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進め!魔法学園  作者: 木こる
3年目
119/150

7月

<ビィー!ビィー!ビィー!>


なんと不快な音だろうか。

それは関東魔法学園の管轄内で緊急事態が発生した際、

生徒たちの手を借りる必要ありと判断された場合に

鳴らされる呼び出しのアラーム音だった。


この要請を受けた上級生たちはすぐさま己の使命を理解し、

タワーに集合して指令が下るのを待つ。

2年生にしてみればおそらくこれが初めてのまともな出動要請であり、

去年の先輩方がどれだけ大変だったかを知っているので

胸中を不安で満たされる。


そんな彼らを安心させようと生徒会長は全員に聞こえるように、

だが耳障りではない程度の音量で隣の美少女に話しかけた。


「今回は『ビー、ビー』だったから、

 それほど大きな事件じゃなさそうね

 本当にヤバい時は『ビー!! ビー!!』だし」


「でもわかんないよ?

 アキラが沖縄送りになった時もこの呼び出し音だったし」


「そうだけど震度5強の地震が起きたってだけだし、

 内容自体はそこまで騒ぐようなもんじゃなかったよね」


「うん

 それなのにアキラはまだ帰ってこれないし、

 現地は流出した魔物だらけで地獄絵図らしいし、

 あたしたちも気を引き締めて取り掛からないとね」


「う〜ん……

 うん、そうね」


2年生たちはますます不安になった。




それから数分後に落合訓練官が駆けつけ、

彼らの為すべき任務を簡潔に伝えた。


「東京都足立区で男子大学生がダンジョンに単身突入したらしい

 彼を発見して保護し、無事に連れ帰るのが今回の任務だ

 急を要するので詳細は移動中に説明する

 栗林、小中、進道、杉田、並木はヘリで現場に急行、

 残りの者は車で移動する 5分後に出発だ、以上」


普段から小型の剣を使い慣れている2名に魔法特化の2名、

この構成では唯一の回復役(ヒーラー)となるバランス型1名。

先発隊に選ばれたのは器用で小回りの利くメンバーばかりだ。

舞台となるダンジョンは狭い通路が多い地形のようで、

大きな武器を振り回せるだけのスペースが無いらしい。


ちなみに足立区にあるダンジョンと言っても、

低難易度で有名な足立ダンジョンではない。

“足立フォレストワールドダンジョン”。

それが今回の現場である。




ヘリでの移動中、生徒たちは事件の詳細を確認する。

まずは保護対象である男子大学生についてだ。


(もり)(いつき)

 都内の大学に通う経済学部の3年生で、

 足立フォレストワールドの元アルバイト従業員だ

 園長の話ではここ最近、大学での人間関係に悩んでいたらしい

 なんでも、同学部生から日常的に殴る蹴るの暴行を受けていたそうだ

 1人でダンジョンに入ったのは自殺目的の可能性が高い」


「うわ、それは急がないとですね……

 ところでそのフォレストワールドというのは、

 テーマパークか何かなんですか?」


「ああ、そうらしいな

 環境保護をテーマにした遊園地のようなものだと聞いている

 だが不必要な情報だから気にしなくていい

 現場はそこから500mほど離れた場所にある“ダンジョン群”だ」


「ダンジョン群とは?」


「ダンジョン群は1つのダンジョンが分裂したものと考えられていて、

 コアが存在するのはその中の1つだけとなる

 厄介なのは、その()()()が固定ではない点だな

 毎日コアの所在地が移動するからリセットするのも一苦労だ

 それを冒険者同士のスラングで“モグラ叩き”と呼ぶんだが、

 まあ重要な知識じゃないから忘れてもいいぞ」


「どんな魔物が出現するんですか?」


「ローパー、トレント、ファンガスフォークなど、

 植物を模した魔物が多めとのことだ

 刃物による斬撃と炎属性の攻撃魔法が概ね有効なんだが、

 ()()()()のダンジョンにはミノタウロスが出るそうだ

 お前らも知っての通り、奴には炎が通用しないから注意しろ

 とはいえこのパーティーなら心配無いだろうがな」






現場に到着した彼らは二手に分かれて行動開始。

生徒5名は実動部隊としてダンジョン内の捜索を、

落合訓練官は更なる情報収集と後発の指揮を担当する。


その手筈だったのだが、ここで早速(つまず)いてしまった。


「えっ……はああ!?

