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進め!魔法学園  作者: 木こる
3年目
123/150

師弟

訓練棟にある“格技場”。

そこは剣道や柔道、合気道、空手、薙刀など、

いわゆる“武道”の嗜みがある生徒が利用する“道場”である。

それらは体育の授業では習わず、戦闘訓練の選択科目にも無い。

そして当学園には部活動というものが存在しないので、

この場所は完全に個人の趣味のために用意された場所であった。


なんとも大盤振る舞いではあるが、残念なことに利用者は非常に少ない。

入学したばかりの武道家ならば毎日のように通ってくれるのだが、

時間が経つにつれて次第に彼らの足は遠のいてゆく。

その主たる原因はモチベーションの低下である。


1つ、基本的に物理攻撃より魔法攻撃の方が強いという点。

もちろん素手で岩の塊を破壊できるような化け物も存在するが、

そんなのはごく一部の例外であり、参考にしてはいけない。

白兵戦が通用するのは中級者までだと思った方がいい。

肉体的な強さは一定の基準に達すれば充分なのだ。

ランクの高い魔物は妙に硬かったり巨大だったりするので、

剣や槍などの武器が活躍する場面はほとんど無い。

それまで攻撃と防御を兼任していた物理前衛は、

完全に防御に徹するのが唯一の役目となる。


2つ、そもそも武道が弱いという点。

これは魔物との戦闘において有効ではないという意味であって、

決して武道全般を蔑んでいるわけではないことを強調させていただこう。

武道とは心身を鍛え、礼節を学び、人生を豊かにするものではあるが、

試合で勝つ技術と魔物を殺す技術は全くの別物なのだ。

剣道で例えるなら『綺麗な面が入った』としても、それで魔物は倒れない。

『場外で反則』になっても、やはり魔物が消滅したりはしないのである。


3つ、経歴が残らないという点。

人によってはこれがかなり堪える。

魔法能力者はプロスポーツの世界に参入できないという話は

以前にもお伝えした通りだが、それは武道においても同じである。

例えば剣道家を名乗りたいなら剣道連盟に加盟しなければならないが、

魔法能力者だと判明している者は加盟することができず、

加盟済みの剣士が能力者だと発覚した場合は永久除名される。

当然それまでに取得した段級位は剥奪されるので、

うっかり履歴書に書いてしまうと経歴詐称になる。

今まで自分が習ってきた武道がよほど好きであるならまだしも、

大体の生徒は『これ以上続けても意味が無い』と感じてしまうのだ。



そして、そんな不人気の格技場で2人の生徒が剣を交えていた──



「紫電──」


「はい、そこまでえええ!!

 今日はもう終わりにしよう!!

 ありがとうございましたー!!」


「師匠!?

 逃げるでござるか!?

 それは卑怯でござるよ!!」


「フッ……

 僕は君の師匠として、まだ負けるわけにはいかないんだ

 ここ最近はずっとスランプ気味だったし、

 これで弟子にまで負けちゃったら恥ずかしいからね」


「弟子に負けそうになったからって、

 試合を強制終了する方が恥ずかしいでござるよ!!」


「いいかい、神崎さん

 『逃げるが勝ち』という言葉があるんだ」


「逃がしはせぬ!!」


学園最強の剣士、正堂正宗は(くすぶ)っていた。

1年生の頃から文武両道の優等生キャラを通してきた彼ではあるが、

最近はどうもペースを乱されてばかりで上手く行かない。

期末テストでも初めて赤点スレスレの点数を取ってしまい、

危うく補習組に転落しそうだったという体たらく。

彼は今、化けの皮が剥がれ落ちそうで焦っているのだ。




「師匠……

 皆々の面前で完敗したのがそれほど悔しかったのですか?

 あれは仕方なかろう

 なにせ相手は世界最強につき、そもそもの格が違うでござる

 年齢も倍以上で、埋められない経験の差があったのでござるよ」


「ああ、うん

 それはわかるよ

 わかるんだけどね……

 その……君、勝っちゃったよね?

 世界最強の……年齢が倍以上の相手に……」


「うむ、拙者の勝利でござる!

 必殺技が決まったゆえ、経験の差を埋められたでござる!」


「うん、よかったね……

 いいよね、カッコいい称号まで貰っちゃってさ……」


「むむ?

 師匠はそれが欲しいでござるか?

 だったら拙者の“雷神”は師匠にあげてもよいでござるよ」


「えっ!?」


弟子からの粋な提案に、思わず身を乗り出して目を輝かせる。

欲しい。

そりゃ欲しい。

それは言わば最強の証なのだ。

男なら誰だって憧れるに決まってる。


が……


「いや、それは駄目だ

 弟子の功績を横から掠め取る師匠なんて、

 人間のクズみたいで恥ずかしいじゃないか」


「つい先程、恥ずかしい真似をしたでござろう?」


「それはそれ、これはこれさ

 例えるなら部下の手柄を横取りする上司かな」


「父はそれで会社を辞めたでござる」


(どっち側だろう……?)




