区切り
墓前に妙齢の女性がしゃがんでおり、手を合わせている。
彼女は平塚彩の母親であり、娘が亡くなってから今日で1年になる。
あの火災により失った家族は他にもいるが、
それでもやはり自分が腹を痛めて産んだ存在の死が一番堪えただろう。
「グリム君、出てきていいのよ」
不意にあだ名を呼ばれ、栗林努は動揺しながらも彼女の前に姿を現した。
最近ではその名で呼んでくれる者がすっかり減ってしまったが、
まさかこの場で耳にすることになろうとは。
おそらく彼女は娘から名前を伝え聞いていたのだろう。
「いつから気づいていたんですか?」
「あら、本当にいたのね」
「えええ……」
どうやらブラフだったようだ。
「せっかく来たんだし、手を合わせていってちょうだい
私はもう報告したいことは大体伝え終えたつもりだから」
「あ、はい
しかし、親族でもない俺がいいんでしょうか?
まだ伝えたいことがあるのなら出直しますが……」
「いいのいいの、今更じゃないの
ちょくちょく彩のお墓参りに来てくれてるんでしょ?」
「それは、まあ……はい」
「ほら、やっぱり!」
また引っ掛かってしまった。
「そちらの2人はお友達?
どうせだからあなたたちも挨拶していってね」
「あ、俺は丸山で、こいつは向井って言います」
「娘さんは俺たちの話はしなかったんですね」
「馬鹿! そういう質問はするなよ!」
「俺たちの方が先に彩ちゃんと知り合ったのに……」
「ふふ、娘がごめんなさいね
あの子は興味の無い物事には見向きもしないタイプだったから」
「ああ、わかります たしかにそんな感じでした」
「ますますショックなんですが」
3人が合掌した後、彩の母親は彼らに問い掛けた。
「変な質問だけど、君たちは神様とか信じてる?」
「えっ、いや……
いたら面白いとは思いますが、本気で信じてはいないですね」
「それじゃ幽霊は?」
「幽霊、ですか
いたら嬉しい……ですね」
「そう……
実は私もそうなのよ
とりあえず一般的な手順として先祖代々の墓に納骨してみたけど、
イマイチ実感が湧かないというか……
もしこの世に幽霊が実在するとしても、
あの彩がこんな陰気臭い場所に留まってるとは思えないのよねえ」
「お寺の人が睨んでますよ」
「家に仏壇があるけど、やっぱりそれもなんだかね……
ほら、『死んだ人は心の中にいる』みたいな台詞ってあるじゃない?
それだったらお墓も仏壇も必要無いんじゃないかって思うのよね
そう考えると、これってぼったくりのような気がしてならないのよ」
「とりあえず場所を変えて話しましょうか」
──ティルナノーグ大宮。
高齢冒険者のキャンプ地として用意された特区であり、
去年の同日に起きた惨劇の舞台でもある。
137名。
それだけの命がこの場所で奪われた。
犯人の鈴木は無罪を主張しており、未だに法の裁きを受けていない。
現地には慰霊碑が設置され、そこには平塚彩の名も刻まれている。
「う〜ん、また今度にしましょっか」
彩の母親が困り笑いしながら提案する。
まあ、彼女がそうしたくなるのもわかる。
慰霊碑の周りにはカメラを携えた者たちが人垣を作っており、
お涙頂戴の映像を撮影しようと待ち構えていたのだ。
それが彼らの仕事なのだと理解はしているが、
見ていて気分の良いものではない。
「それに一度だけインタビューを受けたことがあるんだけどね
TV観たら“冒険者に娘を殺された母親”みたいに紹介されてたのよ!
へいわビジョンとかいうクソゴミカス企業だったんだけど、
あれ以来絶対にマスコミには協力しないって心に決めたの!」
「ああ、あの局ですか……
それはとんだ災難でしたね
連中も俺たちの敵なんで、いつか潰してやりたいと思ってます」
「もうホントお願いね!
私が許すから、爆弾でもなんでも仕掛けちゃってちょうだい!」
「いや、それはさすがに……」
「俺たちはもっとスマートな方法で悪徳企業をやっつけてるんです」
「この1年で100人くらい警察に突き出したよな、たぶん」
「なっ……お前ら、その話はするな!!」
「あ、やべ つい口が滑っちまった」
「そういや秘密結社だったのを忘れてたぜ……」
「え、なになに!?
秘密結社とか聞こえたんだけど!?
