私たちはそれをしなければならない
“MACHINEGUN MARRIAGE !! 〜鮮血のジューンブライド〜”
それは某MMORPG内にて開催された今月のイベント名であり、
新旧問わず多くのプレイヤーに大きな衝撃をもたらした。
マフィアの娘に生まれた少女が平凡で退屈な人生に憧れ、
理想の結婚生活を求めて各地のイケメンを拉致して回るという
コミカル&バイオレンスなシナリオが大好評を博したのだが、
プレイヤーの度肝を抜いたのはそこではない。
なんの前触れも無く実装された新職業の無法者、
そして新システムの部位破壊という概念だった。
このサプライズを受け取ったプレイヤーの取るべき行動は1つ。
1、何もしない。
2、試しにちょっと触ってみる。
3、検証を重ねてステータス配分とスキル構成の最適解を導き出す。
正解は3だ。
「う〜ん、イベント名にもなってるマシンガンは大ハズレだな……
本当に連射性能だけしか取り柄が無いんだよね
10発撃ってハンドガン1発分って……さすがに火力低すぎでしょ
状態異常が乗るわけでもないし、これを選ぶ理由は無いね」
「ショットガンも微妙かも
素で範囲攻撃できるのが売りだけど、こっちも火力不足だよ
敵との距離が近ければそれなりのダメージは出せるけど、
そもそも本体が前衛職じゃないから耐久力がね……」
「ハンドガンはクリティカル出ないとゴミだし、
ライフルは装填に時間がかかりすぎる
そしてランチャーは弾数が少なくて重い上に命中率が低い
……今回の新職、完全に失敗作だわー」
「こらこら、早苗さんや
攻撃力だけで判断してはいけませんよ」
「あら、ユキさん
それは一体どういう意味かしら?」
「何かお忘れではなくて?
無法者の特徴は新武器の銃を装備できるだけではございませんことよ」
「銃だけではない……
ああっ! 部位破壊がありましたわね!
無法者は部位破壊のスペシャリストだとかなんだとか……!」
「そうですわ
このシステムは既存の弱体効果とは別枠で管理するとのことですから、
例えば防御力ダウン・小でダメージ30%上乗せ状態の相手に対して
頭破壊ボーナスの30%が重なれば、合計で169%のダメージを
与えることが可能になるのですわ……!」
「えっ……んん?
ちょっと待って、30%と30%が重なったら60%じゃないの?
だから160%になると思うんだけど……」
「早苗ぇ〜、言葉遣い〜
……ってか小学生レベルの計算だよ?
最古参プレイヤーの早苗がなんでこの程度の計算ができないの?」
「うぐっ……
そういう細かいのは計算機に任せてるからねえ
私も初心者の頃は自分でも頭使ってたけど、
最強装備で雑に殴ってても勝てる戦いばっかしてると
段々と小さな数字を気にしなくなってくんのよね〜」
「その小さな数字をコントロールするのが楽しいのに……
私がメインキャラに暗殺者を選んだ理由はそれだよ?
見た目の良さもあるけど、倍率を重ねられる要素が多いから
STRが初期値でも問題無くやっていけてるし」
「ん……?
え、もしかしてコツバメにSTR振ってないの?
前衛職なのに……?」
「うん
AGIとLUCの2極だよ
そういやステ振りの話って今までしなかったね」
「まあテンプレ通りに振るのかと思ってたからね
ってか、それって暗器使いのステ振りだよね?
短剣使いがLUC高めるメリットあったっけ?」
「ちょ、本当にどうしたの早苗?
最古参プレイヤーなんでしょ?
“女王の毒針”くらい知ってるでしょ!?」
「女王の……ああ、そんなのあったねえ
種族が妖精なら全職装備可能のやつ
たしか攻撃力は1しかないけど、
状態異常の付与確率が2倍になるんだっけ?」
「しかも状態異常の相手へのダメージ補正付きで、
暗殺者単体でも上手く条件を揃えれば
通常攻撃で5桁ダメージが出せるようになるんだよ」
「まさかそんな癖の強い武器を使っていたとは……
全然気づかなかった
実は私、妖精も暗殺者もガッツリ遊んだ経験無いんだよね
今回は完全にユキの勝ちだわ」
「いや、なんの勝負よ……」
2人は6時間ほど試遊した無法者のキャラデータを削除し、
今度は部位破壊に特化したスキル構成での検証を行なった。
腕破壊で与ダメージ+10%と物理攻撃力ダウン、
足破壊で与ダメージ+20%と移動速度ダウン、
頭破壊で与ダメージ+30%と魔法攻撃力ダウン、
体破壊で与ダメージ+40%と属性耐性ダウン、
更に全箇所破壊状態になると追加で与ダメージ+50%。
合計で150%の追加ダメージを狙える計算であり、
今までの最大値である120%を大きく上回る倍率だ。
しかも別枠で管理するとのことなので両立可能であり、
220%に150%を掛けて330%の攻撃力が実現できる。
この無法者という職業は攻撃性能こそ微妙ではあるが、
敵の無力化という一点においては他の追随を許さないのだ。
「ぅぉ……うおおおおおっ!!!」
「ちょっ、ユキ!?