本日の稽古を終了した2人は防具を外し、黙想を始めた。

黙想とは読んで字の如く、黙って想いを馳せる行為である。

目を閉じ、口を閉じ、己の内面と静かに向き合う……それが黙想だ。


「僕が凹んでる原因はね、元祖雷神に負けたことや

 弟子が師匠を差し置いてカッコいい称号を得たことだけじゃないんだ」


「師匠、私語は慎むべきでは?」


「あれは5月だったかな……

 ダンジョンでストーンナイトの例外個体(イレギュラー)と戦った時だ」


「……拝聴いたす」


「これは自分でも相当クズだなと思うんだけど、

 パーティーメンバーの高音さんがやられた時に

 僕はつい、『やった!』と思ってしまったんだ

 アタッカーが減ってピンチに追い込まれたというのに、

 僕は自分の出番が増えることに喜びを感じてしまったんだ……」


「たしかにクズでござるな」


「それはいいとして、」


「なんと」


「その時の編成で一番防御力の高いメンバーは僕だったんだけど、

 メインウェポンのメガ村正が一撃でオシャカにされてね……

 それじゃあボスの相手は無理だってことで、

 ヒロシ君がボスを、僕がザコを担当することになったんだ」


「小中先輩も優秀な剣士でござるからな

 賢明な判断でござろう」


「悔しかったねえぇ〜〜〜」


「また自ら株を下げる発言の予感」


「言っとくけど、彼が今の戦闘スタイルを築き上げられたのは

 僕の的確なアドバイスがあったおかげだからね?

 重い剣を力任せにブンブン振り回すんじゃなくて、

 技術と立ち回りで勝負しろって教えたのはこの僕だからね?

 それなのにヒロシ君が独学であのスタイルを身につけたみたいな、

 そういう風潮があるのが気に食わないんだよねえぇ〜〜〜」


「恩着せがましいでござる」


「で、その後にも腹立つことがあってさ」


「器が小さいでござる」


「作戦変更で防御役(タンク)を交代させられたんだけど、

 その時のメンバーが進道君だったんだよね……」


「む……?

 何が駄目だったでござるか?

 進道先輩は優秀な魔法使いというだけでなく、

 盾の使い手としても優秀だと聞き及んでいるでござるが……」


「そうなんだけど、彼の基本的な立ち位置は後衛でさ

 後衛でも壁が務まるのが目の前で証明されちゃったらさ、

 『僕がこのパーティーにいる意味ある!?』って思うよね」


「それは当然、意味はあったのでござろう

 必要最低限の人員だけでは全滅していたやもしれぬ

 臨機応変な役割交代ができたからこその勝利でござる

 指揮官が並木先輩ではなかったら一体どうなっていたことやら」


「更にムカつくのが、剣士の僕が鈍器を使っちゃったことだよ!

 剣だけで戦い抜こうって思ってたのにさあ!」


「もう黙った方がよいのでは?」


「一番ムカつくのは、メガ村正の修理に30万かかったことさ!!

 業者の手違いで高級素材のDX(デラックス)玉鋼(たまはがね)を勝手に使ってさあ!!

 まあそれはいいんだけど!!

 でも、手違いだと認めてるなら全額負担してくれてもいいだろ!?

 なんで僕が一部負担しなきゃならないんだよ!?」


「ん……?

 え、たったの30万でござるか!?

 あの剣をDX玉鋼で製作した場合、どう安く見積もっても300万……

 師匠はものすごくお得な買い物をしたでござるよ!?」


「僕は器が小さいんだよ!!」


「あゝ、情けなや……!!」




黙想を終えた2人は格技場から退出し、更衣室へと移動した。

いつもなら隣接のシャワールームで汗を流してから帰る神崎だが、

今日はやめておこうと心に決める。


「師匠、出ていくでござる」


「まだ続きがあるんだ」


「では着替えてから聞くでござる」


「僕のことは壁の模様かなんかだと思ってくれ

 それで、僕がスランプに陥ってる本当の原因は──」


「紫電一閃!!」


ズガガガガッ!!






