9月
マンデラ効果。
それは実在しない記憶を不特定多数の者が
事実として認識している現象である。
“あの沖縄地震から5ヶ月”
“沖縄の今”
“復興に向けて”
今月に入り、どの報道局も口裏を合わせたかのように
“沖縄地震”に関する特番を放送し始めた。
報道によれば今年4月に沖縄で大地震が発生し、
花火の製造工場が爆発して多くの犠牲者が出たそうだ。
判明している死者の数は5千人を超えており、
現地では未だに行方不明者の捜索が行われているらしい。
出演している二流芸人たちは涙目になりながら
『あの痛ましい災害を忘れた日はありません』とホラを吹き、
被災者へのエールとしてみんなで大合唱をして番組が終わる。
こうして虚偽の記憶が視聴者の脳に刷り込まれ、
事実だと信じてしまう人間が生み出されるのだろう。
「よくもまあ、あんな嘘っぱちを堂々と放送できるよな
4月に地震があったかどうかなんて気象庁のデータ見りゃ一発だろ
たったの震度5強で5千人も死なねーよ」
「ところが、自分で調べようとしない人が騙されちゃうんだよねぇ
あとは『テレビが言ってるんだから間違いない!』派の人とかね」
「『大地震』と『花火工場』の部分が嘘なのは確定として、
死者5千人ってのはどうなんだろう?
もしそれが事実だとしたら、魔人会による大虐殺ってことだよね
さすがにもう個人レベルで実行できるような規模じゃないし、
今度はトカゲの尻尾切りで逃げられないだろうなあ」
「いや、どこも真実を報道してない現状を見るに、
今回も魔人会本部にまではダメージ行かないんじゃないか?」
生徒たちがニュース風バラエティー番組についての感想を述べ合っていると、
教室の前のドアがガラガラと音を立てる。
そして入ってきたのは担任でも担任代理でもなく、
生物の授業を担当している小松という教師だった。
「あれ、コマっちゃん?
ここ3年の教室ですよ
俺たちの授業まだなんだけど」
「ああ、うん
落合訓練官が急用で来れなくなってね
出欠の確認だけ任されたんだ」
「急用……?
もしかして体調不良ですか?
ずっとワンオペで回してたからなぁ……」
「あ、いやいや
今朝のニュースで君たちももう知ってるだろうけど、
沖縄の情報が一部解禁されたからね
落合訓練官は少しでも新しい情報を得るために現地へ向かったんだ」
「おお、とうとう現地に乗り込みか……
それじゃもしかして、情報収集のついでに
アキラを連れ帰ってきたりするんですかね?」
「う〜ん……
いや、悪いけどはっきりしたことは言えないね
もちろん彼を回収できればそれが理想だけど、
向こうがどんな状況かわからない以上は
君たちをぬか喜びさせるような発言はできないよ」
「そうですか……
でも、これで一歩前進したのは確かだな!
アキラが帰ってくる日はそう遠くない……!」
生徒たちは互いに顔を見合わせて頷いた。
皆、その日を待ち侘びていたのだ。
甲斐晃が帰還する、その時を。
──そして翌日、落合訓練官が学園に戻ってきた。
彼だけではない。
車から出てきた大柄な男は自身の足元を見つめ、
かと思えば天を仰いでゆっくりと深呼吸を行い、
この数ヶ月間に起きた出来事を振り返っているようだった。
その男が満面の笑顔を浮かべて言い放つ。
「みんな、ただいま」
甲斐晃の帰還。
生徒たちは、職員たちは、それを待ち望んでいた。
魔法能力者でもないのに魔法学園に入学した変な奴。
武器も持たずに素手で魔物をぶち殺せる化け物。
文明の利器を使いこなせない原始人。ロリコン。etc……。
とにかく学園の者たちはアキラの帰還を祝福するべく
校舎の前にアーチを作ったり、豪勢な料理を用意したりと、
各々が自分なりの方法で出迎えの準備を進めていたのだ。
その作業はまだ途中であり完璧とは言えなかったが、
予想より早く落合訓練官が戻ってきたのだからしょうがない。
不恰好な凱旋式になってしまうだろうが、きっと彼は気にしない。
大事なのは気持ちだ。
精一杯の『おかえり』を伝えたい、という気持ちが大事なのだ。
「ふざけんなあああぁぁぁ!!!」
「帰ってくんじゃねえええぇぇぇ!!!」
「なんでお前なんだよおおおぉぉぉ!!!」
しかし、ブーイングの嵐が巻き起こる。
飛び交ったのは祝福の言葉ではなく、罵倒や呪詛の言葉だった。
ここに集まった者たちは甲斐晃をもてなす気でいたのに、
そうならなかった原因は1つしかない。
帰ってきた人間が期待外れだったのである。
津田剛志。
関東魔法学園の訓練官で、クズだ。
「……いやあ、本当に久しぶりだなあ
またこうして学園の地に立てるとは思ってなかったよ
向こうでは色々と大変な目に遭ってきたからね
もうあんなトラブルに巻き込まれるのは二度と御免だよ」
生徒や職員からの大ブーイングもなんのその、
津田はお構いなしと言わんばかりに1人しみじみと思い出に浸る。
「津田先生……
あんたはトラブルに巻き込まれたんじゃなくて、
自分からトラブルを招いたんでしょうが」
「んっ……ええ?