いきなりどうしたの!?」
「これは誤算……!!
嬉しい誤算……!!
革命が起きた……!!」
「え、革命?
どゆこと!?」
モニターの前で1人興奮するユキと、状況を飲み込めない早苗。
何かすごい発見したというのだけは理解できるが、
彼女に歓喜の雄叫びを上げさせるほどの物ともなると想像がつかない。
「合計で150%どころじゃない!!
この部位破壊による与ダメボーナス同士も別枠管理!!
つまり重なる!! 倍率が……!!
あらゆるバフ・デバフが効いてる状態でこれらが重なった場合、
理論上の最高ダメージは6904万3392に更新されるってことだよ!!
そこまで準備しなくても3人パーティーでお手軽に270万は出せるし、
体力お化けのオーガプリンセスをワンパン可能になったんだよ!!」
「なっ……!?」
それを頭の中でパッと計算したユキにも驚かされるが、
早苗の心に響いたのはオーガプリンセスの件である。
かいつまんで説明するとそれは脳筋ボスの極致のような存在であり、
桁違いの攻撃力とHPの高さで多くのプレイヤーを苦しめている。
倒せば強力な装備品を入手できる可能性はあるものの
攻略法をしっかり把握しているメンバーを5〜6人は用意せねばならず、
必中且つ防御無視の範囲攻撃を喰らって一瞬で全滅する可能性もあり、
非常に神経を擦り減らすボスとして悪名高い。
それを一撃で始末できるともなれば、まさしく革命である。
「早速試してみよう!!」
……とは言ってみたものの、該当MAPで30分以上張り込んでも
標的のオーガプリンセスを発見することはできなかった。
状況的に、もう既に他のプレイヤーが倒してしまったのだろう。
MMORPGにおけるボス狩りとはこういうものだ。
いかにユキが数字に強く、いち早く新要素の可能性に気づけたとしても、
それは彼女だけに与えられた特権というわけではない。
他にも計算が得意な者、あるいはゲーマーの勘が働く者がいるのだ。
それがサービス開始当初から1日も欠かさずにログインしているような、
いわゆるネトゲ廃人が相手ともなれば彼女が出遅れるのも無理はない。
「残念だけど今回は諦めるしかないね
仕方ないから、その辺のオーガ下級兵士でもしばいてこ?」
「うん……
それじゃ手筈通りにお願いね」
と、彼女たちはプランBを実行する。
早苗が操るキャラは防御役として守護騎士、
強化係の牧師、弱体係の幻術師という構成。
ユキは攻撃役としてメインキャラである暗殺者のコツバメ、
そして1dayチケットで用意した部位破壊役の無法者。
計5名のパーティーでどれだけダメージを出せるのかという検証だ。
「個体毎のステータス変動を考慮すると、
832万〜844万の間になる計算だよ」
「えええ……
本当にそんな出る?
あまりにも数字が大きすぎてピンと来ないんだけど……」
「それが倍率マジックというものだよ、早苗君
私の計算に狂いは無い……まあ見ていてくれたまえ」
ユキが存在しない髭を撫でる。
なんのアニメキャラの真似なのかは不明だが、
早苗は自信満々な相棒の言葉を信じてコツバメに最大限のバフを、
実験台となるオーガ下級兵士には最大限のデバフをかけた。
そこにコツバメが各種状態異常をばら撒き、すぐに潜伏して待機。
それから無法者が1箇所ずつ確実に標的の部位を破壊してゆき、
全ての準備が整ったのである。
「それじゃあ……いくよ!!」
攻撃力アップ・大、スキルダメージアップ・大、
クリティカルダメージアップ、クリティカル発生率アップ、
防御力ダウン・大、物理属性耐性ダウン・大、
斬撃への恐怖状態、無属性への恐怖状態、
微毒状態、猛毒状態、暗闇状態、麻痺状態、
夜間ボーナス、奇襲ボーナス、バックアタックボーナス、
状態異常の相手に与えるダメージ強化、
腕、足、頭、体、全箇所部位破壊によるダメージ強化。
たかだかHP1000程度の相手に過剰なまでの御膳立てをし、
レベルカンストの暗殺者が手持ちのスキルの中から最強の一撃を放つ。
8,398,466 !!