──着替え終わった2人は食堂で日替わり和定食セットを注文し、

それを本日の夕飯とした。

大葉入りのアジフライと紅生姜入りのさつま揚げ。

さて、どちらから手をつけよう……。

悩む神崎に、相席を許した覚えのない男が話しかけてくる。


「僕がスランプに陥ってる本当の原因は、

 元祖雷神に負けたとかヒロシ君のが目立ってるとか

 そんなみみっちい理由じゃあなくて、もっと根源的な問題さ

 ……神崎さん、正直に答えてくれ

 僕をどう思う?」


「人間のクズでござる」


「いや、そうじゃなくてね

 アキラ君と比べてどうなのかなって」


「ああ、そういう悩みでござったか

 みみっちい理由でござるな

 ……同級生は『劣化アキラ』だと口々にしているでござるよ

 比べる相手を間違えている気がしてならぬが、

 実際その通りなのだから仕方ない」


「はは、劣化アキラか……反論の余地も無い

 魔法を捨てて物理で勝負する戦士……

 武器は違うけど、モロにキャラ被りしてるもんね

 僕なりに彼との差別化を図ろうと努力はしたつもりだけど、

 結局はそんな評価に落ち着いちゃうよねえ」


「心配召されるな、師匠

 尊敬に値する先輩か否かで差別化はできているでござる」


「え〜? 僕はどっちだろう……

 ちょっと答えを聞くのがドキドキするねえ」


「この人は一体どこに勝てる可能性を見出したのでござろうか……」




食事を終えた2人は席を立ち、自室のあるタワーへと向かう。

神崎は男に部屋までついてこないよう釘を刺しておき、

「そこまではしない」と言われたもののイマイチ信用できない。

なので警戒を緩めず、いつでも剣を抜けるように身構えたまま

到着したエレベーターに乗り込んだ。


「神崎さん

 今日は僕の愚痴につき合ってくれてありがとうね

 師匠の意外な一面を知ってガッカリさせちゃったかもだけど、

 それも含めて僕という人間なんだ」


「一面どころではなかったでござる」


「悩みを打ち明けたら、なんだかスッキリしたよ

 明日は穏やかな心で剣を振ることができそうだ

 負の感情ってのは溜め込んじゃいけないね

 どこかでガス抜きしないと調子がおかしくなる

 これからはこまめに毒を吐き出すことにするよ」


「つき合わされる方はたまったもんじゃないでござる」


とは言ったが、次の機会があればまたつき合ってしまうのだろう。

神崎久遠は同級生から変わり者扱いされて浮いているが、

その彼女とここまで近い距離感で接してくれる者は他にいない。

正堂正宗もまた、変わり者なのだ。

師匠といえども人間だ。どこかしら欠点があって然りである。

たまには優等生の仮面を外したい時もあるだろう。


神崎は師匠から目を逸らし、はにかみながら言葉を紡いだ。


「まあ、ほんの少しだけなら……

 師匠の愚痴を聞いてあげてもよいでござるよ」


「本当かい!?

 いやあ〜、君のような弟子を持って僕は幸せ者だよ!!」


と、逃げ場の無いエレベーター内で

男が心底嬉しそうな表情を浮かべて抱きついてくる。


「やっ……!

 離れるでござる……!!」


しまった、油断した。

少しでも気を許した自分が甘かった。

師匠はこの瞬間を狙っていたのだ。


骨格の差により、外側から両腕をガッチリと包み込まれて

これでは剣を抜くことができない。

相手の方が腕力が強いので振り解くのは不可能。

場所は密室。詰みである。


「師匠!!

 もうこれ以上、拙者をガッカリさせないでほしいでござる!!」


「いや、これはそういう目的のハグじゃないんだ

 友情とか師弟愛とか……そんな感じのあれだよ」


「嘘でござる!!

 何か硬いモノが当たっているでござる!!

 ズボンの中の何かを押しつけられているでござる!!」


「リトル村正だよ

 実物を見るかい?」


「そんななまくら刀に興味は無いでござる!!

 それより尻を揉むなでござる!!」


言葉で彼が止まってくれるとは思えないが、

今の彼女にできることはそれしかない。

あと数秒もすればエレベーターは目的の階に到着するが、

こんな卑劣な行為には1秒たりともつき合いたくない。

一方的なコミュニケーションなど望んでいないのだ。

それが信頼していた相手からともなると尚更だ。


(ん……尻?)


神崎は違和感……いや、既視感を覚えた。

こんな風に抱きつかれた経験は初めてではあるが、

誰かに尻を揉まれたことならある。

つい最近、胴上げをされた時にドサクサに紛れて触られたのだ。


この手の大きさと力加減は間違いない。



犯人は近くにいた。



すると不思議なことに、彼女の中でザワザワと騒いでいた

恐怖や怒りのノイズがスーッと跡形もなく消え去り、

心に凪のような静寂が訪れて無我の境地へと至ったのである。


彼女は全身の力を抜いた。

だが、諦めたわけではない。


目の前の痴漢を撃退するのに、剣は必要無かったのだ。




ドゴオッ!!




神崎久遠がその場で膝を振り上げると、

「ホゥ!!」と甲高い呻き声が密室に響き渡る。


目的の階に到着した彼女は振り返らずに自室へと向かう。

エレベーターの中には股間を押さえてうずくまる男の姿があった。

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