 どのダンジョンを捜索済みか把握してない!?

 いや、そんな……何を考えてるんだ!!

 人の命が懸かってるんだぞ!!」


なんと、先に捜索活動を行なっていた現地の冒険者たちは

誰一人としてその成果を記録していなかったのである。

それどころか他のパーティーとの報連相も皆無であり、

捜索済みのダンジョンを何度も調べるという無駄が発生していた。

これでは先発隊をどこへ向かわせるべきか決められない。

闇雲に送り出しても無駄足を踏ませるだけだ。


これを受け、落合訓練官は足立フォレストワールドの事務所に

緊急対策本部を設置して捜索状況の整理を行う窓口となった。

現場に到着してからここまで40分。非常に痛いロスである。


そして本部を設置した件を周知しなければならない。

落合訓練官は園長に人手を借りられないか尋ねてみたが、

『今は営業時間だから』との理由で断られた。


「いや、そうでしょうけど

 一刻も早く彼を助けたいから我々に出動を要請したんですよね?

 できることならなんでも協力するというスタンスだったのでは?」


「できることなら、ね

 うちはホワイトだから、スタッフに業務外の仕事はさせないんだ

 それに森君は元アルバイトであって、今は赤の他人だ

 無関係の人間のためにこき使うわけにはいかんよ

 私個人として彼を助けたいという気持ちはもちろんあるが、

 近くで自殺なんかされちゃ悪い噂が立ちそうだから君らを呼んだんだ」


園長の言い分は間違っていない。

だが正しいとは思えない。

目と鼻の先にある現場で人命が失われてかけているというのに、

1人も客がいない遊園地でソシャゲに勤しんでいるスタッフたちを

こちらに貸してもらえないというのは納得できない。


こいつらはどう見ても暇を持て余しているはずだ。

人をもてなす場所なのにそこらじゅうゴミだらけだし、

犬の糞……おそらく犬だろう。が落ちていてもまるで関心を示さない。

彼らは遊園地のスタッフとして何一つ仕事をしていないのだ。


だがまあ、仕方ない。

園長を説得してもどうせ時間の無駄だろう。

ならば今できることをやるだけだ。


「作戦変更だ

 栗林、小中、進道、並木はそれぞれ散らばり、

 4ヶ所のダンジョンを同時に捜索してくれ

 もし向かった先に先客がいたら本部設置の件を知らせ、

 これ以上無駄な捜索被りが発生しないように努めろ」


「「「「 はい! 」」」」


「あれ、先生

 私は……?」


「杉田は留守番だ

 半年ほど前から訓練で手を抜くようになったし、

 正直言うと安心して送り出すことができない

 仲間がいるならまだしも、単独での活動は無理だと判断する」


「そんな……!

 私、頑張ります!

 私も戦えます……!」


「悪いが、今は頑張る頑張らないの話はどうでもいい

 ただでさえ初めての現場で4人も単独活動させるんだ

 あいつらが優秀とはいえ、この作戦のリスクはかなり高い

 お前らの命に責任を持つ立場として、

 戦力に不安のある生徒を送り出すわけにはいかない

 ……役に立ちたいのなら情報収集を手伝ってくれ

 あまり期待はできないが、彼の行き先がわかるかもしれない」


「……はい」






──杉田雪は訓練で手を抜いていたのがバレていた。

まあそりゃそうだろう。

1年生の頃はどんなにヘロヘロになろうとも

訓練課題を達成しようと努力していた彼女が、

今年の1月頃から露骨に自分に甘い性格になっていったのだ。

足腰を鍛える訓練では彼女の代名詞であるテレポートを使用し、

1秒未満でゴールなどというふざけた記録を残している。

ちょうどその頃から急激に体重が増加してゆくが、

思い当たる原因はあれしかない。


彼女はネトゲにのめり込みすぎたのだ。


それはそれとして、今は保護対象に関する情報を集めよう。


「ん、森?

