8月
魔法学園に奇妙な男がやってきた。
彼は一目で老齢だとわかる白髪の持ち主で、
柔和そうな顔立ちをしており無害な人物に見える。
だが、ある生物とセットで登場されると随分と印象が変わるものだ。
生態系における地上の頂点捕食者。
空の王者──猛禽類。
彼の左腕には大きな鷹が鎮座しており、
鋭い眼光で睨まれた生徒たちは本能で後ずさる。
しかし全員がそうしたわけではない。
中には物怖じせずに近づいてゆく者もいたのだ。
「あっ、タカコさんだ!」
名前を呼ばれた彼女は少年の姿を確認し、
老人と顔を合わせて2〜3度頷くような仕草をする。
それはなんだか耳打ちしているようにも見えた。
「おや、タカコを知ってるのかい?
それに全然怖がってないようだ
とすると、君はもしかしてヒロシ君かな?」
「あ、はい!
そちらはアキラの村の人ですよね?」
「ああ、いかにも
私は農家の石井という者だ
君についてはアキラから色々と聞いてるよ
うちの野菜を褒めてくれてありがとう
最近はアキラが村に帰ってこないから、
ここまで届けてくれる人がいなくて残念だよ」
「うちの野菜って……あああ!
アキラにたくさん食わそうとする親切な農家の人!
こちらこそ、ごちそうさまでした!
お会いできて光栄ですよ!」
「ははっ、光栄か……
面と向かって言われるとこそばゆいものだね
君とはゆっくり話したいけど、先に用件を済ませてしまいたい
……もしよければ、少しの間タカコを預かっててもらえるかな?」
「え、いいんですか?
是非預からせていただきます!
たしか……止まり木の心、でしたよね」
「うむ
それじゃよろしく頼むよ」
学園内の駐車場では、また別の男が注目を浴びていた。
彼は車のすぐそばで四つん這いの体勢のまま身動きが取れず、
運転手がその背中をさすり、生徒から水の差し入れを貰っていた。
車酔い。
それ自体は別段どうということはない光景だが、
四つん這いの男が目立っている原因は体の大きさだ。
彼は隣の成人男性が子供に見えるほどの身長があり、
直立したら確実に2m以上はあるだろう。
そして全身が実用的な筋肉で覆われていることから、
何かしらのスポーツ選手なのではないかと噂の的になっていた。
「お〜……
久しぶりだなあ!
ここには何しに来たんだ?」
と、人垣を掻き分けてリリコが彼らの前に躍り出る。
だが運転手は首を傾げ、目の前の少女が誰だかわからない様子だ。
すると今の今まで地面に伏せていた大男がスクッと立ち上がり、
大きく目を見開いて彼女の名を言い当てた。
「り、リリコ……!?
お前、高音凛々子だよな!?
いやあ〜、こりゃまた随分と別嬪になっちまってまあ……」
「やっ……なんだと!?
ようやくデリカシーのある奴が現れたと思ったらお前かよ!!」
「え、俺なんか変なこと言っちまったか!?
俺の何がいけなかったんだ!? 直すから教えてくれ!!」
「直さんでいい!!
もっとオレを褒めろ!!」
「えっと、じゃあ……
そのよく通る声もいい!!」
「やっぱ照れるからやめろ!!」
「だめか!?」
謎の漫才が始まり、見物していた生徒たちは困惑する。
あの大男は高音凛々子の知り合いで間違いないのだろうが、
随分と親しげに見える。一体どのような関係なのだろうか。
とりあえずその2人を両方知っている男、運転手が動いた。
「え、リリコちゃん?
アキラから『元気でやってる』とは聞いてたけど、
ここまで見違えるレベルなら教えてもらいたかったな〜」
「よっ、あーくんの親父さん」
生徒たちがざわつく。
『あーくん』とは化け物じみた身体能力を誇る甲斐晃のあだ名であり、
その父親は同じようなフィジカルモンスターなのかと思いきや、
彼はどう見ても平凡な男性……全く強者の気配が感じられないのだ。
血が繋がっていない可能性もあるが、まあ弱そうなのは確かだ。
「俺たちがここに来た理由は、
つい先日アキラから手紙が届いたから
学園の友達に伝えなきゃと思ってね」
「えっ、手紙!?
沖縄は今、交通機関が全部麻痺してんじゃねーの!?」
「そうだけど、鳥の行き来までは制限できないよ
石井さんにお願いしてタカコさんを飛ばしてもらったんだ」
「あ、その手があったか〜!!
んで、どんな内容だったんだ!?