落合君、今……僕のこと『あんた』って言った?
僕は君の先輩で、歳上なんだけどねえ?
目上の人間に対する口の聞き方には気をつけた方がいいよ」
「うるせえな……
尊敬に値しない人間を敬うわけがねえだろ
いいからさっさと職員室で事務処理してきてくださいよ
何ヶ月も無断欠勤してたわけですから、
色々と面倒な手続きがあるでしょう
ついでに退職届も出してくればいいんじゃないですか?」
「無断欠勤?
いやいや、僕の場合は出張扱いだよ?
学園からの命令で沖縄の様子を探りに向かったわけだし」
「連絡業務を怠ったでしょうが
金に困ってたんなら、警察に駆け込むなりして
電話の1本でもくれればよかったんですよ
そうすりゃすぐに迎えを送れたんですがね」
「いや〜、こっちにも色々と事情があってね
なんというか、まあ……大人の事情ってやつさ」
「ソープ嬢を孕ませた件ですか?
どう解決する気なのかは知りたくもありませんが、
相手はどうやら産みたがってるようですね
また家族が増えるようで、羨ましいったらありゃしない」
「なっ……ちょっと!!
なんで知ってるの!?
って、それより生徒の前!!
未成年に聞かせていい話じゃない!!」
と、津田は青褪めて狼狽えるが、
当の未成年たちの反応は非常に冷めたものだった。
というのも彼らは津田剛志がどんな人物であるか熟知しており、
それくらいの行為があっても特に驚きはしなかったのである。
過去に花園訓練官を引退に追い込んだ実績もあり、
津田は“無責任種付けおじさん”としての地位を確立したのだ。
「──それで、現地の様子はどうだったんですか?」
「やっぱり魔人会の連中によるテロだったんですか?」
「死者5千人ってのは本当なんですか?」
「アキラ先輩はいつ頃帰ってこれそうなんですか?」
津田の退場後、落合訓練官は生徒からの質問責めに遭う。
早く答えを知りたいのだろうが、そんないっぺんに聞かれても困る。
とりあえず上から順に答えていこう。
「現地はまだ立ち入り禁止の状態で、俺が行けたのは鹿児島までだ
だが沖縄から本州へ出ることは可能らしい
ただし政府との秘密保持契約を結んだ者だけだがな」
「えっ……
秘密保持契約!?」
「いや、待て
気になるのはわかるが、先の質問から答えさせてもらうぞ
……魔人会のテロで間違いない
今回は小物ではなく、幹部の1人が逮捕された
名前は八巻善行
インフィニティーという会社の代表だ
そいつが部下に大量の爆弾を持たせて沖縄に上陸し、
破壊と略奪の限りを尽くしていたらしいな
詳細はこれから明らかになってゆくだろう」
「おお、魔人会の幹部が逮捕……
ようやく本部に捜査のメスが入りそうだな」
「次の質問は……死者の数か
悪いが、それもまだはっきりとしていない
沖縄から脱出した者が『5千人くらい』と話したそうだが、
どうも発信元が民間人らしくてな……信憑性の低い情報だ
それを鵜呑みにした報道局がそのまま放送したようだ」
「いくら速報を伝えたいからって、
確証の無い情報を流しちゃだめだろ……」
「最後の質問は『甲斐がいつ戻るか』だったな
……それも断言はできない
はっきりしない答えばかりですまないが、そうとしか答えられない
現地の魔物流出は鎮圧完了したそうだが後処理もあるだろうし、
秘密保持契約に同意するかどうかで迷っているのかもしれない」
「政府との秘密保持契約って……
つまり国は今回の騒ぎを魔人会によるテロではなく、
震災のせいで混乱が起きたということにしたいんですね?」
「そうだろうな……
まあ、仕方ない」
「ええっ!?
なんであっさり受け入れちゃうんですか!?
こんなの許せませんよ!!
国民には真実を知る権利があるんじゃないんですか!?
首謀者や実行犯たちは法の裁きを受けるんでしょうけど、
それだけじゃだめな気がしますよ!!」
「真実を知る権利、か……
正論ではあるんだがな
だがクリーンなイメージの宗教団体が実はテロ組織で、
裏で糸を引いていたのが国内最大野党だったと報じられたら、
全国各地で更なる混乱が起きて大変なことになるぞ」
「え……はああ!?
魔人会がクリーンなイメージ!?
ないない!! 絶対に無い!!
全くそんなイメージありませんって!!
どっからどう見ても怪しいカルト!!