 あいつ暗かったからな〜

 いつか自殺しそうな雰囲気あったけど、

 とうとうこの日が来ちゃったかって感じだね」


そう語るのは森樹と同期だったアルバイト従業員、

そして同じ大学の同じ学部に所属する藤井という男子だ。

聞き込みを行なっている間、彼の視線は常にスマホに向けられており、

息を吸うようにタバコを吸いまくるその姿からは

森樹の安否を気にする様子は全く見られなかった。


「え、大学でいじめがあったかって?

 それ、誰から聞いたの?

 ……ふーん、園長がそんなことをねえ

 …………

 ……いやいや、俺たちはいじめとかしてないって!

 そりゃたまに肩パンごっことかする時はあったけど、

 そんなの男同士の軽いスキンシップみたいなもんだしさ!

 ぼっちのあいつを仲間の和に混ぜてやっただけだし!

 ……それより自殺の原因って言ったらアレだよアレ!

 あいつ、あんな性格でも可愛い彼女がいてさ、

 でもその女に裏切られちゃったんだよね〜

 死んだ原因、絶対それだから!」


どうやらこの藤井という男の中では、

森樹は既に死亡したという認識らしい。

彼はいじめ行為を否定しているが、その肩パンごっことやらが

日常的な殴る蹴るの暴行の正体なのだろう。

スキンシップなどと聞こえのいい言葉を使っているが、

どうせ一方的な接触だったのだろうと想像に難くない。

まあ、それはいい。

今回の任務は森樹の保護であって、いじめ問題の解決ではない。




続いて他の従業員にも聞き込みを行う。

彼女の名は菜乃香(なのか)と言い、森樹の元恋人だ。

藤井の話では、彼女が森樹を裏切ったのが自殺の原因だそうだ。

男女関係における裏切りといえば、まず浮気で間違いないだろう。

たしかに平気で男を裏切りそうな雰囲気を醸し出している。

清楚ぶってはいるが、滲み出るビッチ臭を隠し切れていない。

何がそう思わせるのか……タバコと香水の入り混じった匂いだろうか?


「え、私が樹君を裏切った……?

 その話、誰から聞いたの?

 ……ふーん、藤井君がそんなことをねえ

 …………

 ……違うよ! 私は彼を裏切ってなんかない!

 私はただ、寂しかっただけなの!

 樹君はいつも仕事ばかりで私を見てくれなかったの!

 あなたも女ならこの気持ちがわかるよね!?

 え、わかんない? じゃあいいや

 ……樹君が死んだ原因は絶対に私じゃないと思う

 去年の今頃に彼の妹が重病を患っちゃってね、

 手術費用を稼ぎたいって話になったわけよ

 それで園長は彼に残業や休出をさせるようになったんだけど、

 妹さんが死んじゃった後もそのペースが続いたの

 しかもちゃっかり自分の仕事を押しつけたりしてね!

 きっと樹君はそのせいで生きるのに疲れちゃったんだよ」


家族の死と激務によるストレス……。

自殺に至る理由として充分にあり得る。

だが、今知りたいのはそういう情報ではない。

原因など二の次だ。彼の居場所を特定したい。

しかし菜乃香はいかに自分が悪くないかを力説するばかりで、

手がかりとなるような情報を得ることはできなかった。




園長室で暇そうにしていた男に話しかける。


「え、私が森君に仕事を押しつけたって?

 その話は誰から聞いたんだい?