その話、詳しく教えてもらえるかな!?」
ああ、このグイグイと来る感じ……やはり親子だ。
彼らは平塚家へと移動した。
全焼した家屋が1年で元通り……といっても元の姿を知らないが、
とにかく人が住み、生活を営むには何も問題の無い空間だ。
ただ1つ問題があるとすれば、1人で住むには広すぎる点だろうか。
「……俺たちが標的にしているのは主に特殊詐欺の業者でして、
一番多いのは“オレオレ詐欺”ですね
適当にネットで怪しい業者を見かけたらリストに入れて、
1つ1つ虱潰ししてるだけですよ」
「ほうほう……
こう、パソコンをカタカタやってハッキングとかしてるわけだ」
「いえ、それは違法なのでやりません
俺たちはあくまで合法、そして誰にでも実行可能な方法で
悪どい奴らを破滅に導いています」
「邪悪なる者たちに聖なる裁きを──Guilty」
「平塚さん? どうしました?」
「いいの、続けて」
「……とりあえず使う道具はこれだけです」
「えっ…………スマホ?
スマホでハッキングとかするの?」
「いえ、ハッキングは違法なのでやりません
スマホというか電話ですね
詐欺業者の連中はカモからの連絡を待っているわけですから、
着信があったら必ず電話に出ないといけません
その性質を利用して、こちらからアプローチします」
「わかった!
催眠術でしょ!
電話越しにこう、念波みたいのを送って……」
「いえ、それは誰にでも実行可能な方法ではありません
俺たちはただ、電話を電話として使うだけですよ
問い合わせる内容はなんでも構いません
その会社の業務内容だとか所在地、従業員の人数……
とにかく会話が成立すればそれでOKです
これを1つの業者に対して1日3回、毎日決まった時間に行います」
「えっ、それだけ?
……なわけないよね
他愛のない会話を繰り返して心を開かせて、
悪事から手を引くように説得してるとか?」
「悪党は言葉だけでは改心しませんよ
本当に毎日電話を掛けるだけです
まともな企業なら何度でも問い合わせに応じてくれるんですが、
教育不足な悪徳業者の場合はボロを出してくれるんですよね
最初のうちは『毎日同じ質問してくんな』程度だったのが、
そのうち『家にヤクザ送り込むぞ』って脅しに変わるんですよ
そういった発言を相手から引き出せれば俺たちの勝ちです
あとは録音したテープを警察に渡して、判断はあちらにお任せします」
「ええ〜……
なんかスマートというより地味というか……
本当にそんなんで上手く行くの?」
「9割くらいは優良企業だったり、相手がボロを出さなかったりで
作戦失敗して警察から注意される結果に終わりますね」
「ダメじゃん」
「これは詐欺業者と同じ方針になってしまうのですが、
残りの1割が成功すればいいんです
この世から少しでも悪事の芽を摘めたのなら良し、
それが魔人会と繋がりのある業者なら尚良し、
そいつらがトカゲの尻尾切りされれば大金星ってところですかね
他にもっと効率的なやり方があるんでしょうが、
今の俺たちにはこれが性に合ってると言いますか……」
「え……んん?
芋づる的に上の組織も摘発された方がいいんじゃないの?」
「そうなれば儲け物ですが、期待はできませんね
下っ端の連中と違って上に行くほど狡猾にもなりますし、
逮捕されるような証拠を残しておくとは思えません
それより奴ら自身の手で末端の人員を切り捨てさせることで
『いざとなったら上の人間は守ってくれない』と刷り込ませ、
組織全体の上に対する信頼感を揺らがせる方が効果的です」
「ほえ〜……
内部崩壊を狙ってるってこと……よね?」
「まあ、そこまで上手く行くとは思ってませんけどね
少なくとも切り捨てられた人間は“敵の敵”になってくれるでしょう
……とまあ、これが秘密結社の事業内容です
給料の出ないブラックな職場なんですがね」
「その秘密結社、私も入社していい?
電話を掛けるくらいなら私でもできるし、
それで世の中が良くなるのならなんでも協力するわ!」
「おい、今……」
「なんでもするって……」
「いえ、お気持ちは嬉しいのですがお断りします
本当に家にヤクザを嗾けられたり、
出所した奴が報復しに来る可能性もあるので危険ですよ
俺たちはいつでも逃げられるように準備していますが、
平塚さんはここを離れられないでしょう?」
「べつに離れたって構わないわ
この場所自体にそれほど未練は無いのよね
彩も、主人も、みんな私の心の中にいるから……」
「ですが、しかし……」
「おい、本人がやりたいって言ってるんだ!」
「ここは快く受け入れてやるべきじゃないのか!?」
「お前ら……また絆されてるな?」
「ちなみに私33歳のおばさんだけど、それでもいい……?」
「全然オッケーです!!」
「むしろ大好物だぜ!!」
「お前らは何を期待してるんだよ!?」
「多数決で決めてもいいって人〜」
「は〜い」
「は〜い」
「そのやり方は卑怯ですよ!!」
「平塚瑠璃、誠心誠意頑張りますのでよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくお願いしまーす!!」
「いいぞー!! ルリちゃーん!!」
「どうしてこうなった……」
平塚瑠璃が仲間になった!