あーくんは無事なんだろうな!?」
「まあ手紙を送れるくらいだしね
……今すぐ伝えてもいいけど、二度手間になりそうだから
他のみんなも一緒に聞いた方がいいんじゃないかな?」
「くっ……それもそうか!
とりあえず暇な奴らを食堂に呼び出してみる!」
──食堂には生徒と職員を合わせて100人ほどが集結した。
1年生からは13名。彼らはアキラと面識は無いが、
去年のニュースで先輩方の活躍を知り、尊敬している者たちだ。
2年生からは32名。つまり全員だ。
その中には嫌われ者の有馬力も含まれているが、
それを気にする者は誰もいなかった。
そして3年生は玉置沙織以外の全員が集結した。
彼女は今オーストラリアで過ごしているらしいが、まあどうでもいい話だ。
それよりも今この場に彼女以外の3年生が集まってしまったのが問題なのだ。
「あの、先輩……
申し訳ないのですが……帰ってくれませんか?」
「ああ、やっぱり私は来ちゃいけなかったのね……
こんなつもりじゃなかったのに……
私ったら、つい嬉しくなっちゃって……」
リリコはミスを犯した。
面倒だからと全校生徒宛てに一斉にメールを送った結果、
不破稔までそれを受け取り、食堂に来てしまったのだ。
不破稔は自分の中にある膨大な魔力を制御することができず、
ただいるだけで他の魔法能力者に恐怖を振り撒く存在となってしまう。
そして恐怖に耐え切れなかった者たちはやがて気絶に至る。
その現象が食堂で起こってしまい、
かろうじて意識を保っていたヒロシと
魔法能力を持たない者たち以外は全滅したのだ。
「えっと、みんな大丈夫……なんだよね?
急にバタバタ倒れるから何事かと思ったよ」
「ええ、初めて見たらビックリしますよね
個人差はありますが、数時間したら目覚めるんで心配いりませんよ」
「しかし、こりゃすっげえな……
魔法ってのはこんなことまでできちまうのか……」
「あの人以外にはできない芸当だよ
稔先輩は史上最大の魔力の持ち主で、
“破壊神”とか“魔法学園のヌシ”とか呼ばれてるんだ」
「この様子だと結局二度手間になっちゃうけど、まあ仕方ないよね
とりあえずヒロシ君だけでも手紙の内容を伝えるよ」
「あ、はい
よろしくお願いします」
『あれから4ヶ月が過ぎたが、希望を忘れた日は無い。
そっちは元気にしているだろうか?
俺はまだ生きている。
ニュースで色々と騒がれているとは思うが、
そろそろこの混乱も収束しそうなので安心してほしい。
すまないが頼まれていたお土産は買えそうにない。
知っての通り、多くの商店が略奪の被害に遭って
売り物が無くなってしまったからだ。
無事に帰ることができたら動物園へ行こう。
水族館や遊園地、その辺の公園でもいい。
今はただ、戦いを忘れて日常を感じられる場所へ行きたい。
俺は必ず帰る。また学園で会おう。』
「……と、アキラは苦境の中にあっても希望を胸に頑張ってるそうだ
ニュースとか略奪って単語にはピンと来ないんだけど、
どうやら沖縄ではきな臭い事件が起きたみたいだね」
「あ、それ『キボウ』じゃなくて『ノゾミ』です
アキラの彼女でして、個人宛ての手紙ですね」
「あっ、やっぱり?
もしかしてとは思ってたけど、人名で当たりだったか〜
危ない危ない、みんなに息子のラブレター公開するとこだったよ
……ところでその子って今この場にいる?
『学園で会おう』って書いてあったからここの生徒だよね?」
「ああ、はい
あそこの小柄な女の子がそうです」
「へえ、なるほど」
「アキラらしいな」
「やはりそうか」
(故郷の人々の反応……!)
秩父からやってきた3人はアキラの父親と農家の石井さん、
そしてアキラと同い年の少年、稲葉豊作だった。
アキラと同い年……
「つまり俺とも同い年じゃん!?
全然そんな風には見えねえ……
なんだよお前の村……
巨人の血でも流れてんのか!?」
ヒロシがそう思うのも無理はない。
測ってみたところ豊作の身長は211cmもあり、
石井さんも190cmと、日本人の平均身長を大きく上回っている。
アキラも入学時点で192cmあったはずだ。
アキラの父親はヒロシと同じ程度の高さだが、
彼は村の外から来た人間らしいのでカウントしなくてもいいだろう。
「巨人か……ヒロシの言う通りかもな
村の男衆は大体俺と同じようなもんだし、
村長はもっとでっけえぞ
たぶんこの高さくらいあるぞ」
と、豊作が身長計の遥か上に手をかざす。
「そこに目盛りはねえよ!
