
が、山田はあっさりと捕まった。
バルログは左手の中に敵がいるのを確認すると、
再び左腕を振りかぶって“投げ”の体勢に入る。
まずいことに奴は南の方向、絶壁に向かって山田を投げようとしている。
他の方向ならば投げられても木々の間を抜けて助かるかもしれないが、
これではダンジョンの中で捕まったのとそう変わらない。
無力な山田に、確実な死が訪れようとしていた。
「──バインド!!」
水原の両手から光の鎖が発生し、バルログに向かって伸びる。
それは奴の左手までまっすぐ伸びるとグルグルと勢いよく巻き付き、
あっという間に奴の拳は光の鎖に包み込まれた。
しかし、この例外個体には拘束が通用しない。
彼女はそれを理解していながらもバインドを使用したのだ。
当然ながらバルログを拘束できたという手応えを感じられない。
事実、奴は自分の拳に鎖が巻き付いていようがお構いなしに
山田にトドメを刺そうと無慈悲に左腕を振り切った。
……が、何も起こらない。
バインド無効のバルログは拳の自由を奪われておらず、
それどころかまだ1ダメージも受けていない万全の状態なので、
“投げ”の動作に必要な身体パーツは全て揃っている。
それなのに、なぜ……?
“投げ”に失敗したバルログは手の中に獲物がいることを確認し、
左腕を振りかぶり、そしてもう一度振り切った。
が、やはり何も起こらない。
今も獲物は手の中でピンピンと生きている。
するとバルログはまた手の中を確認し、左腕を振り上げ──
山田はこれを狙っていた。
行動詰まり。
バルログの“掴み”は他の魔物が『握り潰すために掴む』のとは違い、
『獲物を投げるための予備動作』という性質を持っている。
つまり獲物を掴んでから投げるまでが一連の行動であり、
途中で予期せぬ事態が発生した場合はそこで処理が強制終了される。
そして『左腕が使用不可能』という条件を満たしていれば
他の行動へと移行するが、そうでなければ再試行という流れだ。
このバルログは『左腕が使用可能』で『獲物を掴んでいる』状態であり、
あとは『獲物を投げる』動作が完了すれば他の行動が取れるのだが、
山田が仕掛けた罠によりそれは叶わなくなった。
水原は山田を拘束したのだ。
“掴み”と“投げ”の動作中に山田と大盾でバルログの左手を挟み込み、
『常に獲物が手の中にいる』状態を作り出したのである。
これにより奴は『投げ失敗→掴み確認→投げ失敗→掴み確認……』
のループに陥り、他の行動を取ることができなくなってしまった。
攻略のヒントを与えてくれたのは1回目の失敗だ。
望月のバインドで『バルログを地面に固定する』ことはできなかったが、
彼女の出した光の蔓は奴の四肢に巻き付いたままだった。
バルログを他の何かに固定するのは不可能だとしても、
他の何かをバルログに固定するのは可能かもしれない。
山田はそう考えたのである。
「神崎さん!!
やっちゃって!!」
「うむ
この千載一遇の機会、決して無駄にはせん」
神崎は静かに目を閉じ、鞘に納めた刀に全てに魔力を集中させる。
相手は状態異常や弱体化が通用しない例外個体だ、
もしかしたら魔法剣のダメージも無効化されるかもしれない。
だが試してみるしかない。失敗するなら早い方がいい。
リーダーが次の“その場凌ぎ”を考える時間を与えるためにも。
「紫電・改──!!」
神崎の愛剣から雷属性の魔力を帯びた斬撃が解き放たれる。
彼女はこの技を使えるようになったからといって慢心せず、
より強力なものにするために鍛錬を続けてきた。
それに今は水原から攻撃強化の支援を受けている。
強化魔法を貰った経験が少ないので若干の戸惑いはあるが、
彼女の中で確信していることがある。
この一撃はこれまでに繰り出した攻撃の中で最高の威力であると。
──それから1時間ほどして、東の森に向かったメンバーが戻ってきた。
顔を見ればわかる。峯岸は貴重品の入った上着を取り戻せなかったのだと。
他の仲間たちがこぞって山田ら3人の無事を祝福してくれてるというのに、
峯岸だけは早く森に引き返して自分の荷物を探したがっていたのである。
まあ、なんにせよ今回もバルログ相手になんとか乗り切ることができた。
第二拠点に配備された山田班12名、全員生還!(ついでに峯岸も)