「オッホウ!!」
「計算通りぃ!!」
事前に計算済みとはいえ、ゲーム内で初めて目にする数字に
2人は興奮を抑えることができなかった。
約840万……全てのザコモンスターどころか、
大半のボスをも余裕で屠れるだけのダメージである。
もちろん状態異常の効かない相手などは計算が違ってくるが、
それでも今回の新要素が環境を変えたのは事実だ。
これからのパーティープレイにおいて、
ボス狩りには無法者を連れてゆくのが当たり前となるだろう。
と、これが初日の話である。
問題が起きたのは翌日だ。
「早苗、ちょっと……
なんか運営からメール来たんだけど、
『ゲーム内で異常な数値を検出したので調査させてもらいます』
って、いやいやいや…………おかしくない!?
たしかにとんでもないダメージは出したけども!!
それって仕様通りの計算結果だからね!?
私は何も悪いことしてないからね!?」
「うーん、それはわかるけど……
冷静になって考えてみればやっぱりあれは強すぎというか、
開発側が調整間違えたまま実装しちゃったのかもね」
「そんなことってあるぅ!?
部位破壊以外に強みが無い職業なんだし、
これくらいのバランスでちょうどよくない!?」
「開発側の考えてる適度なゲームバランスって、
プレイヤー側が求めてるのとは違うみたいだからねえ
あまりにも強すぎて下方修正された魔法剣士の前例もあるし、
今回の部位破壊も控えめな性能に落ち着くんじゃないかな」
「そんなあ〜……
それじゃ火力も微妙、アシスト性能も微妙で
何も長所が無いゴミみたいな存在になっちゃうじゃん」
「まあ、全部で60種類以上も職業あるからね
どうしても残念な性能のやつも出てくるでしょ」
運営による調査中、ユキは一時的にログインできない状態だったので
早苗のアバターを借りてゲーム内の様子を観察していた。
するとどこもかしこも無法者の話題で持ちきりであり、
フィールドMAPでは500万だの1000万だのの数字が飛び交っている。
どうやら例の計算式は運営公認の計算機サイトに反映済みのようで、
多くのプレイヤーがその計算結果を自分の手で確かめていたのだ。
「やっぱりおかしいって!!
運営が!! 公認してる!! 計算機!!
それに反映されてるってことは正しい仕様なんでしょ!?
なんで私だけ不正したみたいな疑いを持たれてるの!?」
「う〜ん……
納得できないだろうけど、向こうも人間だからねえ
1人で運営してるわけじゃないし、手違いもあるよ
……ってか、疑われてるのはユキだけじゃないみたい
別鯖で有名な朕って廃プレイヤーが同じ目に遭ってるね
数時間前に運営宛てに抗議文送り付けて回答待ちなんだって
とりあえずこの人の成り行きを見守って参考にしよう?」
「ん〜〜〜
んんん〜〜〜
……そうするしかないか」
そして3時間後に朕氏のブログが更新されたのだが、
そこにはゾッとする一文が書かれていた。
『運営に楯突いたらBANされた件』
それが事実だとしたらとんでもない。
いつもなら平均して5千人程度が閲覧しているこのブログだが、
1万、2万、3万とアクセスカウンターが伸びてゆく。
それだけ多くの者がこの件に注目しているという証拠だ。
内容を確認してみるとやはり部位破壊の計算に関してであり、
朕氏はまず『倍率とは何か』というテーマから始め、
それが蓄積するとどうなるのかという部分を解説し、
閲覧者に事の発端を理解させようとしたのだ。
「早苗!!
飛ばしちゃダメでしょ!?
すごく面白いとこなんだから!!」
「あとで読めたら読んどくね
それより今は、運営とのやり取りが気になる!」
計算式を叩き込もうとするユキを押し退け、
早苗はブログの続きを読み進めた。
するとますます理解に苦しむ内容が飛び込んでくる。
公開されたメールのやり取りを見るに、
理路整然と己の正当性を訴える朕氏に対して
運営側は非常に感情的というか攻撃的な様子であり、
最終的に『だったらアンタがゲーム作ればいいでしょ』と、
目を疑うような発言で締め括っていたのだ。
「ちょ、これ……
クリエイターが一番言っちゃいけないやつ!!
作品の出来と、ユーザーに製作能力があるかどうかは関係無い!!」
「しかも運営と開発って別会社だから、
この人が作ったゲームじゃないってゆうね!!