何食ったらそこまで大きくなれんだよ……」
「何って、そりゃあ肉だろうな
それもただの肉じゃあいけねえ
『強い肉が強い男を育てる』ってのが村の流儀でな、
村長はそれを体現したような人なんだよ
熊、水牛、鰐とか、でかくて強え肉ばっか食ってきたから
あそこまででかくて強くなれたんだろうな」
「まあ自然界じゃ大きさ=強さみたいなもんだから、
食う量が多くなればそれだけ大きくもなるよな」
と論理立ててみるが、それにしてもでかすぎる。
豊作が示している高さは目測で250〜260cm程度。
嘘にしか聞こえないが、彼が人を騙すような男だとは思えない。
それに身長の世界記録は270cm以上だという前例もある。
あり得ないようで、あり得る話なのだ。
「そういやお前の村には独特の武術があるそうだな?
なんか家によって流派が違うとか聞いてるけど」
「ああ、都会人はそうじゃないって聞いてビックリしたぜ
うちは代々“トカゲの型”を受け継いできた家系でな
俺が得意としてるのは“ヤモリの構え”だ
狩り以外の使い方は壁に張り付くくらいしかできないけど、
垂直な崖とかをよじ登りたい時には便利なんだぜ」
「へえ、都会人は崖をよじ登らないって聞いたらもっと驚きそうだな」
「えっ、よじ登らねえの!?」
「あんまり無いからな、崖
……石井さんはどんな型の使い手なんですか?」
「ん、私かい?
恥ずかしながら、私は幼い頃から病弱だったものでね
武術を仕込んでも役に立たないと判断されて、
親から型を教わらずに育ったんだ
しかし皮肉にも健康な兄たちは早くに命を落とし、
無能な私だけが生き長らえてしまったよ」
「そんな、無能なわけがないじゃないですか
戦う力が無くたって、石井さんの作る野菜は最高ですよ
アキラの代わりに俺が村まで取りに行ってもいいくらいです」
「なんとも嬉しいことを言ってくれるね……
あの村では狩りの能力が高い男ほど敬われ、
そうでない者たちは馬鹿にされるんだ
野菜作りしか取り柄のない私なんかは特にね
20年ほど前からその風潮は徐々に薄れてきてはいるが、
長年染みついてしまった負け犬根性というものは
そう簡単には拭い去れないものだよ」
約20年前というと、アキラの父が村に来た頃だろうか?
彼にも興味はあるが、まずは石井さんだ。
環境によって常識は変わるものだというのは理解できるが、
ここまで感覚がズレていると修正が難しい。
ヒロシは、田舎こそ農家を尊敬しているものと思い込んでいたのだ。
狩人至上主義の戦闘民族が暮らす謎の村……。
かなり行ってみたい。
「おい、ヒロシ
石井さんは病弱ではあるけど、完全に戦えないわけじゃないぞ
“ハエトリグサの構え”って独自の技を編み出した人でな、
射程圏内に侵入してきた敵を瞬時に仕留める待ちの拳の使い手だ
アキラはそこから着想を得て“ネコの構え”を完成させたんだぜ」
「え、それってつまり……
石井さんがアキラの師匠ってことか!?
なんか燃えるなあ!? そういう展開!!」
「だろお!?
上手く言えないけど、熱いよなあ!?」
ああ、豊作とはすごく気が合う。
あとで図書室に連れていこう。
彼にはおすすめしたい王道の少年漫画がいくつもある。
それを知らずに生きるのはもったいない。
村にも本屋くらいあるだろうが、品揃えは良くないかもしれない。
「村には本屋どころか店すら無いぞ
物々交換が基本だから現金が出回ってないんだよな」
「あ、思ってた以上に文化レベルがかけ離れてるんだ?
苗字は浸透してるみたいだから明治時代辺りかな?」
「うおっ、アキラの親父さんも似たようなこと言ってたぜ!
ヒロシって頭いいんだな!」
「いや、一部の文系以外はあんまり……
少しだけ社会系の科目に強いだけだよ」
そういえばアキラの父は元民俗学者だと聞いている。
当然、古代エジプト文明についても詳しいはずだ。
これは専門家の意見を伺える貴重なチャンス……
ピラミッドダンジョン攻略のヒントを得られるかもしれない。
彼らの滞在中にじっくりと話し合おう。
基本情報
氏名:稲葉 豊作 (いなば ほうさく)
性別:男
年齢:18歳 (7月7日生まれ)
身長:211cm
体重:105kg
血液型:B型
アルカナ:力
属性:なし
武器:なし
能力評価 (7段階)
P:10
S:5
T:5
F:0
C:0