頭のおかしい連中の巣窟ですよ!!」
「まあ俺たち冒険者サイドの人間にとってはそうなんだが、
世の中の90%は『魔人会を知らない』で、9%は『関わりたくない』、
残りの1%が『平和な世界を目指す素晴らしい組織』という意見だ
問題となるのが当然この1%の声が大きい奴らで、
単純計算すれば人口1億人の中に100万人いることになる
つまり、この国には頭のおかしい連中が最低でも100万人いるんだ
そいつらが布教活動で公平公正なイメージを振り撒き、
新たな頭のおかしい信者を量産してるというわけだ」
「その負の連鎖を断ち切るためにも、やはり真実を広めるべきでは?
入信する人間がいなくなれば、やがて連中は勝手に滅びますよ」
「それは同感なんだが、今回の一件を国民に伏せようというのは
日本政府の独断ではなく国際冒険者連盟からの指示だ
あまりにも大規模な魔物流出事件が発生した際、
対応を間違えれば社会的な影響による混乱が起きて
最悪の場合は国家滅亡という事態もあり得るからな
日本は連盟から脱退しているとはいえ、
近隣国に被害が及ばないように先手を打ったんだろう」
「そんな、日本が滅亡するだなんて大袈裟ですよ」
「大袈裟なものか
エジプト、イギリス、香港、メキシコ、ブラジルの例がある
なんの場所かはわかるな?
北極と南極を除いたD7の存在する国々だ
全く人が住めないわけではないが、居住可能な範囲は限られる
まあ壊滅状態になった理由はそれぞれ違うが、
いずれも人間が招いた混乱が決め手となっている
ブラジルはなんとか領土奪還に成功したが、
他の地域も人の手に取り戻せるという保証は無い
日本は平和な国だが、いつ、何がきっかけで、
どれだけの混乱が起きるかなんて誰にも予測できない
だが『避けられる混乱は避ける』、それが連盟の方針だと理解してくれ」
「……あれ?
てっきりD7って凶悪なダンジョンが世界に7つあるのかと思ってたけど、
実は地域全体が魔物に支配された土地みたいな感じなんですか?」
「ああ、ダンジョン自体も最高難易度なんだが、
各自で移動経路や物資の補給ルートを開拓する必要があって、
全てにおいて要求される冒険者レベルが高い地域だと考えればいい
ゲーム風に言えば『ラスダン周辺』みたいな感じか?」
「そうだったんですか……
エジプト攻略目指してるヒロシ君は知ってた?」
「そりゃもちろん
幸い、カイロ周辺には強固な守りの冒険者キャンプがあるから、
俺もそこに拠点を置こうかなと考えてるよ」
「へえ、しっかり将来の計画練ってたんだ
こっちもそろそろ卒業後の進路考えないとなぁ」
「この時期に考えてないのはまずくね……?」
昼になり、食堂でスマホを眺めた生徒たちは衝撃のニュースを目にする。
“八巻善行、死亡”
ニュースサイトで大きく取り扱われていたわけではないが、
割と珍しい苗字だったので皆の印象に残っていた。
逮捕時には特に怪我や病気をしていなかった彼が、
どういうわけか警察への事情聴取に応じようとしたら突然死したのだ。
死因や当時の状況は明かされていない。
ただインフィニティーの社長が死んだという事実だけが報じられたのである。
「栗林、どう思う?」
「口封じ目的の暗殺ですね
八巻は敵ではなく、味方に始末されたんでしょう
以前、魔人会には正体不明の四天王がいるという話をしましたよね?
方法は謎ですが、そいつが絡んでる可能性が非常に高いです」
「最古参の渡が“90”、
紅一点の城戸が“77”、
そして八巻が“88”だったな」
「ええ、そしてもう1人──“00”
こいつが四天王の中で最も危険な存在です
他の3人は組織全体の利益を上げるための集金装置なんですが、
00は組織全体の不利益を処分する役割を担っているものと思われます
沖縄でどんな心境の変化があったのはわかりませんが、
八巻はおそらく警察に自首したのでしょう
仮にも魔人会の幹部ともあろう人物が、
こうも簡単に逮捕された理由としては一番納得が行きます
00は裏切り者という名の組織の不利益を処分した
……と考えるのが妥当ではないでしょうか?」
「テロに暗殺ねえ
ここは本当に日本かよって言いたくなるな
しかも当たってんだろうな、その予想……
お前も消されないように上手く立ち回れよ」
「ええ、抜かりなく」
基本情報
氏名:栗林 努 (くりばやし つとむ)
性別:男
年齢:17歳 (1月18日生まれ)
身長:177cm
体重:52kg
血液型:A型
アルカナ:審判
属性:炎
武器:デーモンベイン (片手剣)
防具:ヘルレイザー (籠手)
防具:スワンプロード (衣装)
能力評価 (7段階)
P:5
S:8
T:8
F:4
C:10
登録魔法
・ブラックファイア
・フレイムエッジ
・スーパーノヴァ
・レーヴァテイン
・バルムンク
・クラウソラス
・サードアイ
・ペインキラー
・アイスボール
・サンダーボール