 ……ふーん、菜乃香ちゃんがそんなことをねえ

 …………

 ……いやいや、押しつけたと言っても法律の範囲内だよ

 なんたってうちはホワイトだからね

 ちょっとだけ時間がはみ出す時があったかもしれないけど、

 それは彼自身が働きたいと思って自発的に行動した結果だし、

 タイムカードは規定の就業時間内に押されているから

 私が彼に時間外労働を強要したという証拠はどこにもないよ

 ……それに、彼に他のスタッフより多くの仕事をさせていたのは

 妹さんを失った悲しみを紛らわせてあげたいと思ったからさ

 人間、生きている以上は誰だっていつかは死ぬんだ

 死んだ人を思ってクヨクヨと悩んで縮こまっているより、

 生きている人の社会を回すために働いた方が有意義だろう?

 だから、彼に私の業務をちょっとだけ任せていたのは

 私なりの優しさの表れだよ」


なんて言い草だ。

悲しみとどう向き合うかは本人が決めることだ。

クヨクヨ悩んだっていいだろう。

失ったものがそれだけ大切な存在だったという証なのだから。


「具体的に彼がどのダンジョンに入ったのかはわからないな

 それを突き止めるのが君たちの役目だろ?

 ……え、監視カメラ?

 いや、前は設置してあったんだけどね

 それほど危険なダンジョンじゃないって話だったから、

 コスト削減の一貫で数年前に撤去してしまったよ

 私じゃなくて、設備担当の者がね」


その指示を出したのは誰だろう。

まあ気にしても仕方ないが。


結局ここでも有益な情報を得ることはできなかった。

判明しているのは保護対象が誠実な青年であることと、

彼を取り巻く人々がクソだということくらいだろうか。

行き先の特定に繋がる手がかりは無かったが、一度報告に戻ろう。






──対策本部では落合訓練官が机に広げた地図に何かを書き込んでおり、

捜索活動に参加している冒険者のリストと照らし合わせながら

次は誰をどこに送ろうかと計画を立てていた。


現地に存在するダンジョンは全部で81ヶ所。

捜索完了は11ヶ所。残り70ヶ所。

捜索にかかる時間は1ヶ所につき最低でも3時間。

現在時刻は午後1時。森樹の失踪から6時間が経過。

現地の冒険者は17名。学園からの助っ人は42名。

全員を単独で送り出せば目標発見の確率は飛躍的に高まるが、

二次被害が発生する恐れがあるのでそれはできない。

ここは安全策だ。リスクは最小限に抑えるべきだろう。


この判断に誤りは無い。

……と思いたい。そのはずだ。


「杉田、突っ立ってないで報告してくれ」


「あっ、はい」


彼女が持ち帰ってきた情報は役立ちそうになかった。

いじめ問題、痴情のもつれ、ブラックな労働環境……

どれも本件を解決する手がかりにはなり得ない。

だが、その程度の話しか聞けなかったのだからしょうがない。

杉田雪が悪いのではない。彼女はよくやった方だ。


「そうか、ご苦労だった

 後発の生徒が到着するまで休憩時間とする

 今のうちに英気を養っておけ」


「はい……」


元々ハキハキと喋るようなタイプの生徒ではなかったが、

その時の彼女は特に力無く返事をしたように思う。

戦力外通告をされた上に有益な情報を得られなかったのが悔しいのだろう。

もしかしたら自分を無能な存在だと蔑んでいるかもしれない。

フォローしてやるべきなのだろうが、残念ながら今はそんな余裕は無い。

基本情報

氏名:杉田 雪 (すぎた ゆき)

性別:女

サイズ:A

年齢:17歳 (2月14日生まれ)

身長:140cm

体重:53kg

血液型:A型

アルカナ:世界

属性:無

武器:毒針 (槍)

防具:フェアリーテイル (衣装)


能力評価 (7段階)

P:2

S:3

T:5

F:7

C:8


登録魔法

・テレポート

・セブンスサイン

・バタフライエフェクト

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