なんでこんなに偉そうにできるの!?」
「今まで不具合が見つかった時とか真摯に対応してくれてたのに、
今回のこの対応はあんまりだよ!!
どうしちゃったんだろう……中の人が変わったのかなあ!?」
「とにかくこれは炎上…………ううん、祭りだね!!」
彼女らの予想通り、この一件はお祭り騒ぎとなった。
しかもゲーム関連のニュースサイトだけでなく
一般層向けの情報メディアにも拡散され、
上半期で最も注目された出来事の1つとして数えられるようになる。
まあ当事者以外がそこまで騒ぐような内容でもないのだが、
沖縄の惨状を隠蔽したい勢力にとっては都合が良かったので
ここまで大袈裟な事態になってしまったのだ。
そして、運営に対して不満を抱えたプレイヤーたちの取った行動は……
不買運動である。
ゲーム内の至る所で『私は課金アイテムを買わない!』
といった内容の看板が立てられており、怒りをあらわにしたのだ。
月額課金をしているゲーム内で、だ。
このユーザーたちの行動に対して運営が何をしたのかというと……
沈黙である。
だが、何もしなかったわけではない。
「ん……あれ?
ログインできるようになってる……
調査終了のお知らせとか来てないよ?」
「朕さんのブログも大変なことになってるよ!
BANされた垢がこっそり元通りになってたんだって!
しかもボスのステータスがサイレント修正されてて、
それで事態の沈静化を図ろうって魂胆みたい!」
「へえ……
どんな修正?」
「全ボスのHPが3〜10倍になって、
状態異常、弱体効果、部位破壊に完全耐性がついたんだってさ!」
「馬鹿じゃないの!?
修正するのはそっちじゃないでしょ!?
プレイヤーの与えるダメージが異常だって話じゃなかったの!?
それにそんなデタラメな修正しちゃったら、
無法者だけじゃなくて他の補助特化職も出番が無くなるよ!?」
「しかもプレイヤー側の攻撃力はそのままだから、
ボス戦が無駄に長引くだけになったってことなんだよねえ」
「もう……この先どうなっちゃうの!?」
──このしょうもない騒動が収まったのは、
イベント開始からちょうど1週間になる日であった。
それが意外にもユーザーたちは運営に怒りの矛先を向けるのをやめ、
むしろ彼らも被害者だったと知り同情する展開となったのだ。
事件の火付け役となった運営側からのメールだが、
それを書いた人物の正体が判明して流れが変わった。
新庄京一。
ゲーム業界に勤めて40年以上になる大ベテランで、
過去に1作だけそこそこのヒット作を手掛けた実績がある。
本人は横スクロールアクションの製作経験しかないのに
他ジャンルを製作中のスタッフに口を出して現場を引っ掻き回し、
社内の人間関係を悪化させる術に長けている男だ。
他にもファンを蛆虫と呼んだり、パワハラやセクハラは当たり前、
飲酒運転や暴行などで何度も警察のお世話になっており、
人間性に問題のある人物として業界内では嫌われているが
ヒット作を生んだという実績と強力なコネクションがあるゆえに
完全に排除するのが難しい、転移性の癌のような存在である。
その彼が勤務先を転々としているうち、
今回の運営会社に行き着いてしまったというわけだ。
「じゃあつまり、その新庄って人が独断で朕さんの垢をBANして、
ヤケクソ修正までしたってこと?
たった1人の老害のせいでここまでの事態に発展するとは……」
「前の会社でも同じようにやらかして追い出されたのに、
世の中には何も学習しない人っているもんだねえ……
とりあえず諸悪の根源が追い出されてひとまず安心だね
緊急メンテが終わったら元の正常な環境に戻るみたいだし、
これにて一件落着ってとこかな」
「完全に元通りってわけじゃないけどね
部位破壊同士の倍率計算が見直されて、
最大で150%の仕様になっちゃうみたいだし」
「その代わり本体の火力も見直されるみたいだし、
まあちょうどいい落とし所じゃない?」
「そういうことにしておきますか
……さて、今のうちに栄養補給しとかないとね
メンテ明けたら忙しくなるし」
「うん
なんたって今回のゴタゴタのお詫びとして、
今月末まで“毎日が日曜日”状態だもんね
このBIGなチャンスを逃す手は無いよ」
「今夜も寝かせないゾ⭐︎」
戦え、乙女たち。
広大なる電子の海、ネトゲという果てしなき毒沼で。
栄光を掴みたくば、振り返ってはならない。
理想を実現するには、捨てなければならない。
現実を。